オプション取引というと、「ハイリスクで難しい」「プロしか触ってはいけない世界」というイメージを持たれがちです。しかし、すべてのオプション戦略が超ハイリスクというわけではありません。損失をあらかじめ限定したうえで、オプションプレミアム(保険料)をコツコツ積み上げていく比較的コントロールしやすい戦略も存在します。その代表例が「信用スプレッド(クレジットスプレッド)」です。
この記事では、投資初心者の方でも理解できるように、オプションのごく基本からスタートし、信用スプレッド戦略の仕組み・リスク・考え方を丁寧に解説します。いきなり実践するのではなく、まずは構造とリスクをしっかりイメージできるようになることを目標に読み進めてみてください。
信用スプレッドとは何か
信用スプレッド(クレジットスプレッド)とは、価格の異なる2つのオプションを同時に売りと買いで組み合わせることで、プレミアムを受け取りつつ損失額を上限付きにする戦略です。一般的には同じ満期日のオプションを使い、片方を売り、もう片方を買うことでポジション全体の最大損失を限定します。
「クレジット」という名前のとおり、ポジションを組んだ瞬間にプレミアムを受け取る(=口座にクレジットされる)構造が基本です。あとは満期までに価格が想定どおりに動いて、「受け取ったプレミアムの一部または全部が自分の利益として残るかどうか」を狙っていく形になります。
最低限おさえておきたいオプションの基礎
信用スプレッドを理解するためには、コールオプション・プットオプションの性質をざっくり押さえておく必要があります。
- コールオプション:
特定の価格(権利行使価格)で株などを「買う権利」。買い手は上昇方向に利益が出るポジション。売り手は上昇すると損失。 - プットオプション:
特定の価格で株などを「売る権利」。買い手は下落方向に利益が出るポジション。売り手は下落すると損失。
オプションの売り手は「保険会社」のイメージに近く、保険料(プレミアム)を受け取る代わりに、一定条件が起きたときに大きな損失を負う可能性があります。そのため、単純な裸のオプション売りは、口座残高以上の損失リスクを抱える場合もあり、初心者には非常に危険です。
そこで出てくるのが信用スプレッドです。売ったオプションよりも遠い価格に、保険としてのオプションを同時に買うことで、損失の上限を決めてしまうという発想です。
クレジット・プット・スプレッドの構造
まずは下値を支えるイメージの「クレジット・プット・スプレッド」から見ていきます。これは、相場が大きく崩れなければプレミアムが残る、いわゆる「下に広い安全マージンを持った戦略」です。
典型的な構造は次のとおりです。
- 現在価格より下のプットオプションを売る(プレミアムを受け取る)
- さらにその下のプットオプションを買う(プレミアムを支払う)
2つのポジションを合わせると、受け取ったプレミアム − 支払ったプレミアム = 建てた瞬間の最大利益になります。一方で、株価が大きく下落しても、買っているプットがあるため、最大損失は「権利行使価格の差 − 受け取ったプレミアム」に限定されます。
イメージとしては、「想定よりもだいぶ下に安全圏を設定したうえで、『そこまでは下がらないだろう』というシナリオに賭けて保険料を受け取る」戦略です。
クレジット・コール・スプレッドの構造
クレジット・コール・スプレッドは、クレジット・プット・スプレッドの上下を逆にしたものです。相場が大きく上に吹き上がらなければプレミアムが残る構造で、「上値は重いだろう」「レンジを上抜けする可能性は低そうだ」と考える場面で使われます。
- 現在価格より上のコールオプションを売る(プレミアムを受け取る)
- さらにその上のコールオプションを買う(プレミアムを支払う)
こちらも考え方は同じで、建てた瞬間のプレミアム差が最大利益、権利行使価格の差とプレミアムにより最大損失が決まります。
クレジット・プット・スプレッドとクレジット・コール・スプレッドを組み合わせて、レンジ相場を挟み込むような戦略(アイアンコンドルなど)も存在しますが、まずは片側のスプレッドを理解することが重要です。
言葉でイメージする損益グラフ
損益グラフを見ると理解が早いのですが、ここでは言葉でイメージしてみます。クレジット・プット・スプレッドの場合、
- 現在価格よりかなり下の水準まで価格が下がらなければ、受け取ったプレミアムが利益として残る
- しかし、ある一定ラインより下に価格が突っ込んだ場合、それ以上の損失は広がらず、損失額は一定で頭打ちになる
グラフにすると右肩上がりの「台形」のような形になり、ある価格までは損失が増えるが、それ以降は横ばい、逆に価格が上で推移していれば横に伸びる利益ゾーン、というイメージです。「小さな利益を何度も取りに行く代わりに、一度の損失はそこそこ大きい可能性がある」というリスク・リターンの特徴を持ちます。
具体例:株価100ドルの銘柄でのクレジット・プット・スプレッド
よりイメージをつかむために、シンプルな数字で例を挙げます。株価が100ドル前後で動いている銘柄があるとします。
- 1か月後満期の90ドルプットを売る(プレミアム +2.0ドル受け取り)
- 同じ満期の80ドルプットを買う(プレミアム −0.5ドル支払い)
この場合、建てた瞬間に受け取るプレミアムは、
+2.0 − 0.5 = +1.5ドル(1枚あたり)
となります。オプション1枚が株100株分をカバーする商品であれば、1.5ドル × 100株 = 150ドルが最大利益です。
一方で、このスプレッドの最大損失はどうなるでしょうか。権利行使価格の差は「90 − 80 = 10ドル」ですから、
最大損失 = 10ドル − 1.5ドル = 8.5ドル(1株あたり)
オプション1枚なら 8.5ドル × 100株 = 850ドルが、この取引で想定される最大損失です。
この例では、
- 最大利益:150ドル
- 最大損失:850ドル
- 勝てるときの利益は小さいが、負けるときはそれなりの金額になる
という構造になっています。ここからわかるように、信用スプレッドは「損失が限定されているとはいえ、リスク・リターンのバランスは決して甘くない」戦略です。期待値と勝率、1回あたりの損失許容額をしっかり考えることが重要になります。
証拠金・必要資金の考え方
信用スプレッドは、裸のオプション売りに比べると必要証拠金が小さくなることが多いです。なぜなら、買いポジションによって損失上限が決まるため、証券会社側から見てもリスクの把握がしやすいからです。
先ほどの例でいえば、理論上の最大損失は850ドルですから、それに一定の余裕を加えた額が口座にあれば、ポジションを建てられるといったイメージです。とはいえ、「ポジションを建てられる最小証拠金」ギリギリで取引するのは危険です。
- 口座全体の何%を1つのスプレッドに割り当てるか
- 同時にいくつのスプレッドを持つか
- 最大損失が重なった場合でも口座が致命傷を負わないか
といった点を冷静に考え、余裕をもった資金管理を行うことが重要です。
時間価値と信用スプレッド
オプション価格には「時間価値」が含まれています。満期までの時間が短くなるにつれて時間価値が減少していくことを「タイムディケイ」と呼びます。信用スプレッドは、基本的にオプションを売ってプレミアムを受け取るポジションですから、時間の経過そのものが味方になりやすいという特徴があります。
満期までに相場が大きく動かず、売ったオプションの権利行使価格を価格が大きく割り込まなければ、時間価値が減少することでオプション価格が下がり、決済時には安く買い戻せます。その差額と、保険として買っていたオプションの値動きを合わせたものが最終的な損益になります。
ただし、満期直前まで持ち続けるほど「ガンマリスク」(価格急変時の感度)が高まる局面もあります。一定の含み益が乗った段階で早めに利益確定してしまう、という運用ルールを決める投資家も多いです。
相場環境別の使い分けイメージ
信用スプレッドは、単にプレミアムが高いからといって建てればよいわけではありません。おおまかな相場環境ごとのイメージは以下のようになります。
- 緩やかな上昇トレンド:
クレジット・プット・スプレッドが相性のよい場面。押し目でプットスプレッドを組み、「ここまでは下がらないだろう」というラインを設定するイメージ。 - レンジ相場:
上値・下値ともに限定されていると感じるなら、片側スプレッドに加え、両側を組み合わせてレンジを挟み込む戦略も検討対象になる。 - 急落局面・ニュースイベント前:
予測が難しくボラティリティが急上昇しやすいタイミングでは、信用スプレッドのような「小さく勝って大きく負ける」構造の戦略は慎重に扱う必要がある。
特に重要なのは、「ボラティリティが高い=プレミアムが高い」からといって無条件に飛びつかないことです。プレミアムが高いということは、それだけ大きく動く可能性が市場に織り込まれていると見ることもできます。
個人投資家が陥りやすい失敗パターン
信用スプレッドは、最大損失が限定されているとはいえ、「だから安全」というわけではありません。典型的な失敗パターンをいくつか挙げます。
- 勝率の高さだけを追いかける:
「9回連続で小さく勝ち、1回大きく負けてトータルマイナス」というパターンは、信用スプレッドの世界ではよくある話です。勝率ではなくトータルのリスク・リターンを見る必要があります。 - 安全マージンを狭く取りすぎる:
「ここまでは来ないだろう」というラインを、楽観的に近く設定しすぎると、少しのニュースであっさり到達してしまいます。チャート上のサポート・レジスタンス、ボラティリティ、過去の値動きなどから、現実的なラインを検討することが大切です。 - ロットを増やしすぎる:
「最大損失が決まっているから大丈夫」と考え、口座に対して大きすぎるロットでスプレッドを組んでしまうと、想定外の連敗で口座が大きく傷む可能性があります。
信用スプレッドは、「上手に使えば、一定の確率でプレミアムを積み上げられるが、使い方を誤ると大きなドローダウンを招きやすい戦略」と理解しておくのが現実的です。
シナリオ設計と損切り・ロールの考え方
信用スプレッドを含むオプション戦略では、エントリー時に「どんなシナリオを想定しているのか」を明確にしておくことが重要です。
- どの価格帯で相場が推移すると想定しているのか
- どのイベント(日銀やFRBの会合、決算発表など)がリスク要因になりうるか
- どの程度の含み損・含み益になったら手仕舞うのか
例えば、
- 受け取ったプレミアムの50%を含み損として抱えたら、一度ポジションを閉じて損切りする
- 満期までの残り日数が少なくなり、想定レンジからやや外れた場合は、満期を先送りしてポジションを組み替える(ロール)かどうかを検討する
といったルールを決めておくと、感情的な判断を減らすことにつながります。「いつ入るか」だけでなく、「どのように撤退するか」まで含めて戦略だと考えるとよいでしょう。
ポートフォリオ全体での位置づけ
信用スプレッドは、ポートフォリオ全体の中で見たときに、どのような役割を持たせるのかを意識することも大切です。
- 株式やインデックスETFの長期保有ポジションに対して、「プレミアムを積み上げるサイドビジネス」として小さな割合で運用する
- 現物ポジションを持たず、オプション戦略だけで運用する場合でも、1つの戦略に偏らず、期間や銘柄を分散する
- 信用スプレッドを組む銘柄や指数のボラティリティがポートフォリオ全体のリスクをどう変えるかを意識する
一般的には、口座全体のごく一部を割り当て、「あくまでサテライト戦略」として位置づけるイメージから始める方が、リスク管理の観点では無難です。いきなり信用スプレッドだけでポートフォリオを埋め尽くすような運用は、値動きに慣れていない段階では避けた方がよいでしょう。
学びを深めるためのステップ
最後に、信用スプレッドについて学びを深めていくためのステップ案をまとめます。
- まずはオプションの基本用語(コール/プット、権利行使価格、時間価値など)に慣れる
- 次に、損益グラフを紙に描き、価格が動いたときの損益を自分の手で計算してみる
- 実際の相場で、過去チャートを使って「この時点でこのスプレッドを組んでいたらどうなっていたか」をシミュレーションしてみる
- 少額で実際のポジションを取り、感情の揺れを体感しつつ、自分が許容できるリスクサイズを探る
信用スプレッドは、仕組み自体は比較的シンプルですが、実際の運用となると「ボラティリティ」「イベント」「資金管理」「メンタル」といった要素が絡み合います。焦らず少しずつステップを踏みながら、自分なりのリスク管理の枠組みを作っていくことが大切です。
オプション取引は、現物株やシンプルなETF投資に比べて難しさもリスクもありますが、損失を限定しながらプレミアムを積み上げるという発想は、ポートフォリオの選択肢を広げてくれる考え方でもあります。まずは学びとして、信用スプレッドの構造と特徴を理解するところからスタートしてみてください。


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