リスクプレミアムとは何か
投資の世界では「リスクを取るからリターンが得られる」とよく言われます。このときの「リターンの上乗せ分」のことを、金融の専門用語でリスクプレミアムと呼びます。もっとシンプルに言えば、安全な資産よりも危険な資産を持つことで、追加で期待できるご褒美がリスクプレミアムです。
例えば、日本の普通預金はほとんど利息がつきませんが、値動きの大きい株式は長期的には預金より高い平均リターンをもたらしてきました。この「株式が預金よりも平均して高いリターンを生んできた分」が株式リスクプレミアムです。
ポイントは、リスクプレミアムは「ほぼ確実にもらえる金利」ではなく、あくまで期待値に過ぎないということです。ある年は大きくプラス、別の年は大きくマイナスにもなりえますが、長期で平均すると安全資産よりプラスが期待できる、その差がリスクプレミアムだと理解してください。
なぜリスクを取ると期待リターンが上がるのか
リスクを嫌う人が多いからこそ、リスクを引き受ける人には見返りが必要になります。これがリスクプレミアムの根本的な理由です。多くの投資家や機関投資家は、資産価値が大きく上下することを好みません。そこで、価格のブレが大きい資産は、買ってもらうためにそれなりの高い期待リターンを約束せざるを得ない、というメカニズムが働きます。
もう少し日常生活の例で考えてみましょう。安定した会社の正社員の仕事と、収入は高いが業績次第で簡単にクビになる仕事があったとします。多くの人は前者を選びがちです。後者の仕事に人を集めるには、より高い給料やボーナスを提示する必要があります。この「安定の代わりに諦めないといけない追加の報酬」が、投資の世界ではリスクプレミアムに相当します。
金融市場でも同じ構図が成り立ちます。価格が安定している国債よりも値動きの激しい株式の方が、長期的な期待リターンが高くなるのは、まさに不安定さを引き受けるための見返りと考えることができます。
代表的なリスクプレミアムの種類
一口にリスクプレミアムと言っても、その種類はいくつかに分けて考えることができます。代表的なものを整理しておきましょう。
① 株式リスクプレミアム
もっとも基本となるリスクプレミアムが、株式リスクプレミアムです。無リスクに近いとみなされる国債などに比べて、株式の期待リターンがどれだけ上乗せされているかを示します。株式市場全体のインデックス(例:日経平均株価やS&P500)と国債の利回りを比較することで、おおまかな株式リスクプレミアムをイメージできます。
② クレジットリスクプレミアム
企業や国が発行する債券には、「本当に返済してもらえるのか」という信用リスクがあります。信用力の高い国債よりも、信用力の低い社債やハイイールド債(高利回り債)の方が利回りが高くなります。この差がクレジットリスクプレミアムです。実務では、信用スプレッドという形で数値化されます。
③ 期間(ターム)プレミアム
同じ国債でも、1年ものと30年ものではリスクの性質が異なります。期間が長いほど、金利変動やインフレ変動の影響を長く受けるため、価格が大きく動きやすくなります。その代わり、長期国債は短期国債よりも高い利回りが期待されます。この「長期で資金を拘束されることへの見返り」が期間プレミアム(タームプレミアム)です。
④ 流動性プレミアム
いつでもすぐに売れる資産と、なかなか売れない資産では、投資家が感じる不安が違います。取引量が少ない不動産や中小型株など、流動性が低い資産は売りたいときに売れない、希望価格で売れないといったリスクがあります。そのため、流動性の低さを補うための上乗せリターンが要求されます。これが流動性プレミアムです。
⑤ 為替・グローバル投資に伴うプレミアム
新興国通貨建ての債券や、高金利通貨を買うキャリートレードでは、しばしば高い利回りが提示されます。しかしそこには、為替変動や政治リスクなどが含まれています。表面上は高利回りでも、為替が大きく下落すれば元本割れのリスクがあります。このようなリスクを引き受ける対価として、追加の金利差や利回りが要求される形でリスクプレミアムが存在します。
個人投資家が意識すべきリスクプレミアムの実例
抽象論だけではイメージしにくいので、個人投資家が実際に直面しやすいケースでリスクプレミアムを見ていきます。
① 預金 vs 国内債券 vs 株式インデックス
もっとも基本的な比較は、普通預金・国内債券・株式インデックスの三つです。普通預金は値動きがほとんどなく、元本割れのリスクも小さい代わりに利息もほとんどありません。国内債券は金利変動リスクを負う代わりに、預金よりは高い利回りを期待できます。株式インデックスは価格が大きく上下する代わりに、長期の平均リターンはさらに高くなりやすいです。
ここで、預金から債券への上乗せ分が「金利・信用・期間などのプレミアム」、債券から株式への上乗せ分が「株式リスクプレミアム」と捉えられます。自分のポートフォリオで、どの程度リスクプレミアムを取りに行っているのか、まずはこの三つの比率を見直してみるとよいでしょう。
② 投資適格債 vs ハイイールド債
格付けの高い投資適格債は、デフォルト確率が低い分、利回りも控えめです。一方で、低格付けのハイイールド債は、元本割れやデフォルトのリスクが高い代わりに、利回りが大きく上乗せされています。この差がクレジットリスクプレミアムです。
ここで重要なのは、高利回りだからといって必ずしも得とは限らないという点です。景気悪化局面では、デフォルトや価格下落が集中し、結局は投資適格債よりもパフォーマンスが悪くなることも十分にありえます。リスクプレミアムはあくまでも長期平均の期待値であり、短期的には大きなブレがあることを忘れてはいけません。
③ 大型株 vs 小型グロース株
安定した大型株と、値動きの激しい小型グロース株を比較すると、一般に小型グロース株の方が期待リターンは高くなりやすいと考えられています。その根底には、ビジネスが安定していない、情報が少ない、流動性が低いといったリスクが存在します。これらのリスクを織り込む形で、投資家は追加のリターンを要求します。これも一種のリスクプレミアムです。
④ 為替キャリートレード
高金利通貨を買い、低金利通貨を売るキャリートレードでは、金利差に相当するスワップポイントが得られます。このスワップポイントの一部もリスクプレミアムと見ることができます。高金利通貨はインフレや政治の不安定さなどを抱えていることが多く、為替が急落するリスクがあります。そのリスクを引き受ける見返りとして、高い金利差が提示されている、と考えると構造が理解しやすくなります。
リスクプレミアムと危険な勘違い
リスクプレミアムは、賢く活用すれば資産形成の強力な味方になりますが、勘違いすると大きな損失にもつながります。よくある誤解を整理しておきましょう。
① 「利回りが高い=お得」ではない
表面利回りだけを見て「この商品は年利◯%だからお得」と判断するのは危険です。高い利回りにはほぼ必ず理由があり、その裏には何らかのリスクが存在しています。リスクプレミアムとは、そのリスクの見返りとして上乗せされている部分です。利回りが高ければ高いほど、見えにくいリスクが潜んでいる可能性も意識してください。
② 過去の平均リターンは未来を保証しない
リスクプレミアムの議論では、過去の長期データをもとに平均リターンが計算されることが多いですが、過去の平均はあくまで参考値です。今後も同じリスクプレミアムが得られる保証はありません。特に、金融政策や規制、テクノロジーの変化などによって、市場構造そのものが変わることもあります。
③ リスクは「見えるもの」と「見えないもの」がある
価格のボラティリティはチャートを見ればわかりますが、流動性の枯渇や市場の機能不全、信用不安などは普段の数字からは見えにくいことがあります。リスクプレミアムを取りに行くときは、「何のリスクに対するプレミアムなのか」を具体的に言語化する習慣をつけておくと、安易に高利回り商品に飛びつくことを防ぎやすくなります。
リスクプレミアムを取りに行くための実践ステップ
ここからは、個人投資家が実際にリスクプレミアムを意識してポートフォリオを組むためのステップを整理します。難しい数式は不要で、考え方を押さえることが重要です。
ステップ1:自分のリスク許容度を把握する
まず前提として、自分がどれくらいの含み損に耐えられるのかを冷静に把握する必要があります。評価額が20%下がったときに平常心でいられるのか、10%でもつらいのかによって、取りに行けるリスクプレミアムの種類と量が変わります。リスク許容度が低いのに株式比率を上げ過ぎると、下落局面で耐えられずに手放し、期待していたリスクプレミアムを実現できなくなってしまいます。
ステップ2:どのリスクプレミアムを主に取りに行くか決める
リスクプレミアムは一つではありません。株式リスク、クレジットリスク、期間リスク、流動性リスク、為替リスクなど、多数のリスクがあります。全てを一度に取りに行く必要はなく、自分が理解しやすく、納得できるものから優先するのが現実的です。
例えば、最初は「株式リスクプレミアム」を中心にインデックス投資から始め、慣れてきたら少しずつクレジットリスクや国際分散を取り入れる、といった段階的なアプローチが考えられます。
ステップ3:商品はできるだけシンプルなものを選ぶ
リスクプレミアムを取りに行くための商品は、必ずしも複雑である必要はありません。株式リスクプレミアムなら、広く分散された株式インデックスファンドやETFで十分です。クレジットリスクプレミアムを取りに行くなら、分散された社債ファンドやハイイールド債ファンドが典型的な選択肢になります。
仕組みが複雑な商品ほど、何に対するリスクプレミアムなのかが見えにくくなりがちです。中身を説明できない商品には手を出さない、というシンプルなルールを設けるだけでも、リスク管理の質は大きく向上します。
ステップ4:ポートフォリオ全体でリスクプレミアムをデザインする
個々の商品だけでなく、ポートフォリオ全体でどのリスクプレミアムをどの程度取りに行っているのかを意識します。例えば、預金・国内債券・先進国株式・新興国株式・ハイイールド債・REITなどを組み合わせることで、株式リスク、クレジットリスク、期間リスク、流動性リスク、為替リスクなどの組み合わせを調整できます。
このとき、リスクが似通った資産ばかりに偏らないようにすることが重要です。似た性質のリスクプレミアムを重ねすぎると、特定のショックでポートフォリオ全体が同時に大きく下落する可能性が高まります。
ステップ5:定期的に見直し、リスクプレミアムの取り過ぎを防ぐ
市場環境の変化や自分のライフステージの変化によって、適切なリスクの量は変わっていきます。年に一度などタイミングを決めて、ポートフォリオの構成とリスクプレミアムのバランスを見直しましょう。株式が大きく値上がりして比率が膨らんでいる場合は、一部を売却して債券や現金に振り分けることで、リスクプレミアムの取り過ぎを防ぐことができます。
シンプルなポートフォリオ例でリスクプレミアムを体感する
ここでは、リスクプレミアムを意識したごくシンプルなポートフォリオの例を紹介します。あくまで考え方のサンプルであり、特定の商品を推奨するものではありません。
例:長期資産形成を目的とした分散ポートフォリオ
例えば、次のような組み合わせを考えてみます。
- 国内債券インデックスファンド:30%
- 先進国株式インデックスファンド:40%
- 新興国株式インデックスファンド:10%
- グローバルREITファンド:10%
- ハイイールド債ファンド:10%
このポートフォリオでは、国内債券がベースの安定性を提供しつつ、先進国株・新興国株・REITで株式リスクプレミアムと流動性プレミアムを取りに行き、ハイイールド債でクレジットリスクプレミアムを追加で取りに行っています。
重要なのは、どの部分でどのリスクプレミアムを取りに行っているかを自分で説明できることです。説明できない部分があるなら、その比率を減らしたり、よりシンプルな商品に置き換えたりして、理解度と納得感を高めていくとよいでしょう。
リスクプレミアムと景気・金利サイクルの関係
リスクプレミアムの大きさは、景気や金利の局面によって変動します。景気が良く、投資家が楽観的なときには、リスクを取りたがる人が増えるため、リスクプレミアムは縮小しがちです。反対に、景気後退や金融危機の局面では、リスク資産から資金が流出し、リスクプレミアムが一時的に急拡大することがあります。
金利政策もリスクプレミアムに影響します。超低金利環境では、安全資産の利回りが低いため、投資家はリスク資産に資金を移しやすくなります。その結果、株式やクレジット商品の利回りが相対的に低下し、リスクプレミアムが縮小する傾向があります。一方、金利が急速に引き上げられる局面では、安全資産の利回りが上がる一方で、リスク資産の価格が調整し、リスクプレミアムが一時的に拡大しやすくなります。
個人投資家にとって重要なのは、リスクプレミアムは一定ではなく、環境によって揺れ動くという事実を理解しておくことです。短期的な拡大・縮小に振り回されるよりも、自分のリスク許容度に合ったポートフォリオを維持しつつ、長期の視点でリスクプレミアムを享受する姿勢が基本になります。
まとめ:リスクプレミアムを味方につけて資産形成を進める
本記事では、リスクプレミアムの基本的な考え方から、その種類、個人投資家が直面する具体例、よくある勘違い、そして実践的なステップまでを整理しました。
重要なポイントを改めてまとめると、次の通りです。
- リスクプレミアムとは、安全資産よりもリスク資産を持つことで期待できる追加リターンであり、確定利益ではなくあくまで期待値である。
- 株式・クレジット・期間・流動性・為替など、リスクプレミアムにはさまざまな種類があり、それぞれ異なるリスクの見返りとして存在している。
- 高い利回りには必ず理由があり、見えにくいリスクが含まれている可能性があるため、「何のリスクに対するプレミアムか」を意識して商品を選ぶことが大切である。
- ポートフォリオ全体で、どのリスクプレミアムをどの程度取りに行っているかをデザインし、自分のリスク許容度に合った範囲に収めることが資産形成の土台となる。
- リスクプレミアムは景気や金利環境によって変動するが、長期の視点でブレを受け入れながら付き合うことが、個人投資家にとって現実的なアプローチである。
リスクプレミアムの正体を理解し、自分がどのリスクの見返りを取りに行っているのかを意識できるようになると、「なんとなく高利回りだから買う」といった曖昧な判断から一歩抜け出すことができます。毎月の積立やポートフォリオの見直しのたびに、「この部分のリターンはどのリスクプレミアムから来ているのか?」と問いかけてみることが、より納得感の高い資産形成につながっていきます。


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