「今は買いなのか、売りなのか」が分からない。多くの人がここで止まります。けれど投資で重要なのは、未来を当てることではなく、外れても致命傷にならない設計にすることです。
その設計を“感覚”から“数値”に変える最短ルートが、投資シミュレーションです。難しい数学やプログラミングは不要です。Excel/Googleスプレッドシートで、誰でも同じ結論に辿り着けます。
この記事では、初心者がつまずきがちな「積立と一括の違い」「下落局面でのメンタル崩壊」「資産配分の意味」を、自分の条件で検証できる形で徹底解説します。読み終えたら、あなたは次の2つを手にします。
①相場が上でも下でも運用を続けられる“ルール” ②そのルールが妥当かどうかを自分で確認できる“手順”
なぜシミュレーションが最強の武器になるのか
投資は、正しい情報を集めても負けます。なぜなら「情報」ではなく「行動」が損益を決めるからです。典型例は次の通りです。
・上昇局面で強気になり、リスクを上げて天井で掴む。
・下落局面で恐怖が勝ち、底で投げる。
・勝っている資産に偏り、気づけば一つのテーマに全資産が寄る。
これらは全て、事前に“起こり得る”と分かっている事故です。事故なのに繰り返されるのは、自分の耐久力の限界を事前に数値化していないからです。
シミュレーションの価値は「当てる」ことではありません。自分が耐えられる負け方を先に決めることです。耐えられる負け方が決まれば、次の一手がブレなくなります。
今回扱う“初心者向け”シミュレーションの全体像
本記事のシミュレーションは、次の3ケースを比較します。ここを押さえるだけで、運用設計の骨格が作れます。
ケースA:一括投資(最初にまとめて買う)
期待値が高いと言われやすい一括投資ですが、最大の弱点は「買った直後に大きく下がると耐えられない」点です。机上の理屈では勝てても、実際の行動が伴わないと成績は崩れます。
ケースB:積立投資(毎月同額を買う)
積立は、平均購入単価を平準化し、精神的なブレを減らす設計です。弱点は、強い上昇相場では一括より利益が出にくいこと。ただし初心者にとっての最大の価値は、続けられる確率が高いことにあります。
ケースC:逆風局面から開始(最初の1〜2年が下落)
多くの人が現実に直面するのがこれです。「始めた途端に下がる」。この局面を想定して設計していないと、投資は高確率で中断します。逆に、ここを想定内にできれば、投資は安定します。
シミュレーションに必要な“前提条件”を決める
シミュレーションの精度を上げるコツは、難しいモデルにすることではなく、自分の行動に直結する前提だけを置くことです。ここでは最低限の項目に絞ります。
①投資対象(例:全世界株式、米国株式、債券、現金)
初心者は、まず「コア」を一つ決めてください。例としては全世界株式または米国株式が分かりやすいです。ここで重要なのは銘柄名ではなく、リスクの性質です。株式は期待リターンが高い一方、下落が大きい。債券や現金は下落が小さいが、リターンは小さい。
②投資期間(例:10年、15年、20年)
期間は長いほどブレが小さくなりやすいです。ただし「長期なら安全」という意味ではありません。長期でも途中の下落は普通にあります。長期の意味は、下落後に回復する時間を確保できることです。
③毎月の投資額(例:3万円)と初期資金(例:100万円)
ここがあなたの現実です。理論上の最適解よりも、続けられる金額を置く方が結果は良くなります。積立額を上げすぎると、下落局面で生活が苦しくなり、やめる原因になります。
④リスク許容度(最大ドローダウン許容)
最大ドローダウンとは、ピークから最安値までの下落率です。ここが最重要です。例えば「評価額が-25%になったら眠れない」なら、あなたの設計は-25%を超えないように作るべきです。耐えられない損失は、実質的に“確定損”になりやすいからです。
初心者がそのまま作れる:スプレッドシート手順
ここからが実行パートです。ExcelでもGoogleスプレッドシートでも同じです。最初は簡易版でOK。慣れたら精緻化します。
ステップ1:月次のリターン(変化率)を用意する
最も手軽なのは、対象インデックスやETFの月次終値から、前月比を計算する方法です。具体的には、月末価格がP(t)、前月末がP(t-1)なら、月次リターンR(t)=P(t)/P(t-1)−1 です。これを時系列で並べます。
「どのデータを使うか」で悩む人がいますが、目的は銘柄当てではなく設計です。まずは代表的な指数で構いません。重要なのは、下落も上昇も含む十分な期間を入れることです。短すぎる期間は都合のいい局面だけ見てしまいます。
ステップ2:一括投資の推移を計算する
初期資金をS0とします。一括は、初月に全額投資し、以後は評価額V(t)=V(t-1)×(1+R(t)) で更新します(分配金や税金はまず無視して簡易化してOK)。
ステップ3:積立投資の推移を計算する
毎月の積立額をDとします。積立の評価額は、V(t)=(V(t-1)+D)×(1+R(t)) の形になります。初期資金があるなら、最初の月にS0を加えても良いですし、S0を現金として別枠にしても良いです。ここはあなたの現実に合わせます。
ステップ4:最大ドローダウンを計算する
最大ドローダウンは、各月の評価額がこれまでの最高値からどれだけ落ちたかで計算できます。最高値H(t)=max(H(t-1), V(t))、ドローダウンDD(t)=V(t)/H(t)-1。最も低いDD(t)が最大ドローダウンです。
この数値が、あなたの運用を続けられるかどうかの分岐点になります。
3ケースを比較して分かる“本質”
ここからは、よくある結論を“結果の読み方”として整理します。シミュレーションの数字はケースにより変わりますが、読み方は普遍です。
一括が勝ちやすい条件/負けやすい条件
一括は「投資に晒されている時間」が長いので、平均的には有利になりやすいです。ただし、買った直後に大きな下落が来ると、最大ドローダウンが増え、精神的な負荷が急増します。ここで撤退すると、その後の回復を取り逃し、結果として最悪の成績になります。
つまり、一括投資のリスクは“期待リターン”ではなく、途中の下落に耐えられるかです。耐えられないなら、理論上の優位性は机上の空論になります。
積立が強いのは“下落局面の継続性”
積立の最大の価値は、下落局面で自動的に安く多く買えることです。これは「安く買って高く売る」を機械的に実現します。特にケースC(開始直後に下落)では、積立は心理的に有利です。下落を“敵”ではなく“仕込み期間”として扱えます。
一方で、上昇局面では投資額が時間分散されるため、上昇の恩恵を一括ほど早くは受けられません。ここを理解せずに「積立は儲からない」と決めつける人がいますが、それは目的の誤解です。積立は、続けて資産形成を完了させるための設計です。
逆風スタートで崩れる人の共通点
逆風スタートで崩れる人は、「投資=すぐ増えるもの」という前提を持っています。現実は違います。投資は、増えるまでに下落を踏むことが普通です。ここを想定に入れずに始めると、最初の下落で“失敗した”と錯覚します。
シミュレーションでケースCを先に見ておくと、下落は「想定内」に変わります。想定内になれば、人は継続できます。
“資産配分”を入れると設計が一段強くなる
初心者は株式100%で始めがちです。悪いとは言いませんが、問題は“耐久力”です。ここで資産配分の出番です。
株式:リターンの源泉だが、下落は大きい
株式は成長の果実を取りに行く資産です。だから下落も受け入れる必要があります。受け入れられない下落が来るなら、株式比率を下げるのが合理的です。
債券・現金:リバランス弾薬になる
債券や現金は“退屈”に見えますが、下落局面で重要な役割を果たします。それは、株式が下がったときに買い増すための弾薬になることです。株式100%だと、下落時に追加で買いたくても、資金が尽きて心理的に追い込まれます。
リバランスの効果をシミュレーションで見る
シミュレーションに「年1回、株式比率を元に戻す」というルールを追加してみてください。たとえば株式70%・債券30%で開始し、年末に70/30に戻す。上がり過ぎた資産を売って、下がった資産を買う行為が自動化されます。
このルールは、派手な上昇局面では単純株式100%に劣ることもありますが、最大ドローダウンを抑え、継続率を上げる効果が見えるはずです。投資は“継続できた人”が勝ち残ります。
初心者がハマる“見せかけの高リターン”の罠
シミュレーションをすると、偶然リターンが高く出る設定が見つかることがあります。ここで欲が出ます。しかし、その多くは再現性が低いです。典型的な罠を押さえてください。
短い期間だけで結論を出す
2〜3年だけ切り取ると、どんな資産でも「勝ち組」に見える期間があります。逆も同じです。期間を変えたら結論が崩れるなら、その設計は不安定です。最低でも複数局面(上昇・下落・レンジ)を含めて確認します。
最大ドローダウンを見ない
最終リターンだけ見て「勝ち」と判断すると、途中の下落に耐えられない設計を採用しがちです。投資の破綻は、最終結果ではなく途中で起きます。最大ドローダウンは必ず見ます。
積立額を現実離れさせる
シミュレーション上、積立額を大きくすると最終資産が増えます。当たり前です。しかしそれを現実に実行できないなら意味がありません。大事なのは、あなたの家計で継続できる積立額で勝つ設計です。
“行動ルール”に落とし込む:運用設計テンプレ
ここからは、読み物ではなく実装です。次のテンプレに、あなたの数字を入れてください。
ルール1:投資対象と配分を固定する
例:株式インデックス70%、債券・現金30%。この比率は「最大ドローダウン許容」に合わせて調整します。シミュレーションで、耐えられない下落が出たら、株式比率を下げます。
ルール2:積立は自動化する
例:毎月3万円を同日に投資。自動化の目的は“感情を排除する”ことです。相場ニュースに反応して積立額を上下させると、設計が崩れます。
ルール3:リバランス頻度を決める
例:年1回(12月末)に配分へ戻す。頻度を上げすぎると手間とコストが増えます。初心者は年1回で十分です。
ルール4:非常時の手順を決める(最重要)
暴落時に何をするかを“先に”決めます。例えば「評価額がピークから-20%なら、積立は継続。-30%なら、生活防衛資金を確認し、追加投資はしないが売却もしない」など、あなたが実行可能なルールにします。
ここで大切なのは、無理に“攻めの行動”を入れないことです。暴落で買い増すのは強い戦略ですが、できないならやらない方が良い。できない設計は破綻します。
シミュレーション結果の“読み方”と改善手順
最後に、結果をどう改善するかの順序を示します。ここを間違えると、永遠に迷います。
①最大ドローダウンが許容内か
許容外なら、株式比率を下げる、現金比率を上げる、積立額を下げる、期間を延ばす。最初にここを合わせます。
②継続できるキャッシュフローか
積立額が家計を圧迫していないか。下落局面でも淡々と続けられるか。ここが崩れるなら、積立額を落としてでも継続性を優先します。
③上昇局面で“取り逃し過ぎ”ていないか
リスクを下げ過ぎると上昇局面で不満が出ます。不満はルール破りの原因です。最大ドローダウンと継続性を満たした上で、株式比率を少し上げるなど微調整します。
まとめ:勝つために“相場を当てない”という選択
相場が読めないのは普通です。問題は、読めないのに読める前提で行動することです。投資シミュレーションは、読めない前提で“勝てる形”を作る道具です。
あなたが今日やるべきことは、未来予想ではありません。次の3つを紙に書くことです。
①投資期間(何年やるか) ②毎月いくら積み立てるか ③最大どれだけの下落まで耐えられるか
そして、その条件で一括・積立・逆風スタートを比較し、耐えられる設計を採用してください。投資は、派手さよりも“生存”が最優先です。生き残った人だけが、複利の恩恵を受け取れます。


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