近年の金利上昇局面で、「とりあえず米国債」「とりあえずドル建てMMF」という言葉をよく耳にするようになりました。株式や暗号資産のボラティリティが高まると、相対的に値動きが安定している資産に資金が集まりやすくなります。その代表格が、米国債とドル建てMMF(マネー・マーケット・ファンド)です。
しかし、同じ「利回り〇%」と表示されていても、米国債とMMFでは中身がまったく異なります。また、ドル建てで見た利回りと、円に換算した実質的なリターンも大きく違う場合があります。本記事では、投資初心者の方でも理解しやすいように、米国債とMMFの利回りの読み解き方を丁寧に解説し、実際のポートフォリオでどう使い分けるかまで整理していきます。
米国債とMMFはなぜ「安全資産」とみなされるのか
米国債とMMFは、しばしば「安全資産」として語られます。ただし、ここでいう安全とは「元本が絶対に減らない」という意味ではなく、相対的に信用リスクや価格変動が小さいという意味です。
米国債は、世界最大の経済規模を持つアメリカ合衆国が発行する国債であり、デフォルトリスクが非常に低いとみなされています。一方でMMFは、短期国債やコマーシャルペーパーなど、信用度の高い短期金融商品を組み合わせて運用する投資信託です。どちらも「信用度の高い相手に短期〜中期でお金を貸して利息を受け取る」という性質を持ちます。
株式や暗号資産と比べれば、値動きが穏やかであることが多く、「待機資金の置き場所」として選ばれやすいのが特徴です。
米国債の基本構造と利回りの出方
まずは米国債そのものの仕組みを整理します。個人投資家が触れることの多い米国債は、主に以下の3種類です。
- 短期国債(Treasury Bill):償還期間が1年以内。利息はなく、割引発行で差額が利回りになるタイプです。
- 中期・長期国債(Treasury Note / Bond):償還期間が2年以上。半年ごとにクーポン(金利)が支払われます。
- 物価連動国債(TIPS):インフレ率に応じて元本が増減するタイプで、実質金利に連動します。
証券会社の取引画面でよく目にする「利回り○%」は、一般的に年率換算の利回り(最終利回り、Yield to Maturity)です。これは、償還まで保有した場合に、クーポン収入と償還差益を合わせて年率何%に相当するかを計算したものです。
クーポン金利と利回りは別物
ここで多くの初心者が混乱するのが、「クーポン金利」と「利回り」の違いです。たとえば、クーポン金利2%の10年国債を、市場価格が大きく下がったタイミングで購入した場合、実際の利回りは2%より高くなることがあります。逆に、市場価格が大きく上がったタイミングで購入すれば、クーポン金利2%でも実質利回りは2%を下回ります。
つまり、画面に表示されている「利回り○%」は、クーポン金利ではなく、「いまこの価格で買って償還まで持ち切った場合の年率リターン」を示しているという点が重要です。
残存期間と利回りの関係
同じタイミングでも、残存期間によって利回りは異なります。一般に、短期債は金利変動リスクが小さいため利回りは低め、長期債は金利変動リスクを引き受ける分だけ利回りが高くなる傾向があります。
ただし、金利環境によっては、短期金利が長期金利を上回る「逆イールド」と呼ばれる状況も起こります。このような局面では、短期の米国債やMMFの利回りが、長期国債よりも高くなることがあります。
MMFの仕組みと利回りの特徴
一方、MMFは複数の短期金融商品に分散投資するファンドです。具体的には、短期国債、レポ取引、銀行の譲渡性預金(CD)、高格付け企業のコマーシャルペーパーなどを組み合わせて運用します。
MMFの利回りは、組み入れられている資産の金利水準と運用コストによって決まります。一般的に、米国の政策金利(フェデラルファンドレート)や短期市場金利が上昇すると、MMFの分配金利回りもじわじわと上がっていきます。逆に、金利が低下すれば、MMFの利回りも時間差を伴いながら低下していきます。
MMFの利回り表示の読み方
MMFの運用報告書や運用会社のウェブサイトには、「直近7日間平均利回り」や「分配金利回り」などが表示されることがあります。これは、過去一定期間の実績を年率換算した数字です。
重要なのは、MMFの利回りは「ほぼ変動金利である」という点です。今日が年率4%でも、1年後に同じ4%が継続されるとは限りません。金利環境が変われば、MMFの利回りも連動して変化します。
米国債とMMFの利回りを左右する主な要因
米国債とMMFの利回りは、共通して以下のような要因の影響を受けます。
- 米国の政策金利(FFレート)の水準と今後の見通し
- インフレ率とインフレ期待
- 景気サイクル(景気拡大期か、減速・後退期か)
- 信用不安や金融システム不安の有無
たとえば、インフレが高止まりしている局面では、中央銀行はインフレを抑えるために政策金利を引き上げることがあります。その結果、短期金利が高くなり、MMFや短期国債の利回りが上昇します。一方で、景気が減速し、将来の利下げが意識されると、長期金利が低下して長期国債の利回りが下がることもあります。
ドル建て利回りと円ベース利回りの考え方
米国債やMMFに投資する日本の個人投資家にとって、最も重要なのは「ドル建ての利回り」と「円ベースの実質リターン」を分けて考えることです。
たとえば、ドル建てで年率4%の利回りが得られる商品であっても、円高が大きく進行すれば、為替差損によって円換算のトータルリターンがマイナスになることがあります。逆に、ドル安からドル高に進行する局面では、為替差益が上乗せされ、円ベースのリターンが大きくプラスになることもあります。
為替ヘッジの有無で利回りは変わる
為替リスクを避けるために、「為替ヘッジあり」の商品を選ぶという選択肢もあります。ただし、為替ヘッジにはコストがかかり、そのコストは主にドルと円の金利差によって決まります。ドル金利が高く、円金利が低い局面では、ヘッジコストが高くなり、ヘッジあり商品の利回りはヘッジなしに比べて低くなりやすいです。
したがって、ドル建て利回りだけでなく、「ヘッジコストを差し引いたうえでの円ベース利回り」を確認することが重要です。商品によっては、運用報告書や目論見書にヘッジコストの目安が記載されている場合があります。
米国債とMMFの使い分けの基本的な考え方
米国債とMMFは、どちらが優れているというよりも、「用途が違う」と考えたほうがわかりやすいです。ここでは、典型的な3つのケースで整理してみます。
ケース1:数か月〜1年以内に使う予定の資金
近いうちに生活費や事業資金として使う可能性が高いお金であれば、価格変動リスクの小さい商品が望ましいです。このような資金に対しては、短期国債やMMFのような短期商品が候補になります。
MMFは日々の基準価額の変動が極めて小さく、解約も比較的容易なことが多いため、短期の待機資金の置き場所として利用されることがあります。ただし、元本保証ではない点と、利回りが将来も同じ水準で続くとは限らない点に注意が必要です。
ケース2:数年以上の余裕資金で安定した利息を受け取りたい
長期的に使う予定のない余裕資金で、比較的安定した利息収入を目指したい場合は、中期〜長期の米国債が候補になります。償還まで保有すれば、途中の価格変動に左右されず、あらかじめ決まったクーポンを受け取り続けることができます。
ただし、途中売却を行うと、その時点の金利水準によっては売却価格が大きく上下する可能性があります。長期債ほど金利変動に対して価格が敏感になるため、「償還まで持ち切る前提で購入する」というスタンスが重要になります。
ケース3:相場が不透明なときの一時的な避難先
株式や暗号資産のボラティリティが高まり、「一旦リスク資産から距離を置きたい」という場面では、MMFや短期国債が一時的な避難先として使われることがあります。特に、短期金利が高い局面では、待機資金であっても一定の利息収入を得やすくなります。
ただし、避難先に移したまま市場を長期間見ていないと、結果的に大きな上昇局面を取り逃すリスクもあります。待機資金の比率や期間については、あらかじめ自分なりのルールを決めておくとよいでしょう。
利回りだけを追いかけないためのチェックポイント
米国債やMMFは、比較的わかりやすい商品に見えますが、利回りだけを見て判断すると、思わぬリスクを抱えることがあります。ここでは、投資初心者が特に意識しておきたいチェックポイントをまとめます。
- 為替レートの前提:購入時と解約・償還時の為替レートが大きく変わると、円ベースのリターンが大きく動きます。
- 残存期間:長期債ほど金利上昇局面で価格が下がりやすくなります。
- ヘッジコスト:為替ヘッジあり商品は、金利差が大きいと利回りが圧縮されます。
- 流動性:解約にかかる日数や、途中売却時のスプレッドなども確認が必要です。
- 税金:利子や分配金、為替差益には課税が発生します。取引口座の種別によって課税方法が異なる場合があります。
これらを総合的に見ずに、「利回りが高いから」という理由だけで商品を選ぶと、自分の資金ニーズやリスク許容度とかみ合わないポジションを持ってしまう可能性があります。
シンプルなステップで米国債・MMFを検討する
最後に、米国債やMMFを検討する際のシンプルなステップを整理します。これはあくまで考え方の一例ですが、初心者の方が迷わないための手順として役立ちます。
- ステップ1:「いつ使うお金か」を期間で区分する(1年以内、1〜3年、3年以上など)。
- ステップ2:期間ごとに、どの程度の価格変動なら許容できるかを考える。
- ステップ3:短期の待機資金にはMMFや短期国債、中長期の余裕資金には中長期の米国債など、自分の期間とリスク許容度に合うゾーンを選ぶ。
- ステップ4:ドル建て利回りだけでなく、為替リスクとヘッジコストを加味したうえで、円ベースのリターンイメージを持つ。
- ステップ5:商品ごとの詳細(残存期間、手数料、分配方針、税制など)を目論見書や運用報告書で確認する。
このようなステップを踏むことで、「なんとなく話題だから」「利回りが高いと聞いたから」という理由だけで資金を動かしてしまうことを防ぎやすくなります。
まとめ:米国債とMMFは「利回りの数字」より「資金の役割」で選ぶ
米国債とMMFは、どちらも相対的にリスクを抑えながら金利収入を狙える手段です。ただし、その性質は微妙に異なります。MMFは短期金利に連動しやすく、待機資金や短期の避難先として機動的に使いやすい一方、米国債は残存期間を固定して長期的な利息収入を得たいときに向いています。
また、ドル建てでの利回りに目が行きがちですが、日本の個人投資家にとっては、為替リスクやヘッジコスト、税制なども含めた「円ベースの実質リターン」を意識することが欠かせません。
安全資産といわれる商品であっても、リスクがゼロになるわけではありません。自分の資金の用途と期間、リスク許容度を整理したうえで、米国債とMMFを自分なりに使い分けることが、安定した資産形成につながっていきます。


コメント