ステーブルコインは「価格が安定している暗号資産」という顔をしていますが、投資家の視点では安定性を“買っている”商品です。安定が維持される条件(担保、償還、流動性、規制、運用)を1つでも外すと、株やBTCのようにボラティリティで揺れるのではなく、一気に信用が蒸発して価値が毀損します。ここでは、USDT・USDC・DAIなど代表例を使いながら、ステーブルコインの「どこが折れたら負けるのか」を構造として分解し、個人投資家が実行できる守りのチェックリストまで落とし込みます。
- ステーブルコインは3種類に分けると理解が速い
- 価格が1ドルからズレる「デペッグ」はなぜ起きるのか
- USDT・USDC・DAIで何が違うのか:同じ“ドル”に見える罠
- 個人投資家が見落とす「凍結リスク」:価格が1ドルでも引き出せない
- DeFiで増幅するリスク:年利の裏側はレバレッジと相手方信用
- 「安全なステーブルコイン」は存在しない:評価軸を数値化する
- 崩壊シナリオを先に想定する:勝ち筋は“逃げ道”を作ること
- 守りの運用チェックリスト:個人投資家が今すぐできる10項目
- まとめ:ステーブルコインは「安定」ではなく「信用の束」
- 実例で学ぶ:デペッグと破綻の分岐点
- 準備資産レポートの読み方:個人でもできる“最低限”のデューデリジェンス
ステーブルコインは3種類に分けると理解が速い
まず分類です。名称が似ていても、リスクは別物です。投資判断で最初にやるべきは「自分が保有するのがどの型か」を確定させることです。
① 法定通貨担保型(発行体+準備資産)
USDT(Tether)、USDC(Circle系)など。発行体が「1枚=1ドルで償還できる」と宣言し、裏側に準備資産(現金・短期国債・MMF・レポ等)を積みます。ここでの本質リスクは、暗号資産の値動きではなく発行体と準備資産の信用です。
② 暗号資産担保型(オンチェーン担保)
代表がDAI(Maker系)。ETHなど暗号資産を超過担保でロックし、清算(担保売却)メカニズムで1ドル近辺を維持します。ここでの本質リスクは担保の急落・清算失敗・オラクル/コントラクト障害です。
③ アルゴリズム型(信用の自動化を狙う)
供給調整や別トークンとの裁定でペッグを維持するタイプ。理屈が美しく見えますが、極端なストレス時に「裁定する人がいなくなる」ため、構造的に脆い例が多いです。過去の大崩壊事例(USTなど)が示したのは、信用はアルゴリズムだけでは作れないという点です。
価格が1ドルからズレる「デペッグ」はなぜ起きるのか
デペッグは「需給の一時的なズレ」だけで説明されがちですが、実務的には原因を4層で見ます。どの層が壊れたかで、戻るデペッグなのか、戻らないデペッグなのかが変わります。
層1:マーケットの流動性(板と市場参加者)
取引所やDEXの板が薄い、あるいは市場参加者がリスク回避している局面では、1ドルを割りやすくなります。これは「一時的に安くなる」可能性がある層です。ただし、ここでのデペッグが長引くと、次の層(償還)への不信を呼び、連鎖します。
層2:償還(リデンプション)経路
法定通貨担保型は、理論上は発行体に償還できる人(大口の認定顧客など)が1ドルで引き取って裁定します。ところが、償還が遅い・手数料が高い・一時停止・規制で塞がれると、裁定が機能しません。すると市場価格は「償還できる確率」を織り込み始め、1ドルを割っても買い支えが弱くなります。
層3:準備資産(リザーブ)の質と透明性
準備資産が現金・米短期国債中心なら、理屈上は1ドル償還が成立しやすい。一方で、信用リスクの高い社債や不透明な貸付、流動性の低い資産が混ざるほど、ストレス時に現金化できず「取り付け」が起きます。さらに、透明性が低いほど疑心暗鬼が先行し、デペッグを誘発します。
層4:規制・法執行・銀行接続(オフチェーン依存)
ステーブルコインは暗号資産でありながら、最終的な“出口”は銀行口座や決済網です。発行体の口座が凍結されたり、銀行が取引停止したり、当局から制限を受けると、準備資産が存在しても償還が詰まります。この層が壊れると、価格は「資産」ではなく「政治・法のイベント」に左右されます。
USDT・USDC・DAIで何が違うのか:同じ“ドル”に見える罠
USDT:最大の強みは流動性、弱点は情報の非対称性
USDTは市場流動性が非常に厚く、暗号資産市場の“決済通貨”として機能してきました。短期売買や取引所間移動では便利です。一方、投資家が意識すべきは「流動性の厚さ=信用の高さ」ではない点です。市場で使われているからこそ、疑念が生じた瞬間の取り付け圧力も大きくなります。あなたがUSDTを保有する行為は、実質的に「発行体の資金運用とガバナンス」を信用する行為です。
USDC:透明性と規制適合の期待が強いが、“金融システムの事故”に弱い
USDCは監査・開示の姿勢が比較的強いと評価されやすい一方で、準備資産が銀行システムに接続している以上、銀行側の事故や信用不安の影響を受けます。重要なのは「ステーブルコインの信用=発行体だけ」ではなく、預け先銀行・保管スキーム・決済網の信用まで含めた連鎖だという点です。市場が“連鎖のどこか”を疑った瞬間、短期的にデペッグが起き得ます。
DAI:オンチェーンで完結しやすいが、担保と清算の“設計”が命綱
DAIは発行体の銀行接続に依存しにくい設計が強みです。しかし担保は暗号資産であり、急落時に清算が連鎖します。さらに、オラクルの異常値やネットワーク混雑で清算が遅れると、担保不足が発生します。つまりDAIは「銀行リスク」を弱める代わりに「市場急変と技術リスク」を濃く持っています。どちらが安全かではなく、どのリスクを取りに行くかの選択です。
個人投資家が見落とす「凍結リスク」:価格が1ドルでも引き出せない
ステーブルコインのリスクで最も実害が大きいのが、資産が凍結されて動かせないケースです。価格チャート上は1ドルに見えるので被害が可視化されにくい。しかし当事者にとっては“全損に近い”です。
ブラックリストとアドレス凍結
多くの法定通貨担保型ステーブルコインは、スマートコントラクトに凍結機能を持っています。制裁対象や不正資金の疑いがあるアドレスを凍結できる仕組みです。投資家側で重要なのは、自分が不正をしていなくても、過去に関与したアドレス(受け取った相手、経由したプロトコル)が汚染されると巻き添えを食う可能性があることです。
取引所起点の凍結
取引所での入出金停止、チェーンのサポート停止、KYC強化で一時的に資金がロックされることもあります。これは「発行体の凍結」と別に、あなたの資金が取引所のオペレーションに依存しているリスクです。ステーブルコインは“現金同等物”のつもりで置かれがちですが、実態は複数の事業者にまたがる信用商品です。
DeFiで増幅するリスク:年利の裏側はレバレッジと相手方信用
ステーブルコインはDeFiで使うと一気にリスクが増えます。利回りが上がるほど、構造は複雑になります。ここを理解せずに「USDCを置くだけで年利○%」に飛びつくと、事故のたびに理由が分からず、同じ失敗を繰り返します。
レンディング:相手方は“匿名のレバレッジ投機”
レンディングは、あなたが貸し手、誰かが借り手です。借り手の主目的は、先物・オプション・アルトコインのレバレッジ、あるいはアービトラージです。市場が荒れれば借り手は清算され、プロトコルは担保を売って回収します。問題は、担保売却が市場で成立しない(流動性枯渇、チェーン混雑、オラクル遅延)ときに損失が発生する点です。
流動性提供(LP):損失は“インパーマネント”では終わらない
ステーブル/ステーブルのLP(USDC/USDTなど)は一見安全に見えますが、片側がデペッグすると、あなたはデペッグ側を大量に抱え込みます。さらに、プール自体が攻撃(コントラクト脆弱性、フラッシュローン)を受けると、ステーブルの「安定性」と無関係に資金が消えます。
ステーブル運用で起きる典型事故
- デペッグ側を抱え込む:LPや裁定狙いでデペッグを拾い、戻らず損失固定。
- ブリッジで詰む:チェーン間ブリッジのハックでラップ資産が無価値化。
- プロトコル破綻:運用先のガバナンストークン崩壊で補填不能。
利回りは“無料”ではなく、誰かが払っています。その正体は、レバレッジ需要のプレミアムか、スマートコントラクト/ブリッジのテールリスクです。
「安全なステーブルコイン」は存在しない:評価軸を数値化する
ここからが実務です。投資家がやるべきは宗教戦争ではなく、チェック項目でのスコアリングです。完璧なゼロリスクはありません。重要なのは、自分が取っているリスクを説明できる状態にすることです。
評価軸1:償還の現実性(あなたが使えるか)
発行体が償還を提供していても、個人が直接償還できない場合、あなたの出口は取引所になります。つまり「取引所の信用」を追加で背負います。大口償還が機能しても、個人の換金が詰まる場面はあり得ます。あなたの運用目的(短期決済・長期保有・利回り運用)に合わせて、出口の強さを見ます。
評価軸2:準備資産の質(“何で担保しているか”)
理想は、現金と短期米国債中心で、期間も短い構成です。逆に、信用リスクの高い債券、流動性の低い資産、関連会社への貸付が増えるほど、取り付け耐性が落ちます。準備資産の開示が曖昧なら、その時点で“リスクを取っている”と認識します。
評価軸3:凍結可能性(コンプライアンスの強さ)
凍結機能は、犯罪対策としては合理的ですが、投資家には「自分の資産が他人の行動で止まる」リスクです。凍結機能の有無、過去の凍結事例、制裁対応の方針を確認し、オンチェーンでの受け取り先・経路を慎重に設計します。
評価軸4:チェーン/ブリッジ依存(ラップ資産の罠)
同じUSDCでも、どのチェーンで持つかでリスクが変わります。ネイティブ発行のUSDCと、ブリッジで持ち込まれたラップUSDCでは、破綻点が違います。利回り目当てでマイナーL2に移すほど、ブリッジと運営の信用を背負います。
崩壊シナリオを先に想定する:勝ち筋は“逃げ道”を作ること
ステーブルコイン運用の勝ち筋は、上手く儲けることより、事故のときに致命傷を避けることです。ここでは、現実に起こり得るシナリオを3つにまとめます。
シナリオA:一時デペッグ(数時間〜数日で復帰)
原因は流動性不足やパニック。ここで慌てて成行で売ると、最悪の価格で投げることになります。一方で「戻る前提で買い向かう」も危険です。判断材料は、償還が生きているか、準備資産に疑義が出ていないか、取引所の出金が止まっていないか、の3点です。
シナリオB:構造不安による長期デペッグ(戻らない可能性が高い)
準備資産の毀損、償還停止、規制介入などで「1ドルに戻る根拠」が崩れた状態です。このとき市場は“確率”で価格を付けます。個人がやるべきは、ナンピンではなく、損失上限を決めた上での撤退と、資産の分散です。
シナリオC:凍結・アクセス不能(価格は1ドルでも資産が死ぬ)
最悪です。チャートでは平穏でも、自分のアドレスや取引所口座が凍結されれば現金化できません。ここを避けるには、資金経路の衛生管理(クリーンな入出金)と、単一プラットフォーム依存を避けることが必要です。
守りの運用チェックリスト:個人投資家が今すぐできる10項目
最後に、実行ベースのチェックリストです。難しい分析より、これを回す方が事故率を下げます。
1)用途別に“保有する理由”を分ける
短期の待機資金、取引所移動用、DeFi運用用、のように用途を分け、同じステーブルを万能扱いしないこと。用途が混ざると、利回りの誘惑で待機資金まで危険地帯に置きがちです。
2)単一ステーブルに集中しない
「最強のステーブル」を当てに行かず、2〜3銘柄に分散します。デペッグは銘柄固有の事故で起きることが多く、分散の効果が出やすい領域です。
3)“どのチェーンの何”を持っているか記録する
USDCという名前でも、ネイティブかラップか、ブリッジ経由かで別物です。ウォレットと台帳にチェーン名まで記録し、緊急時に移動手順を迷わないようにします。
4)出口(換金ルート)を複線化する
取引所1社だけ、銀行1行だけ、という構造は避けます。少額でも良いので複数の換金ルートを“平時に”動作確認しておくことが重要です。
5)デペッグ時の行動ルールを先に決める
「0.995を割ったら情報収集」「0.98を割ったらリスク縮小」「0.95を割ったら撤退」など、ルールを先に紙に書きます。判断を当日に持ち越すと、SNSに引っ張られてミスが増えます。
6)利回り運用は“上限”を決める
DeFi利回りは、事故が起きたときの損失が大きい。総資産のうち、失っても致命傷にならない比率に上限を設定します。上限がないと、調子の良い時期に雪だるま式にリスクが膨らみます。
7)プロトコルは“歴史”と“依存関係”を見る
監査の有無だけでは不十分です。稼働期間、過去のインシデント、主要依存(オラクル、ブリッジ、管理者キー)をチェックします。依存が多いほど、どこかが折れた時に連鎖します。
8)アドレス衛生:怪しい経路を踏まない
エアドロ、来歴不明のトークン、出所不明の資金を受け取ると、将来の凍結リスクが上がります。運用用ウォレットと受け取り用ウォレットを分け、経路を汚さない設計にします。
9)“現金同等物”の代替を持つ
ステーブルコインだけに待機資金を寄せない。証券口座のMMFや短期国債ETFなど、オフチェーンの代替も併用し、暗号資産圏が障害を起こした日に資金繰りが止まらないようにします。
10)最悪ケースの想定:一晩で50%毀損しても生き残れるか
ステーブルコインは“安定”を名乗りますが、信用商品である以上、極端な毀損はゼロではありません。自分の生活防衛資金や必要資金を守った上で、余剰の範囲で運用するのが合理的です。
まとめ:ステーブルコインは「安定」ではなく「信用の束」
ステーブルコインは便利です。しかし便利さの裏で、発行体・準備資産・償還・規制・取引所・ブリッジ・スマートコントラクトと、複数の破綻点を同時に抱えます。あなたが勝つための要点は、どれが安全かの言い争いではなく、用途分離・分散・出口複線化・ルール化で事故を小さくすることです。相場で儲ける人は、当てた人ではなく、死ななかった人です。
実例で学ぶ:デペッグと破綻の分岐点
抽象論だけだと判断が鈍ります。ここでは「何が起きると、どの層が壊れて、価格がどう動くか」を実例ベースで整理します。銘柄の善悪を断定する目的ではなく、同じタイプの事件が再発した際に、あなたが素早く状況把握できるようにするためです。
ケース1:銀行・カストディ事故が引き金になる短期デペッグ
法定通貨担保型は、準備資産が「銀行口座や短期証券」という既存金融に置かれている限り、銀行側のトラブルがそのまま市場不安に転写されます。典型パターンは次の通りです。
- ニュースで「預け先金融機関の信用不安」が浮上する
- 市場が「償還が遅れるかもしれない」と解釈し、取引所で売りが先行
- 裁定を担う大口が償還を試みるが、事務処理・送金待ちで時間がかかる
- 結果として数時間〜数日のデペッグが生じ、沈静化すると戻る
この局面で重要なのは、チャートを見るより先に「償還の窓口が動いているか」「取引所の出金が正常か」を確認することです。価格だけを見て買い向かうと、償還停止という別シナリオに踏み抜くリスクがあります。
ケース2:準備資産の不透明さが作る“取り付け”
準備資産が不透明だと、事実より疑念が先に価格を動かします。市場心理としては「本当に1ドル分あるなら証明できるはずだ」という前提があるため、開示が弱いほど“悪い噂”に反応しやすい。取り付けが起きると、発行体は準備資産を現金化して償還に回す必要があり、流動性の低い資産が混ざっていると処理が詰まります。結果として、デペッグが長期化しやすくなります。
ケース3:アルゴリズム型が崩れる典型シナリオ
アルゴリズム型の多くは「ペッグが崩れたら裁定で戻る」ことを前提にします。しかしストレス時は裁定が機能しません。なぜなら、裁定者は“次の買い手”が必要で、パニック局面では買い手が消えるからです。すると、価格下落→裁定用トークンの増発→信頼低下→さらなる下落、というスパイラルに入り、短期間で回復不能になります。投資家が学ぶべき教訓は、流動性がある平時の理屈は、流動性が消える局面では通用しないという点です。
準備資産レポートの読み方:個人でもできる“最低限”のデューデリジェンス
発行体が公開する資料には、アテステーション(特定時点の残高確認)、監査、月次レポートなど複数の形式があります。細部まで読む必要はありませんが、次のポイントだけ押さえると事故を避けやすくなります。
アテステーションと監査は同じではない
アテステーションは「その時点でこういう残高がありました」という確認で、監査はより広い範囲(内部統制、評価、継続性など)を検証します。どちらが良い悪いではなく、あなたは“どこまで確からしい情報”に基づいて保有しているかを自覚する必要があります。資料が薄いほど、あなたは情報の不確実性を引き受けています。
準備資産の内訳で見るべき3点
- 期間:短期であれば換金しやすい。長期債が多いほど金利変動で評価損が出やすい。
- 信用:国債中心か、社債・貸付が厚いか。信用が落ちると取り付けに弱い。
- 現金比率:現金・当座預金が一定割合あるか。ゼロに近いと償還処理が詰まりやすい。
“償還できるのは誰か”を確認する
個人が直接償還できない場合、あなたは取引所やOTCの信用に依存します。つまり、同じステーブルでも「あなたの使い方」次第でリスクが変わります。保有前に、(1)どの取引所で換金するか、(2)出金停止の過去があるか、(3)出金が混む時間帯や手数料、を一度は確認しておくと良いです。


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