本記事では、住宅ローンを束ねた債券であるモーゲージ証券(Mortgage-Backed Securities: MBS)を、初学者でも腹落ちするようにゼロから体系化します。単なる用語解説で終わらせず、個人投資家がどの局面で・何を見て・どう仕掛けるかに焦点を当て、実装可能な手順と数値基準、さらにリスクの可視化まで提示します。
- 1. MBSは何者か:全体像と位置づけ
- 2. キャッシュフローの仕組み:パススルーとプリペイメント
- 3. 利回りの源泉:スプレッドとネガティブ・コンベクシティ
- 4. 主要リスク:何に気をつければ良いか
- 5. 個人投資家の入り口:ETF/投信と商品選定の要点
- 6. エントリーの考え方:指標とトリガー設計
- 7. 為替ヘッジの実践:コスト、手段、意思決定
- 8. 具体的シナリオ:数値でイメージする
- 9. 実装チェックリスト:これだけは決めてから動く
- 10. リスク管理の要点:数字で守る
- 11. よくある誤解と反証
- 12. 実務フロー:最短ルートで始める
- 13. ケーススタディ:二つのスタイル
- 14. まとめ:MBSを武器にするために
1. MBSは何者か:全体像と位置づけ
MBSは、数千〜数万件の住宅ローンをまとめて裏付け資産(プール)とし、そのキャッシュフロー(元利金)を投資家にパススルーする証券です。大別すると、政府機関/準政府機関の保証が付くエージェンシーMBS(Ginnie Mae, Fannie Mae, Freddie Mac)と、保証のないノンエージェンシーMBSに分かれます。前者はクレジット面で事実上の高格付に近く、主なリスクは金利とプリペイメントです。後者はクレジットサイクルの影響が大きく、景気悪化局面では損失吸収トランシェの厚みや信用補完の質が重要になります。
現物のプールを受け渡しする代わりに、標準化された条件で取引されるのがTBA(To-Be-Announced)市場です。TBAは機関投資家の運用・ヘッジの中核で、インデックス/ETFの多くもTBAを活用してエクスポージャを構築します。
2. キャッシュフローの仕組み:パススルーとプリペイメント
MBSの元利金は、借り手(住宅ローン債務者)からの返済に連動して投資家に支払われます。ここで重要なのがプリペイメント(繰上返済)です。借り手は金利低下時に借換えを選択しやすく、元本返済が早まります。逆に金利上昇時には借換え妙味が薄れ、返済は長期化しがちです。これが期間の短縮/延伸をもたらし、MBSの価格感応度を難しくします。
プリペイメントの速度はPSA(Public Securities Association)モデル等で表現されます。たとえば「100% PSA」は標準的な繰上ペース、「300% PSA」はそれより速い繰上を意味します。投資家視点では、金利低下局面で元本が早期に返ってしまうと、高いクーポンを享受する期間が短縮されるため、再投資利回り低下という形で不利に働くことがあります。
3. 利回りの源泉:スプレッドとネガティブ・コンベクシティ
MBSの期待超過収益の核心は、米国債(またはOIS)に対するスプレッドと、組み込まれた住宅ローンの前払オプション(借り手が持つ金利低下時の繰上権利)に対する補償、すなわちネガティブ・コンベクシティ・プレミアムです。投資家は、価格下落時にデュレーションが延び、価格上昇時にデュレーションが縮むという「悪い方向の凸性(ネガティブ・コンベクシティ)」を引き受ける代わりに、債券より高めの利回りを受け取ります。
このため、MBSは金利ボラティリティが上昇すると相対的に不利になりやすく、ボラが落ち着くとスプレッド縮小(価格上昇)に寄与する傾向があります。オプション調整後スプレッド(OAS)は、金利経路の不確実性を織り込んだリスクプレミアムの尺度で、相対価値判断の中核指標です。
4. 主要リスク:何に気をつければ良いか
- 金利リスク:長期金利が急騰すると価格が下がり、デュレーション延伸が重なり下落が増幅されます。
- プリペイメントリスク:金利低下で早期返済が加速。高クーポン保持期間が短くなり、利回りが想定より低下。
- ネガティブ・コンベクシティ:上げ局面でも伸びにくく、下げ局面で下がりやすい非線形リスク。
- ベーシスリスク:米国債/OIS対比のスプレッドが拡大する局面。中央銀行のバランスシートや需給で振れます。
- クレジットリスク(ノンエージェンシー):失業や住宅価格の下落で延滞・損失が増えると価格下落。
- 為替リスク(円建て投資家):USD資産の通貨変動。ヘッジコストともトレードオフ。
5. 個人投資家の入り口:ETF/投信と商品選定の要点
現物プールやTBAは専門的なので、個人はMBSに連動するETF/投資信託経由が現実的です。代表例は、米国のエージェンシーMBSに分散投資する大型ETF群(例:総合型、短中期型など)。商品選定では以下を確認してください。
- 対象ユニバース:エージェンシーのみか、ノンエージェンシーも含むか。
- デュレーション:金利感応度の大きさ。短期寄り/中期中心/総合の違い。
- 経費率・トラッキング:長期保有の足を引っ張らないか。
- 残存クーポンの傾き:高クーポン偏重はプリペイに弱いがキャリーが厚い等、利害を理解。
- 分配方針:再投資か、分配重視か。税制と合わせて最適化。
- 通貨ヘッジの有無:円ヘッジ型/無ヘッジ型の選好とコスト。
6. エントリーの考え方:指標とトリガー設計
裁量でもルールベースでも、「何を見て、どこで押すか」を明文化しておくと再現性が上がります。以下は実務で使いやすいフレームです。
- スプレッド水準:10年国債 or OISに対するMBS OASが過去分位で上位◯%(割安)に達したら分割で買い。縮小し過去分位で下位◯%(割高)なら一部利確。
- 金利ボラティリティ:MOVE指数などが落ち着く方向(下落トレンド)に入ったらエントリー強度を上げる。
- 住宅ローン金利 vs 国債:30年固定住宅ローン金利と10年国債のスプレッドが歴史的高水準に拡大しているときは、正常化による縮小余地に着目。
- 需給イベント:中央銀行/当局の買い入れ・縮小、銀行バランスシートの調整期、四半期末のディーラー枠圧縮など、テクニカルな歪み。
- プリペイメント環境:過去に借換えが進み「バーンアウト」したプールは、同じ金利低下でも前払が鈍い可能性。
定量化例(擬似ルール):OASが過去5年分位80%以上かつMOVEが過去1年平均−0.5σ以下で10%投入、85%でさらに10%、90%で20%…と段階的に配分。縮小し分位40%割れで20%利確、30%割れでさらに20%…と機械的に剥がす、など。
7. 為替ヘッジの実践:コスト、手段、意思決定
円投資家が米ドル建てMBSに投資すると、為替変動がリターンを支配し得ます。基本式は次の通り:
ヘッジ後期待利回り ≒ MBS利回り − ヘッジコスト
ヘッジコストは概ね金利差(USD短期金利 − JPY短期金利)と取引コストで決まり、為替ヘッジ(通貨先物/フォワード、為替ヘッジ型ETF/投信)で実装します。
意思決定フロー:
① ヘッジなしの期待利回りとボラを試算 → ② ヘッジ比率(0/50/100%など)で比較 → ③ ヘッジ後のトラッキング誤差とリバランス頻度を設定。
8. 具体的シナリオ:数値でイメージする
例:あなたが総合型エージェンシーMBS ETFに投資するケース。
・現在OASが過去5年の上位85%(割安域)
・MOVEは下降トレンド入り
・住宅ローン金利−10年国債スプレッドが長期平均より+1.0σ拡大
このとき、分割で20%ずつ3回に分けて買い進め、OASが過去分位50%(中立)に戻ればキャリーを享受しつつ維持、40%割れで一部利確を開始、30%でさらに利確。為替は短期的な円高圧力が強いと想定しヘッジ比率50%から開始、ヘッジコストが顕著に低下すれば100%化、上昇すれば0〜25%まで落とす、といった運用ルールを事前に定義します。
9. 実装チェックリスト:これだけは決めてから動く
- 採用する商品(ETF/投信)とティッカー、運用会社、経費率
- 想定デュレーション帯(短/中/総合)と許容ドローダウン
- OAS・スプレッド・MOVEの観測ソースと閾値
- 為替ヘッジ比率の初期値と見直し条件
- リバランス頻度(例:月次/四半期)と実行日
- 利確/損切りのメカニクス(分位・σ・トレーリング)
- 税・分配の取り扱い(再投資/受取)
- 運用記録(約定、根拠、学び)を残す仕組み
10. リスク管理の要点:数字で守る
MBSは「平常時はキャリー、非平常時は凸性の逆風」という構造を持ちます。よって、目標ボラ/最大DDから逆算したサイズ決定が合理的です。例えば、ポートフォリオの年率ボラ目標6%に対し、MBS ETFの年率ボラを4%と見積もるなら、単独で2%ポイントを割り当てる上限を設定し、他資産と相関を考慮してウェイトを最適化する、など。
11. よくある誤解と反証
- 「MBSは債券だから安全」:金利急騰+延伸で想定以上に下落することがあります。安全性は商品設計とサイズ次第。
- 「金利低下=MBS上昇」:前払加速で上昇が抑制される場合があります。OASとボラも併観が必要。
- 「為替ヘッジは常に正解」:ヘッジコスト次第。通貨トレンドと金利差で最適比率は変動。
12. 実務フロー:最短ルートで始める
- 投資方針メモを1枚で作る(目的、商品、指標、ルール)。
- 証券口座で対象ETF/投信の板・出来高・コストを確認。
- 観測指標(OAS, MOVE, スプレッド)の取得先と更新頻度を固定。
- 初回配分は分割で。割安3段、割高2段の「梯子」を設置。
- 為替ヘッジは比率を決め、見直しトリガー(例:ヘッジコスト±50bp)を明記。
- 毎月のリバランス日に、ルールに従い自動で実行(裁量は最小化)。
- 四半期ごとに検証:想定ボラ・DD・トラッキング誤差を更新。
13. ケーススタディ:二つのスタイル
(A)キャリー重視のインカム型
総合型エージェンシーMBS ETFを中核に据え、OASが中立圏ではホールド、拡大時に段階的に買い増し。分配金は再投資、為替は50%ヘッジを基準に上下25%で調整。目標ボラを守る限り、裁量は最小に。
(B)スプレッド・タイミング型
短中期MBS ETFを用いてOASの急拡大局面のみエントリー。OASが過去分位70%超で小口、80%超で本腰、正常化でクローズ。為替はイベント時のみ機動的にヘッジ切替。稼働率は低いがリスク効率を狙う。
14. まとめ:MBSを武器にするために
MBSは「金利×前払オプション×通貨」の三層構造です。言い換えれば、指標を押さえ、サイズを守り、ルールで回すだけで、怖い資産ではありません。相場の物語に流されず、OASとボラ、住宅ローン金利スプレッド、ヘッジコストを定点観測し、割安で買って平常時のキャリーを刈り取る。それが個人にとっての再現性あるアプローチです。


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