なぜ最初に「リスク許容度」を決めるべきなのか
多くの投資初心者は、まず「何を買うか」から考えます。どの株が上がりそうか、どのETFが人気か、SNSで話題の銘柄はどれか――ところが、本来はその前に決めるべきことがあります。それが「自分のリスク許容度」です。リスク許容度とは、価格の上下による損失をどこまで冷静に受け止められるかという、あなた固有の「心理的・経済的な余裕度」を指します。
同じ20%の含み損でも、「まだ大丈夫」と思える人もいれば、「もう耐えられない」と感じて投げ売りしてしまう人もいます。投資の世界で長く生き残る人は、たまたま相場が当たった人ではなく、自分のリスク許容度を理解し、それに合わせたポートフォリオを一貫して維持できる人です。
この記事では、リスク許容度の考え方から具体的なポートフォリオ設計方法まで、順を追って丁寧に解説します。特定の商品を推奨するのではなく、「自分に合った配分とルール」を作るための思考プロセスに焦点を当てます。
リスク許容度を構成する3つの要素
リスク許容度は「性格だけ」で決まるわけではありません。主に次の3つの要素が組み合わさって決まります。
1. 経済的なリスク許容度(どれだけ失っても生活が破綻しないか)
最初に考えるべきは、家計のキャッシュフローと資産・負債の状況です。例えば、貯金が50万円しかないのに、そのうち40万円をリスク資産に投じれば、ちょっとした下落でも日常生活に支障をきたします。一方、生活費の1〜2年分を現金や安全性の高い資産で確保していれば、リスク資産の評価額が一時的に下がっても、生活が直ちに脅かされることはありません。
経済的なリスク許容度をざっくり把握するには、次のような問いを自分に投げかけてみてください。
- 毎月いくら貯蓄に回せるか
- 現在の貯蓄・投資残高はいくらか
- 住宅ローンやその他の借入額はいくらか
- いざというときに頼れる予備資金(現金・定期預金など)は何か月分あるか
これらを整理すると、「投資に回してよい金額」と「絶対に侵してはいけない生活防衛資金」の線引きが見えてきます。
2. 心理的なリスク許容度(どの程度の損失で夜眠れなくなるか)
経済的に耐えられる損失と、心理的に耐えられる損失は必ずしも一致しません。例えば、年収も貯蓄も十分な人であっても、評価損が10%ついただけで気になって眠れないという人もいます。この場合、「本来はもっとリスクを取れるはずだ」と考えるより、「自分が安定して続けられるリスク水準はどこか」を優先して考える方が、長期的な成果につながりやすくなります。
心理的なリスク許容度を測る簡易な方法として、「評価損がいくらまでなら冷静でいられるか」を金額ベースで考えることが有効です。例えば、100万円を投資する場合、
- 20万円の含み損でも、淡々とホールドや買い増しを検討できる
- 10万円の含み損でかなり不安になる
- 5万円の含み損でも落ち着かなくなる
といった具合に、具体的な数字で自分の感覚を言語化してみます。この「不安になるライン」を超えないようにポートフォリオ全体のリスクを調整していく、というのが実践的なアプローチです。
3. 投資目的と時間軸(いつ、何のために使うお金か)
同じ100万円でも、「3年後の住宅購入の頭金」にするのか、「20年以上先の老後資金」にするのかによって、許容できるリスクは大きく変わります。時間軸が長い資金ほど、一時的な下落を受け入れて長期のリターンを狙う選択肢が増えます。一方、数年以内に使う予定の資金を高リスク資産に集中させるのは、事故が起こりやすい設計です。
したがって、リスク許容度を考える際には、「このお金は何年後に、何のために使う予定か」を必ずセットで考える必要があります。
簡易チェック:自分のリスク許容度をスコア化してみる
ここでは、あくまで目安として、自分のリスク許容度を3段階(低・中・高)にざっくり分類する考え方を紹介します。細かい診断テストのようなものではなく、「自分がどのゾーン寄りか」を認識するためのフレームです。
以下の3つの軸について、自分がどこに当てはまりそうかを考えてみてください。
- ① 投資可能期間:5年未満 / 5〜15年 / 15年以上
- ② 評価損への耐性:−10% / −20% / −30%以上も許容可
- ③ 家計の余裕度:投資資金=生活防衛資金に近い / 生活防衛資金は別にあり余裕あり
例えば、「①15年以上」「②−30%も許容」「③生活防衛資金とは完全に分けている」という人であれば、比較的高いリスク許容度を持っていると考えられます。一方で、「①5年未満」「②−10%でも不安」「③生活資金とほぼ一体」という場合は、低〜中程度のリスク許容度と考え、価格変動の小さい資産を中心に設計する方が現実的です。
リスク許容度に応じたポートフォリオの基本形
ここからは、リスク許容度の違いによってどのようにポートフォリオ構成を変えるか、考え方の例を示します。具体的な銘柄名ではなく、「値動きの大きい資産」と「値動きの小さい資産」の組み合わせとしてイメージしてください。
リスク低め:まずは「守り」を重視した配分
リスク低めの投資家は、「大きく増えなくてよいので、とにかく大きく減らさないこと」が最優先です。この場合、値動きの大きい資産はポートフォリオの少数にとどめ、現金性資産や値動きの比較的穏やかな資産を多めに配分することが考えられます。
例えば、100万円のうち、
- 60〜70万円:価格変動の小さい資産や現金に近い資産
- 20〜30万円:値動きのある株式・株式連動の資産
- 残り:短期的なチャンスを狙うトライ枠
というイメージです。重要なのは、「トライ枠がゼロになっても、生活も長期計画も致命傷にならない」という設計にしておくことです。こうしておけば、相場が荒れても「最悪のケース」を想像したときに、まだ冷静さを保ちやすくなります。
リスク中程度:増やすことと守ることのバランスを取る
リスク許容度が中程度の投資家は、「一時的な評価損には耐えられるが、暴落で半分になるのはさすがにきつい」と感じるゾーンです。この場合、値動きのある資産をポートフォリオの中心に据えつつも、急落時のダメージを和らげる資産を一定割合組み込むことがポイントになります。
例えば、
- 50%前後:株式や株式連動の資産
- 20〜30%:値動きが比較的安定した資産
- 10〜20%:現金・預金などの安全資金
といった配分です。ここで重要なのは、「どこまで下がったら追加投資するか」「どこまで下がったら一旦リスクを抑えるか」といったルールを事前に決めておくことです。ルールがないと、下落時に感情で動いてしまい、結果的に高値掴み・安値売りを繰り返してしまいます。
リスク高め:長期視点でドローダウンを受け入れる設計
リスク許容度が高い投資家は、「短期的な値動きより、長期の期待リターンを優先したい」というスタンスです。ただし、リスクが高い=無制限にリスクを取っていい、という意味ではありません。大きなドローダウンを前提にした上で、「それでも生活やメンタルに耐えられる範囲」を明確に線引きする必要があります。
例えば、
- 70〜80%:値動きの大きい資産
- 10〜20%:値動きの穏やかな資産
- 残り:現金・安全資産
といった配分がイメージされます。この場合、ポートフォリオ全体で30〜40%程度の含み損が発生する可能性も現実的に想定しておくべきです。そのうえで、「その状況でも生活防衛資金には手を付けずにいられるか」「追加投資の余力と気力があるか」を事前に検討しておきます。
ドローダウンから逆算する「最大リスク」の決め方
実務的なアプローチとしておすすめなのは、「自分が耐えられる最大ドローダウン(ピークからの下落率)」から逆算して、ポートフォリオ全体のリスク水準を決める方法です。
例えば、次のように考えてみます。
- ポートフォリオが30%下がると、かなりきついがギリギリ耐えられる
- 50%下落すると、精神的に持ちこたえられないと思う
この場合、「最大ドローダウン許容度=30%」と設定し、それを超える可能性が高い構成は避ける、という発想になります。経験的には、「株式比率が高くなるほど、長期的に30〜50%程度のドローダウンを経験する」ことが多いため、株式や価格変動の大きい資産の比率を上げるほど、最大ドローダウンも大きくなるとイメージできます。
もちろん、正確な数値は市場環境や資産の組み合わせによって変わりますが、「自分が耐えられる下落幅から逆算する」という考え方自体が、リスク許容度に基づいたポートフォリオ設計の核となります。
リスク許容度とレバレッジの関係
最近は、レバレッジ型の金融商品や、証拠金取引を通じて手軽にポジションを大きくすることができます。しかし、レバレッジは「リスク許容度を無視して、短期的にリターンを増やそうとする」ための道具ではありません。本来は、自分のリスク許容度と明確なルールがあって初めて、限定的に活用を検討すべきものです。
例えば、「ポートフォリオの中でレバレッジを使うのは全体の10%まで」「レバレッジ部分だけは、最大ドローダウンが一定ラインを超えたら自動的に解消する」といったように、厳格な上限と撤退ルールをあらかじめ決めておく必要があります。
重要なのは、「レバレッジを使うことで、ポートフォリオ全体のドローダウンが自分の許容範囲を超えていないか」を常にチェックすることです。許容範囲を超えるレバレッジは、たとえ短期的に利益をもたらしても、長期的には市場から退場するリスクを高めてしまいます。
ライフステージとともに変化するリスク許容度
リスク許容度は一度決めたら終わりではなく、ライフステージや家計の状況によって変化していきます。例えば、
- 独身で実家暮らしの社会人1〜2年目:生活費が低く、貯蓄の多くを投資に回しやすい
- 結婚して子どもが生まれたタイミング:教育費や住宅費が増え、生活防衛資金の重要度が高まる
- 50代以降:老後資金としての性格が強まり、大きなドローダウンを避けたい局面が増える
といった変化です。同じ人でも、20代と50代ではリスク許容度が変わって当然です。したがって、「毎年1回、または大きなライフイベントがあったときに、自分のリスク許容度とポートフォリオを見直す」ことを習慣化しておくと良いでしょう。
リスク許容度を超えたときに起こる典型的な失敗パターン
リスク許容度を無視したポートフォリオを組むと、相場の変動に翻弄され、次のような行動に陥りやすくなります。
- 上昇相場でリスクを取りすぎ、下落相場で一気に投げ売りする
- 含み損に耐えられず、底付近で手放して、その後の回復局面に乗れない
- 短期の値動きに一喜一憂し、本来の長期目標を見失う
これらは一見すると「メンタルが弱いから」「勉強不足だから」と片付けられがちですが、根本原因は「最初からリスク許容度を超えた設計になっていること」です。自分にとって過剰なリスクを取っている状態では、どれだけ知識があっても冷静さを保つのは難しくなります。
具体例:3人の投資家のリスク許容度とポートフォリオ設計
最後に、架空の投資家3人を例に、リスク許容度とポートフォリオ設計の関係をイメージしてみましょう。
ケース1:30代独身・会社員Aさん(リスク中〜高)
Aさんは月々の貯蓄余力が高く、生活防衛資金として生活費1年分を現金で確保しています。投資の目的は20年以上先の資産形成です。この場合、短期的な評価損をある程度受け入れられる前提で、値動きのある資産の比率を高める設計が候補になります。一方で、「最大ドローダウン30〜40%」を想定し、その範囲内で収まるように配分とレバレッジを調整していくことがポイントです。
ケース2:40代・子育て中のBさん(リスク中)
Bさんは住宅ローンと教育費の負担があり、将来の学費準備も意識しています。投資目的は老後資金と教育資金の両方です。この場合、長期で増やしたい一方、大きなドローダウンで教育資金が不足するような事態は避けたいところです。そこで、値動きの大きい資産と安定性の高い資産をバランスよく組み合わせ、定期的なリバランスでリスク水準を一定に保つ設計が考えられます。
ケース3:50代後半・退職目前のCさん(リスク低〜中)
Cさんは退職金の受け取りを控えており、老後資金としてのまとまった資産形成が焦点となっています。この段階で大きなドローダウンを受けると、心理的なダメージも大きくなります。そのため、「増やすこと」よりも「大きく減らさないこと」を優先し、リスク資産の比率を抑えつつ、時間分散や資産分散を強く意識したポートフォリオが現実的です。
今日からできる3つの実践ステップ
最後に、リスク許容度に基づいたポートフォリオ設計を進めるために、今日から着手できるシンプルなステップをまとめます。
- ① 家計の棚卸しをして「投資に回してよい金額」を明確にする
生活費、貯蓄、ローン、将来の大きな支出を整理し、「絶対に減らしたくないお金」と「長期投資に回してよいお金」を分けて考えます。 - ② 自分が精神的に耐えられる最大ドローダウンを金額と割合で決める
「この額・この割合までの評価損なら冷静でいられる」というラインを決め、その範囲内に収まるよう、資産配分とレバレッジの有無を調整します。 - ③ ライフステージの変化ごとに、年1回以上はポートフォリオを見直す
転職、結婚、出産、住宅購入など、大きなイベントがあるたびにリスク許容度は変化します。年に一度は、現在のポートフォリオが今の自分のリスク許容度に合っているかを確認しましょう。
投資で長く結果を出すためには、「自分に合ったリスクを一貫して取り続けること」が不可欠です。リスク許容度とポートフォリオ設計をセットで考える習慣を身につければ、相場の上げ下げに振り回されることなく、自分のペースで資産形成を続けやすくなります。


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