同じ利回りの投資商品でも、「途中でどれだけ凹んだか(含み損を抱えたか)」は大きく異なります。この「一時的な落ち込みの深さ」を表す指標が最大ドローダウン(Maximum Drawdown, MDD)です。
最大ドローダウンを意識せずに投資を続けると、「気づいたら口座残高が半分以下になっていた」「精神的に耐えられず安値で投げ売りした」という状況に陥りやすくなります。逆に、最初から最大ドローダウンをコントロールする前提で設計された運用は、派手さはなくても長く相場に残りやすくなります。
最大ドローダウンとは何か
最大ドローダウンとは、ある期間の中で資産のピーク(高値)からその後のボトム(安値)までにどれだけ下落したかをパーセンテージで表したものです。
イメージしやすいように、簡単な例で考えてみます。
ある投資家の資産の推移が次のようだったとします。
- スタート:100万円
- 一時的に:140万円まで増える(ここがピーク)
- その後の下落で:90万円まで減る(ここがボトム)
この場合の最大ドローダウンは、ピーク140万円からボトム90万円への下落です。
計算式は次の通りです。
最大ドローダウン =(ボトム値 − ピーク値) ÷ ピーク値
=(90万円 − 140万円) ÷ 140万円 ≒ −35.7%
つまり、「この期間の中で、資産は最大で約36%凹んだ」という意味になります。
最大ドローダウンが重要な理由
最大ドローダウンが重要な理由は、大きく分けて次の3つです。
- ① 破綻リスク(退場リスク)に直結する
- ② 同じ平均リターンでも、体感がまったく違う
- ③ 一度大きく減ると、元に戻すのが一気に難しくなる
① 退場リスクに直結する
資産が一時的に−50%になると、残りは半分です。そこから元の水準に戻すには、+100%のリターンが必要になります。−70%まで落ち込めば、+233%必要です。
つまり、最大ドローダウンが大きい戦略ほど、「一度躓いたときに再起するハードル」が一気に上がります。口座資金が尽きれば、その時点でゲームオーバーです。
② 同じ平均リターンでも体感が違う
年平均リターンが同じ5%の戦略でも、最大ドローダウンが−10%の戦略と−40%の戦略では、投資家のメンタル負担がまったく違います。
含み損が−40%になると、多くの人は冷静さを失い、「もうダメだ」と感じてしまいます。結果として、反発前に損切りしてしまい、トータルリターンが大きく損なわれることがよくあります。
③ 一度大きく減ると戻すのが難しい
資産運用で大切なのは「どれくらい儲かったか」だけではなく、「どれくらいのダメージで済んだか」です。最大ドローダウンは、まさにそのダメージの深さを示す指標です。
短期的な利益を追うよりも、「最大ドローダウンをある程度の範囲に収めること」を優先した方が、長期的には生き残りやすくなります。
具体例:AさんとBさんのポートフォリオ比較
次のような2つのポートフォリオを比較してみます。
- Aさん:ハイリスク・ハイリターン銘柄中心
- Bさん:分散された堅実な銘柄中心
5年間の運用結果が次のようだったとします。
- Aさん:年平均リターン+15%、最大ドローダウン−50%
- Bさん:年平均リターン+10%、最大ドローダウン−15%
数字だけを見ると、平均リターンはAさんの方が優秀です。しかし、実際に−50%の含み損に耐えられる投資家は多くありません。途中で怖くなって投げ売りしてしまえば、その後に訪れたかもしれない大きなリバウンドの利益を取り逃がします。
一方、Bさんは最大でも−15%のドローダウンに収まっているため、心理的な負担も軽く、計画通りに投資を続けやすい状態です。結果として、「途中で降りないで完走できる」可能性が高くなります。
最大ドローダウンのざっくりした計算方法
厳密には日次や月次の時系列データを使って計算しますが、個人投資家がざっくり把握するだけなら、次の手順で十分です。
- 運用期間中の資産の推移をメモしておく(エクセルや家計簿アプリでもOK)
- その中で「資産が一番多かった時点(ピーク)」を探す
- そのピークのあとで、「そこから一番減った時点(ボトム)」を探す
- (ボトム − ピーク) ÷ ピーク を計算する
例えば、次のような推移だったとします。
- 2024年1月:100万円
- 2024年6月:130万円(ピーク)
- 2024年10月:95万円(ボトム)
- 2024年12月:120万円(最終残高)
この場合の最大ドローダウンは、130万円から95万円への下落で、(95 − 130) ÷ 130 ≒ −26.9% です。最終的には120万円で終わっているので「トータルでは+20%」ですが、途中では約27%のドローダウンを経験していることになります。
投資初心者が最大ドローダウンを下げるための4つの打ち手
ここからは、投資初心者でも今日から実践しやすい「最大ドローダウンを抑えるための具体的な方法」を4つ紹介します。
1. 1回のトレードで失ってよい額を決める
まずは「1回のトレードで、資産の何%まで失ってよいか」をあらかじめ決めておきます。典型的には、1〜2%ルールと呼ばれる考え方があります。
例えば、口座に100万円ある場合、「1回のトレードで負けても2万円まで」と決めたら、エントリー時点でロスカット幅から適切なロットを逆算します。
こうすることで、連敗しても口座残高が急激に減るのを防ぎ、最大ドローダウンが一気に深くなるのを避けられます。
2. レバレッジをかけすぎない
FXやCFD、先物取引、レバレッジETFなどを使うと、少ない元手で大きなポジションを持つことができます。しかし、その分、ドローダウンも何倍にも拡大します。
レバレッジをかけるなら、「レバレッジをかけない現物投資で最大どの程度のドローダウンになりそうか」をまずイメージし、その上で許容範囲に収まる倍率だけ使うのが現実的です。
例えば、「現物株だけなら−15%くらいのドローダウンで済みそうだが、3倍レバレッジETFを使えば−45%に達するかもしれない」といった感覚を持つことが重要です。
3. 資産を分散して一撃のダメージを小さくする
単一銘柄や単一テーマに集中すると、何かあったときのドローダウンが一気に深くなります。業種、国、通貨、資産クラス(株・債券・REIT・コモディティなど)を組み合わせることで、一撃で大きくやられるリスクを下げることができます。
例えば、株式インデックスだけでなく、債券や金ETF、現金ポジションも一定割合で持っておけば、株式市場が急落したときでも、ポートフォリオ全体のドローダウンは緩和されます。
4. ロスカットとトレーリングストップを仕組み化する
人間は感情に左右されやすく、「もう少し待てば戻るかもしれない」と思っているうちに損失が膨らみがちです。そこで有効なのが、ロスカットとトレーリングストップを事前にルール化しておくことです。
例えば、次のようなシンプルなルールを決めておきます。
- エントリー時に、チャート上の直近安値(または直近高値)を割り込んだら損切りする価格を決めておく
- 含み益が一定額以上になったら、ストップ水準を少しずつ切り上げていく(トレーリングストップ)
こうしたルールを守ることで、「気づいたら想定以上のドローダウンになっていた」という事態を減らせます。
最大ドローダウンを使ったシンプルな運用ルール例
最大ドローダウンは、過去を振り返る指標としてだけでなく、今後の運用ルールを決めるための基準として使うこともできます。ここでは、個人投資家が取り入れやすい例を2つ紹介します。
例1:ドローダウンが一定ラインを超えたら投資額を自動的に落とす
例えば、次のようなステップルールを決めておきます。
- 最大ドローダウンが−10%以内:通常どおりの投資額
- 最大ドローダウンが−15%を超えたら:投資額を半分に減らす
- 最大ドローダウンが−20%を超えたら:いったん新規エントリーを停止し、戦略を見直す
このようにルール化しておくと、「なんとなく不安だが、どこまでリスクを取っていいのか分からない」という状態を避けやすくなります。
例2:戦略ごとに許容ドローダウンを決めておく
複数の戦略や口座を並行して運用する場合、それぞれに「許容できる最大ドローダウン」を事前に設定しておく方法も有効です。
- 長期インデックス投資:許容ドローダウン −30%
- 短期スイングトレード:許容ドローダウン −15%
- 高リスクなテーマ株や暗号資産:許容ドローダウン −20%
実際のドローダウンがこのラインに近づいたら、ポジションサイズを縮小したり、戦略そのものを一旦停止したりするといった対応をルール化します。
よくある勘違いと落とし穴
最大ドローダウンを意識するうえで、初心者が陥りがちな勘違いも整理しておきます。
「一度の暴落くらいは我慢できるはず」と思い込む
数字だけを見ていると、「−30%くらいなら耐えられるだろう」と感じるかもしれません。しかし、実際に口座残高が大きく目減りし、ニュースでも悲観的な情報が溢れている状況では、冷静さを保つのは簡単ではありません。
想像上のメンタル強さを前提に戦略を組むと、現実とのギャップに耐えられなくなるリスクがあります。むしろ、少し控えめなくらいのドローダウンを想定しておく方が安全です。
「ドローダウンを完全になくせる」と考える
どんなに優れた戦略でも、ドローダウンをゼロにすることはできません。値動きのある資産に投資する以上、損失局面は必ず訪れます。
大切なのは、「ドローダウンを完全になくすこと」ではなく、「許容できる範囲に抑え込むこと」です。そのためには、レバレッジ・ポジションサイズ・分散・ロスカットといった基本的な要素を丁寧に設計する必要があります。
過去の最大ドローダウンだけを見て安心してしまう
過去のデータから計算した最大ドローダウンは、あくまで「これまでに起きた範囲」の指標です。将来は、過去を上回るショックが起こる可能性もあります。
そのため、「バックテスト上の最大ドローダウンが−15%だから、実際も−15%で済むだろう」と決めつけず、ある程度の余裕を見て設計することが重要です。
まとめ:最大ドローダウンは「生き残るための指標」
最大ドローダウンは、単なる数字の一つではなく、「この戦略でどれくらいのダメージまで許容するのか」を決めるための実務的な指標です。
- 資産のピークからボトムまでの落ち込みが最大ドローダウン
- 同じ平均リターンでも、ドローダウンが小さい方が続けやすい
- −50%からの回復には+100%が必要になるなど、大きなドローダウンは再起を難しくする
- 1回の損失上限、レバレッジ管理、分散投資、ロスカット・トレーリングストップのルール化によって、ドローダウンを抑えられる
- 過去の最大ドローダウンは目安に過ぎないため、余裕を持った設計が重要
まずはご自身の投資スタイルや保有資産について、「これまでどれくらいの最大ドローダウンを経験してきたか」を一度振り返ってみてください。そのうえで、「今後はどれくらいまでなら許容できるか」を考え、レバレッジやロットサイズ、ロスカットルールを調整していくことで、より安定した資産運用に近づいていけます。


コメント