価格は「需給」で動きます。暗号資産では、プロジェクトのベスティング(権利確定)とエミッション(新規発行・配布)設計が需給を大きく左右し、解禁(アンロック)前後には一時的な歪みが発生しやすいです。本稿では、アンロックを材料にした実務的なトレード手順と、簡易インパクトモデル、具体的なセットアップ、リスクと撤退基準までを整理します。
1. 基本概念:なぜベスティング/エミッションが価格に効くのか
ベスティングはチーム・投資家・コミュニティへの割当が一定の期間にわたり権利確定する仕組みです。クリフは最初の解禁までの無配布期間、線形ベスティングは日割りや月割りで徐々に配布される形を指します。エミッションは流通量の追加(ステーキング報酬やエコシステム配布など)です。
価格へは主に2経路で効きます。①供給ショック:流通供給(Float)が短期に増えると需給が緩みやすい。②行動要因:解禁受領者(初期投資家・チーム・アドバイザー)が現金化・ヘッジするインセンティブを持つ場合、売り圧・ショートヘッジ需要が増えます。
このとき注意すべきはFDV(Fully Diluted Valuation)と浮動供給(Float)の差です。高FDV・低Floatの銘柄ほど、アンロックは出来高に対して大きな材料になりやすい一方、流動性が薄い市場では小口の売買でもスリッページが拡大します。
2. 簡易インパクトモデル(実務用の荒い物差し)
イベント前の相場観を整えるため、以下の簡易式を用意します。厳密ではありませんが、銘柄比較や優先度付けに有効です。
アンロック価値 = 予定解禁数量 × 直近価格
出来高比 = アンロック価値 / 30日平均出来高(USD)
想定インパクト ≈ κ × 出来高比 − λ × ネット新規買い需要
(κは流動性/板厚さによる感度、λは需要要因。経験則で0.2〜0.6程度を仮置き)
ネット新規買い需要 ≈ (ファンダ材料 + 買い支え施策 + ショートカバー)係数
さらに、借り手・ヘッジの需給も調整します。現物の貸借在庫が薄い、もしくはパーペチュアルの資金調達率(Funding)がマイナスに張り付く場合、ショート側の維持コストが上がり、インパクトが弱まることがあります。
3. 実務フロー:再現性のある手順
- 候補抽出:FDVが高くFloatが低い銘柄を優先。30日出来高/時価総額が小さい銘柄はスクリーニングで落とします。
- イベント分類:クリフ型(単発の大口)、線形型(月次/週次/日次)、混合型(部分クリフ+線形)。配布先(チーム、投資家、エコシステム、エアドロ)も分けてトラッキングします。
- 流動性・ヘッジ可否:CEX/DEXの板厚、借株・マージン可否、パーペチュアル建玉上限、資金調達率の傾向を確認。相場急変時の約定リスクを評価します。
- セットアップ設計:下記「4. 戦術3パターン」を銘柄の性質に合わせて選択。目線・サイズ・ヘッジ・撤退ルールを事前に固定します。
- 執行:指値の分割、時間分散、板の手前に置く(喰われたら追加しない)など、板と会話する執行でコストを抑えます。
- 事後分析:出来高推移、資金調達率推移、乖離、平均有利不利、滑り、PnL分解(方向/キャリー/手数料/滑り)をログ化。翌回のκ・λのベイズ更新に活用します。
4. 戦術3パターン(セットアップ)
4-1. クリフ直前のショート&イベント・スルー
単発大型クリフで出来高比が高い場合に狙います。数日前から段階的にパーペチュアルでショートを構築し、イベント通過後の流動性増で買い戻します。資金調達率が大きくマイナスに傾いたらサイズを抑えます。
撤退基準:PRや大型提携など需給を覆す材料が出たら即時クローズ。想定インパクトがκ×出来高比で0.3未満に低下したら見送り。
4-2. 線形配布の「レンジ回帰」戦略
月次/週次の線形ベスティングで、毎回の解禁が出来高比0.05〜0.2程度の中口なら、イベント後にボラが薄まる傾向があります。ボラ低下×資金調達率プラスの環境では、ショートガンマ/ロングキャリー(例:区間売り&資金調達受け取り)を検討します。
4-3. アンロック後のリバウンド・ロング
「解禁=売り」と決めつけられて過剰に売られた後、実際の売り圧が小さかった場合に急速なショートカバーが発生します。イベント翌日〜数日で出来高が急低下し、資金調達率が中立に戻る兆候をトリガーに、短期のリバウンドを取りに行きます。
5. 数値例:架空トークンABCで組み立てる
前提:価格2.0 USD、循環供給1億枚、FDVは10億USD、30日平均出来高1,500万USD。3日後に2,000万枚のクリフ解禁(価値4,000万USD)。
出来高比 = 4,000万 / 1,500万 ≈ 2.67
想定インパクト(κ=0.35, λ=0.05) ≈ 0.35×2.67 − 0.05 ≈ 0.88(= -8.8% 程度の方向性バイアス)
ポジ案:イベント3〜1日前に段階的に合計名目$1.5Mを建て、
当日〜翌日に出来高急増の中で半分利確、残りは資金調達率の反転でクローズ。
想定リスク:在庫提供の買い支え、借入コスト急騰、遅延・分割配布。
6. 実装メモ(CEX/DEX・ヘッジ・執行)
- ヘッジ選択:現物借り売りは在庫依存。借りられない銘柄はパーペチュアル一択。USDT建て/コイン建てのどちらが資金調達有利かを比較します。
- サイズ管理:板厚の5〜10%を目安に一度の成行は避け、イベント当日の出来高増を待って執行コストを下げます。
- 資金調達率:数値そのものより、トレンド(マイナス拡大→縮小)に注目。縮小はショートカバーの前兆になりやすいです。
- 約定品質:TWAP分割、時間窓の分散、スプレッド1〜2ティック内の指値をルール化。手数料と滑りは必ずPnLに分解して記録します。
7. リスクカタログ
- スケジュール変更:ロック期間延長・分割配布によりイベント性が希薄化。
- 新規需要の上書き:大型上場、提携、インセンティブ・プログラム再設計。
- 板の厚みの錯覚:見せ板・撤去で急激に滑る。
- 清算リスク:急反発×高レバで強制ロスカット。常に低レバ・余裕証拠金で。
- 流動性シフト:CEX→DEXやチェーン跨ぎで板が薄くなるタイミング。
8. チェックリスト(配布前日までに必ず確認)
- 出来高比(アンロック価値/30日出来高)が0.3以上か。
- 受領先の性質(投資家・チーム・コミュニティ)と売却インセンティブ。
- 借株/マージン/パーペチュアルの可用性と建玉上限。
- 資金調達率の傾き(悪化→改善はショートカバーの前兆)。
- イベント直前のPR/提携/上場などの材料予定。
- 指値網の配置、執行ルール、最大想定滑り。
- 撤退基準(ニュース/ファンダ反転、Funding反転、出来高低下)。
- サイズ配分(事前・当日・翌日)、分割利確計画。
- PnL分解のテンプレート更新(方向/キャリー/手数料/滑り)。
- κ・λパラメータの更新ロジック(ベイズ更新の事後計算)。
9. まとめ
アンロックは「供給ショック×行動インセンティブ×ヘッジ需給」という3要素の合成です。出来高比と資金調達率、板厚・借入可否を軸にセットアップを設計し、執行コストとリスクを統制すれば、統計的に優位な期待値を狙えます。重要なのは、毎回の事後分析で自分のκ・λを更新し続けることです。手順を標準化し、次のイベントに再利用してください。
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