本稿では、Solanaエコシステムで広く利用されているJitoの「バンドル」と「ブロックビルダー」を前提に、スリッページとMEV(最大抽出可能価値)を抑えつつ、執行品質と収益性を両立させるトレード手順を体系的に整理します。内容はシンプルですが、実装するほど差が出る“執行アルファ”です。余計な装飾は排し、実務上の判断材料と再現しやすい運用プロセスに落とし込みます。
この戦略の目的と全体像
目的は明確です。(1)意図通りの価格で約定させる、(2)不要な価格影響とMEV搾取を避ける、(3)取引コスト(手数料・優先料金)を最適化する。これらをJitoのバンドル機能とブロックビルダー経由のルーティングで達成します。対象は現物・スワップ・永続先物(パーペチュアル)を含む裁定・ヘッジ・リバランス等の全執行行為です。
前提知識:SolanaのMEVとJitoの役割
メモリプールの扱いと原子性
Solanaは高スループットで、トランザクションは短時間で多数処理されます。Jitoのブロックビルダーは、複数トランザクションをバンドル(原子実行)としてまとめ、指定順序でブロックに取り込みます。これにより、途中で一部だけ約定して残りが滑る、他者にサンドイッチされるといったリスクを低減できます。
バンドルの主効果
- 価格影響の局所化:複数レッグ(例:買い→即ヘッジ売り)を一括で通す。
- 情報漏洩の抑制:バラバラ送信より先回りを受けにくい。
- 失敗時の一貫性:一部成功・一部失敗の不整合を回避。
ユースケース別の設計
ケースA:スリッページ最小のスポット一括買い
狙いは「指定額面を、想定スリッページ以下で、即時に取り切る」ことです。具体的には、複数ルート(例:Jupiter等のアグリゲータ経由の分割ルート、OpenBook系の板、プール直叩き)を一つの束として送信します。バンドル内では、価格制約(limit)を厳格に設定し、許容スリッページを数bps単位で明示します。
ケースB:現物×先物の瞬間ヘッジ(デルタフラット)
スポット買いとパーペチュアルの同時ショートをバンドル化すると、デルタを即時に打ち消せます。価格が飛びやすい相場や、指標イベント(CPI、FOMC)直後の薄い板でも、価格飛びと未充足ヘッジのリスクを縮小できます。
ケースC:裁定・再平衡
複数DEX間のスプレッド捕捉や、ポートフォリオのターゲット・ウェイト復元を行う場合、売買ペアの同時約定が品質を決めます。バンドルで原子実行し、片側だけが進む片張り(レッグ残り)を避けます。
具体的な設計パラメータ
1) スリッページと価格制約
ルールは一つ。許容スリッページをbpsで固定し、相場状況に応じて動的に下げる。イベント前後は板が薄く、許容値を1/2〜1/3に絞る。許容を超えたときは即キャンセル再送(再見積もり)する設計にします。
2) 優先料金(priority fee)の設計
混雑時は優先料金を上げないと取り込み順が下がります。推奨は動的階段型:直近ブロックの成功/失敗と待機深度から、手数料を段階的に引き上げ、充足後は通常水準へ戻す。過払いは収益を圧迫するため、成功率と払出しの境目をログで可視化します。
3) ルーティング多様化と失敗時フォールバック
アグリゲータの最適ルートだけに依存せず、代替ルート候補を複数内蔵し、それらを同一バンドルで条件分岐的に評価・選択させます。全滅時はキャンセル&再価格。中途半端な部分約定は排除します。
運用フロー(テンプレート)
- 前準備:対象銘柄の板厚、DEXプールの深さ、最近の失敗率、必要ロットを確認。
- 価格制約の決定:目標価格・許容bps・最小充足量(min fill)を数値で固定。
- バンドル構築:売買レッグの順序、代替ルート、失敗時の全キャンセル条件を定義。
- 優先料金の初期値:通常時水準+混雑検知で段階上げ。
- 提出→充足→検証:約定ログから滑り・手数料・優先料金の支払いを分解。
- 学習:銘柄×時間帯×相場局面の三次元で成功率を更新。
シグナルと執行の分離
勝率の高い戦略でも、執行が悪ければ損益は出ません。売買シグナル生成(テクニカル、ファンダ、ニュース)と、執行レイヤー(本稿の設計)は独立運用にします。執行は“いつでも再利用可能な共通部品”にすることで、戦略を差し替えてもPF全体の品質が維持されます。
計測とKPI
コスト分解の基本式
総損益 = 粗利(理論値) − スリッページ損 − 手数料 − 優先料金 − ファンディング/ベーシス − 機会損失。
各成分をトレードID単位で記録し、箱ひげや分位点で分布をモニターします。特に「許容bps超えの頻度」「優先料金の過払い比率」「バンドル失敗率」が主要KPIです。
ケーススタディ:イベント直後の現物×先物同時執行
想定:CPI直後、SOLが瞬間的に2%ギャップアップ。現物買い+パーペチュアル売りでデルタをゼロに保ちたい。通常送信だと片側が先行して価格が飛びます。バンドルで買い→即ヘッジを原子実行し、許容スリッページを各5bpsに制限。混雑を見て優先料金を通常の2倍に一時引き上げ、充足後は即通常へ戻します。
結果:従来比で滑りが1/3に縮小、優先料金の追加負担は粗利の8%に留まりトータルでプラス。ログから「イベント後30秒間は2倍料金が費用対効果あり」という経験則を抽出し、ルールへ昇華します。
リスクと限界
- 全滅リスク:バンドル全体が不成立となる場合、機会損失が発生。許容できるなら段階実行に切替える。
- 過度の優先料金:混雑時の過払いは継続すると致命的。上限キャップは必須。
- ルーティング片寄り:一つのアグリゲータやプールに依存すると、流動性ショックで脆い。代替パスの事前計測が鍵。
- モデル崩壊:イベント時に平常時の成功率が転倒。イベント専用プロファイルを別管理。
実務Tips(最短で成果を出すために)
- 許容bpsの固定化:裁量で毎回いじらない。数字を前日までに確定。
- 代替ルートを常備:3系統以上を常に検証可能にしておく。
- ログの粒度:トランザクションID・優先料金・滑り・板厚・約定深度を紐付け。
- 時間帯プロファイル:東京、ロンドン、NYの各時間帯で成功率マップを作る。
- サイズ調整:板厚に応じてロットを分割(POV/TWAP)し、バンドルで束ねる。
検証(バックテスト/ペーパートレード)の枠組み
リアルのバンドル完全再現は難しいため、近似します。価格系列に対し、想定スリッページ関数と成功確率モデル(混雑度の代理指標)を当て、優先料金をコスト項として加算。これにより「通常送信 vs バンドル送信」の差分を定量化します。イベント時はパラメータを別立てで調整します。
応用:アービ/バックランの健全な活用
価格の歪み捕捉(アービ)や、直前トランザクションの直後追随(バックラン)も、バンドルの原子性で安全側に寄せられます。むやみに攻撃的な手法を狙うのではなく、自己の執行を守るために原子性と順序保証を使う、という発想が長続きします。
チェックリスト(出撃前)
- 許容スリッページ(bps)を確定したか。
- 代替ルートの事前見積もりを取得したか。
- 優先料金の上限・段階設計は有効か。
- 全滅時のフォールバック(再価格・撤退条件)は定義したか。
- ログ構造は粒度十分か(後学習に耐えるか)。
まとめ
Jitoのバンドルとブロックビルダーは、Solanaにおける執行品質を底上げするための標準装備です。高度なアルゴや予測モデルよりも、まずは滑らない・漏れない・過払いしないという執行基盤を固めることが、トータルの損益を確実に押し上げます。手順は単純でも、徹底すれば強力な差別化要因になります。


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