取引コストを無視した売買は、利益の天井を自分で低くするのと同じです。とくに暗号資産では「ガス代(ネットワーク手数料)」が損益に与える影響が大きく、同じ取引でもいつ・どこで・どうやって送るかでリターンが変わります。本稿ではEVM系(Ethereum/L2)を中心に、初心者でも今日からできる実践的な最適化を網羅します。
- なぜ“ガス代”がアルファになるのか
- EIP‑1559の基礎:Base Fee / Priority Fee / Max Fee
- ガス “単位”の目安と計算のしかた
- “時間帯・曜日”の最適化:混雑の谷を狙う
- ネットワーク選択:L1 と L2 の使い分け
- 承認(Approve)最適化:infinite approveを卒業
- バッチ化・マルチコール:まとめて一撃
- スリッページ vs ガス:最適点の考え方
- MEVとプライベート送信:サンドイッチ回避
- ブリッジ戦略:回数を減らし、タイミングを合わせる
- トランザクション失敗を“救出”する手順
- 具体例で学ぶ“手数料アルファ”設計
- よくある落とし穴
- “最小チェックリスト” — 送る前に3秒で確認
- テンプレ:安全でコスパの良い送信パラメータ
- まとめ:固定費を制して“取りにいける超過リターン”を積み上げる
なぜ“ガス代”がアルファになるのか
ガス代は単なるコストではありません。一定の再現性をもって削減でき、しかも市場全体に先回りできます。つまり「削減できた額=確定的に取りにいける超過リターン(手数料アルファ)」です。少額の取引でも、高頻度・長期で効いてきます。
EIP‑1559の基礎:Base Fee / Priority Fee / Max Fee
Ethereumの手数料は、概ね以下の構造で決まります。
支払総額(gwei) ≒ GasUsed × ( BaseFee + PriorityFee ) 送金者の上限 = MaxFeePerGas(= BaseFee + PriorityFee の上限) マイナー/バリデータへの“チップ” = PriorityFee(= MaxPriorityFeePerGas)
BaseFeeはブロックの混雑度で自動調整、PriorityFeeは優先度のための上乗せ、MaxFeeは保険の上限です。基本は「MaxFee はやや高め、PriorityFee は控えめ」。ウォレットの推奨値を鵜呑みにしないで自分で調整しましょう。
ガス “単位”の目安と計算のしかた
次の目安は設計に役立ちます(実際の数値はコントラクトや混雑で上下します)。
| 操作 | GasUsed の目安 |
|---|---|
| ETH送金 | 約 21,000 |
| ERC‑20 送金 | 約 50,000〜70,000 |
| DEXスワップ(単純) | 約 110,000〜180,000 |
| LP 追加/削除 | 約 200,000〜300,000 |
| NFT ミント/売買 | 案件次第で大きく変動 |
計算式はシンプルです。
コスト[ETH] = GasUsed × (BaseFee + PriorityFee)[gwei] × 10^-9 コスト[JPY] = コスト[ETH] × ETH/JPY
ケース①:ERC‑20送金
BaseFee = 30 gwei、PriorityFee = 1 gwei、GasUsed = 90,000、ETH/JPY = 500,000 とすると、
ETHコスト = 90,000 × (30 + 1) × 10^-9 = 0.00279 ETH JPYコスト = 0.00279 × 500,000 = 1,395 円
ケース②:DEXスワップ
BaseFee = 32 gwei、PriorityFee = 0.5 gwei、GasUsed = 160,000、ETH/JPY = 500,000 のとき、
ETHコスト = 160,000 × 32.5 × 10^-9 = 0.0052 ETH JPYコスト = 0.0052 × 500,000 = 2,600 円
“時間帯・曜日”の最適化:混雑の谷を狙う
混雑は一日の中で波打ちます。日本時間でみると、深夜〜早朝や週末に緩むことが多い(例外あり)。送金・承認・ブリッジなど「価格に直結しない操作」は、この時間帯にまとめるだけでコストを下げられます。
- 価格に影響しない操作(承認/ブリッジ/引出し)は、原則オフピークに回す
- 価格に影響する操作(スワップ/清算回避など)は、失敗の機会損も考慮。必要なら手数料を払っても即時実行
ネットワーク選択:L1 と L2 の使い分け
同じ取引でも、L2(Arbitrum/Optimism/Base 等)では大幅に安くなることが多いです。基本方針は以下。
- L1(Ethereum):高額取引、重要な保管、ブランディングや流動性が最高の場
- L2:日常的な売買、DCA、ファーム、NFTの細かな操作
L2のコストは「L2実行ガス + L1データ代」で決まります。大量の小口操作は L2 に寄せ、ブリッジのタイミングだけをオフピークに最適化すると全体最適を取りやすいです。
承認(Approve)最適化:infinite approveを卒業
ERC‑20 の承認は見落としがちな固定費です。次の原則で運用しましょう。
- 必要額のみ承認:無制限ではなく取引額+αに限定
- ルーターが変わると再承認が必要:頻繁に使うルーターだけ残す
- 可能なら
permit/permit2対応の経路を選ぶ(署名で承認し、チェーン上の承認Txを省略) - 古い承認はリボーク:意図せぬ引き出しリスクもカット
バッチ化・マルチコール:まとめて一撃
複数の操作をまとめられる DApp では、1回のスワップ + LP追加のようにバッチ化することで、個別に送るより総ガスが小さくなることがあります。逆に、スリッページや失敗リスクが増える場面もあるため、片方の金利や価格が動きやすい場合は分割のほうが有利です。
スリッページ vs ガス:最適点の考え方
スワップの許容スリッページを狭くすれば不利約定を避けられますが、失敗→再送でガスが膨らむ可能性があります。目安として、「再送1回分のガス」<「広げたスリッページによる想定損」なら、スリッページを広げたほうが期待値は改善します。
MEVとプライベート送信:サンドイッチ回避
公開メンプールに流すと、サンドイッチ等のMEV攻撃に遭いやすく、実質的に見えない手数料を払うことになります。対応策として、MEV保護RPC/プライベート送信に対応したルーターやウォレットを使う、大きなマーケットオーダーは分割する等があります。
ブリッジ戦略:回数を減らし、タイミングを合わせる
ブリッジは「一回あたりの固定費」が重い操作です。したがって、まとめて送る、片道の回数を減らす、オフピークに送るだけで効率が上がります。将来の運用計画(どのチェーンで何をするか)を先に決め、必要量だけ移すのが鉄則です。
トランザクション失敗を“救出”する手順
- 詰まり(pending):同じ
nonceでPriorityFeeを上げて Replace(上書き送信)。ウォレットの「スピードアップ」を使うと簡単。 - 取り消し:同じ
nonceで自分宛に0 ETH送金を高い手数料で送る(Cancel)。 - 失敗(revert):原因を特定。許容スリッページ・残高・承認額・期限などを見直し、パラメータを修正して再送。
「一度失敗 → そのまま再送」はダメ。原因特定 → 低コスト再実行の順で。
具体例で学ぶ“手数料アルファ”設計
例1:定期積立(DCA)をL2に寄せる
毎週の小口買いはL1よりL2が向いています。承認(permit2)→スワップの二段をまとめられるルートを選び、実行は深夜に。年トータルで数%の改善も珍しくありません。
例2:高額スワップはL1で、承認・細かい操作はL2
大型の一発約定はL1の深い流動性が有利。ただし承認やLP調整などの細かい操作はL2へ分離。どこで価格を取りに行き、どこでコストを下げるかを分けて考えます。
例3:ブリッジ前提のキャンペーン活用
キャンペーン開始直後は混雑しがち。開始前に小額でテスト、必要承認を先に済ませる、ブリッジは前日夜に完了、当日は実行だけに集中。
よくある落とし穴
- 無制限承認の放置:定期的にリボーク。取引先を減らす。
- MaxFeeが低すぎて半端に詰まる:MaxFee 高め・PriorityFee 控えめが基本。
- ルーターの違いに気づかず二重承認:使う経路を整理。
- オフチェーンの署名を活用しない:permit/permit2が使える場面では積極的に。
- メインの操作を混雑時間にやる:準備(承認・ブリッジ)はオフピークに前倒し。
“最小チェックリスト” — 送る前に3秒で確認
- これは価格に直結する操作か? → 価格に直結しないならオフピークへ回す
- ネットワークは最適か? → L1/L2 の役割分担は正しいか
- 承認は最小か? → 金額限定・permit活用・古い承認はリボーク
- 送信経路は安全か? → MEV保護・プライベート送信の可否
- パラメータは妥当か? → MaxFee/Tip、期限、スリッページ
テンプレ:安全でコスパの良い送信パラメータ
以下はあくまで考え方のテンプレです。市場状況で調整してください。
・承認(Approve):オフピーク。必要額 + 5〜10%のみ。可能なら permit/permit2。 ・スワップ(小口):L2。スリッページは 0.3〜0.5% 目安、MEV保護を優先。 ・スワップ(大口):L1。分割やRFQ(見積り)経由を検討。プライベート送信。 ・ブリッジ:月/週のまとめ送信。開始2〜12時間前の空いている時間帯に。 ・LP操作:バッチ可能なら検討。ただし不利価格が出やすいときは分割。
まとめ:固定費を制して“取りにいける超過リターン”を積み上げる
ガス代は、誰もが改善できて、しかも確定的に結果が残るアルファ源です。時間帯の最適化・ネットワーク選択・承認/ブリッジの設計・MEV回避を今日から実行し、口座の“漏れ”を確実に塞ぎましょう。積み上がったコスト差が、のちの勝敗を分けます。


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