本稿では、分散型永久先物取引所(Perp DEX)の中でもオンチェーンの中央板(CLOB)を採用するHyperliquidを取り上げ、基礎から実戦運用まで体系的に解説します。中央集権取引所(CEX)の操作感に近い板取引、サブ秒級の約定、時間毎の資金調達(Funding)、さらに「Vaults」や「HIP-3」による市場創設など、他のDEXと一線を画す設計です。初心者が陥りがちな落とし穴を避けながら、収益機会を構造的に掴むための手順を具体例で示します。
Hyperliquidとは何か
Hyperliquidは、独自L1上で完全オンチェーンCLOBを実装したPerp DEXです。すべての指値/成行/キャンセルがチェーンの合意状態に記録され、透明性が高い一方、UIや板の挙動はCEXライクで、短期売買のレスポンスも十分に実用的です。現物・パーペチュアルの両方に対応し、銘柄は100以上。取引はウォレット接続で開始でき、口座凍結や資産拘束のリスクが相対的に低いのが特徴です。
オンチェーンCLOBの意味
AMM型DEXでは大口のスリッページや価格乖離が課題になりがちです。HyperliquidはCLOBにより、価格・数量の板厚が見える形で形成され、マーケットメイク/スキャル/スプレッド狙いなど、板前提の戦術が展開できます。全注文がオンチェーンに残るため、「隠れ板」やオフチェーン約定の不透明さがありません。
提供プロダクトの全体像
- Perpetuals(通常のパーペチュアル):資金調達率(Funding)により先物価格が現物に近づくよう設計。
- Hyperps(ハイパープス):スポットや外部インデックスを直接用いず、移動平均ベースの独自設計で価格安定性を志向。
- Uniswap Perpetuals:Uniswap V2/V3のプール価格を参照。リスク特性が異なるためアイソレーテッド専用(クロスマージン不可)。
- Vaults:戦略運用を他者がコピーできる仕組み。管理者は自己拠出を伴い、成果連動の報酬でインセンティブが整合。
- HIP-3(Permissionless Perps):規定量のHYPEステーク等を前提に、誰でもパーペチュアル市場を提案・創設できる仕組み。
手数料とコストの考え方
手数料は基本的にメーカー(板提供)が有利、テイカー(板消費)が不利という構造です。加えて、クォート資産の整合性や銘柄カテゴリによって優遇・割増が設けられることがあります。短期売買ではテイカー多用が損益を圧迫しやすいため、極力リミット注文で約定させる(=メーカー寄りに回す)ことが、長期的な期待値改善に直結します。
資金調達率(Funding)の仕組み
HyperliquidのFundingは8時間レートをベースに、1時間ごとに1/8ずつ精算されます。基礎式は「平均プレミアム指数 + clamp(金利 − プレミアム, −0.0005, 0.0005)」。プレミアムは5秒ごとにサンプリングされ、時間平均が取られます。重要なのは、高い正のFundingはロング保有者のコスト、負のFundingはショート保有者のコストとして働く点です。
Fundingを前提にした代表的戦略
- キャッシュ&キャリー(ロング現物 × ショートPerp):強い正のFundingが続く局面では、現物ロングとPerpショートでキャリー獲得を狙う。価格変動はほぼ相殺され、Funding差分が収益源。
- 逆キャリー(ショート現物 × ロングPerp):負のFundingが顕著な局面で有効。ただし現物の空売りはブリッジや担保設計の難度が増すため、運用ハードルが上がります。
いずれも資金コスト、ブリッジの手数料、価格乖離リスクを厳密に見積もることが肝要です。
リスク管理と清算メカニズム
レバレッジは損益を増幅させる一方、清算価格を急速に近づけます。とくに板厚が薄い時間帯のスパイクでは、清算連鎖が起きやすく、清算の成り行き決済が価格を押し上げ/押し下げしてスリッページを拡大させます。従って、許容損失あたりの想定ボラからレバレッジを逆算するのが基本です。
具体例:BTCを想定した基本設計
口座残高100,000円、1トレードの最大損失を口座の1%=1,000円に制限。想定ストップ幅を0.8%と置くと、許容損失1,000円÷0.8%=ポジション想定価値125,000円。10倍レバなら必要証拠金は約12,500円。
この枠内でリミットIN+OCO(利益確定/損切)を同時発注すれば、突発的な変動でも上限損失がぶれにくくなります。
はじめてのセットアップ手順
- 公式アプリにアクセスし、ウォレット(例:MetaMask等)を接続。
- ブリッジまたは入金画面から、担保通貨(例:USDT/USDC等)を入金。
- 取引タブで銘柄を選び、まずは最小サイズで板の挙動を確認。スプレッド、最良気配の厚み、約定スピードを把握。
- リミット注文を基本に、OCOで出口を固定。テイカーは「板が一気に薄くなる」時間帯に限定運用。
戦術カタログ:初心者でも再現しやすい型
1. メーカー優遇を活かす板寄りエントリー
小さめの指値を複数階差しして、平均取得単価をコントロール。約定しない分は追わない。むしろ取り逃しをコストと割り切り、テイカー連打を封印すると、長期の期待値が改善します。
2. Fundingトレンドの順張り
Fundingが複数時間帯で同方向に連続(例:+0.02%/8h相当が3窓以上)している時、板の厚さと価格トレンドが一致するなら、薄い戻しで指値を置いて順張り。反転の兆候(OI減少・出来高鈍化・大口の成り行き逆流)を確認したら即撤退。
3. 指標イベントの「板リバウンド」
雇用統計やCPI直後は、一時的に板が歪みやすい時間。5〜15秒の急激な成り行き波の後、板補充が始まるごく短いタイミングに逆張りの小玉を置く戦術。ストップは浅め、利確は欲張らず「板が元の厚みに戻るまで」を目安に。
Hyperliquid特有の機能を活かす
Hyperps(ハイパープス)の使い所
プレローンチ銘柄やオラクル難易度の高い対象でも、価格が暴れすぎないよう設計されたハイパープスは、短命なテーマ相場や材料出尽くし狙いに相性が良い場合があります。ただし流動性とO.I.上限を必ず確認し、サイズは小さく始めるのが鉄則です。
Uniswap Perpetuals(アイソレ専用)
AMM価格を基準にするため、価格外乱がCLOB系より起こりやすい局面があります。クロスマージン不可(アイソレ専用)であることを前提に、明確な時間切りの逆指値とサイズ制御に徹してください。
Vaults(コピー運用の考え方)
運用者(Vaultマネージャー)は自己拠出を伴い、成果報酬があるため、理論上は利害が整合しやすい構造です。利用者側は、最大ドローダウン(MDD)・平均保持時間・勝率と損益比・Funding影響の指標を観察し、小額から段階的に配分しましょう。
実務フレーム:1日の売買テンプレート
- 前日データ確認:OI、出来高、Fundingの方向を整理(3時間・8時間の2軸)。
- シナリオ作成:上目線・下目線・レンジの三本立て。各シナリオに入る板のサイン(厚み変化、乖離縮小/拡大)を文章化。
- 実行:リミット分割IN、OCO同時。テイカーは板崩れの一瞬のみ。
- 振り返り:手数料比率(手数料/粗利)、約定パターン、損切りの遅れを定量レビュー。
よくある失敗と回避策
- テイカー過多:数日で手数料が損益を侵食。回避=板寄り徹底。
- Funding無視:逆風のFundingで長時間保有してしまう。回避=Funding方向と保有方向の一致を原則化。
- サイズ過多:清算価格が近すぎる。回避=最大損失から逆算し固定。
- イベント直撃:CPI等で板が消える。回避=事前に時間帯回避またはサイズ大幅縮小。
ケーススタディ:Fundingキャリーの設計(数値例)
前提:USDT建てBTC-Perp、価格10,000 USDT、正のFundingが年率換算で約18%(8h 0.02%想定)続くと仮定。
構成:現物+1 BTC、Perp -1 BTC(ノンデルタ)。
8時間ごとの受取見込みは名目価値×0.02%=10,000×0.0002=2 USDT。1日=3回で6 USDT。1週間=42 USDT。
留意:実際には手数料・スプレッド・ブリッジ費用・価格乖離変動があり、理論値通りにはならないため、都度見直しが必要です。
監視すべき指標
- 出来高・OI:板の厚みと滑りの目安。OI急増は清算連鎖の火種。
- Fundingトレンド:方向と強度。正の連続→ロング勢優勢、負の連続→ショート優勢。
- スプレッドと板厚:テイカーコストの即時指標。広がる時間帯は参加を控える。
- 約定速度:イベント直後は遅延・滑りに警戒。
まとめ:最小サイズで板を「体得」する
Hyperliquidの強みは、オンチェーンでありながらCEX級の板体験とプロダクトの多様性にあります。収益の核は、テイカー偏重を抑えた板参加と、Funding/イベント/流動性の三点観測。最小サイズで売買の「型」を体得し、指値分割→OCO固定→日次レビューのルーチンを回すほど、期待値はぶれにくくなります。


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