ETHステーキング+LRT(二重利回り)戦略とは
イーサリアム(ETH)のステーキングに加え、LRT(Liquid Restaking Token)を活用して二重で利回りを狙う戦略は、ここ数年で急速に注目を集めている運用アイデアです。単純にETHを長期保有するのではなく、「ステーキング報酬」と「LRTを使った追加利回り」という二つの収益源を重ねることで、保有効率を高めようとする発想です。
一方で、仕組みが複雑であるがゆえに、リスクの理解が追いつかないまま高い利回りだけに惹かれてしまうケースも少なくありません。本記事では、投資初心者でも理解できるよう、ETHステーキングとLRTの構造を分解しながら、「どこからリターンが生まれ、どこにリスクが潜んでいるのか」を丁寧に整理していきます。
なぜETHステーキングとLRTが注目されているのか
ETHは、イーサリアムというブロックチェーンの基軸トークンであり、ネットワークのガス代や各種プロトコルの担保として使われています。イーサリアムは現在、PoS(Proof of Stake)という仕組みを採用しており、ETHをステーキングするとネットワーク運営に協力する対価として報酬が支払われます。
従来のステーキングは、「ロックしたETHは簡単には動かせない」「ステーキング解除に時間がかかる」などの制約がありました。そこで登場したのが、ステーキングしたETHに対して代わりのトークンを発行し、流動性を維持する仕組みです。この代表例が、ステーキングを行うと受け取れる「リキッドステーキングトークン(LST)」と、さらに再ステーキングに利用される「LRT(Liquid Restaking Token)」です。
LRT戦略が注目される理由は、主に次の3点です。
- ステーキング報酬に加え、再ステーキングによる追加リターンを得られる可能性がある
- LRT自体を担保に使うことで、さらに別の運用(レンディングや流動性供給など)に接続できる
- オンチェーン上の仕組みで完結するため、時間や場所を問わず運用できる
しかし、この「多層的に利回りを積み上げる構造」こそが、リスクも同時に多層化させる原因になります。魅力と危険性は、常にセットで存在すると考えるべきです。
ETHステーキングの基本構造
ETHステーキングは何をしているのか
ETHステーキングとは、イーサリアムのネットワークに自分のETHを預けることで、ブロック検証などのネットワーク運営に参加し、その見返りとして報酬(新規発行ETHや手数料の一部)を得る仕組みです。技術的にはバリデータ運営などが関わりますが、多くの個人投資家はステーキングサービス経由で参加します。
ステーキングの報酬は、ネットワーク全体のステーキング量や取引量、手数料水準などによって変動します。たとえば、年率換算で3〜6%程度のレンジで推移することがありますが、これはあくまで一例であり、将来の利回りを保証するものではありません。
リキッドステーキングトークン(LST)の役割
ステーキングの課題は、「ロックされている期間中、そのETHを売却したり、別の運用に回したりしづらい」という点です。そこで、ステーキングしたETHに対して、「ステーキングポジションを表す代替トークン(LST)」を発行するプロトコルが登場しました。
LSTは、ステーキング中のETHの価値をトークンとして表現したものであり、通常は時間の経過とともにステーキング報酬分だけ価値が増加していくか、あるいは保有数量が増える設計になっています。LSTを保有することで、ステーキング報酬を享受しつつ、そのLSTを別のDeFiプロトコルで担保や流動性として利用できるようになります。
LRT(Liquid Restaking Token)の基本構造
LRTは、「リキッドな再ステーキングトークン」と訳されることが多く、LSTをさらに別のセキュリティレイヤーやプロトコルに再ステーキングし、その対価として追加のリターンを目指す仕組みです。簡略化すると、次のような構造になります。
- ETHをステーキング → LST(例:ステーキング済みETHを表すトークン)を受け取る
- LSTを再ステーキングプロトコルに預ける → そのポジションを表すトークンとしてLRTが発行される
- LRTを担保にレンディングや流動性提供を行うことで、さらなる利回りを狙う
このように、LRTは「ETH → LST → LRT」という階層構造の最上位に位置します。各レイヤーで報酬が乗る一方、各レイヤーごとに固有のリスクが追加される点が重要です。
二重利回りの成り立ちを分解する
ETHステーキング+LRT戦略の「二重利回り」は、一般的には次のような要素から構成されます。
- ベースのステーキング報酬(ETHステーキングそのものの報酬)
- 再ステーキング報酬(LRTを通じて提供される追加のインセンティブ)
- 場合によっては、LRTを担保にしたレンディング利息やポイント付与など
たとえば、仮にベースのステーキング報酬が年率4%相当、再ステーキングによる追加報酬が2%相当、さらにLRTを担保にした運用で3%相当の利回りが期待できるとします。この場合、単純合計では9%相当のリターンイメージになります。
ただし、これはあくまでも「ある条件が続いたと仮定した、シミュレーション上の例」にすぎません。実際には、次のような不確実性があります。
- ステーキング報酬はネットワーク状況によって変動する
- 再ステーキング報酬はキャンペーン性が強く、途中で減少・終了する可能性がある
- LRT担保運用は、相場変動や清算リスクの影響を強く受ける
「現在の利回り表示」をそのまま将来にわたって維持できると考えるのではなく、「いつ変わってもおかしくない前提」のもとで安全余裕を持って設計することが重要です。
具体的な運用フローのイメージ(抽象化した例)
ここでは、特定のサービス名を挙げずに、構造だけをイメージできるよう抽象化したフローを示します。
- ETHを準備する
まずは現物のETHを保有していることが前提になります。取引所で購入したETHを、自分のウォレットに送金します。 - ステーキングサービスにETHを預ける
ステーキング対応のプロトコルやサービスにETHを預けると、ステーキングポジションを表すLSTを受け取ります。 - LSTを再ステーキングプロトコルに預ける
受け取ったLSTを、再ステーキング対応のプロトコルに預けることで、新たなトークン(LRT)を受け取ります。このLRTが、二重利回り戦略の鍵となるトークンです。 - LRTを担保に追加運用を行う
LRTを担保にして、ステーブルコインを借りたり、LRTと他トークンのペアで流動性提供を行ったりすることで、さらに追加の利回りを狙うことができます。 - 最終的にポジションを解消する
相場環境やリスク許容度を踏まえて、LRT → LST → ETHの順に巻き戻し、最終的にETHに戻します。途中で清算条件に引っかかったり、価格乖離が発生したりすると、想定よりもETHが減少してしまう可能性があります。
このように、一見すると「ETHを預けるだけ」の単純な運用に見えますが、実際には複数のプロトコルを跨いだポジション管理が必要になります。特に初心者にとっては、仕組みを理解しないまま複数のレイヤーに進むことは避けるべきです。
シンプルな数値イメージと注意点
仮に、以下のような前提を置いた数値イメージを考えてみましょう。
- ETHステーキング報酬:年率4%相当
- 再ステーキング報酬:年率2%相当
- LRT担保運用による利息・インセンティブ:年率3%相当
この場合、合計で約9%相当の利回りイメージになりますが、ここには重要な落とし穴があります。
- 利回りは「トークン建て」で表示されることが多く、ETH価格が下落すれば円やドル建ての損失になり得る
- LRTやLSTがETHに対してディスカウント(価格乖離)で取引されると、途中で売却した際に元本割れする
- 担保運用で借入を行っている場合、価格下落による清算リスクが常につきまとう
つまり、「利回りが高いから安全」と考えるのではなく、「利回りの裏側で、どのような価格変動リスクやプロトコルリスクを取っているのか」を把握しなければなりません。
リスク構造を分解する
1. スマートコントラクトリスク
ETHステーキングやLRT関連のプロトコルは、スマートコントラクトによって動いています。コードにバグがあったり、想定外の攻撃手法が見つかったりした場合、預けている資産が減少・消失するリスクがあります。監査を受けたプロトコルであっても、リスクがゼロになることはありません。
2. プロトコル設計リスク
再ステーキングの報酬設計や、清算条件、担保評価のロジックなど、プロトコル固有の設計に起因するリスクも存在します。たとえば、相場急変時に清算が集中しやすい設計になっている場合、一時的に市場価格が大きく乖離し、通常時には想定しづらい損失が発生することがあります。
3. 価格乖離・流動性リスク
LSTやLRTは、あくまで「ETHやLSTのステーキングポジションを表すトークン」であり、市場では売買によって価格が決まります。売り需要が急増した場合、ETHとの交換レートが一時的に大きく崩れる可能性があります。また、取引量が少ないプールでは、大きな注文を出すとスリッページ(約定価格の悪化)が発生しやすくなります。
4. レバレッジ・清算リスク
LRTを担保にステーブルコインを借りてさらに運用する場合、実質的にはレバレッジをかけている状態になります。ETH価格が急落すると、担保価値が下がり、一定のラインを割り込んだところで自動的に清算されることがあります。清算時にはペナルティ的な手数料が発生することもあり、「高利回りどころか元本を大きく減らす結果」になりかねません。
5. 規制・ルール変更リスク
暗号資産やステーキングを取り巻く規制環境は各国で変化し続けています。サービス提供側が規制対応のために仕様変更やサービス終了を行う可能性もあります。また、税制面の扱いも国によって異なり、取引ごとに課税対象となるケースもあります。自分が居住する国や地域のルールを事前に確認することが重要です。
初心者が押さえておくべきチェックリスト
ETHステーキング+LRT戦略に興味を持った初心者が、いきなり複雑な運用に踏み込むのは得策ではありません。まずは、次のようなポイントをチェックすることから始めると良いでしょう。
- ETH現物の価格変動リスクにどこまで耐えられるか
- ステーキングだけを行った場合と比べて、どれだけ追加のリスクを負っているのか
- 利用するプロトコルの概要・公式ドキュメントを読んでいるか
- スマートコントラクト監査の有無や、運営チーム・コミュニティの情報を確認しているか
- 清算ラインや担保率の条件を数値で把握しているか
- 一度に大きな金額を投入せず、損失を許容できる範囲から始めているか
これらを曖昧なままにして高利回りだけを追うと、「なぜ損をしたのか分からないまま資金が減る」というストレスの大きい状況になりがちです。まずは、リスクの構造をイメージできるレベルまで理解を深めることを優先すべきです。
小額から始めるステップイメージ
具体的なプロトコル名やサービス名には踏み込みませんが、ステップの考え方自体は以下のように整理できます。
- ステーキング単体から始める
まずはLRTを使わず、ETHステーキング(またはそれに相当するシンプルな仕組み)だけを経験してみます。報酬の増え方や、価格変動の感覚を掴むことが目的です。 - LSTの価格挙動を観察する
LSTがどのような価格で取引されているか、ETHとの乖離がどの程度なのかを、少額ポジションで確認します。「理論上1対1だから大丈夫」と思い込まず、市場価格を実際に見ておくことが重要です。 - 再ステーキングの仕組みを理解する
LRTのホワイトペーパーやドキュメントを読み、「何に対してセキュリティを提供しており、その対価がどう分配されるのか」を確認します。ここが曖昧なままでは、リスクの中身が見えません。 - レバレッジは段階的に慎重に
LRTを担保に借入を行う場合、最初から高い担保効率を狙わず、清算ラインに十分な余裕を持たせます。相場急変を想定し、「どこまで下がったら危険か」を事前に数値でイメージしておきます。
このように、「いきなり多層レバレッジを組む」のではなく、「ステーキング → LST → LRT → レバレッジ」の順に理解と経験を積み上げていくのが現実的です。途中で違和感やストレスを感じたら、その手前のレイヤーに戻す選択肢も常に持っておくべきです。
ポートフォリオ全体の中での位置付け
ETHステーキング+LRT戦略は、ポートフォリオ全体の中では「リスク資産の中でも、やや攻め寄りのポジション」に分類されます。理由は、ETH自体の価格変動に加え、プロトコルリスクやレバレッジリスクが重なっているためです。
一般的には、次のような考え方で位置付けるとバランスが取りやすくなります。
- ポートフォリオ全体のうち、ETH関連にどれだけ割り当てるかを先に決める
- そのETHの中から、ステーキング単体とLRT戦略の割合を分ける(例:ステーキング単体70%、LRT戦略30%など)
- 相場環境や自分の経験値に応じて、LRT戦略の比率を調整していく
こうすることで、「気付いたらLRT戦略に偏りすぎていた」という状況を避けることができます。特に、相場が好調な時期はリターンに目が行きがちですが、あくまで「ポートフォリオ全体の一部」という感覚を維持することが重要です。
よくある失敗パターンと回避のヒント
ETHステーキング+LRT戦略でよく見られる失敗パターンと、その回避のヒントをまとめます。
- 表示利回りだけを見て飛びつく
回避策:利回りの内訳(どのトークンで、どのレイヤーから発生するのか)を分解して確認する。 - 借入上限ギリギリまでレバレッジをかける
回避策:清算ラインから十分な距離を取り、「最悪どこまで下がっても耐えられるか」を事前にシミュレーションする。 - プロトコルの仕様変更やキャンペーン終了を把握していない
回避策:公式のアナウンスやドキュメント更新を定期的に確認し、条件が変わったら戦略も見直す。 - 税制・会計処理を全く意識していない
回避策:居住国のルールを確認し、必要に応じて専門家に相談する。取引履歴を保存しておく。
これらは、どれも基本的な注意点ですが、高利回りに目が行くと忘れられがちなポイントです。特に初心者の場合は、「分からないものには大きな金額を入れない」というシンプルなルールを徹底するだけでも、大きな失敗を避けやすくなります。
まとめ:二重利回りの裏側にあるリスクを理解してから一歩ずつ
ETHステーキング+LRT(二重利回り)戦略は、暗号資産ならではの柔軟な設計を活かした、非常に興味深い運用アイデアです。ベースとなるETHステーキングに、再ステーキング報酬や担保運用を重ねることで、効率的な資本活用を目指すことができます。
一方で、その構造は複雑であり、スマートコントラクトリスクや価格乖離リスク、レバレッジによる清算リスクなど、いくつものリスクが重なって存在します。「高利回りだから安全」なのではなく、「高利回りであるほど、その裏側には何らかのリスクが埋め込まれている」と考えるのが自然です。
まずはETHステーキングそのものの仕組みを理解し、小額から経験を積みながら、LST → LRTと階段を上るように理解のレベルを上げていくことが現実的なアプローチです。ポートフォリオ全体の中での位置付けを明確にし、無理のない範囲で活用していくことで、二重利回り戦略を「過度なリスクではなく、ひとつの選択肢」として扱えるようになるでしょう。
最終的には、「仕組みを理解できる範囲で、自分が許容できるリスクだけを取る」という基本を守ることが、長期的な資産形成において最も重要です。


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