本稿ではSolanaのMEVインフラであるJitoの「ブロックビルダー」「バンドル送信」を、個人投資家がどのように使えば実際の損益に寄与するのかを、初歩から徹底的に分解します。専門用語を最小限に整理しつつ、スリッページ低減・約定品質向上・手数料最適化を数式と具体例で設計し、失敗例と対処法まで落とし込みます。
なぜJitoなのか:個人投資家にとっての実利
暗号資産の取引コストは「明示的コスト(手数料・優先手数料など)」と「暗黙のコスト(スリッページ・価格インパクト・意図しない順序付け)」の合計です。Jitoのバンドル経路を活用すると、(1)取引順序の確度を上げて意図した価格に近づける、(2)サンドイッチ等の不利な挙動を抑制する、(3)大口一括よりも“分割+束ね”で約定の一貫性を作る、といった効果が期待できます。
重要なのは「優先手数料(tip)を余計に払っても、その分スリッページ削減で回収できるか」を常に期待値で評価することです。本稿はこの判断フレームを実務レベルで提示します。
基礎整理:ブロックビルダー/バンドル/優先手数料
ブロックビルダーとは
バリデータが最終的にブロックへ取り込む取引の並び順は、直近のメモリプールに流入するトランザクションと、ビルダーが構築する候補パッケージの質で変わります。Jitoのブロックビルダーは、取引を「束(バンドル)」として評価・選別し、バリデータへ最適なブロック提案を行います。
バンドルとは
関連する複数の取引を「順序保証付きで一緒に通したい」時に使う仕組みです。例えば、見積もり→スワップ→ヘッジを一括で通す、あるいは複数DEXを跨いだ分割スワップを同時に通す、といった用途で効果を発揮します。
優先手数料(Priority Fee / Tip)
バンドルや個別取引に“上乗せ”するインセンティブです。ビルダーやバリデータにとって高い経済的価値を示せば、取り込みと順序の安定性が高まります。ただし過剰な上乗せは期待値を悪化させます。後述の計算手順で最適点を求めます。
SolanaのMEVとEVMの違いを最小限で押さえる
Solanaではバッチ処理・並列実行・アカウント並行性の設計により、EVMチェーンと比べてサンドイッチの構造や観測できるメモリプールが異なります。Jitoが提供する経路では、順序付けのコントロールが比較的取りやすく、「価格影響を読んで、意図通りの束で通す」ことに重心が置かれます。これが小口でも学習効果を生む理由です。
どこで差が出るか:3つのユースケース
1) 大口スワップのスリッページ最小化
例:100,000 USDCをSOLにスワップ。通常の成行では価格階段を一気に踏んでしまいます。「分割 × 並列 × 順序保証」のバンドルにすると、(a)複数DEXへ同時投入、(b)価格帯別にトランシェ化、(c)最悪価格をガード、が可能です。優先手数料を数bp加算しても、スリッページ縮小で純増となるケースが多いです。
2) ファーストムーブが重要なイベント執行
例:重要ニュース直後の価格飛びに対し、逆指値→成行の連鎖をバンドルで送ると、「検知→執行→ヘッジ」をワンセットにできます。順序が崩れて片張りになるリスクを下げます。
3) 清算域付近の流動性捕捉
例:清算オラクルが発火し始めた水準で、スワップ+ヘッジを一括投入。直後の逆流で反転が起こっても、束内ヘッジで露出を抑えられます。
期待値で考える:優先手数料とスリッページのトレードオフ
発注設計は「払うべき上乗せ」と「削れるスリッページ」の比較がすべてです。簡易モデルを提示します。
モデル
期待改善額 = (バンドル採用時の平均スリッページ - 通常経路の平均スリッページ) × 約定数量
- 追加の優先手数料(tip) - 追加のRPC/実行コスト
経験則として、板の厚み×分割数を増やすほどスリッページ低減効果は逓減します。よって「最初の2〜3分割+束化」での改善が最も大きく、以降は上乗せtipを削るのが合理的です。
導入手順:失敗しない最小構成
- ウォレット準備:自己保管ウォレットを用意し、少額でテストします。二段階認証・ハードウェアウォレットを併用して署名鍵を守ります。
- 対応RPCの選定:バンドル送信に対応したエンドポイントを使います。遅延・レート制限・送信成功率のログを継続監視します。
- バンドル対応クライアント:スワップとヘッジ、分割注文をまとめて構築できるツールを選びます。最初はプリセットの「分割×価格帯」テンプレから始めます。
- tipの初期値:小さめに設定し、通らない場合のみ段階的に上げます。最初から過剰に積むと期待値が崩れます。
- バックテストと紙上検証:過去の出来高・板の厚み・価格影響を記録し、分割数とtipの感度をざっくり把握してから本番に移行します。
発注テンプレ:まずはこの3パターン
テンプレA:分割同時スワップ(価格帯別)
総額を3〜4分割。各トランシェに許容スリッページと最悪価格を設定し、束にまとめて同時送信します。約定後は自動でヘッジ注文(例:逆指値売り)を束の後段に置いておきます。
テンプレB:スワップ+先物ヘッジの一括束
現物買いと先物ショートをセットで束化し、瞬間的な価格跳ねに左右されないデルタ・ニュートラルを作ります。価格が落ち着いたらヘッジを段階解消し、実現スプレッドを回収します。
テンプレC:イベント逆指値チェーン
逆指値トリガー→成行(またはリミット)→保険の撤退注文を束化。順序保証により「トリガーだけ走って保険が置き去り」になる事態を避けます。
リスク管理:ここを外すと逆効果
- 通過率と再送戦略:通らない→即座にtip増やして再送、は非効率です。まずは分割数や許容スリッページを再設計し、最後にtipで微調整します。
- 価格予見性の錯覚:束化で順序は制御できますが、価格そのものは動きます。最悪価格・撤退条件・サイズ上限を必ず同梱します。
- 実装のバグ:アカウント競合・nonce管理・依存関係の不整合で落ちます。最初はテンプレをなぞり、差分だけ変えるのが安全です。
ログの付け方:改善サイクルを作る
最低限、(1)送信時刻、(2)分割数・各許容スリッページ、(3)tip水準、(4)約定率、(5)実効スプレッド、(6)再送回数、を記録します。1週間分が溜まれば、「分割×tip×約定品質」の相関が見えてきます。以降は“最初の分割に厚めのtip、後続分割は薄め”が多くの市場で効きます。
コスト対効果の試算ミニ例
仮に通常経路での平均スリッページが0.28%、バンドル経路で0.12%に縮小、追加tipが0.05%、実行コストが0.01%だとします。100,000 USDCのスワップなら、改善額は(0.28%-0.12%)*100,000 – 0.05%*100,000 – 0.01%*100,000 = 100 USDCです。改善が安定して出ると判断できるまではサイズを上げません。
よくある質問
Q. 小口でも意味がありますか?
A. はい。分割数を2〜3に抑えて束化するだけでも、意図した価格帯での約定一貫性が上がります。学習データが取れること自体が価値です。
Q. サンドイッチは完全に防げますか?
A. 完全ではありません。目的は「期待値で有利にする」ことです。束化+最悪価格+控えめtipの3点セットでリスクを抑えます。
Q. いつtipを上げるべきですか?
A. “通らない理由が明確にtip不足”と判断できた時だけです。まずは分割とスリッページ許容を調整します。
まとめ
Jitoのバンドルとブロックビルダーを使う目的は、「順序の不確実性」を価格影響よりも小さなコストで買いならすことです。最小構成から始め、ログで改善サイクルを回し、サイズを段階的に引き上げる。これが損益への最短ルートです。
用語ミニ集
- ブロックビルダー:トランザクションを並べてブロック候補を作る役割。
- バンドル:順序保証付きで複数取引を一括送信する仕組み。
- 優先手数料(tip):取り込みを促す上乗せインセンティブ。
- スリッページ:期待価格と約定価格の差。
- 価格インパクト:自分の発注が市場価格へ与える影響。
以上を踏まえ、まずは少額・分割少なめ・控えめtipから始め、数値で勝てる配合を自分の市場で見つけてください。


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