本稿は「イールドファーミング(流動性提供)」を、投資として成立させるための実務目線で徹底的に解説します。単なる用語説明ではなく、収益ドライバーと損失要因を分解し、数式と数値例で腹落ちさせます。最後に、すぐ試せる戦略テンプレとチェックリストを提示します。
イールドファーミングとは何か——“どこから”リターンが生まれるのか
イールドファーミングは、AMM(自動マーケットメイカー)や永続DEXなどに資産を供出し、取引手数料やプロトコル報酬を受け取る行為です。投資としての本質は「リスクをどの形で負って、その対価として何を得ているか」を定義することです。主な収益源は以下の3つに集約できます。
- スワップ手数料収入:ペアに対する実取引フローから生じる。出来高が高いほど期待値は上がるが、ボラティリティとレンジ外リスクも増す。
- インセンティブ(トークン報酬):期間限定で付与される追加APR。希薄化・売り圧・ベスティング条件を織り込む必要。
- MEV/ブースト的効果:一部の設計では、レンジ内を維持し続けることで手数料効率が上がる(集中流動性)。
APRとAPYの厳密理解——“複利頻度”がすべてを変える
APRは年率単利、APYは複利を前提にした有効年率です。日次複利で年換算するAPYは、次式で与えられます。
APY = (1 + r_d)^{365} - 1 (r_d = 日次利回り)
例えば日次で0.08%の利回り(r_d = 0.0008)が維持されると仮定すると、
APY ≈ (1 + 0.0008)^{365} - 1 ≈ 0.349(約34.9%)
APR表示のプールでも、報酬を再投資(コンパウンド)できるなら、実効利回りはAPYで評価すべきです。逆に、ガスコストや手間で複利頻度が落ちる場合、紙の利回りと実効は乖離します。
AMMとインパーマネントロス(IL)の数理的直感
xy=kの定数積モデル(Uniswap v2型)では、プール価格が外部価格に追随する過程で再配分(リバランス)が自動的に起きます。その結果、価格が大きく動くほど、HODLに比べて価値が目減りする現象がインパーマネントロス(IL)です。
代表的な近似式は以下:
価格比 r = P_new / P_old
IL(r) ≈ 2 * sqrt(r)/(1 + r) - 1
例:ETH/USDCで価格が2倍(r=2)。
IL(2) ≈ 2 * sqrt(2) / 3 - 1 ≈ -5.72%
これは「HODLしていれば得られた価値」に対しての相対損失です。ILは悪者扱いされがちですが、スワップ手数料で上回れば純益になります。従って、出来高×手数料率と価格変動(ボラティリティ)のバランスがコア評価軸です。
集中流動性(Uniswap v3)のレンジ設計
v3では、資金を特定の価格帯に集中配置できます。単位資本あたりの手数料獲得効率は上がりますが、レンジ外リスク(無収益状態)が増大します。基本指針:
- 狭いレンジ:手数料効率↑、外れやすさ↑(再レンジング頻度↑、ガス↑)。
- 広いレンジ:手数料効率↓、外れにくい(運用は安定、キャピタル効率は低下)。
実務上は、想定ボラティリティ(直近30–90日の年率換算σ)から価格帯を逆算し、±1〜1.5σの帯域を基準にする方法が現実的です。再レンジ条件(乖離閾値)とチェック周期(例:日次/週次)を事前に決めておくと運用が崩れません。
ステーブル/相関ペアでILを抑制する
ILの源泉は価格乖離です。ならば乖離の小さいペアを選べばよい。具体例:
- ステーブル×ステーブル:USDC/USDT/DAIなど同種ペグ。手数料率は低いが出来高が安定しやすい。Curve/Balancer等のstable-swap系はILが小さく、手数料回転で勝つ設計。
- 高相関ペア:wstETH/ETH、cbETH/ETHなど。基礎資産が近く、価格乖離(ベーシス)が小さい前提。ステークトークン特有のベーシス変動は観察必須。
“ヘッジ付きLP”という選択肢——デルタを中立にする
方向リスクを抑えたい場合、LPポジションのデルタ(実質的な片サイド偏り)を、先物/パーペチュアルの反対ポジションで相殺します。単純化のため、v2等の均等プールを想定します。
- LPに$10,000を供出(50% ETH、50% USDC)。ETH価格=2,000。初期はETH 2.5枚 + USDC 5,000。
- 小幅上昇でLPのETH量は自動減少し、USDCが増える。実効デルタは、だいたい半分の原資産デルタに近い。
- よっておおむね原資産の50%相当をショート(パーペチュアル等)するとデルタが中立化に近づく。
厳密には、価格・手数料・再配分でデルタは時変です。リバランスルール(例:価格が±5%動いたらヘッジ量を再計算)を明文化しておくと良いでしょう。
数値シミュレーション(簡易)
初期資本$10,000、ETH/USDC 0.3%手数料プール、出来高がTVLの50%/日、日次複利、30日運用を仮定。
シナリオ | 価格変動 | 累計手数料(概算) | IL(概算) | 純益(概算) |
---|---|---|---|---|
S1 | ±5%のレンジ内往復 | $10,000×0.3%×0.5×30 ≈ $450 | ほぼゼロ | +約$450 |
S2 | 一方向に+30% | 出来高の一部のみ→約$300 | -約5〜6% | 手数料と相殺、ややマイナス〜トントン |
S3 | 一方向に+60% | 出来高逓減→約$220 | -約13〜14% | 大きくマイナス(ヘッジ無) |
示唆:横ばい〜レンジ相場に強く、トレンド相場に弱いのがLPの性格です。トレンドを感じる相場では、レンジを広げる・ヘッジを入れる・一旦撤退するなどの手を持ちます。
ガス・ブリッジ・MEVを原価として扱う
チェーンA→Bに跨る移動、コンパウンドの実行、レンジ調整、全てがコストです。利回り表示を見るときは、
- 往復ブリッジ費用(手数料+時間価値)
- 初回デポジット/撤退時のガス
- 再レンジ/複利のガス(頻度×単価)
を年率化して差し引くと、紙の利回りと現実が近づきます。特にガス単価の高い時間帯に動かない、バッチングする等の工夫が効きます。
プロトコル選定の実務チェック
- スマートコントラクト監査:直近監査の有無・重大脆弱性の履歴。
- オラクルとペグ維持:ステーブル系はペグ逸脱時の挙動とリスク管理。
- TVLと出来高のバランス:薄いプールはスリッページが大きく、手数料回転も鈍い。
- インセンティブの持続性:短期で終わるキャンペーン頼みは危険。基礎出来高で稼げるか。
- 撤退動線:緊急時に一撃で外せるか、解除に時間差がないか。
3つの戦略テンプレ(すぐ試せる実務フロー)
テンプレA:ステーブル×ステーブルで“回転”を獲る
- USDC/USDT等の安定プールを選定(手数料率は低めでOK)。
- 出来高/TVL比(回転率)が高いプールを優先。
- レンジは広めに設定し、レンジ外を最小化(再レンジは週次)。
- 日/週次で手数料をコンパウンド。ガスが安いタイミングを使う。
狙い:ILを実質ゼロ近傍に抑え、手数料回転の積み上げで勝つ。
テンプレB:高相関ペア(wstETH/ETH等)でILを抑えつつ手数料獲得
- 相関が高いロールのペアを選ぶ(ステーキング系/ラップド系)。
- 過去のベーシス推移を確認し、ベーシス拡大リスクを許容できる範囲でレンジ設定。
- 再レンジ基準を決める(例:スプレッドが±x%以上)。
狙い:価格乖離が小さい分、ILが限定的。出来高が乗ると効率よく手数料が積む。
テンプレC:ヘッジ付きLP(LP + パーペチュアル反対売買)
- LPの想定デルタを概算(均等プール≒50%)。
- 同名資産のパーペチュアルで反対ポジションを構築(例:LP名目$10,000なら$5,000相当をショート)。
- 価格が±5%動いたらヘッジ量を再計算・リバランス。
- 手数料収入 −(資金調達コスト+ガス)を追踪し、純益を週次で評価。
狙い:トレンド相場でのIL悪化を緩和し、手数料を安定的に収穫。
よくある失敗と対処
- APY表記を鵜呑みにする → 複利頻度・ガス・撤退コストを年率化して差し引く。
- 狭レンジで放置 → レンジ外で無収益が長期化。自動通知・運用ルールを導入。
- インセンティブ依存 → 終了後に収益性が蒸発。基礎出来高で回るプールを選定。
- ステーブルのペグ軽視 → 乖離時の価格影響を事前にシミュレーション。
運用の自動化ヒント(擬似コード)
# 1) データ取得:価格・出来高・TVL・ガス
# 2) レンジ判定:価格が中心から±X%超過で再レンジ
# 3) ヘッジ判定:価格±5%でヘッジ量再計算
# 4) リターン集計:手数料 - ガス - 調達コスト
# 5) 週次で停止/継続を判定(閾値を明記)
まとめ——“レンジ相場に強いビジネス”として設計せよ
LPは、横ばい〜レンジに強く、トレンドに弱いビジネスです。従って、(1)乖離の小さいペアやステーブルで設計する、(2)集中流動性ならレンジ外時間を最小化する、(3)トレンドにはヘッジや撤退を躊躇しない、の3点が中核原則です。利回りは「出来高×手数料率×レンジ滞在率」から生まれ、原価は「ガス+ブリッジ+資金調達コスト」。この収益式と原価式を常にモニタリングし、定義済みルールで機械的に運用を回しましょう。
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