暗号資産の世界では、同じ元本からできるだけ多くの利回りを引き出す「資本効率」が重要になってきています。その中でも、ETH(イーサリアム)のステーキングとLRT(Liquid Restaking Token:リキッド・リステーキング・トークン)を組み合わせることで、実質的に二重の利回りを狙う戦略が注目されています。
この記事では、難しい専門用語をできるだけ避けながら、ETHステーキングとLRTを組み合わせた二重利回り戦略について、仕組み・メリット・リスク・実践方法までを順番に解説します。レバレッジを過度にかけて一発勝負を狙うような話ではなく、「リスクを理解したうえで効率よく運用する」という視点で整理していきます。
ETHステーキング+LRT(二重利回り)戦略とは何か
まず、この戦略の全体像をシンプルにまとめると、次のようになります。
① ETHをステーキングして、ネットワークの安全性に貢献する見返りとしてステーキング報酬(利回り)を受け取る。
② ステーキングした証拠として、LST(Liquid Staking Token:リキッドステーキングトークン)を受け取る。
③ そのLSTを、リステーキングの仕組みに預けることでLRTを受け取る。
④ LRTを保有することで、追加の報酬(リステーキング報酬やインセンティブ)を受け取る。
元本はあくまで1ETHですが、「ステーキング報酬」と「リステーキング由来の報酬」という2つの経路からリターンを狙うため、結果的に二重の利回りに近い形になります。その代わりに、通常のETH現物保有や単純なステーキングよりもリスクや仕組みの複雑さが増す点には注意が必要です。
ステーキングとLST・LRTの基本構造を整理する
通常のETHステーキング
イーサリアムは、PoS(Proof of Stake)という仕組みでネットワークを運営しています。簡単に言うと、ETHを一定量預けることで「バリデータ」として取引の検証に参加し、その報酬としてETHが新たに配布されます。これがステーキング報酬です。
ただし、自分でバリデータを運用するには技術的な知識や最低ステーク量が必要なため、多くの個人投資家は「ステーキングサービス」を利用し、少額から間接的にステーキングに参加します。
LST(リキッドステーキングトークン)
ステーキングサービスの多くは、預けたETHに対して「LST」と呼ばれるトークンを発行します。LSTは「ステーキング済みETHの預かり証」のようなもので、以下のような特徴があります。
・1LSTあたりが表すETHの量は、ステーキング報酬の蓄積に応じて少しずつ増えていく。
・LSTはウォレット間で送金でき、DeFi(分散型金融)の様々なプロトコルで担保として利用できる。
・ユーザーはLSTを保有しているだけで、間接的にステーキング報酬を享受できる。
つまり、LSTを持つことで「ETHをステーキングしつつ、その証券化されたようなトークンをさらに別の運用に回せる」状態になります。これが資本効率を高める第一歩です。
LRT(リキッドリステーキングトークン)
LRTは、さらに一段階進んだ仕組みです。LSTやETHを「リステーキング」と呼ばれる仕組みに預けると、そのポジションを表す新たなトークンとしてLRTが発行されることがあります。
リステーキングとは、イーサリアムのセキュリティを他のネットワークやサービス(AVS:Active Validation Serviceなど)にも再利用する考え方で、その見返りとして追加の報酬やインセンティブを受け取ることができます。
このとき、ユーザーは次の二つの収益源を持つことになります。
・元のステーキングに由来するベースのステーキング報酬
・リステーキングによって追加で発生する報酬やインセンティブ
ここまでを踏まえると、「ETH → LST → LRT」と二段階でトークン化されていくイメージになります。
二重利回り戦略の仕組みをもう少し具体的に見る
二重利回り戦略のポイントは、「同じ1ETHから複数のインカム(収益源)を引き出している」という点です。具体的には、次のような構造になっています。
・ETHをステーキング:ネットワークに参加する対価として、ベースのステーキング報酬が発生する。
・リステーキングに参加:追加の検証作業やセキュリティ提供の対価として、別の報酬・インセンティブが発生する。
・LRT保有:一部のプロトコルでは、LRT自体を担保にしたレンディングや、LPトークンとしての追加報酬獲得も可能。
このように、元本1ETHに対して「複数の層」で利回りを積み重ねていくため、単純なステーキングよりも高い期待リターンが見込めます。その一方で、関わるスマートコントラクトやプロトコルの数が増えるほど、スマートコントラクトリスクや流動性リスクも積み上がっていきます。
実際の運用フローのイメージ
ここからは、あくまで一般的なイメージとして、1ETHを二重利回り戦略で運用する場合の流れを整理します。特定のプロトコル名は出さず、構造だけを押さえるようにします。
ステップ1:ETHをステーキングサービスに預ける
まず、ウォレットで保有しているETHをステーキングサービスに預けます。このとき、ユーザーは「自分の代わりにバリデータを運営してもらう」イメージになります。
預け入れが完了すると、預けたETHに対してLSTが発行されます。たとえば、1ETHを預けるとほぼ1LSTが発行され、以後はこのLSTを保有することでステーキング報酬を享受することができます。
ステップ2:LSTをリステーキング用のプロトコルに預ける
次に、そのLSTをリステーキング用のプロトコルに預けます。プロトコル側は、預けられたLSTを活用して他のネットワークやサービスのセキュリティを提供し、その見返りとして報酬を受け取ります。
ユーザー側には、そのリステーキングポジションを表すトークンとしてLRTが発行されます。LRTは、リステーキングに参加している証拠であり、将来の報酬を受け取る権利を示すものと理解できます。
ステップ3:LRTを保有または追加運用する
発行されたLRTは、そのまま保有しておくだけでもリステーキング報酬やインセンティブを受け取れるケースがあります。さらに一部のエコシステムでは、LRTを担保にステーブルコインを借りたり、流動性プールに預けてLP報酬を得たりと、追加の運用が可能な場合もあります。
ただし、レバレッジを伴う運用はリスクが急激に増大します。まずは「ETH → LST → LRT」という二重利回りまでで完結させ、それ以上のレバレッジは慎重に検討した方が現実的です。
簡易シミュレーション:1ETHを1年間運用した場合
ここでは、非常に単純化した数字でイメージをつかんでみます。実際の利回りはプロトコルや市場環境によって変動するため、あくまで考え方の参考としてご覧ください。
・ベースのETHステーキング利回り:年率4%と仮定
・リステーキング由来の追加利回り:年率3%と仮定
・合計の期待利回り(単純合計):およそ年率7%
1ETHを丸1年この戦略で運用した場合、価格変動を無視すると理論上は次のようなイメージになります。
・ステーキング報酬:0.04ETH相当
・リステーキング報酬:0.03ETH相当
・合計:0.07ETH相当の増加
もちろん、現実にはETH価格の上下動や、リワードレートの変動、プロトコル側の条件変更などがあるため、この通りになるわけではありません。それでも、単純なステーキング(4%)に比べて、リステーキングを組み合わせることで期待利回りが厚くなるイメージはつかめるはずです。
この戦略ならではのリスク
期待リターンが上がる一方で、リスクも増える点は必ず押さえる必要があります。代表的なものを整理します。
スマートコントラクトリスクの多重化
ETHの現物保有であれば、主なリスクは価格変動です。ステーキングを行うと、ステーキングサービスやバリデータの運営リスク、スマートコントラクトリスクが加わります。さらにLRTまで使うと、リステーキングプロトコルのスマートコントラクトリスクが上乗せされます。
関与するコントラクトが増えるほど、「バグ」「ハッキング」「設計ミス」といったリスクが積み上がります。そのため、プロトコルの実績・監査状況・運営体制などを確認し、過度に分散しすぎない範囲で利用することが重要です。
ペッグ乖離(de-peg)リスク
LSTやLRTは、本来なら「ある程度ETHに近い価値」で取引されることが期待されます。しかし、極端な相場変動や流動性不足、プロトコルへの不信感が広がったときには、市場価格が大きく割り込む可能性があります。これがいわゆる「ペッグ乖離」です。
特に、LRTのように新しい仕組みの場合、市場が十分に成熟しておらず、売りが集中すると一気に価格が崩れるリスクがあります。この点を理解したうえで、あくまでポートフォリオの一部として位置づけることが大切です。
スラッシングや運営上のトラブル
ステーキングやリステーキングでは、バリデータが不正な行動や重大なミスを行った場合、ステークされたETHの一部が没収される「スラッシング」というペナルティがあります。通常はリスクを抑える仕組みが用意されていますが、ゼロとは言えません。
また、運営チームのガバナンス上の問題や、報酬分配ルールの変更、プロトコル終了といったイベントが起こる可能性もあります。こうした「非価格リスク」が存在することも念頭に置く必要があります。
レバレッジをかけた場合の清算リスク
LRTを担保にステーブルコインを借り、その資金でさらに別の運用を行う場合、実質的にレバレッジをかけている状態になります。担保であるLRTの価格が下落したり、市場全体が急落したりすると、担保価値が不足して清算ラインに到達する可能性があります。
レバレッジを使うかどうかは慎重に検討する必要がありますし、使うとしても「清算されても致命傷にならないサイズ」に抑えることが重要です。
ポジションサイズとリスク管理の考え方
二重利回り戦略を検討する際には、「どれくらいの比率でこの戦略に回すか」を先に決めておくことが重要です。いくつかの考え方を挙げます。
ポートフォリオ全体の中での上限比率を決める
たとえば、「暗号資産全体でポートフォリオの20%まで」「そのうちリスクの高い戦略は暗号資産の半分まで」といったように、階層的に上限を決めておく方法があります。この戦略は、現物ETHよりもリスクが高い位置づけになるため、「暗号資産の中のスパイス」として考えるとイメージしやすくなります。
レバレッジはゼロから始める
最初からレバレッジを使うと、仕組みが複雑になりすぎてリスクを把握しきれなくなりがちです。まずは「ETH → LST → LRT」の二重利回りまでで完結させ、実際にどのように報酬が増えていくかを確認するところからスタートするのが現実的です。
ロック期間と出金動線を必ず確認する
一部のステーキングやリステーキングでは、アンステーク(引き出し)に一定の待機期間が必要な場合があります。また、LSTやLRTを市場で売却する際の流動性が十分でないと、大きなスリッページが発生する可能性もあります。
「急に現金が必要になったときに、どの経路でどのくらいの時間で換金できるか」を事前に整理しておくことは、リスク管理上とても重要です。
ケーススタディ:堅めの運用と攻めの運用
ケース1:レバレッジなしの堅め運用
・ポートフォリオのうち、ETH現物保有分の一部を「ETH → LST → LRT」に回す
・追加のレバレッジは使わず、LRTはそのまま保有し続ける
・定期的に報酬を確認しつつ、プロトコルの状況もチェックする
このパターンでは、現物ETHだけを持つ場合よりも期待利回りを高めながら、レバレッジ清算リスクは負わない形になります。リスクは増えますが、まだ比較的コントロールしやすい運用といえます。
ケース2:ごく控えめなレバレッジをかける運用
・LRTを担保に、ポジションの一部だけステーブルコインを借りる
・借りたステーブルコインは、安全性の高い運用(短期運用や別の分散投資など)に回す
・レバレッジ倍率は1.1〜1.2倍程度など、かなり低めに抑える
このパターンでは、レバレッジによる上振れを狙いつつも、「清算されてもポートフォリオ全体に致命傷とならない」範囲に収めることがポイントです。自分のリスク許容度とよく相談しながら検討する必要があります。
この戦略が相性の良い相場環境
ETHとLRTを組み合わせた二重利回り戦略は、次のような相場環境と相性が良いと考えられます。
・ETHの価格が大きく崩れていない、もしくは緩やかな上昇トレンドにある局面
・ステーキング報酬やリステーキング報酬が、おおむね安定している局面
・リスクオン相場でありながら、現物をレバレッジで追いかけるよりも、インカムを重視したい投資家が増えている局面
逆に、マーケット全体が急落している局面や、「ETHの長期的な信認そのもの」が疑われるような状況では、この戦略はポジション圧縮の候補になります。価格の上下と利回りの両方を見ながら、段階的にポジションを調整する視点が重要です。
税金や規制面についての一般的な注意点
ETHステーキングやLRTを用いた運用では、各国・各地域の税制や規制が関わってきます。報酬の受け取りやトークンの売買・交換がどのように課税対象となるかは、居住国の制度によって大きく異なります。
また、今後の規制変更によって、ステーキングやリステーキングに対するルールが変わる可能性もあります。税務や法的な取り扱いについて不明点がある場合は、専門家に相談し、自身の責任で判断することが大切です。
まとめ:ETHとLRTを使って「守りながら効率的に増やす」発想
ETHステーキングとLRTを組み合わせた二重利回り戦略は、同じ元本から複数の収益源を引き出すことで、資本効率を高める発想に基づいています。単純なステーキングに比べて期待リターンは高まりますが、その分だけ仕組みは複雑になり、スマートコントラクトリスクやペッグ乖離リスクなど、考慮すべき点も増えます。
大切なのは、「すべてをこの戦略に賭ける」のではなく、ポートフォリオの一部として位置づけ、レバレッジをかける場合も控えめにとどめることです。まずは小さな金額から仕組みを理解し、自分なりのルールと許容範囲を決めてから、段階的に活用していく方が現実的です。
ETHとLRTを上手に組み合わせることで、「価格上昇だけに頼らないインカム重視の運用」を実現しつつ、中長期的な成長ポテンシャルにも参加することができます。仕組みとリスクを正しく理解し、自分のリスク許容度に合った形で取り入れていくことが、長く市場に残るための鍵になります。


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