ビットコイン(BTC)を担保にUSDCのようなステーブルコインを借りて、再び暗号資産や利回り商品に投資する――いわゆる「担保付きレバレッジ再投資」戦略は、DeFiならではの特徴的な手法です。うまく使えば手元資金を増やさずにポジションを拡大でき、資本効率を高めることができます。一方で、価格急変時の清算リスクや、プロトコル固有のリスクも抱えています。
この記事では、投資初心者でも全体像をつかめるように、この戦略の仕組み・数値イメージ・代表的なパターン・リスク管理の考え方までを、できるだけ具体的に整理して解説します。
1. 戦略の全体像:ビットコインを「担保」に変える
この戦略の出発点は、ビットコインを「ただの保有資産」から「担保資産」に変えることです。対応するブロックチェーン上でBTCをラップ(WBTCなど)して対応するDeFiレンディングプロトコルに預けると、その時価の一定割合までステーブルコイン(ここではUSDCとします)を借りることができます。
たとえば、あるレンディング市場でBTC担保に対して「最大LTV(Loan To Value:担保価値に対する借入上限)」が70%に設定されているとします。この場合、時価10万USDT相当のBTCを担保に入れると、理論上は7万USDCまで借り入れが可能というイメージです。ただし、実際にそこまで借りると価格変動で清算されるリスクが極端に高くなるため、実務上は40〜50%程度に抑えるのが一般的です。
借りたUSDCは、再び暗号資産に投資したり、ステーブルコイン運用で利回りを狙ったり、他の投資アイデアに使ったりできます。これにより、元本を追加せずにポジションを増やす、いわば「オンチェーン版の証拠金取引」のようなイメージになります。
2. この戦略が成り立つメカニズム
ビットコイン担保でUSDCを借りて再投資する戦略が成り立つ背景には、主に次の3つの要素があります。
2-1. 担保価値の変動とレバレッジ効果
ビットコインはボラティリティが高く、価格上昇局面では担保価値が大きく膨らみます。担保に入れたBTCが値上がりすれば、同じ借入額に対するLTVは下がり、レバレッジの実質的な負担が軽くなります。価格上昇を前提にレバレッジをかければ、自己資金だけの場合よりもリターンを増幅できる可能性があります。
2-2. 借入金利と運用利回りのスプレッド
レンディング市場では、USDCを借りる側が支払う金利と、USDCを貸し出す側が受け取る金利が存在します。もし「ビットコイン担保でUSDCを借りる金利」が5%で、「ステーブルコインの安定運用利回り」が7%であれば、単純化すると年率ベースで2%のスプレッドを得られる構造になります。このスプレッドにビットコイン価格の値上がり分が加われば、トータルのリターンが押し上げられます。
2-3. 方向性の異なるリスク源の組み合わせ
ビットコイン自体の価格変動リスクと、USDC運用のクレジット・スマートコントラクトリスクなどは性質が異なります。ポジション設計次第では、価格変動リスクを抑えながら利回りを狙う構成や、あえてビットコインの上昇リスクを取りに行く構成など、複数の戦略を設計できます。この柔軟性が、DeFi特有の魅力でもあります。
3. 典型的なポジション構造の例
イメージをつかみやすくするために、具体的な数字の例で代表的な構造を見ていきます。ここでは計算を単純化するため、手数料やスリッページなどは一旦無視します。
3-1. ベースケース:BTCを担保にUSDCを借りる
前提条件は次の通りとします。
- 手元に1BTCを保有している(時価:10万USDTと仮定)
- レンディング市場の最大LTVは70%
- 安全マージンを取り、実際の借入LTVは50%とする
- USDC借入金利は年5%、USDC運用利回りは年8%と仮定
この場合、1BTC(10万USDT相当)を担保に入れて5万USDCを借りる構成になります。借りたUSDCをどう使うかで戦略が分岐します。
3-2. レバレッジBTCロング型の構造
最も分かりやすいのは「借りたUSDCで再びBTCを購入する」レバレッジロング型です。先ほどの例で、5万USDCを使ってBTCを追加購入すると、0.5BTCを新たに保有するイメージになります(価格10万USDT/BTCの場合)。その0.5BTCもラップして担保に入れれば、担保合計は1.5BTC(15万USDT相当)に増え、実質的にレバレッジ1.5倍のBTCロングになっていると考えることができます。
この状態でビットコイン価格が20%上昇すれば、担保価値は18万USDT相当になります。一方でUSDCの借入額は5万USDCで一定ですから、ポジション全体の評価益は、現物1BTCだけを持っている場合よりも大きくなります。逆に20%下落すると、担保価値は12万USDT相当まで減少し、LTVが急上昇して清算ラインに近づくリスクが高まります。
3-3. 中立寄りイールドファーミング型の構造
もう一つの代表的な構造は、「借りたUSDCを安定運用に回す」中立寄りのイールドファーミング型です。たとえば、USDCを他のレンディング市場に預けて利回りを得たり、リスクを抑えたステーブルコイン同士の流動性プールに提供したりするパターンです。
この場合、ビットコイン価格の変動による含み損益は、担保としてロックされているBTC部分に限定され、借りたUSDC自体は主に金利収入の源泉として機能します。ビットコイン価格が横ばい〜緩やかな上昇を想定しつつ、金利差(スプレッド)を主な収益源とする構造です。
4. 数値シミュレーションで見るリターンとリスク
次に、簡略化したシミュレーションでリターンとリスクのイメージを具体的に見ていきます。先ほどと同じ前提を用います。
- 初期保有:1BTC(10万USDT相当)
- 担保に1BTCを入れ、5万USDCを借りる(LTV=50%)
- 借りた5万USDCで0.5BTCを追加購入し、合計1.5BTC保有
ここから1年後にビットコイン価格がどの程度動いたかで、評価額がどう変化するかを見ます(USDC金利や手数料は簡略化のため一部省略します)。
4-1. ビットコイン価格が+20%のケース
ビットコイン価格が20%上昇して、1BTC=12万USDTになったとします。
- 1.5BTCの評価額:1.5 × 12万 = 18万USDT
- USDC借入残高:5万USDC(≒5万USDTとみなす)
レバレッジなしで1BTCだけを持っていた場合、評価額は10万→12万となり+2万USDTの含み益です。レバレッジありのケースでは、担保評価額18万から借入5万を差し引くと、純資産は13万となり、元の自己資本10万に対して+3万USDTの増加です。単純比較するとリターンは約1.5倍に増幅されていることが分かります。
4-2. ビットコイン価格が−20%のケース
逆にビットコイン価格が20%下落して、1BTC=8万USDTになった場合を考えます。
- 1.5BTCの評価額:1.5 × 8万 = 12万USDT
- USDC借入残高:5万USDC
レバレッジなしのケースでは、評価額は10万→8万となり−2万USDTの含み損です。レバレッジありのケースでは、純資産は12万−5万=7万USDTとなり、元の自己資本10万に対して−3万USDTの損失です。やはりリスクも1.5倍に拡大していることが分かります。
さらに価格が急落してLTVが清算ライン(たとえば85%など)を超えると、担保の一部が自動で売却され、借入が強制的に返済されます。この「清算リスク」が、レバレッジ戦略における最大の注意点と言えます。
5. 主なリスク要因の整理
この戦略には、従来の現物保有にはない複数のリスク要因が存在します。代表的なものを整理しておきます。
5-1. 価格変動と清算リスク
ビットコイン価格が急落すると、担保価値が一気に減少し、LTVが清算ラインを超える可能性があります。清算が発生すると、担保の一部が市場価格よりも不利な条件で売却されることがあり、その結果としてポジションの大部分を失うこともあり得ます。特に、レバレッジ倍率を高く取り過ぎると、このリスクが急激に高まります。
5-2. 金利変動リスク
レンディング市場の金利は需要と供給によって変動します。USDC借入金利が想定以上に上昇すると、当初はプラスだった金利スプレッドがマイナスに転じる可能性もあります。ステーブルコイン運用側の利回りも、市場環境によっては低下します。長期でポジションを維持する場合は、金利変動に敏感になる必要があります。
5-3. ステーブルコインのペッグリスク
USDCのようなステーブルコインは、通常は米ドルに1:1でペッグされていますが、極端な市場ストレス下では一時的にペッグが外れることがあります。大きなディペッグが起きると、借入・運用のどちらか一方で損失が発生する可能性があり、ポジション全体の計算が狂うことになります。
5-4. スマートコントラクトおよびプロトコルリスク
DeFiプロトコルはスマートコントラクトで運営されています。コードのバグや設計上の脆弱性が悪用されると、預けている資産が失われるリスクがあります。また、ガバナンスの変更やパラメーター調整により、金利や清算条件が大きく変化する可能性もあります。
5-5. ラップドBTCやブリッジのリスク
ビットコインを他チェーンで扱うためにラップしたトークン(WBTCなど)は、カストディアンやブリッジの仕組みに依存しています。裏付け資産の管理不備や、ブリッジのハッキングなどによって価値が毀損する可能性はゼロではありません。このリスクは、現物BTCを自分のウォレットで保管する場合には存在しない性質のものです。
5-6. 流動性リスクとスリッページ
市場の流動性が薄い時間帯や、急激なボラティリティ上昇時には、大口の売買でスリッページが大きくなります。清算ラインが近い状況で強制売却が出ると、市場価格に悪影響を与えつつポジションが処理され、想定以上の損失に繋がることもあります。
6. リスク管理とポジション設計の実務的な考え方
ここからは、実際にこの戦略を検討する際に意識しておきたいリスク管理のポイントを整理します。
6-1. LTVを保守的に設定する
レバレッジ戦略では、LTVをどの水準に置くかが最重要の設計項目です。最大LTVが70%の市場であれば、通常は40%前後に抑えるなど、清算ラインから十分なバッファを確保するのが一般的です。ビットコインの過去の下落幅(1日で20〜30%下落するケースもある)を参考に、「どの程度の値動きまで耐えられるか」を逆算してLTVを決めると良いでしょう。
6-2. 借入規模を資産全体から逆算する
「保有BTCをすべて担保に入れる」よりも、「ポートフォリオ全体の一部をこの戦略に割り当てる」という発想が重要です。たとえば、総資産のうち10〜20%程度を上限とし、その範囲内で担保と借入額を設計することで、仮に最悪のケースでポジションが大きく損失を出したとしても、人生全体に致命傷を与えないようにコントロールできます。
6-3. 清算ラインと価格水準を常に把握する
DeFiレンディングプロトコルでは、多くの場合ダッシュボード上で現在のLTVと清算価格を確認できます。自分のポジションが「ビットコイン価格がいくらまで下落すると清算されるのか」を常に把握しておくことが必須です。そのうえで、清算ラインに近づいた場合にどのように対応するか(追加入金・一部返済・ポジション縮小など)を事前にルール化しておくと、パニックを避けやすくなります。
6-4. 金利とリワードの変化を定期的にチェックする
借入金利やステーブルコイン運用の利回りは、時間とともに変化します。少なくとも週次・月次で金利水準をチェックし、当初想定していたスプレッドが維持されているかを確認することが重要です。スプレッドが縮小し、リスクに見合わないと判断した場合は、早めにポジションを縮小・解消する決断も必要になります。
6-5. プロトコル分散とチェーン分散
単一のレンディングプロトコルや単一チェーンに資産を集中させると、そのプロトコルやチェーン固有のリスクにさらされます。可能であれば、複数の信頼できるプロトコルに分散したり、チェーンの分散を検討したりすることで、スマートコントラクトやガバナンスリスクを分散させることができます。ただし、分散し過ぎると管理が複雑になり、ミスのリスクも増えるため、バランスが重要です。
7. 投資アイデアのパターン集
上記の原則を踏まえたうえで、ビットコイン担保+USDC借入戦略の代表的なパターンを3つ紹介します。実際に行う場合は、あくまで自分のリスク許容度の範囲内で検討してください。
7-1. 強気局面でのレバレッジBTCロング
ビットコインの中長期的な上昇トレンドを強く確信している場合、LTVを控えめ(30〜40%)に設定したうえでレバレッジロングを組むパターンです。借りたUSDCでBTCを追加購入し、ポジション全体を拡大します。価格が順調に上昇すれば、担保価値が膨らみLTVが低下するため、余裕が生まれます。一方で、急落局面ではダメージも大きくなるため、トレンドの見極めとリスク管理が極めて重要です。
7-2. レンジ相場でのステーブルイールド重視型
ビットコイン価格がレンジに入り、大きなトレンドが出にくい局面では、USDC運用による金利収入を主な収益源とする戦略も考えられます。LTVを低めに設定し、借りたUSDCを比較的リスクの低いステーブルコイン運用に回すことで、ビットコイン価格変動の影響をある程度抑えつつ、金利スプレッドを積み上げていくイメージです。この場合も、清算ラインの確認と金利の定期チェックは欠かせません。
7-3. 部分ヘッジ付きバランス型
ビットコイン価格の下落リスクをある程度抑えたい場合には、借りたUSDCの一部をヘッジ手段に充てるバランス型も検討できます。たとえば、一部を現金同等物としてプールしておき、価格急落時に担保を買い増す準備資金とする、あるいはデリバティブを利用して一部の下落リスクをヘッジするなどの発想です。ヘッジコストとレバレッジ効果のバランスをどう取るかがポイントになります。
8. 初心者が陥りがちな失敗パターン
この戦略は一見すると「資産を増やしやすい」ように感じられますが、初心者が陥りやすい落とし穴も多く存在します。代表的なものを挙げておきます。
8-1. 最大LTV近くまで借りてしまう
レンディング市場の画面上に表示される「最大LTV」をそのまま使ってしまうと、清算ラインまでのバッファがほとんどない危険な状態になります。ビットコインは短期間で大きく値動きするため、「安全そうに見える」水準でも、実際には数日のボラティリティで簡単に清算ラインに到達してしまうことがあります。
8-2. プロトコルの仕様をよく理解していない
清算ペナルティの割合、オラクルの仕様、金利の算出方法、緊急時のルールなどを十分に確認せずに使い始めると、想定外のタイミングで清算が発生したり、金利負担が急増したりするリスクがあります。少なくとも、公式ドキュメントやダッシュボードで基本仕様を一通り確認してからポジションを組むことが重要です。
8-3. 想定よりも長期にポジションを放置してしまう
最初は「数週間だけの短期戦略」のつもりで始めても、いつの間にか数カ月〜1年以上放置してしまうケースは珍しくありません。その間に金利条件や市場環境が大きく変わると、当初の前提が崩れているにもかかわらず、リスクだけが膨らんでいる状態になりかねません。ポジションを持っている限り、定期的に見直す習慣を付けることが重要です。
8-4. 税務やキャッシュフローを全く意識していない
国や地域によっては、借入を使った取引や暗号資産の売買に特有の税務上の扱いがあります。また、USDCの利息やリワードが発生する場合、税負担が現金ベースで発生する可能性もあります。キャッシュフローを全く意識せずにポジションだけを膨らませると、後から税金の支払いに困るといった問題に繋がることもあります。
9. 実践前に確認しておきたいチェックリスト
最後に、この戦略を検討する際に事前に確認しておきたいポイントをチェックリスト形式で整理します。実際に行うかどうかを判断する際の参考にしてください。
- 自分のポートフォリオ全体の中で、この戦略に割り当てる比率を決めているか
- 利用を検討しているレンディングプロトコルの仕様(LTV、清算ペナルティ、金利の決まり方など)を把握しているか
- 清算ラインとなるビットコイン価格を具体的な数字で把握しているか
- 価格急落時にどのように対応するか(追加入金・返済・ポジション縮小など)の方針を事前に決めているか
- 借入金利とUSDC運用利回りのスプレッドが、リスクに見合う水準かどうか検討したか
- スマートコントラクトリスクやステーブルコインのペッグリスクを許容できるかどうか、自分の許容度を自覚しているか
- 少額でテストしたうえで、徐々にポジションを拡大する計画になっているか
- 税務やキャッシュフローの観点から、想定外の負担が生じないか大まかに確認しているか
10. まとめ:誰に向いた戦略なのか
ビットコインを担保にUSDCを借りて再投資するDeFi戦略は、資本効率を高める強力な手段になり得ます。うまく設計すれば、現物保有だけでは得られないリターンを目指すこともできます。しかし同時に、清算リスクやプロトコルリスク、金利変動リスクなど、従来の投資にはなかった新しいリスクも背負うことになります。
この戦略が向いているのは、ビットコインの長期的な価値に一定の確信を持ちつつ、リスク管理のルールを自分で決めて守れる投資家です。ポートフォリオ全体の一部に限定し、保守的なLTV設定と定期的なモニタリングを徹底すれば、暗号資産ポートフォリオの一つの応用的な選択肢として活用できる余地があります。
まずは仕組みやリスクを十分に理解し、少額から試しながら自分のスタイルに合うかどうかを見極めることが大切です。レバレッジは「味方にも敵にもなる」ツールであることを忘れずに、慎重に向き合っていきましょう。


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