半導体株は「成長テーマ」の代表格ですが、短期の値動きはテクノロジーというより地政学・政策・供給制約に強く影響されます。輸出規制、制裁、関税、紛争、選挙、サプライチェーン事故(火災・停電・地震)などのニュースで、指数全体より大きく振れやすいのが特徴です。
この特性を逆手に取るのが、本稿のテーマである「地政学イベント逆張り」です。誤解されやすい点から先に言うと、これは「危機を願う投資」ではありません。市場がニュースに対して過剰反応しやすい局面を、ルール化してリスクを限定しながら収益機会に変える戦略です。
1. この戦略が機能しやすい理由
半導体は、製品としては小さいのに、産業としては巨大です。スマホ、PC、自動車、データセンター、産業機器、軍事・宇宙まで、幅広い需要の中心にあります。その一方で供給側は、極端に集中しています。最先端の製造、露光装置、材料、EDA(設計ソフト)、先端パッケージング、組立・テストなど、各工程にボトルネックが存在します。
この「集中」と「ボトルネック」があるため、地政学ニュースが出ると市場は次の連想をしがちです。
- 供給が止まる → 出荷が止まる → 売上・利益が止まる(短絡)
- 規制が強化 → 事業ができない(最悪ケースを先に織り込む)
- 企業が巻き込まれる → バリュエーション崩壊(過去の暴落を想起)
しかし実際には、規制は段階的で、抜け道もあり、代替経路も生まれます。需要は一時的にズレても消滅しにくく、供給制約がかえって価格・マージンを押し上げる局面もあります。つまり、ニュース直後の価格は「確率の低い最悪シナリオ」を高い確率で起きるかのように織り込むことがあり、ここに逆張り余地が出ます。
2. 逆張りの対象を「半導体全体」にしない
初心者がやりがちな失敗は「半導体が売られたから全部買う」です。半導体はサプライチェーンで役割が違い、ニュースの影響の出方が違います。逆張り対象は、イベントと因果が強い部分に絞ります。
2-1. サプライチェーンを4つに分ける
ざっくり次の4つで考えると、ニュースと価格の反応が整理しやすいです。
- 設計(Fabless):GPU/CPU/通信など。需要・在庫・競争が価格を決めやすい。
- 製造(Foundry/IDM):最先端製造能力が強み。供給制約や政策影響を受けやすい。
- 装置・材料:設備投資サイクルが主。規制や投資停止で売られやすい。
- 後工程(パッケージ・テスト):供給網の地理分散が進む。短期は混乱、長期は投資増のことも。
地政学イベント逆張りでは、ニュースの種類によって狙う場所が変わります。たとえば輸出規制強化なら装置・材料が最初に叩かれやすい。一方、紛争リスクなら製造(特定地域の集中)に恐怖が向きやすい。こうした「売られやすい場所」を狙う方が、価格の歪みが出やすいです。
3. 取り扱う「イベント」を型にする
ニュースは無限に見えますが、投資判断に使うなら型に落とすべきです。ここでは、実務(ではなく運用)の観点で使いやすい3分類にします。
3-1. 型A:規制・制裁(輸出規制、投資規制、関税)
特徴は「突然に見えるが、実は事前に観測可能」なことです。法案審議、政府高官の発言、報道の観測記事、同盟国への働きかけなど、段階があります。市場は最初のヘッドラインで過剰反応し、数日〜数週間かけて現実的な影響に修正されることがあります。
3-2. 型B:事故・災害(工場火災、停電、地震、物流停止)
これは供給制約が直撃しますが、同時に「代替生産」「在庫取り崩し」「顧客の前倒し発注」などが動きます。ここでの逆張りは、供給減=必ず株安という短絡を突きます。供給が減ると価格が上がり、強者のマージンが改善するケースもあるからです。
3-3. 型C:軍事・外交(紛争、海峡リスク、同盟の再編)
最も難易度が高い型です。なぜなら、結末の分布が太い(テールが大きい)からです。この型では逆張りの「サイズ」が重要で、無理に大きく張らないことが戦略の核になります。ここは後でリスク管理の章で具体的に書きます。
4. 「逆張り」でもタイミングは2段階に分ける
逆張りのコツは、底を当てにいかないことです。地政学ニュースは続報が出て、もう一段売られることが普通にあります。そこで、エントリーは2段階にします。
4-1. 第1段階:ヘッドライン直後の過剰反応を拾う
最初の材料で急落したところは、アルゴや短期勢の投げが重なります。ここは「とりあえず小さく入る」段階です。目安として、普段の値動き(ATRなど)に対して異常に大きい陰線が出たら、監視を開始します。
4-2. 第2段階:続報を消化した後の「織り込み過ぎ」を拾う
続報で「実は一部例外」「施行は先」「影響は限定的」などの情報が出ると、価格は戻りやすい。第2段階は、戻りの初動を取りにいきます。底値で買うのではなく、反転確認後に買うイメージです。
5. 具体例:輸出規制観測で装置株が叩かれた局面
ここでは「典型的な動き」を例として解説します(特定銘柄の推奨ではなく、値動きの構造の説明です)。
輸出規制観測が出ると、市場は「装置が売れなくなる」と短絡し、装置関連がまず売られます。実務的には次のような順番で起きがちです。
- 観測記事 → 装置・材料が急落
- 企業側コメント「詳細は不明」 → 不確実性が残り下落継続
- 政府の正式発表「対象は限定」「例外あり」「施行は数か月後」 → 売られ過ぎ修正
- 受注は短期で前倒し/地域シフト → 決算で実害が限定 → さらに戻る
逆張りの狙いは「正式発表の内容が出た瞬間」ではありません。多くの場合、そこはもう戻り始めています。狙うのは、観測記事〜正式発表前の不確実性で価格が歪んだゾーンです。
5-1. エントリー条件(例)
- 指数(例:SOX等)より対象セクターが明確に弱い(相対弱が出ている)
- 出来高が急増し、投げが出ている
- 続報で「限定的」と読み取れる情報が出始めた(完全に確定でなくてよい)
5-2. 利確・撤退条件(例)
- 急落前のギャップ埋めの半分程度で半利確(戻りの速度が落ちやすい)
- 続報が悪化(対象拡大、施行前倒し、同盟国同調など)したら撤退
- 「不確実性が残ったまま」横ばいが続くなら、時間で撤退(資金効率を重視)
6. 逆張りを「情報×価格」で定量化する
逆張りがギャンブルに見えるのは、判断が感覚だからです。情報と価格の2軸で整理すれば、再現性が上がります。
6-1. 情報スコア(簡易)
初心者でも運用しやすい簡易スコアを作ります。ニュースを読んで0〜3点で採点します。
- 0点:根拠の薄い噂、SNS起点、一次ソースがない
- 1点:複数メディアが観測、ただし政府/企業の一次コメントなし
- 2点:政府高官の発言、法案の進展、企業がリスク要因として言及
- 3点:正式発表、具体的な対象・時期・罰則が明確
逆張りで狙いやすいのは1〜2点で価格が極端に崩れた局面です。3点で崩れるなら実害が濃いので、無理に逆張りしません。
6-2. 価格スコア(簡易)
価格側も0〜3点で採点します。
- 0点:小幅下落(通常の範囲)
- 1点:普段の変動の上限に近い下落(やや過剰)
- 2点:出来高急増+急落(投げが出ている)
- 3点:連続急落+ギャップダウン(パニック)
狙い目は「情報1〜2点、価格2〜3点」です。つまり、情報の確度ほどには価格が崩れ過ぎている状況です。
7. 初心者が守るべきリスク管理(ここが本体)
この戦略の致命傷は、テールリスク(最悪ケース)が現実化したときに大きく持っていることです。逆張りは「当たれば大きい」反面、「外れたときの被害」が大きい。だから、勝ち方よりも負け方の設計が重要です。
7-1. 1回の取引の損失上限を先に決める
損失上限は、金額で固定するのが最もシンプルです。たとえば「1回のイベント逆張りでの許容損失は投資資金の0.5%まで」など。率でもよいですが、最初は金額の方がブレません。
7-2. 損切りは「価格」より「シナリオ」で行う
地政学はボラティリティが高く、価格だけの損切りだと振らされやすいです。そこで、撤退条件をシナリオで持ちます。
- 対象拡大(規制の範囲が広がる)
- 施行前倒し(逃げる時間が消える)
- 同盟国の同調(代替市場の期待が消える)
- 主要顧客の発注停止/延期(需要側の実害)
これらが出たら「価格が戻るまで耐える」ではなく、前提が崩れたので撤退です。
7-3. 型C(軍事・外交)はサイズを小さくする
型Cは結末の振れ幅が大きいので、同じルールで大きく張ると事故ります。初心者は、型Cは「見るだけ」でも十分です。やるなら、他の型の半分以下のサイズにするのが無難です。
8. 実践のための情報収集ルーチン(毎日10分)
この戦略は「ニュースを追う」と言うと難しそうですが、毎日10分で足ります。ポイントは、情報を増やすことではなく、重要な一次情報の流れだけを押さえることです。
- 朝:主要ニュースのヘッドラインを確認(規制・制裁・外交・事故の有無)
- 昼:対象セクターの相対パフォーマンスを確認(指数より弱い/強い)
- 夕:続報の有無を確認(限定・例外・施行時期の情報が出たか)
「全部読む」ではなく、「型A/B/Cのどれか」「情報スコアが1〜2か」「価格スコアが2〜3か」だけを見ます。
9. 具体的な売買設計テンプレ(現物・ETF想定)
初心者は、まず現物やETFでの運用を前提にした方が、リスクをコントロールしやすいです。ここではテンプレを提示します。
9-1. 事前準備(監視リスト)
- 半導体セクターETF(市場全体の温度感)
- 装置・材料の代表銘柄/ETF(規制ニュースで歪みが出やすい)
- 設計(GPU/CPU等)の代表銘柄(需要ニュースで歪みが出やすい)
- 後工程・周辺(供給網再編ニュースで歪みが出やすい)
9-2. エントリー(2段階)
- 第1段階:情報1〜2点、価格2点以上 → 小さく試す
- 第2段階:反転の兆し(下げ止まり→高値更新など) → 追加
9-3. 利確(分割)
- 最初の戻りで一部利確(リスク回収)
- 残りは「ニュースの不確実性が解消」or「相対強に転換」で利確
9-4. 撤退(シナリオ)
- 悪化続報が出たら撤退
- 横ばいで時間が経つなら撤退(資金効率)
10. よくある失敗と回避策
10-1. 「落ちたから買う」だけで、材料の型を見ていない
材料が型A/B/Cのどれかを判断しないと、サイズも撤退も決まりません。最初に型を決めてください。
10-2. 損切りを価格だけで行い、振らされる
地政学は上下に振れます。撤退はシナリオで決める方がブレにくいです。
10-3. 最悪ケースでポジションが膨らむ
ナンピンで膨らませると、テールに巻き込まれます。追加は「反転確認後」だけに限定してください。
11. まとめ:狙うのは「情報の確度より売られ過ぎた瞬間」
半導体サプライチェーンは、地政学イベントで過剰反応が起きやすい構造を持っています。逆張りの核は、①イベントを型で分類し、②情報スコアと価格スコアで歪みを見つけ、③2段階で入って、④シナリオで撤退することです。
最後に強調します。逆張りは「当てるゲーム」ではなく、損失を限定した上で、確率が良い局面だけを繰り返す運用です。ルールを守れる範囲のサイズで、淡々と回してください。


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