債券が「利回りで稼ぐ」資産である理由
債券の総収益は、(1)受取クーポン、(2)価格変動、(3)再投資利回りの3要素で分解できます。保有期間が長いほどクーポン収益の寄与が大きくなり、短期では金利変動による価格要因が支配的になります。従って「どの期間保有するか」は戦略の最重要設計変数です。
表面利率が同じでも、最終利回り(YTM)は購入価格で変化します。プレミアム(額面超)で買えばYTMは下がり、ディスカウント(額面未満)で買えばYTMは上がります。これが同じ銘柄でも市場環境で妙味が変わる理由です。
価格の基礎:クリーン/ダーティとYTM
債券価格は「経過利息」を含まないクリーン価格と、含むダーティ価格に区分されます。実務上の約定はダーティ価格で行われ、受渡金額の齟齬を避けます。評価やバックテストではクリーンとダーティの切替に注意が必要です。
YTMは「将来キャッシュフローの割引現在価値=現在価格」となる内部収益率です。利回り上昇は価格下落を意味します(逆相関)。この感応度を数量化するのがデュレーションです。
デュレーションとコンベクシティ:金利リスクの主言語
マコーレー・デュレーションはキャッシュフローの加重平均期間、修正デュレーションは金利1%変化あたりの概ねの価格変化率を示します。例えば修正デュレーション5なら、金利が+1%で価格はおおよそ-5%です。
コンベクシティは価格と利回りの関係の曲率です。大きいほど金利低下局面での上昇が相対的に大きく、金利上昇局面での下落が相対的に小さくなります。長期国債やゼロクーポンはコンベクシティが高く、バッファとして機能しやすい反面、金利上昇には脆弱です。
イールドカーブ:景気の鏡
通常は右上がり(長期ほど利回り高)ですが、景気減速や政策期待でスティープニング/フラッティング/逆イールドが起きます。投資家は「どの年限の金利が動きやすいか」を見極め、年限ミックス(バーベル/バレット)を最適化します。
金利先物(長期国債先物・米国債先物など)の役割
金利先物は、国債ポートフォリオのデュレーションを機動的に調整するための標準ツールです。先物のDV01(1bpあたりの価格感応度)を用いれば、現物を売買せずに金利リスクを中立化(または増幅)できます。先物にはCTD(最も受け渡しに適した債券)やコンバージョンファクターの概念があり、理論と実務の架橋が必要です。
デュレーション・マッチング:手順の型
- 現物債券(または債券ファンド/ETF)の時価とDV01を算出。
- 対象先物のDV01を確認(限月で若干変動)。
- 希望する目標デュレーションに合わせ、先物枚数=(現物DV01−目標DV01)/先物DV01を計算。
- リバランス頻度を決め、イベント前後で調整。
この工程により、金利観測へのベット(ロング/ショート)と、クレジット観測へのベットを切り分けられます。社債投資家が「クレジットだけ取りたい」場合、金利先物で金利リスクをヘッジするのが定石です。
国債の使い分け:名目/インフレ連動、国内/海外
名目国債は金利トレンドの純粋なベットに、インフレ連動国債は実質購買力の保全に適します。為替の影響を避けたい場合は為替ヘッジ手段を併用します。海外金利のエクスポージャー取得は分散効果がある一方、為替・税制・時間帯の管理コストが乗ります。
社債:投資適格とハイイールドの違い
社債の主なドライバーは金利とクレジットスプレッドです。投資適格(IG)はスプレッドが薄く、金利の影響が支配的。ハイイールド(HY)はスプレッド感応度が大きく、景気循環に敏感です。HYの高利回りは「信用コストの補償」であり、デフォルト損失と回収率が長期収益のカギを握ります。
ハイイールド債の落とし穴と対処
HYは平均では利回りが高い一方、景気後退局面でのドローダウンが深く、リバランス不能に陥ることがあります。回避策は、(1)銘柄/セクター分散、(2)金利先物ヘッジでデュレーション縮小、(3)現金比率と買い下がりルール、(4)早期シグナル(財務指標、債券発行環境、リファイナンス動向)のモニタリングです。
金利先物×債券の戦略設計
① バーベル vs バレット
バーベル(短期+長期)はコンベクシティが高く、イベントに強い一方でキャリーが落ちます。バレット(中期集中)はキャリーとロールダウンを取りやすいが、曲率メリットは薄い。相場観・保有期間・ボラティリティに応じて選択します。
② ロールダウンの収益化
右上がりのカーブでは、時間経過に伴い同一債券の残存年限が短くなることで利回りが自然に低下し、価格が上がる「ロールダウン」収益が得られます。保有期間の合理化(何ヶ月持つのが最も報われるか)を数値化しておくと、利食い/乗せの判断が加速します。
③ カーブ・トレード(スティープナー/フラットナー)
短期と長期で先物をロング/ショートの組み合わせにすると、方向性を抑えつつカーブ形状の変化に賭けられます。ポジションのDV01中立を意識し、「金利方向」と「カーブ形状」の二軸でリスクを管理します。
イベント前後のポジショニング
金利系のビッグイベント(CPI、雇用統計、金融政策会合など)では、発表前にデュレーションを落とし、発表後に再構築するのが王道です。発表直後は先物主導で価格が飛び、現物は遅れて追随することが多いため、先物で先に骨格を作るのが効果的です。
個人投資家の実務フレーム
- 目的設定:利回り重視か、金利ヘッジか、クレジットの取りに行きか。
- 投資対象:名目/インフレ連動、国内/海外、IG/HYの配分を決める。
- 年限設計:希望デュレーション帯、バーベル/バレットを選定。
- ヘッジ設計:先物限月、DV01中立/ベットの度合い。
- 執行:スプレッド・コスト、ロールの管理、約定手順の標準化。
- モニタリング:利回り推移、スプレッド、イベント日程、流動性。
- ルール化:損切り、利食い、リバランス頻度、禁則事項。
ケーススタディ(数値はイメージ)
ケース1:社債の金利ヘッジ
額面1,000万円の投資適格社債ポートのDV01が10万円/1bpとします。デュレーションを半減したいなら、対象先物のDV01を5万円/1bpと仮定してショート2枚が目安です。これで金利上昇のダメージを軽減し、クレジット要因に集中できます。
ケース2:ロールダウン狙いのバレット
残存5年の国債利回りが2.0%、3年が1.6%で右上がりとします。6ヶ月保有で5年債が「4.5年」へロールすると、利回りは概ね1.9%へ低下。価格は上昇し、クーポンと合わせて堅実なトータルリターンが期待できます。
ケース3:スティープナートレード
2年利回りが3.0%、10年が3.2%でフラットに近い状況。2年先物ロング+10年先物ショート(DV01中立)を構築し、景気減速でカーブがスティープ化した場合の利得を狙います。方向性が外れても、DV01中立ならダメージを抑えられます。
よくある誤解と罠
- 「利回りが高い=安全でお得」:HYの高さは信用リスクの代償。分散と流動性管理が必須。
- 「長期ほど常に得」:金利上昇局面では長期債は痛手。保有期間と金利観を整合させる。
- 「先物は危険」:目的外のレバレッジは危険だが、DV01整合のヘッジはむしろリスク低減。
- ロール管理の失念:先物限月の乗り換えルールを事前に固定し、意図しない年限ブレを防ぐ。
- イベント跨ぎの放置:大イベント前はデュレーション抑制、後で再構築。
チェックリスト(保存版)
□ 目的(利回り/金利ヘッジ/クレジット)を一文で言えるか。
□ 現物DV01と目標デュレーションを算出済みか。
□ 先物の限月・DV01・ロール手順を固定化したか。
□ イベントカレンダーとリバランス頻度を決めたか。
□ 流動性・コスト・税制の前提を文書化したか。
まとめ
債券は「利回り」「金利」「クレジット」「カーブ」という少数の軸で説明できます。デュレーションと言語化されたリスク管理、先物を使った機動的調整、ロールダウンとイベントの使い分けを徹底すれば、個人投資家でもプロと同じ土俵で戦えます。まずは小さく設計し、数値で検証し、手順を固定化していきましょう。


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