本稿は、個人投資家が「社債」を用いて安定収益と適度な値上がり益の両方を狙うための実践ガイドです。新発・既発の使い分け、利回りと価格の基本、クレジットスプレッドの見方、デュレーション管理、売買の段取りまでを、手を動かしやすい順番でまとめます。
この記事のゴール
- 社債の基本構造(額面、クーポン、利払日、償還、任意償還条項)を理解します。
- 利回り(YTM)と価格の関係、クリーン/ダーティの考え方を自分で計算できるようにします。
- クレジットスプレッドの見方と「何に対してスプレッドか(国債かスワップか)」を把握します。
- デュレーション/コンベクシティの直感とラダー/バーべルの構築手順を体得します。
- 店頭相対(国内)の約定の流儀と、実際のオーダー運用のコツを押さえます。
社債とは何か:構造と用語
社債は、企業が投資家から資金を調達するために発行する債券です。投資家は利息(クーポン)を受け取り、満期に原則額面で償還されます。重要な用語は次のとおりです。
主な用語
- 額面(Face/Par):通常は100または1,000の単位。国内店頭では最低申込単位が100万円などになることが多いです。
- 表面利率(Coupon):年〇%の定率で利払日ごとに支払います。
- 利払日:年2回などの定期日。利息は「経過利息」として売買時点でも精算されます。
- 償還日(Maturity):満期日。満期に額面で償還されるのが原則です。
- 任意償還(Call):発行体があらかじめ定めた条件で早期償還できる条項。利率環境が低下したときにコールされやすく、価格の上値を抑える要因になります。
- 格付(Rating):信用力の目安。投資適格(BBB-以上)と投機的等級(BB+以下)に大別されます。
利回りと価格:クリーン/ダーティ、計算の作法
債券価格は将来キャッシュフロー(クーポンと償還)を現在価値に割り引いた合計です。売買実務では、クリーン価格(経過利息を含まない本体価格)と、ダーティ価格(クリーン+経過利息)が区別されます。約定時に支払う実勢はダーティが基準になることが多いです。
経過利息の概算式
経過利息 ≒ 額面 × 表面利率 × 経過日数 / 年換算日数。年換算は国内円建てでActual/365が使われることが多く、外債やユーロ市場では30/360などもあります。
利回り(YTM)の直感
利回りは「満期まで保有した場合の内部収益率(IRR)」です。表面利率だけでなく、売買価格と償還価値の差(ディスカウント/プレミアム)も含めて総合的に算出されます。
数値例(概算)
額面100、残存5年、表面利率1.2%、価格98(クリーン)とします。利払は年2回、Actual/365。直近利払日から90日経過と仮定すると、経過利息は 100×1.2%×90/365 ≒ 0.2967。
ダーティ価格は 98 + 0.2967 ≒ 98.2967。YTMはクーポンと償還差益(100-98)を含めたIRRを解くことで求まります(この例だと概ね1.65%前後のイメージ)。
クレジットスプレッド:何に対して上乗せか
社債利回りは「無リスク金利+信用スプレッド」で分解して考えます。日本円なら無リスク近似として国債利回り(同残存)が使われることが一般的です(機関投資家は円金利スワップを使うこともあります)。
スプレッドの考え方
- Absolute Spread:社債YTM − 同期限国債YTM。単位はbp(1bp=0.01%)。
- Z-spread(概念):利回り曲線上の全期間に均等上乗せすると仮定したスプレッド。個人はAbsoluteで十分なことが多いです。
たとえば残存5年の国債が0.6%、A格の社債が1.6%なら、スプレッドは約+100bpです。景気減速懸念が強い時期はスプレッドが拡大しやすく、回復局面では縮小しやすい傾向があります。
デュレーションと金利感応度:どれだけ価格が動くか
デュレーションは「金利1%(=100bp)動いたときの理論価格変化(概算)」を教えてくれる指標です。修正デュレーション×金利変動幅 ≒ 価格変化率(%)。
簡単な例
修正デュレーションが4.5の5年債なら、金利が−0.25%(=−25bp)動くと、価格はおよそ +1.125%上昇(4.5×0.25%)します。コンベクシティは曲率補正で、金利が大きく動く場面で効きます。
新発 vs 既発:どう使い分けるか
新発(Primary)の特徴
- ディストリビューション期間中は条件が明瞭で、ミニマム投資金額が比較的低く設定されることもあります。
- 初期配分でスプレッドがやや厚めに設定されることがあるため、配分後のセカンダリーでわずかに値上がりすることがあります。
- 一方で人気案件は配分数量が限られ、希望額面を取れないこともあります。
既発(Secondary)の特徴
- 利回り環境や信用センチメントの変化で価格が日々動きます。流動性に差があり、指値の置き方が重要です。
- 既発は金利低下局面で価格上昇が狙いやすく、短期で1〜2%の値幅取りができることもあります。
- 任意償還条項のある銘柄は、コール期日が近づくほど価格の上値が鈍る傾向があるため注意します。
実践ユースケース:3つの狙い方
ケース1:新発で「妥当以上のスプレッド」を確保
- 同業他社・同格付・同残存の既発社債スプレッドをざっと把握します。
- 新発条件がそれより厚いなら申込み優先度を上げます。
- 配分後にセカンダリーで適正スプレッドへ収れんしたら部分利確も検討します。
例:同残存A格の既発が+95〜110bpのゾーンにあるのに、新発が+125bpで出るなら魅力度は高めです。
ケース2:既発で「利下げ前のカーブ」からキャピタルを取る
- 5〜7年の中期ゾーンから修正デュレーション3.5〜5.5の帯を選定します。
- 金利低下(またはスプレッド縮小)のシナリオに賭け、−25〜−50bpの想定変化で価格上昇幅を試算します。
- 目標の+1〜+2%値幅で指値利確、同時に次弾の買い候補を用意します。
ケース3:キャッシュフロー安定の「ラダー」/機動力の「バーべル」
- ラダー:1〜7年など満期を均等に分散。毎年償還資金が戻り、再投資リスクを平準化できます。
- バーべル:短期(流動性重視)と中期(利回り・値幅狙い)に二極化。金利が読みにくい局面で有効です。
銘柄スクリーニング:5つの確認ポイント
- 発行体の質:事業安定性、セグメント分散、海外依存、財務レバレッジ。
- 格付トレンド:直近のポジ/ネガ見通し、潜在的なダウングレード要因。
- 条項:任意償還、劣後性、財務制限条項(コベナンツ)、サブの位置付け。
- 流動性:店頭での取り回しやすさ、提示枚数の厚み、スプレッドの狭さ/広さ。
- スプレッド位置:同業・同格付・同残存のレンジと比べて説明可能か。
注文と約定:国内店頭の具体的な進め方
- 希望条件を先に明確化:残存、格付帯、利回り目標(例:国債+〇bp以上)、希望額面。
- 気配の取り寄せ:複数社にヒアリングし、最良気配を把握します。
- 指値の置き方:まずはダーティ基準で詰め、必要に応じてクリーンと併記します。
- 分割約定を許容:枚数が薄い銘柄は複数回に分けて集め、平均コストを管理します。
- 記録:取引日時、利回り、クリーン/ダーティ、経過利息、想定シナリオ、エグジット条件をログ化します。
数値で掴む:簡易シミュレーション
前提:A格・残存5年・表面1.0%・修正デュレーション4.4・現在YTM1.6%。
利下げシナリオ:YTMが−30bp(1.3%)になると、価格は概ね +1.32%(4.4×0.30%)上昇。1000万円投資なら評価益は約13.2万円。
悪化シナリオ:スプレッド拡大で+40bp、YTM2.0%に悪化すると、−1.76%程度の評価損。
こうした幅感を事前にメモしておくと、感情に左右されず利食い/損切りができます。
リスク管理:やってはいけない3つ
- 条項無視:コール条項や劣後性を軽視すると、想定外の上値抑制や劣後リスクに直面します。
- 偏り過ぎ:同業・同格付・同残存への集中は、同時多発的な評価損を招きます。
- 出口不在:目標スプレッド・利回り・評価益(%)を事前に数値で定義しないまま買わないこと。
ポートフォリオの組み方:実務テンプレート
テンプレ1:安定収益モデル(ラダー)
- 残存1〜7年で均等配分、格付はA〜AA主体、目標スプレッドは+70〜120bp。
- 再投資は毎年の償還資金でロール、スプレッドの厚い年に積み増し。
テンプレ2:メリハリ型(バーべル)
- 短期ゾーン(1〜2年)は流動性確保、中期ゾーン(5〜7年)で値幅を狙います。
- 金利方向性が見えたら、中期の比率を弾力的に調整します。
チェックリスト(保存版)
- ( )発行体の収益構造・レバレッジは説明可能か。
- ( )格付の見通し(Outlook)に変化はないか。
- ( )条項(Call/劣後/コベナンツ)は理解したか。
- ( )スプレッド位置は同業レンジ内で合理的か。
- ( )デュレーション×想定bpで上下の値幅を把握したか。
- ( )エグジット条件(利確/損切)を数値化したか。
- ( )記録(約定ログ)を残す仕組みがあるか。
まとめ
社債投資は「金利(デュレーション)」と「信用(スプレッド)」という2つのレバーで結果が決まります。難しく見えても、用語と計算を最低限おさえ、スプレッド位置とデュレーションを数値で管理すれば、個人でも再現性ある運用ができます。まずは小さく、ログを取りながら階段状にサイズを上げていきましょう。


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