- この戦略の結論:『現金の質を上げて、株の入れ替えルールを決める』
- 短期国債(T-Bills)とは何か:『安全』ではなく『流動性と金利の器』
- 株指数を組み合わせる意味:『個別株の当て物』を捨てる
- レジーム(相場状態)を2つに割り切る:リスクオン/リスクオフ
- 中核ルール設計:3つの判定器で“転換点”を拾う
- 具体的な運用例:100万円を3段階で配分する
- この戦略の“うまい所”:負け方を小さくする設計
- 失敗パターン:やってはいけない5つ
- なぜ機能しやすいのか:『相場は慣性で動く』を利用する
- 具体例:『急落→反発→再下落』の難しい局面をどう捌くか
- 実装のしかた:データ取得とチェックリスト
- 派生:指数を2本にして『攻めの質』を上げる
- よくある疑問
- まとめ:『守りの資産を決め、株の比率をルールで動かす』
- 日本在住投資家向け:為替(USD/JPY)をどう扱うか
- 税金・コストの考え方:『売買回数を減らす』が最大の最適化
- リスク管理を数値で持つ:最大損失を事前に見積もる
- ルールの例:『連続シグナル』で誤判定を減らす
- “待機資産”の比較:現金・普通預金・T-Bills
- 運用を崩さないコツ:『事前に例外ルールを決める』
- 検証と改善:個人でも回せる“最小バックテスト”
- 今日からの始め方:最短で“運用”に落とす手順
この戦略の結論:『現金の質を上げて、株の入れ替えルールを決める』
相場は常に「上がり続ける」わけでも「下がり続ける」わけでもありません。個人投資家が苦しむのは、上昇相場のつもりで株を持っていたら急落し、下落相場のつもりで守っていたら急反発する“転換点”です。
ここで紹介するのは、短期国債(T-Bills)を“現金の上位互換”として基礎に置き、株指数(例:S&P500やNASDAQ100)へのエクスポージャーを「相場の状態(レジーム)」に応じて切り替える設計です。狙いはシンプルで、①守りの時間を延ばして致命傷を避け、②攻めの時間にだけ株のリスクを取り、③結果として資産曲線のブレ(ドローダウン)を抑えることです。
重要なのは、銘柄当てをしないこと。ニュースや気分で手を動かすのではなく、事前に決めたルールで“株の比率”を動かします。短期国債は「いつでも再投入できる弾薬」であり、株指数は「攻めるときにだけ握る武器」です。
短期国債(T-Bills)とは何か:『安全』ではなく『流動性と金利の器』
短期国債は、満期が短い米国債(一般に1年未満)を指します。価格変動が小さく、金利環境を比較的素直に反映します。個人投資家の感覚では「現金」ですが、実務的には“利息が付く現金”に近い性質を持ちます。
この戦略でT-Billsを使う理由は、単に利回りを得たいからではありません。最大の価値は、リスク資産(株)から降りたときに、現金のまま寝かせず『機会損失を抑えつつ、いつでも再投入できる状態』に置ける点です。
T-Billsの位置づけ
株が荒れる局面では、長期債(10年、20年、30年)は金利変動で価格が大きく動くことがあります。一方、短期債はデュレーションが短いため、価格変動が限定的です。つまり、ヘッジの“土台”として扱いやすい。ここがポイントです。
なお、個人投資家が触るときはT-Billsそのものより、短期国債ETFや米国債MMF、短期国債ファンドを使うのが一般的です。商品選定で大事なのは、(1)平均残存期間が短いこと、(2)信用リスクを余計に取らないこと、(3)流動性が高いことです。
株指数を組み合わせる意味:『個別株の当て物』を捨てる
相場転換点で最もやりがちなのは、個別銘柄を“信じて”抱え続けることです。結果、下落レジームに入ったのに逃げ遅れて大きな損失を抱えます。
株指数は、個別の爆発力は弱い一方、長期で見れば経済成長を広く取り込みやすい。そして何より「ルール運用に向いている」。あなたが狙うべきは当て物ではなく、再現性です。
指数を使うメリット
- 分散が効き、特定企業の不祥事で破壊されにくい
- テクニカル指標やルールが機能しやすい(癖が少ない)
- 売買コストが小さく、管理が単純
- 取引量が多く、スリッページが比較的小さい
ここから先は「どうやって相場の状態を見分け、いつ株を増やすか/減らすか」を具体的に落とし込みます。
レジーム(相場状態)を2つに割り切る:リスクオン/リスクオフ
相場状態の分類は凝り始めると沼です。初心者はまず2分類で十分です。
- リスクオン:上昇トレンドが優位で、株の保有が合理的
- リスクオフ:下落トレンドや高ボラ局面で、株の保有が不利
分類の目的は『未来予測』ではありません。今の市場が“株に優しい状態かどうか”を判定し、株の比率を機械的に切り替えるだけです。
中核ルール設計:3つの判定器で“転換点”を拾う
ここでは、実戦で使いやすく、個人が検証もしやすい3つの判定器を提案します。単独ではなく、組み合わせることで誤判定を減らします。
判定器①:200日移動平均(長期トレンド)
最も古典的で、しかし今でも強いのが200日移動平均です。指数が200日移動平均より上なら“上昇トレンド優位”、下なら“下落トレンド優位”とみなします。
例:S&P500が200日線の上→株比率を高める候補。200日線の下→株比率を落とし、T-Billsに寄せる候補。
判定器②:50日移動平均(中期の勢い)
200日線だけだと反応が遅いことがあります。そこで50日線を追加し、“中期の勢い”を確認します。200日線の上でも、50日線が下向きで価格が50日線を割るなら、上昇の勢いが弱まっているサインです。
判定器③:ボラティリティ(荒れ具合)
転換点は、価格だけでなく荒れ具合(ボラティリティ)にも出ます。簡便な方法は、指数の過去20日リターンの標準偏差を見て、急上昇しているかどうかを判定することです。急に荒れ始めたら、リスクオフへの切替を早めます。
この3つを総合して、次のような『信号』を作ります。
- 強いリスクオン:価格>200日線 かつ 価格>50日線 かつ ボラ低位 → 株80〜100%まで許容
- 中立:価格>200日線 だが 価格<50日線 または ボラ上昇 → 株30〜60%に落とす
- リスクオフ:価格<200日線 かつ ボラ上昇 → 株0〜20%、残りをT-Bills
比率はあなたのリスク許容度で調整します。ポイントは『0か100かにしない』こと。中立帯を作ると、往復ビンタ(頻繁な切替で削られる)を減らせます。
具体的な運用例:100万円を3段階で配分する
ここでは、分かりやすいように100万円を例にします。対象は「短期国債(T-Bills相当)」と「米国株指数(例:S&P500連動)」の2本です。
ステップ1:初期配分
初期は中立から始めます。例:株50万円、T-Bills50万円。いきなり攻めに寄せない。
ステップ2:月1回だけ判定する(頻度を絞る)
毎日判定すると、ノイズに振り回されます。初心者はまず月1回(例:月末)だけ判定し、必要なら配分を調整します。
ステップ3:信号に応じて3段階でリバランス
月末に信号を見て、以下のどれかを実行します。
- 強いリスクオン:株80万円 / T-Bills20万円へ
- 中立:株50万円 / T-Bills50万円を維持
- リスクオフ:株20万円 / T-Bills80万円へ
例えば、相場が崩れてリスクオフ判定が出たら、株を30万円分売ってT-Billsへ移します。逆に回復して強いリスクオンになったら、T-Billsから60万円分を株に戻します。やることはこれだけです。
この戦略の“うまい所”:負け方を小さくする設計
多くの投資手法は『勝ち方』ばかり語られます。しかし資産形成で本当に効くのは、負け方を小さくすることです。
転換点で大きくやられると、取り返すのに長い時間がかかります。T-Bills+指数の切替は、下落レジームで株を薄くすることでドローダウンを抑え、精神的にも継続しやすい設計になります。
ドローダウンが減ると何が起きるか
ドローダウンが小さいと、同じ年率リターンでも“体感難易度”が下がります。結果として、ルールを守りやすくなり、途中で投げない。投資は継続した人が勝つゲームです。
失敗パターン:やってはいけない5つ
1. シグナルを見てから“解釈”で捻じ曲げる
ルールが出たのに『今回は違う気がする』で無視すると、結局裁量トレードに戻ります。勝つ時は偶然でも、負ける時は必ず大きくなります。
2. 取引回数を増やしすぎる
判定を日次にすると、短期ノイズで売買が増えます。コストよりも、判断疲れとルール破りが致命的です。まず月1回。慣れたら週1回。
3. レバレッジで台無しにする
守りの戦略に見えても、レバレッジをかけると急落局面で強制ロスカットのリスクが跳ね上がります。ヘッジ設計の意義が消えます。
4. T-Billsの代わりに信用リスク商品を置く
高利回り社債やハイイールドを“現金枠”に入れると、株が下がる局面で一緒に下がることがあります。土台は土台として割り切る。
5. 指標を盛りすぎて検証不能になる
判定器が増えるほどカーブフィット(過去に合わせ過ぎ)になりやすい。少数のルールで、運用と検証が回ることが正義です。
なぜ機能しやすいのか:『相場は慣性で動く』を利用する
価格には慣性があります。上昇が続くと、機関投資家のリスク枠拡大、パッシブ資金流入、企業の自社株買いなどが重なり、トレンドが続きやすい。逆に下落が始まると、リスク縮小、解約、ポジション整理が連鎖し、下げが続きやすい。
移動平均は、その慣性を“遅れて確認する”道具です。未来を当てるのではなく、相場がトレンド状態に入ったことを確認してから乗る。遅れる代わりに、転換点での大怪我を避ける。これがトレードオフです。
短期国債は、その遅れを許容するための“待機資産”です。待っている間に利息(またはそれに相当する収益)を得られ、再突入も容易です。
具体例:『急落→反発→再下落』の難しい局面をどう捌くか
相場で最も厄介なのは、急落後の“中途半端な反発”です。ここで飛びつくと再下落でやられます。
想定シナリオ:指数が高値から-12%急落。ボラが急上昇。数週間で+6%反発。しかし200日線は下回ったまま。
このとき本戦略は、リスクオフ判定のまま株比率を低く維持します。反発を全部取りに行かない代わりに、再下落のダメージを避けます。
その後、価格が200日線を回復し、50日線も上向き、ボラが沈静化して初めて株比率を戻します。“遅い”が正解です。相場転換点の当て物を捨て、再現性に寄せた結果です。
実装のしかた:データ取得とチェックリスト
実装は難しくありません。必要なのは、指数の終値と移動平均、そして荒れ具合の指標だけです。
月末チェックリスト(例)
- 指数の終値は200日移動平均の上か下か
- 終値は50日移動平均の上か下か
- 直近20日ボラ(標準偏差)が上昇トレンドか
- 今月の判定は「強いリスクオン/中立/リスクオフ」のどれか
- 来月の配分(株/T-Bills)は何%か
- 売買に伴う税金や手数料を概算で把握したか
“チェックリストを埋めるだけ”の状態にすると、感情が入りにくくなります。
派生:指数を2本にして『攻めの質』を上げる
慣れてきたら、株指数を1本から2本に増やすと攻めの質が上がります。例えば、S&P500(広く安定)とNASDAQ100(成長寄り)です。
ルール例:リスクオン判定のとき、強い局面ではNASDAQ比率を上げ、中立ではS&P寄りにする。リスクオフでは両方減らしてT-Billsへ。
こうすると“株の中でも守りと攻め”を切り替えられます。ただし複雑化しすぎないこと。配分は3段階のままで十分です。
よくある疑問
Q1. 反発初動を取り逃すのが嫌です
取り逃します。その代わり、崩れたときの深傷を避けます。転換点の初動を完璧に取るのはプロでも難しい。個人が勝ちやすいのは“取り逃しても致命傷を避ける設計”です。
Q2. 200日線は古い指標では?
古いですが、資金量が大きい参加者ほど参照します。重要なのは“誰が見ているか”です。市場参加者の行動が指標を自己実現させます。
Q3. 下落相場で何もできないの?
できます。ただし初心者はまず守りを優先してください。下落相場で利益を狙う手法は、別途リスク管理が必要です。本記事の目的は、あなたの資産曲線を守ることです。
まとめ:『守りの資産を決め、株の比率をルールで動かす』
短期国債(T-Bills)は“現金の質を上げる器”であり、株指数は“攻めるときだけ握る武器”です。相場転換点の当て物を捨て、レジーム(状態)に応じて株比率を切り替えるだけで、ドローダウンを抑えながら長期で戦える構造になります。
次にやることは1つだけです。あなたが使う指数とT-Bills相当の商品を決め、月末チェックリストで判定し、3段階の配分に落とし込む。紙に書いて、同じ手順で繰り返す。それが“勝ち残る投資”の最短ルートです。
日本在住投資家向け:為替(USD/JPY)をどう扱うか
米国のT-Billsや米国株指数を持つと、あなたの成績は『資産の値動き×為替』になります。株が横ばいでも円高でマイナスになることがあります。ここを曖昧にしたまま運用すると、相場転換より先に為替転換でブレます。
基本方針は2択に割り切る
選択肢は、①為替リスクを受け入れる(ヘッジしない)、②為替ヘッジ商品を使う、の2つです。中途半端に“気分でヘッジ”が一番危険です。
長期で米国資産に投資するなら、為替は長期的には往復します。ヘッジはコストにもなるため、初心者はまず『ヘッジしない前提』で設計し、為替のブレも含めて許容できる株比率に調整するのが現実的です。
一方で、生活通貨が円で、短期的な資金計画があるなら、為替ヘッジ型の短期国債ファンドを“待機資産”として使うのは合理的です。ここはあなたの支出予定とリスク許容度で決めてください。
税金・コストの考え方:『売買回数を減らす』が最大の最適化
ルール運用では、税金とコストの最適化が成績に直結します。頻繁に売買すると、手数料だけでなく、課税のタイミングも早まります。
コストを抑える3原則
- 判定頻度は月1回から始める(慣れても週1回まで)
- リバランスは『目標比率に完全一致』ではなく、許容レンジで行う(例:株50%±5%は放置)
- 売買単位を小さくしすぎない(100回の小売買より、数回の大きめの調整)
また、同じ指数でも商品ごとに信託報酬やスプレッドが違います。ここは“長期で積み上がる確定コスト”なので、地味ですが最重要です。
リスク管理を数値で持つ:最大損失を事前に見積もる
初心者が最初にやるべきは、期待リターンの計算ではなく『最悪ケースの想定』です。ざっくりでいいので、最大損失を見積もっておくと、転換点でパニックになりにくい。
簡易モデル:株の最大下落幅×株比率
例えば、株指数が短期間に-30%下がる局面を想定します。株比率が80%なら、ポートフォリオは単純計算で-24%程度のダメージになり得ます(他の要素は無視)。株比率が20%なら-6%程度です。
この差が“精神的に耐えられるかどうか”を決めます。相場転換ヘッジの価値は、この最大損失を抑えつつ、上昇局面では株比率を戻せるところにあります。
ルールの例:『連続シグナル』で誤判定を減らす
移動平均はだまし(フェイク)があります。そこで初心者におすすめなのが『連続シグナル』です。
例:月末判定でリスクオフが出たら、即フルに落とすのではなく、まず株50→30へ。翌月もリスクオフなら30→20へ。逆にリスクオン回復も同様に段階的に戻します。
こうすると、1回のノイズで全力売買をしなくて済み、心理的にも安定します。勝率を上げるというより、運用を継続させる工夫です。
“待機資産”の比較:現金・普通預金・T-Bills
現金(普通預金)は安全そうに見えますが、機会費用が発生します。T-Bills相当は価格変動が小さい上に、金利環境を反映して一定の収益が期待できます。
この差は短期では小さく見えても、相場が揉み合う期間が長いほど効きます。株を持たない期間を『無駄な待機』にしないことが、ヘッジ戦略の“地味な勝ち筋”です。
運用を崩さないコツ:『事前に例外ルールを決める』
相場には例外が必ずあります。例えば、突然のショックで指数が急落し、月末まで待つと損失が大きくなるケースです。
例外ルールのテンプレ
- 指数が直近高値から一定率以上下落したら(例:-15%)、月末を待たずに一段階だけ守りに寄せる
- 翌月末までに回復したら元の判定に戻す(感情で上書きしない)
- 例外発動は年に数回までと決め、乱発しない
例外ルールを“先に書いておく”だけで、暴落時の暴走をかなり防げます。
検証と改善:個人でも回せる“最小バックテスト”
本格的なバックテスト環境がなくても、検証はできます。目的は“神戦略の発見”ではなく、ルールが自分の性格に合うかを確かめることです。
最小のやり方
①過去3〜5年の月末の終値、200日線、50日線を表にする。②毎月末に信号を判定し、配分ルールどおりに株比率を決める。③翌月の指数リターンで資産の増減を計算する。
これだけで、少なくとも『このルールは自分が耐えられるドローダウンか』『売買が多すぎないか』の感触が掴めます。
見るべき指標(初心者向け)
- 最大ドローダウン(どれだけ深く沈むか)
- 回復までの期間(沈んでから戻るまで何か月か)
- 売買回数(月1回運用で多すぎるならルールが過敏)
- 上昇相場での取り逃し度合い(許容できるか)
この戦略は『上昇の天井を当てる』タイプではありません。ドローダウンと回復期間が改善し、結果として続けられるなら成功です。
今日からの始め方:最短で“運用”に落とす手順
最後に、行動手順をまとめます。
1)あなたが投資できる商品で、短期国債枠(T-Bills相当)と株指数枠を1つずつ選ぶ。2)判定日は月末(または毎月第1営業日)に固定。3)配分は3段階(80/50/20)を採用。4)チェックリストをテンプレ化して、毎月同じ流れで実行。
この“固定化”が重要です。戦略は思いついた瞬間より、繰り返した月数で強くなります。


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