はじめに:なぜリスク許容度を最初に考えるべきか
多くの人は投資を始めるとき、「どの銘柄を買うか」「どのタイミングでエントリーするか」から考えがちです。しかし、本来はその前に「自分はどこまで損失に耐えられるのか」というリスク許容度を明確にすることが重要です。リスク許容度を誤ると、暴落時にパニック売りをして安値で手放したり、逆に本来とるべきリスクを避けすぎて、長期的な資産形成の機会を逃してしまいます。
リスク許容度は、人それぞれの「性格・お金の状況・経験」の3つが組み合わさった結果として決まります。年齢が若いからリスクを取れる、年配だから安全運用しかダメ、といった単純な話ではありません。この記事では、投資初心者の方でも実践的に使える形でリスク許容度を整理し、自分に合った運用スタイルを設計する方法を、具体例を交えて詳しく解説します。
リスク許容度とは何か:3つの視点で分解する
リスク許容度は一言でいうと「価格の変動や含み損に対して、どこまで精神的・経済的に耐えられるか」という指標です。ただし、これを感覚的に捉えるだけではあいまいになりがちです。そこで、以下の3つの視点に分けて考えると整理しやすくなります。
① 心理的リスク許容度:値動きに対するメンタルの強さ
心理的リスク許容度は、「含み損・評価損を見たときに、どの程度ストレスを感じるか」です。例えば、100万円のポートフォリオが一時的に80万円に減ったとき、冷静でいられる人もいれば、夜眠れなくなる人もいます。同じ20%の下落でも、感じるストレスは人によってまったく違います。
過去に投資で大きな損失を経験したことがある人や、日々の値動きを細かくチェックしてしまうタイプの人は、心理的リスク許容度が低めであることが多いです。一方で、長期的な視点を持ち、短期の値動きよりも将来のリターンに意識を向けられる人は、心理的リスク許容度が高い傾向にあります。
② 財務的リスク許容度:収入・資産・支出から決まる「許されるブレ幅」
財務的リスク許容度は、「家計の状況からみて、どれだけの損失なら現実的に許容できるか」です。たとえメンタル的にはリスクをとりたいと考えていても、収入が不安定だったり、教育費・住宅ローンなど大きな支出を抱えている場合、現実には大きな損失に耐えられません。
例えば、生活防衛資金(生活費の半年〜1年分)がしっかり確保されているか、毎月のキャッシュフローに余裕があるか、近い将来に大きな出費の予定があるかといった要素を冷静に確認する必要があります。財務的リスク許容度は、自分の希望ではなく「数字」が教えてくれる客観的な限度額だと考えるとよいでしょう。
③ 経験・知識によるリスク許容度:理解できるものにしか投資しない
同じ商品に投資していても、その仕組みを深く理解している人と、なんとなく雰囲気で買っている人では、リスクの感じ方が大きく異なります。レバレッジ商品や先物取引などは、仕組みを理解していないと、想定外の損失に驚いて耐えられなくなる可能性が高い商品です。
経験・知識によるリスク許容度を高める方法はシンプルで、「わからない商品には触れない」「まずは少額で試す」「勉強しながらポジションサイズを徐々に増やす」というステップを守ることです。理解度が上がれば上がるほど、同じ値動きでも冷静に受け止めやすくなります。
簡易チェックで自分のリスク許容度をイメージする
ここでは、投資初心者向けにリスク許容度をざっくり把握するための簡易チェックのイメージを紹介します。紙やメモアプリに実際に書き出してみると、自分の感覚を整理しやすくなります。
例えば、次のような問いを自分に投げかけてみます。
- 1年間で、投資資産が一時的に何%まで減っても耐えられるか(10%、20%、30%、それ以上など)
- その下落額は金額にするといくらか(例:資産300万円で20%なら60万円の含み損)
- その金額を見たとき、生活が具体的にどう変わるか(生活費が足りなくなるのか、単に気分が悪いだけなのか)
- 相場が荒れたとき、毎日価格を確認したいタイプか、月1回のチェックでも平気なタイプか
- 投資経験は何年か、どの程度のドローダウンを過去に経験したか
これらを整理していくと、自分が「数字上はこれくらいなら耐えられるはずだが、気持ち的にはここまで落ちるとつらい」というラインが見えてきます。この「現実的な上限」と「精神的な上限」のうち、低い方を自分のリスク許容度の目安とするのが安全です。
リスク許容度と投資スタイルの基本マッピング
リスク許容度が見えてきたら、それを投資スタイルに落とし込んでいきます。ここでは、大まかに3つのタイプに分けて考えてみます。実際にはその中間に位置する人も多いので、「自分はこのあたりかな」という目安として使ってください。
Aタイプ:守り重視(リスク許容度が低め)
守り重視のタイプは、「元本割れがとても怖い」「大きな値動きよりも安定を優先したい」という考え方を持っています。このタイプの投資家は、株式比率をあまり高めず、現金・預金や債券、値動きの比較的穏やかなインデックスファンドを中心にポートフォリオを組むのが基本です。
具体例として、総資産500万円のうち、生活防衛資金として200万円を現金で確保し、残り300万円を「債券や安定性重視のファンド200万円+株式インデックス100万円」といった配分にするイメージです。この構成であれば、マーケット全体が大きく下落しても、総資産の変動幅は比較的抑えやすくなります。
Bタイプ:バランス重視(リスク許容度が中程度)
バランス重視のタイプは、「多少の価格変動は受け入れるが、極端な乱高下は避けたい」と考えます。この場合、株式と債券、場合によってはREITなども組み合わせて、中長期での成長と安定を両立させる構成が現実的です。
例えば、生活防衛資金を別に確保したうえで、投資用資金400万円を「株式インデックス240万円(60%)+債券ファンド120万円(30%)+REIT40万円(10%)」といった形で運用するイメージです。相場環境によっては一時的に20〜30%ほど上下する可能性がありますが、それを許容できるのであれば、このくらいのリスクは現実的といえるでしょう。
Cタイプ:攻め重視(リスク許容度が高め)
攻め重視のタイプは、「長期で大きなリターンを狙うためなら、短期的な大きな変動も許容できる」と考えます。このタイプの投資家は、株式比率を高めたり、グロース株や一部のテーマ型ETF、場合によっては暗号資産など値動きの大きい資産をポートフォリオに組み込むことがあります。
例えば、投資用資金300万円のうち、「株式インデックス150万円+個別成長株90万円+テーマ型ETF30万円+暗号資産30万円」というような構成です。この場合、相場環境によっては30〜40%のドローダウンも十分起こり得ます。その金額(90〜120万円の含み損)を見ても、生活やメンタルに致命的な影響が出ないかを事前に確認しておくことが不可欠です。
具体例①:20代会社員Aさんのケース
Aさんは27歳の会社員で、独身・実家暮らしです。年収は450万円、貯蓄は300万円あります。このうち、今後の転職や独立も視野に入れており、投資に回してもよいと考えているのは150万円です。生活防衛資金としては、毎月の生活費が15万円程度であることから、最低でも100万円は現金で確保しておきたいと考えています。
Aさんは過去に積立NISAでインデックス投資を2年ほど続けており、コロナショック時の急落も経験済みです。その際、含み損が出たものの、慌てて売却することはなく、むしろ積立額を維持していたというエピソードがあります。このことから、心理的リスク許容度は比較的高めと判断できます。
一方で、独立や留学など将来の選択肢を広げたいという希望もあるため、投資資金が短期的に半分になると、選択肢が狭まる可能性があります。財務的リスク許容量としては、「一時的な評価損は30〜40%までなら許容、ただし長期的には取り戻す前提」というイメージが妥当です。
このケースでは、「株式インデックス70%+成長株やテーマ型ETF20%+現金・安全資産10%」といった攻め寄りのバランス型ポートフォリオが現実的です。また、暗号資産に興味がある場合でも、全体の5〜10%以内にとどめることで、リスクをコントロールしながらリターンの可能性を取りにいくことができます。
具体例②:40代子育て世帯Bさんのケース
Bさんは43歳の会社員で、配偶者と子ども2人の4人家族です。世帯年収は800万円、貯蓄は1000万円ありますが、そのうち300万円は教育資金、200万円は住宅関連の予備費として確保しておきたいと考えています。投資に回せるのは、残りの500万円です。
過去の投資経験は、定期預金と社内持株会程度で、本格的な株式投資はこれから始める段階です。相場のニュースを見ると不安になりやすく、含み損が続くと落ち着かなくなるタイプである自覚もあります。このため、心理的リスク許容度は高くありません。
また、子どもの教育費が今後確実に増えていくことを考えると、大きな損失を出してしまうと家計に直接影響が出る懸念もあります。財務的リスク許容度も、攻めすぎるべきではない状況です。この場合、リスク許容度は「中立〜やや低め」と考えるのが妥当です。
Bさんに適したポートフォリオの例として、「株式インデックス250万円(50%)+債券・バランスファンド200万円(40%)+現金50万円(10%)」といった配分が考えられます。これであれば、相場が大きく下落しても、総額の下落率はある程度限定されます。また、個別株やレバレッジ商品など、値動きの激しい商品は無理に取り入れず、まずはインデックスと債券中心で投資に慣れる方が、長期的に継続しやすくなります。
具体例③:収入変動の大きい自営業Cさんのケース
Cさんは35歳のフリーランスで、年収は年によって大きく変動します。良い年は1000万円近く稼げる一方、不調な年は400万円程度まで落ち込むこともあります。現在の貯蓄は800万円で、そのうち生活防衛資金として400万円は絶対に手をつけたくないと考えています。
Cさんは値動きの大きい資産にもある程度慣れており、暗号資産やグロース株にも積極的に投資してきました。ただし、過去には相場の急落時に大きなドローダウンを経験し、そのタイミングで仕事が不調だったことも重なり、メンタル的にかなり苦しい時期を過ごしたことがあります。この経験から、「収入が不安定な時期に大きなリスクを取るのは危険だ」と実感しています。
このケースでは、収入の変動と投資リスクが同じ方向にブレてしまうのを避けることが鍵です。例えば、投資用資金400万円のうち、「株式インデックス200万円(50%)+債券・キャッシュ160万円(40%)+リスクの高い資産40万円(10%)」というように、攻める部分をポートフォリオの一部に限定する考え方が有効です。
また、収入が好調な年だけ一時的にリスク資産への比率をやや高め、不調な年は新規投資を控えるなど、「収入サイクルとリスク許容度を連動させる」という運用ルールを決めておくのも有効な戦略です。
リスク許容度と「想定ドローダウン」を金額で考える
リスク許容度をより具体的にするためには、「パーセント」だけでなく「金額」で考えることが重要です。例えば、「最大30%のドローダウンを想定している」という場合、投資資産が300万円なら90万円、500万円なら150万円の含み損が出る可能性があるということです。
この金額を見たとき、「つらいが耐えられる」と感じるのか、「どうしても耐えられない」と感じるのかで、適切なリスク水準は変わってきます。もし90万円の含み損を想像しただけで不安になるのであれば、最大ドローダウンを20%程度に抑えるように、ポートフォリオの株式比率を下げるべきかもしれません。
また、リスク・リワード比を意識するうえでも、想定ドローダウンは重要です。「このポートフォリオは、年間で−20%〜+20%程度のブレを許容する代わりに、長期で年率5〜7%を狙う」といった形で、リスクとリターンをセットでイメージすると、自分にとって無理のない運用方針が見えてきます。
リスク許容度に合わせた商品選びのポイント
リスク許容度が明確になったら、それに合った商品を選ぶことが重要です。同じ商品でも、ポートフォリオ全体の中でどのくらいの比率を占めるかによって、リスクへの影響度は大きく変わります。
株式・ETFをどう位置づけるか
株式や株式ETFは、長期的なリターン源泉として非常に重要な資産クラスです。一方で、短期的な値動きが大きく、リーマンショックやコロナショックのような局面では、一時的に30〜50%近い下落が起こることもあります。
リスク許容度が低めの投資家は、株式比率をポートフォリオ全体の20〜40%程度に抑え、残りを債券や現金で構成する戦略が現実的です。逆に、リスク許容度が高い投資家であれば、株式比率を60〜80%程度まで高める代わりに、「下落時も売らずに保有し続ける」というルールを明確にしておく必要があります。
債券・債券ファンドでブレ幅を抑える
債券や債券ファンドは、株式に比べて値動きが穏やかで、ポートフォリオ全体の変動を抑える役割を持ちます。特に、リスク許容度が低い、あるいは退職が近い投資家にとっては、債券比率をある程度持つことが、自分のリスク許容度に合った運用をするうえで重要です。
ただし、金利上昇局面では債券価格が下落することもあるため、「債券なら絶対に安全」というわけではありません。それでも、株式に比べれば変動幅が小さいことが多く、リスク許容度を守るためのクッションとして機能します。
暗号資産・レバレッジ商品は「サテライト」に留める
ビットコイン(BTC)やイーサリアム(ETH)などの暗号資産、レバレッジETFや先物を用いた商品は、リターンの可能性が大きい一方で、価格変動も非常に激しい資産です。こうした資産は、リスク許容度が高い投資家であっても、ポートフォリオ全体の5〜10%程度の「サテライト(周辺)」ポジションに留めるのが現実的です。
暗号資産に興味はあるものの、ドローダウンにあまり耐えられないと感じる場合は、「月々の積立で少額を継続する」「一括投資は避ける」といったルールを設けることで、リスクと好奇心のバランスをとることができます。
よくある失敗パターンとその回避策
リスク許容度を無視した投資でよくある失敗パターンをいくつか挙げ、それぞれの回避策を考えてみます。
1つ目は、「他人のポートフォリオをそのまま真似してしまう」ことです。SNSなどで大きく儲かった人のポートフォリオを見て、そのままコピーすると、相手のリスク許容度に自分を合わせることになります。自分はそのドローダウンに耐えられず、少し下がっただけで損切りしてしまう、といった事態になりかねません。
2つ目は、「上昇局面でリスク許容度を勘違いする」ことです。相場が好調なときは、含み益が増えて気持ちが大きくなり、自分のリスク許容度を実際より高く見積もってしまいがちです。しかし、本当に試されるのは暴落時です。上げ相場でリスクを広げすぎないよう、「株式比率は最大○%まで」といったルールを事前に決めておくことが重要です。
3つ目は、「レバレッジを使いすぎてしまう」ことです。信用取引やレバレッジETFは、資金効率を高める一方で、損失も拡大させます。自分のリスク許容度を超えたレバレッジをかけると、含み損のスピードにメンタルが追いつかず、冷静な判断が難しくなります。レバレッジを使う場合でも、「ポートフォリオ全体に対するレバレッジ部分の割合を小さくする」「まずはレバレッジなしで安定して運用できるようになってから検討する」といった段階的なアプローチが必要です。
リスク許容度は固定ではなく「定期的に見直すもの」
リスク許容度は、一度決めたら終わりではありません。年齢、家族構成、収入、資産額、仕事の安定度などが変化すれば、当然ながら取れるリスクの水準も変わります。例えば、独身の頃は攻めの運用ができていた人でも、結婚や出産を機に守りを意識したポートフォリオに切り替えるケースは多く見られます。
逆に、資産が十分に積み上がった段階で、「これ以上増やす必要はない」と考えて株式比率を下げる人もいれば、「失っても生活に困らない範囲で、ポートフォリオの一部を攻めに振り向ける」という人もいます。いずれの場合も、ライフイベントや資産状況の変化に合わせて、年に1回程度を目安にリスク許容度とポートフォリオを見直す習慣を持つことが重要です。
まとめ:今日からできる3つのアクション
最後に、リスク許容度を味方につけるために、今日からできる具体的なアクションを3つ挙げます。
1つ目は、「自分の許容できる最大ドローダウンをパーセントと金額の両方で書き出す」ことです。数値として可視化することで、感覚だけでなく現実的なラインを把握できます。
2つ目は、「現在のポートフォリオが、そのリスク許容度と整合しているかをチェックする」ことです。もし許容範囲を超えるリスクを取っていると感じたら、株式比率を下げる、レバレッジを減らす、債券や現金を増やすなどの調整を検討します。
3つ目は、「ライフイベントや相場環境の変化に合わせて、年に1回はリスク許容度を見直す」ことです。その際、今日の記事で紹介した心理的・財務的・経験的という3つの視点から改めて自分を振り返ることで、無理のない運用スタイルを維持しやすくなります。
リスク許容度を正しく理解し、それに合わせてポートフォリオを組むことは、短期的な利益を追う以上に、長期的な資産形成の成否を左右する重要なポイントです。「どの銘柄を買うか」の前に、「自分はどこまでリスクを取れるのか」を明確にすることから、一歩ずつ着実な資産運用を進めていきましょう。


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