信用スプレッドは、オプションの売りと買いを組み合わせて「プレミアムを受け取りつつ、最大損失をあらかじめ限定する」戦略です。名前は難しく聞こえますが、構造自体はシンプルで、仕組みを理解すれば個人投資家でも取り組みやすいオプション戦略の一つです。
信用スプレッドとは何か
信用スプレッド(Credit Spread)は、同じ原資産・同じ満期のオプションを「売り」と「買い」で同時に組み合わせるポジションです。基本形は次の通りです。
- プレミアムを多く受け取るオプションを売る
- プレミアムを少なく支払うオプションを買う
この2つの差額が「ネットで受け取るプレミアム(=最大利益)」となり、一方でストライク価格の差が「理論上の最大損失幅」を決めます。つまり、利益は限定だが損失も限定という、リスク・リターンが比較的読みやすい構造になっています。
なぜ個人投資家にとって魅力的なのか
オプションの売りだけを行うと、理論上の損失が非常に大きくなる場合があります。一方、信用スプレッドでは、必ず反対サイドのオプションを「保険」として保有するため、最大損失が事前に分かります。個人投資家にとっての主なメリットは次の通りです。
- 最大損失が限定されるため、資金管理がしやすい
- プレミアムを受け取ることで、時間の経過(タイムディケイ)を味方にしやすい
- 株価が「大きく動かない」局面でも収益機会を作れる
一方で、適切なストライク設定やポジションサイズを誤ると、想定以上の損失が短期間で発生するリスクもあります。そのため、「どのような相場環境で使うか」「どの程度の距離を空けるか」を決めるルール作りが重要になります。
コール信用スプレッドの具体例
まずは上昇に対してやや弱気〜中立の見方を取るときに使う「コール信用スプレッド」の例を示します。仮に、ある株価が現在100ドルで取引されているとします。
- 110ドルのコールを売る(プレミアム 3ドルを受け取る)
- 120ドルのコールを買う(プレミアム 1ドルを支払う)
この場合、ネットで2ドル(=3−1)のプレミアムを受け取ります。1枚=100株の契約であれば、最大利益は200ドルです。
満期日に株価が110ドル以下で終われば、売った110ドルコールも買った120ドルコールも行使されず、受け取った2ドルがそのまま利益になります。つまり、「思ったよりも上がらなかった」局面で利益が確定する戦略です。
プット信用スプレッドの具体例
次に、下落に対してやや強気〜中立の見方を取る「プット信用スプレッド」を見てみます。同じく株価100ドルを前提とします。
- 90ドルのプットを売る(プレミアム 3ドルを受け取る)
- 80ドルのプットを買う(プレミアム 1ドルを支払う)
このときもネットで2ドルのプレミアムを受け取り、最大利益は200ドルです。満期日に株価が90ドル以上であれば、両方のプットは行使されず、受け取ったプレミアムが利益になります。
プット信用スプレッドは、「ある程度下がってもよいが、急落までは想定していない」ときに使う戦略です。現物株を保有していなくても構築できますが、大きな急落が起きた場合の損失パターンを理解しておく必要があります。
利益と損失の計算方法
信用スプレッドの損益構造はシンプルで、以下のように整理できます。
- 最大利益=ネットで受け取るプレミアム
- 最大損失=ストライク価格の差 − ネットプレミアム
先ほどのコール信用スプレッドの例では、ストライク差は10ドル(120−110)、ネットプレミアムは2ドルです。したがって、
最大損失 = 10ドル − 2ドル = 8ドル(1枚あたり800ドル)
となります。このように、建てた時点で「もらえる金額」と「最悪失う金額」が明確に計算できるため、リスクリワードを数値で把握しやすいという特徴があります。
ボラティリティと時間価値の影響
信用スプレッドは、ボラティリティ(価格変動率)と時間価値の影響を強く受けます。一般的に、
- ボラティリティが高いと、オプションプレミアムは高くなる → 受け取るプレミアムが増える
- 時間の経過とともに、時間価値は減少する → 売り手に有利に働きやすい
ただし、ボラティリティが高いということは、その分予想外の方向へ大きく動くリスクも高いことを意味します。高ボラティリティ局面ではプレミアムは魅力的に見えますが、ストライクの位置を十分に離すなど、慎重な設計が必要です。
証拠金とリスク管理の考え方
信用スプレッドを実際に取引する際には、証券会社ごとの証拠金計算ルールを確認する必要があります。一般的には、
- 最大損失額をベースにした証拠金が必要になる
- 片側だけを売るよりは、必要証拠金が抑えられる
という傾向があります。実務的なリスク管理としては、
- 1回のトレードで口座資金の数%以上を失わないように枚数を調整する
- 決めた損切りラインに達したら、満期を待たずにクローズする
- イベント(決算発表、重要指標、金融政策発表)の直前・直後はポジションを控える
といったルールをあらかじめ決めておくことが重要です。
どのような相場環境で使うか
信用スプレッドは、「方向性はある程度想定するが、大きくは動かないだろう」と考える局面に向いています。
- コール信用スプレッド:
「上値は重そうだが、急落まではイメージしていない」相場で検討 - プット信用スプレッド:
「押し目はあっても、大暴落までは想定していない」相場で検討
一方向に大きくトレンドが出ている局面や、重要イベントで相場が荒れやすいタイミングでは、信用スプレッドのリスクも一気に顕在化しやすくなります。相場環境が読みにくいときは、ポジションサイズを小さくするか、取引自体を見送る判断も選択肢に含めるべきです。
実務上のチェックリスト
実際に信用スプレッドを検討するときに、最低限確認しておきたいポイントをチェックリストとして整理します。
- 原資産の価格トレンド(上昇・下落・レンジ)を確認したか
- 重要イベント(決算、指標発表、金融政策など)の前後ではないか
- ボラティリティが異常に高すぎないか、低すぎないか
- ストライクの距離は、過去の値動き・サポート&レジスタンスを踏まえて設定しているか
- 最大損失額が、口座残高やリスク許容度に対して妥当か
- 事前に「どの価格」「どの損失額」でクローズするか決めているか
このようなチェックを毎回行うことで、「なんとなく高そうだから売る」「とりあえずプレミアムが大きいから建てる」といった感覚的な取引を避けることができます。
よくある失敗パターン
信用スプレッドでありがちな失敗パターンもあらかじめ押さえておきましょう。
- プレミアムの大きさだけでストライクを決めてしまう
受け取れるプレミアムが大きいほど魅力的に見えますが、多くの場合、それは「市場が大きな値動きのリスクを織り込んでいる」サインでもあります。 - イベントリスクを軽視する
決算発表や重要指標の前後は、短期間で大きく価格が動くことがあります。このタイミングで信用スプレッドを持ち越すと、想定外の損失につながることがあります。 - ロスカットルールが曖昧
「そのうち戻るだろう」と期待して放置すると、最大損失に近づくまで含み損が拡大することがあります。事前にルールを決めておくことが重要です。
まとめ:構造を理解し、ルールを決めて運用する
信用スプレッドは、オプションの売りと買いを組み合わせて、プレミアムを受け取りながらリスクを限定する戦略です。最大利益と最大損失が事前に分かるため、数値ベースでのリスク管理がしやすいという特徴があります。
一方で、ストライク設定や相場環境の見極めを誤ると、短期間で損失が膨らむ可能性もあります。原資産のトレンド、ボラティリティ、イベントスケジュールを確認し、自分なりのルールを言語化しておくことが大切です。
まずは、少額かつ枚数を抑えたポジションから始め、実際の値動きと損益の変化を体感しながら、自分に合った信用スプレッドの運用スタイルを見つけていくとよいでしょう。


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