オプション取引の中でも、「信用スプレッド(クレジットスプレッド)」は、あらかじめ最大損失が決まっている一方で、時間の経過を味方につけてプレミアム(受け取り保険料)を狙う戦略として知られています。裁量トレードとも相性が良く、方向感を完全に当てなくても利益確定しやすいという特徴があります。
ただし、仕組みを正しく理解せずに「プレミアム狙い」だけに目を向けると、相場急変時に想定以上のダメージを受けることもあります。本記事では、オプション初心者でも理解できるように、信用スプレッドの構造から具体的な数値例、リスク管理、実際の運用フローまでを体系的に整理して解説します。
信用スプレッドとは何か
信用スプレッドとは、「高いプレミアムのオプションを売り、同じ限月で別の行使価格のオプションを同時に買うことで、ネットでプレミアムを受け取る戦略」です。売りポジションだけでは損失が無限大になる可能性がありますが、買いポジションを組み合わせることで損失を限定します。
ここでいう「信用」とは、オプション売りに伴う証拠金(マージン)取引のイメージに近く、プレミアムを受け取る(クレジット)ことからクレジットスプレッドと呼ばれます。代表的なパターンは以下の2つです。
・プット・クレジット・スプレッド(強気〜中立)
・コール・クレジット・スプレッド(弱気〜中立)
本記事では、よりイメージしやすいプット・クレジット・スプレッドを軸に解説します。
代表例:プット・クレジット・スプレッドの構造
基本構造
プット・クレジット・スプレッドは、以下の2つのポジションを同時に建てることで構成されます。
① 現在価格よりやや下のプットオプションを売る(プレミアムを受け取る)
② さらに下の行使価格のプットオプションを買う(プレミアムを支払う)
同じ期限(同一限月)のプットを売りと買いで組み合わせるため「縦スプレッド(バーティカルスプレッド)」の一種です。受け取るプレミアムの方が大きいため、建玉時点で口座にネットクレジットが入金されます。
損益の仕組み
プット・クレジット・スプレッドの損益は、以下のように整理できます。
・最大利益:建玉時に受け取ったネットプレミアム(クレジット)
・最大損失:(売り行使価格 − 買い行使価格) − 受け取ったクレジット
・損益分岐点:売り行使価格 − 受け取ったクレジット
満期時に原資産価格が売り行使価格より上にあれば、両方のプットが無価値に失効し、受け取ったクレジット全額が利益になります。逆に、価格が大きく下落すると、売りプットの損失が買いプットで一部ヘッジされつつも、差額分 − クレジットが最大損失になります。
具体的な数値例でイメージする
よりイメージしやすくするため、仮の数値を用いて損益構造を確認します。
前提:ある株価指数ETFが「1口=10,000円」で取引されているとします。このETFに対して、30日後満期の以下のプット・クレジット・スプレッドを構築します。
・9,500円プットを売る:プレミアム 300円を受け取る
・9,000円プットを買う:プレミアム 150円を支払う
このとき、ネットで受け取るクレジットは「300 − 150 = 150円」となります。1枚あたりの最大利益は150円です。
最大損失は以下の通りです。
(売り行使価格9,500 − 買い行使価格9,000) − クレジット150 = 500 − 150 = 350円
したがって、このスプレッド1枚あたりの損益プロファイルは以下のようになります。
・最大利益:+150円
・最大損失:−350円
・損益分岐点:9,500 − 150 = 9,350円
満期時にETFが9,500円より上にあれば両方のプットは無価値となり、+150円の利益が確定します。9,350円までの下落ならまだトータルでプラス、それを下回ると損失になりますが、どこまで下げても1枚あたりの損失は350円で頭打ちになります。
どんな相場観で使う戦略なのか
プット・クレジット・スプレッドは、「大きくは下がらないだろう」という相場観に基づいた戦略です。強い上昇を取りに行く戦略ではなく、「横ばい〜やや上昇〜少し下落」くらいまでなら利益になるという特徴があります。
そのため、以下のような局面で活用しやすい戦略です。
・急落後にテクニカル的にサポートラインが意識されている
・重要イベント通過後で、ボラティリティが高止まりしているが、これ以上の急落は限定的と見ている
・長期的には上昇トレンドだが、短期的な揉み合いを想定している
「方向を完全に当てる」必要はなく、「ここからここまでのゾーンには収まりそう」という発想が重要になります。
信用スプレッドのメリット
① 損失があらかじめ限定されている
オプション売りのみの戦略では、理論上損失が無制限に拡大し得るため、ポジション管理を誤ると口座全体に深刻なダメージを与えかねません。一方、信用スプレッドでは、買いオプションを同時に保有することで、最大損失が行使価格差 − クレジットに限定されます。
この「損失の上限が明確である」という点は、資金管理の観点から大きなメリットです。1トレードあたりの許容損失額を事前に決めやすく、ポートフォリオ全体のリスクコントロールがしやすくなります。
② 時間経過を味方にできる
オプションには時間価値があり、満期に近づくほど時間価値は減少していきます。信用スプレッドではネットでプレミアムを受け取るため、基本的には時間の経過とともに有利に働きます。
相場が想定レンジ内に収まっていれば、価格がほとんど動かなくても時間経過だけで評価益が増えることがあります。これは、株やFXの「値幅を取りにいく」トレードとは異なる収益源です。
③ 「ここまでは下がらない」という発想で組み立てられる
現物や先物の買いは、「上がるかどうか」を予想するトレードです。一方、プット・クレジット・スプレッドは「ここまで下がらなければよい」という発想で組み立てます。例えば、「長期サポートラインより下には行きにくい」と判断するなら、そのサポートライン付近の行使価格に売りプットを設定するイメージです。
方向性を完全に当てる必要はなく、ある程度のブレを許容できるため、裁量判断とリスク管理を組み合わせた戦略として有効です。
信用スプレッドのリスクと注意点
① 急落局面では短時間で含み損が拡大する
サポートラインやテクニカル指標を根拠にスプレッドを組んでいても、急な悪材料やギャップダウンによって短時間で価格が大きく下落することがあります。その場合、売りプットの価値が急騰し、評価損が急拡大します。
最大損失は限定されているとはいえ、建玉枚数を増やし過ぎていると、ポートフォリオ全体に与えるダメージが大きくなりかねません。信用スプレッドだからといって安心せず、ポジションサイズは保守的に設定する必要があります。
② ボラティリティ上昇時の評価損
信用スプレッドは、通常「ボラティリティ(価格変動率)が高めで、オプションプレミアムが割高な局面」で仕掛けることが多い戦略です。ただし、仕掛けた後にさらにボラティリティが上昇すると、価格が想定レンジ内であってもオプション価格が膨らみ、一時的に評価損となることがあります。
評価損が出たからといって即座に手仕舞いするのか、満期まで時間があるなら想定レンジに収まるシナリオを維持するのか、あらかじめルールを決めておくことが重要です。
③ 流動性とスプレッドの広さ
取引対象によっては、オプションの気配値が薄く、売りと買いのスプレッドが広い場合があります。スプレッドが広いと、建玉・決済のたびに不利な価格で約定しやすくなり、実質的なコストが高くなります。
信用スプレッド戦略では、なるべく取引高が多く、板が厚い銘柄や指数オプション、ETFオプションなどを選ぶことが望ましいです。また、成行ではなく指値でスプレッド注文を出すことで、約定コストをコントロールできます。
ステップバイステップで見る信用スプレッドの実践手順
ステップ1:取引対象の選定
まずは、十分な流動性があり、価格動向を把握しやすい対象を選びます。具体的には、主要株価指数に連動するETFや、取引シェアの高い個別株などが候補になります。ニュースや決算スケジュール、経済指標の発表日などのイベント情報も併せて確認します。
ステップ2:期間(満期)の設定
一般的に、30〜45日程度先の限月は、時間価値がまだ残っており、かつ時間経過による減少もある程度期待できるバランスのよい期間とされることが多いです。あまり短期すぎるとイベントリスクの影響を強く受けやすく、長期すぎると時間価値の減少スピードが遅くなります。
ステップ3:行使価格の選び方
行使価格の選定では、「ここまで下がらなければよい」という水準を明確にします。例えば、テクニカル分析で長期サポートラインや重要な移動平均線が意識されている水準、あるいは過去数カ月の安値ゾーンを基準にする方法があります。
売りプットをその水準付近に、買いプットをさらに下の水準に設定し、行使価格差と受け取れるクレジットのバランスを確認します。行使価格差が広いほど最大損失は増えますが、受け取れるクレジットも増加する傾向があります。
ステップ4:ポジションサイズの決定
信用スプレッドは損失が限定されているとはいえ、ポジションサイズを大きくしすぎると、最大損失時には口座資産に大きな影響を与えます。1トレードあたりの最大損失が、口座残高の数%以内に収まるように枚数を決めるなど、明確なルールを持つことが重要です。
例として、「1トレードの最大損失は口座資産の2%まで」と決め、その範囲内で建てられるスプレッド枚数を逆算します。これにより、連敗が続いても口座全体が壊滅的なダメージを受けるリスクを抑えられます。
ステップ5:エントリーのタイミングと注文方法
エントリーは、ボラティリティがやや高めで、かつテクニカル的にサポートが意識されやすい局面が候補になります。日足チャートで大きな陰線の後に下ヒゲをつける、出来高が増加して下げ止まりの兆しが出るなど、複数の要素を合わせて判断します。
注文は、スプレッド全体として指値を出す方法が分かりやすく、約定価格の管理もしやすいです。板を見ながら、売り気配と買い気配の中間付近に指値を置き、無理に約定させようと大きく不利な価格を飲まないように注意します。
ステップ6:建玉後のモニタリングと損切りルール
ポジションを保有したら、「価格」と「残り日数」の両方を定期的にチェックします。あらかじめ、以下のようなルールを決めておくと、感情に流されにくくなります。
・原資産の価格が売り行使価格に接近したら、評価損が出ていても一部または全てを手仕舞う
・受け取ったクレジットの一定倍率(例:2倍の損失)になったら損切り
・満期まで残り日数が少なくなり、利益がクレジットの大部分(例:70〜80%)に達したら早期利確
このように、事前に具体的な条件を決めておくことで、予想外の値動きがあっても冷静に対応しやすくなります。
信用スプレッドをポートフォリオに組み込む考え方
信用スプレッドは、単発のトレードとしてだけではなく、ポートフォリオ全体のリスク・リターンを調整する手段としても活用できます。
例えば、すでに株式やETFを保有している投資家が、「短期的な調整はあり得るが、中長期の上昇トレンドは変わらない」と考えている場合、現物ポジションとは別枠で小さめの信用スプレッドを組み、プレミアム収入を狙うという運用が考えられます。
一方で、同じ銘柄や指数に現物買いとプット・クレジット・スプレッドを重ねすぎると、下落局面でリスクが集中することになります。ポートフォリオ全体のエクスポージャー(どの銘柄・資産にどれだけリスクを取っているか)を一覧化し、偏りすぎていないかを確認することが重要です。
よくある失敗パターンと対策
① イベント直前に大きな枚数で仕掛ける
決算発表や重要な経済指標、金融政策発表の直前は、ボラティリティが高くプレミアムも膨らみがちです。このタイミングで大きな枚数の信用スプレッドを建てると、イベントの結果次第で想定以上の価格変動が起き、最大損失に近いダメージを負うリスクが高まります。
重要イベント直前は枚数を抑える、あるいはエントリー自体を見送るといったルールを持つことで、イベントリスクをコントロールできます。
② 「まだ大丈夫」と考えて損切りを先送りする
原資産が売り行使価格に近づいても、「まだ戻るかもしれない」と考えて損切りを先送りしてしまうと、結果として最大損失に近い状態まで耐えてしまうことがあります。評価損が大きくなるほど冷静な判断が難しくなるため、損切りルールは数値で明確にしておくことが重要です。
「受け取ったクレジットの◯倍の損失になったら必ず手仕舞いする」など、具体的な基準を事前に決め、その通りに行動できるよう少額から始めて経験を積むことをおすすめします。
③ 初期からレバレッジをかけすぎる
信用スプレッドは、証拠金に対して効率的にプレミアムを狙える戦略ですが、それゆえに「少ない資金で大きな枚数を建てられる」錯覚に陥りがちです。初期段階からレバレッジを上げすぎると、数回の不利な値動きで口座残高を大きく減らしてしまう可能性があります。
最初は、ごく小さな枚数で実際の値動きを体感し、どの程度の評価損益の振れ幅が心理的に許容できるかを確認しながら、徐々にポジションサイズを調整していく方が、安全性の面で優れています。
まとめ:信用スプレッドを「安易なプレミアム狙い」にしない
信用スプレッドは、損失を限定しながらプレミアム収入を狙える、合理的なオプション戦略の一つです。「ここまでは下がらないだろう」という相場観を前提に、時間経過を味方につけて利益を積み上げられる点は、株やFXとは異なる魅力です。
一方で、急落局面やボラティリティ上昇局面では短時間で評価損が膨らむことがあり、ポジションサイズを誤れば口座全体に与えるダメージは小さくありません。重要なのは、最大損失額が事前に分かるという利点を活かしつつ、ポートフォリオ全体のリスクをコントロールすることです。
少額から始めて仕組みと値動きに慣れ、明確な損切りルールとイベント回避ルールを設定しながら、信用スプレッドをポートフォリオの一手段として組み込んでいくことで、長期的な運用に役立つ選択肢の一つとなり得ます。


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