なぜ「無リスク金利」と「リスクプレミアム」が投資の出発点になるのか
株式投資やFX、暗号資産など、どんなリスク資産に投資するときでも、実は必ず比較される基準があります。それが「無リスク金利」と「リスクプレミアム」です。これらは少し難しそうな言葉に見えますが、考え方はシンプルで、「安全な資産ならいくら利回りが期待できるのか」と「その安全資産よりどれだけ余分にリターンを要求するのか」を整理したものです。
多くの個人投資家は、株価チャートやニュースばかりを見て売買判断をしてしまいがちです。しかし、どんな銘柄であっても、「無リスク金利+リスクプレミアム」という視点で期待リターンを考えられるようになると、相場に振り回されにくくなり、感情的な売買を減らすことができます。
この記事では、無リスク金利とリスクプレミアムの基本的な意味から、実際に数字を使って株式の期待リターンを組み立てる方法まで、具体例を交えながら丁寧に解説します。
無リスク金利とは何か:安全資産の「基準利回り」
無リスク金利とは、「元本割れのリスクが極めて小さい」と考えられる資産から得られる利回りのことです。理論上は、政府が発行する短期国債や預金保険で守られた銀行預金などが代表例として使われます。
重要なのは、「絶対に安全」という意味ではなく、「市場参加者がほぼ無リスクとみなしている利回り」という点です。現実の金融市場では、どんな資産にも完全な意味でのゼロリスクは存在しません。それでも、投資家は何か一つを基準にしないと他の資産を比較できないため、便宜的に国債利回りなどを無リスク金利として扱います。
例えば、ある国の1年国債の利回りが年1.0%だとします。このとき、「特別なリスクを取らずに、安全資産にお金を置いておけば1年間で1.0%増える」というのが、投資家全員に共通するスタート地点になります。
現金を寝かせるという選択肢も「無リスク金利」との比較で考える
多くの人は、投資をせずに現金のまま持っておくことを「一番安全」と考えます。しかし、インフレが進めば、現金の購買力は年々目減りします。無リスク金利の考え方を使うと、「預金や短期国債にしておけば得られたはずの利息」を、現金のまま持つことで放棄しているとも言えます。
例えば、無リスク金利が年1.0%の環境で、100万円を1年間タンス預金しておくとします。このとき、「安全資産にすら投資しなかったことによる機会損失」は1万円程度です。無リスク金利を意識すると、「投資する・しない」の判断も、より数字ベースで考えやすくなります。
リスクプレミアムとは何か:追加リスクに対して要求する上乗せリターン
無リスク金利が「リスクを取らない場合の基準利回り」だとすると、リスクプレミアムは「リスクを取る代わりに投資家が要求する上乗せ分」です。株式、社債、REIT、コモディティ、暗号資産など、リスクの高い資産ほど、投資家はより大きなリスクプレミアムを要求します。
たとえば、無リスク金利が1.0%のとき、ある株式に年5.0%の期待リターンを求めているなら、この株式のリスクプレミアムは4.0%(=5.0%-1.0%)ということになります。つまり、「安全資産より4%余分にリターンをくれるなら、このリスクを取ってもよい」と投資家が判断している状態です。
リスクプレミアムは「気分」ではなく「数字」で意識する
個人投資家の中には、「この銘柄はなんとなく割安だから買う」「人気がありそうだから買う」という感覚的な判断に頼ってしまう人が少なくありません。ここで一度立ち止まり、「この銘柄に期待する年間リターンは何%か」「それは無リスク金利に対してどれだけ上乗せを要求しているのか」を数字で意識してみると、判断がかなりクリアになります。
例えば、無リスク金利1.0%の環境で、年3.0%程度のリターンしか期待できない株式に投資するなら、リスクプレミアムは2.0%しかありません。同じ2.0%の上乗せなら、より安定した大型株の配当や、信用力の高い社債の利回りでも得られるかもしれません。このように、「リスクに見合うだけの上乗せか」を常に比較する癖がつきます。
無リスク金利+リスクプレミアム=期待リターンという考え方
投資家がリスク資産に投資するとき、その資産に求める期待リターンは、シンプルに言えば「無リスク金利+リスクプレミアム」で表現されます。式にすると、次のようなイメージです。
期待リターン = 無リスク金利 + リスクプレミアム
このフレームワークを頭の中に持っておけば、新しい投資商品を検討するときに、「そもそもこの商品は、無リスク金利に対してどれだけ魅力的なのか」を冷静に比較できるようになります。
具体例①:配当株投資で期待リターンを組み立てる
仮に、ある上場企業A社の株価が1株1,000円、年間配当が40円(配当利回り4%)だとします。将来の成長はそれほど大きくないと見込まれ、株価の値上がり期待は年間1%程度と仮定します。このとき、投資家がその株式から期待するトータルリターンは、おおよそ次のように考えられます。
期待リターン ≒ 配当利回り4% + 値上がり1% = 年5%
無リスク金利が1%だとすると、この株に投資することで得られるリスクプレミアムは4%です。投資家は「安全資産より4%高いリターンが期待できるのであれば、この企業の業績変動や株価下落リスクを受け入れてもよい」と判断しているとも言えます。
具体例②:成長株に対してどれだけリスクプレミアムを要求すべきか
次に、成長性が高いと期待されているB社の株式を考えます。現在の配当はほとんどゼロに近いものの、売上と利益の成長が続けば株価の値上がりで大きなリターンが得られるかもしれません。投資家がこの銘柄に期待する株価上昇率を年8%と見込んだとします。
この場合、期待リターンはおおよそ8%です。無リスク金利が1%なら、リスクプレミアムは7%になります。A社の安定配当株よりもB社の成長株の方がリスクが高い分、投資家はより大きな上乗せリターンを要求しているわけです。
もし自分の中で「この成長ストーリーが思ったほど上手くいかないかもしれない」と感じるなら、要求すべきリスクプレミアムはさらに大きくなります。年8%では割に合わないと感じるなら、「少なくとも年10〜12%程度の期待リターンがなければ買わない」といった自分なりの基準を持つこともできます。
PERやPBR、ROEを「リスクプレミアムの裏側」で理解する
株式投資では、PER(株価収益率)、PBR(株価純資産倍率)、ROE(自己資本利益率)といった指標がよく使われます。これらは単なるバリュエーション指標ですが、裏側では「投資家がどれだけのリスクプレミアムを許容しているか」を反映しているとも解釈できます。
PERが高い=リスクプレミアムが小さいとは限らない
一般に、「PERが高い株は割高」と言われます。しかし、成長性が高く、安定したビジネスモデルを持つ企業であれば、投資家は「将来の利益成長」を織り込んで高いPERを許容します。このとき、表面的にはPERが高くても、投資家は長期的な期待リターンをしっかり確保できると判断している場合があります。
同じPER30倍の銘柄でも、将来の利益が年20%のペースで成長すると見込まれている企業と、ほとんど成長が見込めない企業では、投資家が頭の中で想定しているリスクプレミアムは全く違います。PERだけを見て「高いから危険」と決めつけるのではなく、「この価格水準で、自分が要求するリスクプレミアムが本当に満たされるか」を考えることが重要です。
ROEとリスクプレミアムの関係
ROE(自己資本利益率)は、株主が企業に預けた資本に対して、どれくらいの利益を生み出しているかを示す指標です。長期的な投資家は、「ROEが無リスク金利+十分なリスクプレミアムを上回っているか」に注目します。
例えば、無リスク金利1%、投資家が株式に対して要求するリスクプレミアムが4%なら、合計で5%以上のリターンが欲しいということになります。対象企業のROEが安定して10〜12%出ているなら、「資本コストを十分に上回るリターンを稼いでいる企業」と評価できます。一方、ROEが3〜4%程度にとどまっている企業は、「無リスク金利とリスクプレミアムを足したハードルを超えられていない」可能性があり、長期投資対象としては慎重な検討が必要です。
リスクプレミアムを使って投資判断を整理する実践ステップ
ここからは、実際に個人投資家が無リスク金利とリスクプレミアムを使って投資判断を整理するためのステップを、具体的に紹介します。
ステップ1:自分が想定する無リスク金利を決める
最初に、投資判断の基準となる無リスク金利を自分なりに設定します。一般的には、短期〜中期の国債利回りや、元本保証性の高い金融商品の利回りが参考になりますが、実務的には「この程度なら安全資産として許容できる」というレベルを自分で決めてしまって構いません。
例えば、「今の環境なら無リスク金利は年1%とみなす」と決めたら、すべての投資商品を「1%に対してどれだけ上乗せがあるか」という目線で比較していきます。
ステップ2:自分のリスク許容度から最低限欲しいリスクプレミアムを考える
次に、自分のリスク許容度を踏まえて、「株式やその他のリスク資産に対して最低限どれくらいのリスクプレミアムが欲しいか」を決めます。価格変動が怖いと感じるなら、最低でも3〜4%の上乗せがないと割に合わないかもしれません。逆に、価格変動を受け入れてでもリターンを狙いたいなら、5〜7%以上の上乗せを基準にするという考え方もあります。
大切なのは、「なんとなく高そうだから買う」のではなく、「自分はこのくらいのリスクプレミアムがないと投資しない」という軸を持つことです。
ステップ3:個別銘柄や投資商品ごとに期待リターンをざっくり数値化する
次に、検討中の株式やETF、REITなどについて、配当利回りや成長率のイメージから期待リターンをざっくり数値化します。
例えば、ある高配当株について、「配当利回り4%+株価の緩やかな成長1〜2%=トータルで5〜6%程度」と自分なりに見積もります。一方で、成長株なら「配当はほぼゼロだが、売上成長と株価上昇で年8〜10%を期待したい」といったイメージを持ちます。
このとき、「その期待リターンから無リスク金利を引いた値」が、実質的に自分がその銘柄に対して要求しているリスクプレミアムになります。その数値が、自分の基準より十分に大きいかをチェックします。
ステップ4:複数の候補の中から、リスクプレミアムに見合うものを選ぶ
候補となる複数の銘柄や投資商品について、同じ無リスク金利を基準にリスクプレミアムを比較すると、「どれが割に合う投資なのか」が見えやすくなります。
例えば、
・銘柄A:期待リターン5% → リスクプレミアム4%(無リスク1%と仮定)
・銘柄B:期待リターン8% → リスクプレミアム7%
・銘柄C:期待リターン6% → リスクプレミアム5%
という3銘柄があった場合、自分のリスク許容度と値動きの荒さなども考慮しつつ、「リスクプレミアム4%では物足りないので、最低でも5〜7%は欲しい」といった判断がしやすくなります。
ポートフォリオ全体でも「無リスク金利+リスクプレミアム」を意識する
無リスク金利とリスクプレミアムの考え方は、個別銘柄だけでなく、ポートフォリオ全体にも応用できます。ポートフォリオ全体の期待リターンを、「無リスク資産の比率」と「リスク資産の比率」から組み立てていくイメージです。
例:無リスク資産30%+株式70%のポートフォリオ
例えば、ポートフォリオのうち30%を無リスク資産(期待リターン1%)、残り70%を株式(期待リターン7%)に配分したとします。このとき、ポートフォリオ全体の期待リターンは、次のように計算できます。
期待リターン = 0.3 × 1% + 0.7 × 7% = 0.3% + 4.9% = 5.2%
無リスク金利1%に対して、ポートフォリオ全体として約4.2%のリスクプレミアムを取りにいっている構造です。このように、資産配分の段階から「無リスク金利+リスクプレミアム」という視点で設計しておくと、自分がどれだけのリスクを取っているのかを数字で把握しやすくなります。
よくある勘違いと注意点
最後に、無リスク金利とリスクプレミアムを使うときに、個人投資家が陥りがちな勘違いと注意点を整理します。
注意点1:過去のリターンをそのまま期待リターンとみなさない
過去数年間の株価チャートや利回りだけを見ると、「この銘柄はいつも10%以上上がっているから、今後も10%期待できる」と考えてしまいがちです。しかし、市場環境や金利水準は常に変化します。無リスク金利が大きく変われば、投資家が許容できるリスクプレミアムの水準も変わってきます。
過去データはあくまで参考として使い、「今の無リスク金利と自分のリスク許容度を踏まえて、これからどれだけの期待リターンを要求するか」を考えることが大切です。
注意点2:リスクプレミアムが高い=必ずお得ではない
見かけ上の期待リターンが高く、リスクプレミアムが大きい商品ほど魅力的に見えますが、その分リスクも大きくなります。業績のブレが大きい成長株、信用リスクの高い社債、値動きが激しい暗号資産などは、理論上は高いリスクプレミアムが求められます。
しかし、そのリスクプレミアムが本当に実現するかどうかは保証されていません。リスクプレミアムは「期待値」であって、「約束された利回り」ではないことを忘れないようにしましょう。
注意点3:自分のリスク許容度を超えるリスクプレミアムは取らない
高いリスクプレミアムを求めて、ボラティリティの大きい資産に集中投資すると、一時的な価格下落で心理的に耐えられなくなり、安値で手放してしまうことがあります。リスクプレミアムを狙うこと自体は合理的ですが、「自分がどの程度のドローダウンまで耐えられるか」を冷静に考え、その範囲内で投資することが重要です。
まとめ:無リスク金利とリスクプレミアムを軸に、ぶれない投資判断を作る
無リスク金利とリスクプレミアムは、一見すると専門的な金融用語に見えますが、実際には「安全な資産に対して、どれだけ上乗せのリターンが欲しいか」を整理するシンプルな考え方です。
・無リスク金利=リスクを取らない場合の基準利回り
・リスクプレミアム=リスクを取る代わりに要求する上乗せリターン
・期待リターン=無リスク金利+リスクプレミアム
このフレームワークを日常的な投資判断に取り入れると、「なんとなく安そうだから買う」「みんなが買っているから買う」といった感覚的な売買から離れやすくなります。代わりに、「自分はこの商品に対して年◯%の期待リターンを求めている」「無リスク金利と比較して、このリスクプレミアムなら投資してもよい」といった、数字ベースの判断ができるようになります。
最初はざっくりとした見積もりでも構いません。少しずつ、無リスク金利とリスクプレミアムを意識しながら銘柄選択やポートフォリオ構築を行うことで、自分なりの投資基準が磨かれていきます。相場に振り回されないための土台として、この考え方をぜひ取り入れてみてください。


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