1. なぜ「LVR(損失÷出来高)」なのか
LPの損益は大きく①手数料収入と②価格変動に伴う損失(いわゆるIL)で決まります。日次・週次の出来高が大きくても、再配置を繰り返してスリッページやガス・価格乖離コストを垂れ流すとトータルで負けます。ここで、運用状態を一発で診断できる比率指標が役立ちます。
LVR=(実現損失の総和)÷(その期間の自分の約定出来高)と定義します。実務では次の近似が使えます:
LVR ≈ max(0, IL + 再配置コスト + 手数料リベートの機会費用 − 受取手数料収入) ÷ 自己約定出来高
値が小さいほど「同じ出来高に対して無駄な損失が少ない」運用といえます。日次でLVRが上昇(悪化)し続けるなら、レンジ幅・位置・手数料ティア・再配置頻度・ヘッジ方法の見直しが必要です。
2. 集中流動性AMMの基礎(短縮版)
2-1. レンジ指定と「インレンジ」
Uniswap v3では、価格帯(下限〜上限)を指定して流動性を供給します。価格がレンジ内にある間だけ手数料が発生し、レンジ外では在庫は一方通貨に偏り手数料は原則止まります。したがってLPは「インレンジ滞在時間×出来高」を最大化しつつ、在庫の偏り(デルタ)を許容範囲にコントロールすることが重要です。
2-2. 手数料ティアの選択
主要ティアは0.01%/0.05%/0.3%など。スプレッドが狭く出来高が大きいブルーチップでは低ティア、ボラが高く価格飛びが起きやすいアルトでは中〜高ティアが相対的に有利になりやすい傾向があります。ティアは単純比較ではなく、想定レンジ内の自分のシェア×出来高×ティア − 再配置コストで評価します。
3. LVRを用いた日次ダッシュボード
毎日、下記の最低限KPIを記録します。スプレッドシートで十分です。
- 日次出来高(自分のインレンジ配分で按分)
- 受取手数料(ネット額)
- 再配置回数・原資産の売買コスト(価格乖離含む)
- 在庫の偏り(デルタ)と評価損益
- 推定IL(簡易式で可)
- LVR=(IL+再配置コスト−受取手数料)÷ 自己約定出来高
LVRが−0.05%/出来高(=出来高100万あたり500の純益)より悪化する日が3営業日続いたら再配置、−0.10%より悪化でティア変更またはレンジ幅倍化といったルールベースに落とし込みます。
4. レンジ設計:幅と位置の決め方
4-1. 目安は「ボラ×時間」
シンプルな運用では、幅=k×過去N日のATR(またはパーセントボラ)とし、位置=現値中心から開始。kは0.8〜1.5で調整。出来高/ボラ比(VoV)が高い日ほど狭く、低い日ほど広くします。
4-2. 指値在庫の左右非対称
上方ブレイクが多い銘柄なら上側を厚く、下方スパイクが多いなら下側を厚く配分。過去のスイング高安とイベントカレンダー(CPI/FOMC/半減期など)を考慮し、イベント当日は幅を1.5〜2倍に拡張して飛び出しリスクを抑えます。
5. 再配置(リバランス)頻度の最適化
再配置は多すぎるとコスト負け、少なすぎるとレンジ外滞在が増えます。指標はLVRのトレンドです。具体ルール例:
- 日次でLVRが−0.05%未満に改善している限り、再配置はしない
- LVRが3日平均で−0.05%を上回る→レンジ幅+25%
- LVRが−0.10%を上回る→ティアを一段上げる、または中心を±0.5〜1σシフト
- 価格がレンジを5%超えて滞在→在庫が一方通貨に偏る前に部分撤退
6. 「LP+先物ヘッジ」でデルタを抑える
LPの本質リスクは価格方向のデルタです。特に単一トークン×ステーブルのプールでは、価格変動で在庫が偏り、戻りで逆方向に約定してILが発生します。ここで同額のパーペチュアル先物を使ってデルタを中立化すると、手数料収入(キャリー)をよりクリーンに抽出できます。
- LP投入額をドル換算し、デルタ推定(在庫の時価)を計算
- 同額の先物で反対方向に建てる(例:ETH/USDC LPならETH先物をショート)
- 価格が動いて在庫が偏ったら、ヘッジ比率を週1〜日次で再調整
注意点は資金調達率(Funding)。受取側(ショート有利)の日はLPキャリーに上乗せ、支払側の日は一部オフセットが必要です。「LPキャリー − Funding負担 − 取引コスト」が正であることを週次で確認します。
7. 数値例:ETH/USDC・0.05%ティア
前提:元本10万USDC、日次出来高2億USDC、あなたのインレンジ時シェア0.05%、インレンジ率70%、ティア0.05%。
日次手数料期待値=出来高×ティア×シェア×インレンジ率=200,000,000×0.0005×0.0005×0.7=35 USDC。
一方、日次の再配置2回で合計コスト4 USDC、推定IL 20 USDCだとすると、
LVR ≈ (IL + 再配置コスト − 手数料) ÷ 自己出来高
自己出来高=出来高×シェア×インレンジ率=200,000,000×0.0005×0.7=70,000 USDC
よって、LVR ≈ (20 + 4 − 35) ÷ 70,000 ≈ −0.000157 ≒ −0.0157%。
マイナス(=出来高あたりの純益)なので状態は良好。逆にプラスに傾く日が続けばレンジ・頻度を見直します。
8. プール選定:VoV(出来高/ボラ)と深さ
単純な目安として、出来高/時価総額が高い、板・TVLが厚い、連続気配が安定なプールを選びます。ボラが極端に高く出来高が乏しいアルトは、LVRが悪化しやすいのでレンジを広げるかティアを上げて補正します。
9. 実運用テンプレート(そのまま使えるルール)
初期設定
- 対象:ETH/USDC(または主要ブルーチップ)
- ティア:0.05%
- 幅:1.2×過去14日のATR(%換算)
- 位置:現値中心。イベント日(CPI/FOMC/大規模アップグレード)は幅×1.5
- ヘッジ:投入ドル相当の50〜100%で先物ショート(デルタフラット志向)
日次ルール
- LVRが−0.05%未満を維持→据え置き
- LVRが3日平均で−0.05%を上回る→幅+25%
- LVRが−0.10%を上回る→ティアを一段上げるか中心を±0.5σシフト
- レンジ外滞在が20%超→一度撤退し、次の押し目/戻りで再エントリー
週次ルール
- ヘッジ比率を再推定(在庫の偏りを是正)
- VoVが低下(出来高減×ボラ増)→幅をさらに広げ、再配置頻度を落とす
- VoVが上昇→幅を狭め、インレンジ密度を上げる
10. リスクコントロールと失敗パターン
- 過剰な再配置:LVR悪化の典型。価格追いかけでコスト先食い
- 過度に狭いレンジ:イベントで容易に弾き出され手数料が止まる
- 薄いプールでの大口:自己出来高は稼げても価格インパクトで実損が拡大
- ヘッジ放置:Funding逆風や価格トレンドで在庫が雪だるま化
- ガス・手数料の軽視:レイヤー2や手数料還元の活用で積み上げ差が出る
11. チェックリスト(運用前に確認)
- 対象プールの出来高・TVL・ティア分布を確認
- 過去14〜30日のATRとイベントカレンダーを確認
- 初期幅=1.2×ATR、イベント日は×1.5
- 日次でLVRを記録、しきい値で機械的に再配置判断
- 先物ヘッジのFundingが想定内かを毎週点検
12. まとめ
LVR(損失÷出来高)は、「いまのLP運用が効率的か」を日次で可視化する実務指標です。レンジ幅・位置・ティア・再配置頻度・先物ヘッジをこの指標で回していけば、感覚頼みの運用から脱却し、出来高1単位あたりの純益を継続的に改善できます。まずは主要プールで小さく検証し、指標が安定してからサイズを上げるのが堅実です。


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