モーゲージ証券(MBS)で収益を狙う:金利サイクル×住宅市場の統合戦略

債券

本稿では、個人投資家が活用できるモーゲージ証券(Mortgage-Backed Securities:以下MBS)の戦略的な扱い方を、金利サイクルと住宅市場データの両輪で解きほぐします。株式や国債と比べて情報が少なく感じられるアセットですが、MBS特有の「キャリー+スプレッド+凸性(コンベクシティ)」の構造を理解すれば、景気局面やFOMCイベントに合わせて収益機会を設計できます。ここでは商品選定からヘッジ、実行手順、注意点まで実務的にまとめます。

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MBSとは何か:構造と基本リターン

MBSは住宅ローンから生じる元利金キャッシュフローを裏付けにした証券です。代表的には政府機関系(Ginnie Mae)や政府支援機関系(Fannie Mae、Freddie Mac)のエージェンシーMBSと、信用補完のないノンエージェンシーMBSに大別されます。一般に個人投資家は、流動性・透明性の観点からエージェンシーMBSに連動するETFや投信でのエクスポージャー取得が中心になります。

MBSの総リターンは概ね(クーポン由来のキャリー)+(金利変動による価格変化)+(スプレッド変動)で分解できます。ここでのスプレッドは、同デュレーションの国債に対するリスクプレミアム(OASやZスプレッドの拡縮)を指し、金融政策や住宅市場の加熱・冷え込み、中央銀行のバランスシート政策(QE/QT)などでダイナミックに変動します。

MBS特有のリスク:負のコンベクシティとプリペイメント

MBS最大の特徴は負のコンベクシティです。金利低下時には借り換え(リファイナンス)が進み、早期償還(プリペイ)が増えてデュレーションが短縮、価格上昇が抑制されがちです。逆に金利上昇時は借り換えが止まりプールの延命(エクステンション)が起こり、デュレーションが伸びて価格下落が大きくなりやすい傾向があります。

他にも、(1)流動性リスク(ストレス局面でビッドが薄くなる)、(2)ベーシスリスク(TBAと実際のプール品質の差)、(3)クレジットリスク(主にノンエージェンシー)、(4)金利ボラティリティ上昇によるヘッジコスト増大、などが重要です。これらはサイズ管理ヘッジ設計で対応します。

マクロドライバー:何を見て構えるか

MBSの価格・スプレッドにインパクトが大きい指標は、(a)30年固定住宅ローン金利(フレディマック指標など)、(b)FOMCの政策金利とドットプロット、(c)CPIや雇用統計などの金利ボラティリティを動かすイベント、(d)住宅着工・中古住宅販売・在庫、(e)中央銀行のMBS保有残高(QE/QT)。これらで「方向(トレンド)」「ボラ(不確実性)」を定義し、戦略の強弱を調整します。

個人投資家が使える実装手段

現物プールやTBAの直接取引はプロ向けです。個人は米国上場のMBS連動ETF(例:エージェンシーMBS中心)や、総合債券ETFの中に含まれるMBSエクスポージャーを活用するのが実務的です。為替リスクは、円建て口座でドル資産を保有する場合は為替ヘッジ付商品や外貨ポジションの別途ヘッジ(先物・FX)で調整します。商品選定ではデュレーション保有クーポン構成信託報酬運用規模/出来高を確認します。

戦略①:スプレッド回帰(OAS/ Zスプレッドの平均回帰)

狙い:金利要因(方向)をヘッジしつつ、MBSスプレッドの拡大・縮小から超過収益を狙う手法です。歴史的レンジに対して+1σ以上に拡大した局面でロング、平常域に回帰で利益確定、という設計が基本です。

実務フレーム

  1. 対象ETFの実効デュレーションを国債先物(10年/5年)や金利スワップでおおむね中立化(±0.3年以内を目安)。
  2. OAS/スプレッドの水準と傾き(拡大→縮小への転換)を確認。住宅在庫や雇用・CPIでリスクオン/オフの地合いもチェック。
  3. 回帰完了(たとえば過去3年中央値±0.2σ内)で一部・全量利確。スプレッドが再拡大なら再エントリー。

ポイント:金利ボラが高い時期はヘッジコストが上がるため、ポジションサイズを抑え、回転を速めます。

戦略②:低クーポン vs 高クーポンのローテーション

金利低下局面では低クーポン・プールが相対的に恩恵を受けやすく、金利上昇局面では高クーポンが相対優位になりやすいという凸性の非対称性を利用するアプローチです。個人向けETFはクーポン別のピュアプレーが難しいため、近似としてデュレーションの長短総合債券のMBS比率で調整します。

実務フレーム

  • 金利低下期:長めデュレーションのMBS比率を引き上げる(ただし負の凸性をヘッジするオプションを併用)。
  • 金利上昇期:短めデュレーションのMBSや、MBS比率が低い総合債券へオーバーウェイト。

戦略③:デュレーション・ニュートラルのキャリー収穫

MBSの超過利回り(OAS)を狙い、方向性リスクを極力排除してキャリーを取りにいく手法です。実務上は、MBS ETFロングに対して10年国債先物ショートやスワップレシオでDV01を相殺し、スプレッド縮小期間保有のクーポン収入で利益を積み上げます。

実務フレーム

  1. 対象ETFのDV01を算出し、先物/スワップでヘッジ比率を設定。
  2. ヘッジ後の残存リスク(凸性、ベーシス、流動性)を許容範囲内かストレスで検証(±100bpシナリオ)。
  3. ロールダウン(イールドカーブ上の位置取り)とコスト(信託報酬・取引コスト)を加味した想定年率を試算。

戦略④:イベント×凸性ヘッジ(CPI/FOMC)

金利ボラが跳ねやすいイベント前後は、MBSの負の凸性が露呈しやすく、ダウンサイドが拡大します。そこで、短期の金利先物オプション(プットやストラングル)で尾リスクをカバーしつつ、イベント通過後のスプレッド縮小やキャリーを取りにいく設計が有効です。

実務フレーム

  • イベント3〜5営業日前からデルタ中立〜軽くショート寄りのヘッジを用意。
  • サプライズ後のボラ低下・スプレッド正常化を確認してヘッジ縮小。

データとモニタリング:何を見続けるか

  • モーゲージ金利:30年固定、10年国債とのスプレッド。
  • 住宅市場:着工・販売・在庫、住宅価格指数。
  • 中央銀行:政策金利見通し、MBS保有残高(QE/QT)。
  • スプレッド指標:OAS/Zスプレッド、TBA価格。
  • ボラティリティ:金利先物のインプライド、MOVE指数等の推移。

実行手順(ステップバイステップ)

  1. 目的の明確化:キャリー主体か、スプレッド回帰主体かを決める。
  2. 商品選定:MBS比率、デュレーション、信託報酬、出来高を比較。
  3. ヘッジ方針:先物/スワップ/オプションの使い分けを決める。
  4. サイズ設計:1ポジションの想定損失許容枠を定義(例:ポートフォリオの1〜2%)。
  5. エントリー条件:スプレッド+1σ、またはイベント前のヘッジ併用など具体化。
  6. 出口ルール:中央値回帰・ボラ低下・イベント通過など、事前に明文化。
  7. 検証と改善:月次で損益分解(キャリー、スプレッド、ヘッジ効果)をトレース。

リスク管理:数値で握る

シナリオ分析を標準化します。(1)金利±100bp平行シフト、(2)金利ボラ上振れ、(3)スプレッド+30bp拡大、(4)流動性低下での売買コスト2倍、等を設定し、最大ドローダウン想定回復期間を見積もります。凸性はオプションで部分的にオフセット、ベーシスはサイズを抑えることで吸収します。

ケーススタディ:量的緩和と量的引き締めのはざまで

量的緩和(QE)期はエージェンシーMBS需要が構造的に強く、スプレッドは圧縮しやすい一方、金利低下局面のプリペイ進行で上値が抑えられる場面も多くなります。量的引き締め(QT)期は逆にスプレッドが拡大しやすく、回帰戦略の好機になりえます。いずれの局面でも、方向(金利)と凸性(負のコンベクシティ)をどう扱うかがパフォーマンスの分水嶺です。

簡易ルール・バックテストの設計例(概念)

アイデアの健全性を検証するため、以下のようなシンプルなルールで概念検証を行います。

  • 条件A:スプレッドが過去36ヶ月中央値+1σを上回ったらロング、中央値±0.2σで手仕舞い。
  • 条件B:CPI/雇用統計のイベント前はデルタを0〜-0.2に調整(オプションも活用)。
  • 条件C:DV01ニュートラルを維持(±0.3年以内)、最大ドローダウン想定が閾値を超えたら縮小。

この程度のルールでも、スプレッドの極端な拡大局面を拾えるか、イベントでのテールに耐えられるか、という観点で妥当性チェックが可能です。

NISA・税制の観点(概要)

投資信託やETFでMBSエクスポージャーを取る場合、制度口座の可否や為替差損益の取り扱い、分配金課税の扱いなどを事前に確認します。長期でキャリーを収穫する設計なら、非課税枠と整合的な積み上げ方も検討に値します。

運用チェックリスト

  • (市場)30年固定モーゲージ金利、10年国債、OAS、TBA価格、ボラ指標。
  • (住宅)在庫・着工・販売・価格指数、信用指標。
  • (政策)FOMC会合日程、中央銀行の保有残高。
  • (内部)ヘッジ比率、DV01、コンベクシティ、想定損失、流動性コスト。
  • (ルール)エントリー・エグジット条件、イベント時のヘッジ、再評価の頻度。

よくある落とし穴

  • スプレッド要因と金利方向を未分離のままサイズを大きくする。
  • 凸性を軽視してイベントに跨り、テールで損失が拡大。
  • ヘッジのつもりがベーシスずれを拡大させている(ミスマッチ)。
  • 流動性ストレス時に売買コストを過小評価する。

まとめ

MBSは「キャリー」と「スプレッド」、そして「負の凸性」の三位一体で理解すると腑に落ちます。個人投資家でも、ETFと先物/スワップ/オプションの組み合わせにより、方向を抑えて超過利回りを狙う設計が可能です。スプレッドの位置とボラの水準、イベント前後のリスクコントロールを徹底し、サイズ管理と検証を習慣化することで、金利サイクル×住宅市場の両面から収益機会を取りにいけます。

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