モーゲージ証券(MBS)徹底攻略:金利サイクルとプリペイメントを味方にする収益設計

債券

モーゲージ証券(Mortgage-Backed Securities:MBS)は、住宅ローンを多数束ねたプールのキャッシュフローを原資に発行される証券です。国債より高い利回り(スプレッド)を得やすい一方、住宅ローンの繰上返済(プリペイメント)によりキャッシュフローが不確実となり、価格挙動に「負のコンベクシティ」という独特の癖が生じます。本稿では、MBSの仕組みから、金利サイクルに応じた具体的な収益化アプローチ、実際の実装手順、運用中の監視指標までを、投資家目線で徹底的に整理します。

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  1. 1. MBSの基本構造:なぜ利回りが上乗せされるのか
    1. エージェンシーMBSと非エージェンシーMBS
    2. パススルー構造の要点
  2. 2. リスク特性:デュレーション、コンベクシティ、プリペイメント
    1. デュレーションと金利感応度
    2. 負のコンベクシティ
    3. プリペイメントの測り方
  3. 3. 収益源:キャリー、OAS、ロールダウンの3本柱
    1. ① キャリー(配当利回り)
    2. ② OAS(Option-Adjusted Spread)
    3. ③ ロールダウン
  4. 4. 金利サイクル別の戦い方
    1. 利下げ初動:プリペイ加速に注意
    2. 利下げが一巡:スプレッドタイトニングを狙う
    3. 利上げ局面:エクステンションリスクを織り込む
  5. 5. 個人投資家のアクセス:ETF中心の実装
    1. 為替ヘッジの考え方
  6. 6. 実装できる5つの戦略
    1. 戦略A:デュレーション中立のスプレッド狙い(コア)
    2. 戦略B:ベアスティープ/フラットに応じたカーブ・ポジショニング
    3. 戦略C:負のコンベクシティ対策のバケット分散
    4. 戦略D:イベント・ドリブンのポジション調整
    5. 戦略E:クレジット・スプレッド拡大局面の段階的エントリー
  7. 7. 実数値イメージ:シンプルな損益分解
  8. 8. 運用KPIと監視ルール
  9. 9. リスク管理:3×3のシナリオで耐性を確認
  10. 10. 実装の手順(チェックリスト付き)
  11. 11. よくある誤解の修正
  12. 12. まとめ:MBSは“スプレッド×オプション”の資産
  13. 付録:用語ミニ辞典

1. MBSの基本構造:なぜ利回りが上乗せされるのか

MBSの源泉は多数の住宅ローンです。投資家はプール全体からの元利金をプロラタに受け取ります。代表的な区分は以下です。

エージェンシーMBSと非エージェンシーMBS

エージェンシーMBSは米政府機関/政府支援機関(GNMA・FNMA・FHLMC等)により信用補完が存在し、デフォルトリスクは限定的です。非エージェンシーMBSは信用補完が弱く、信用スプレッドが厚い一方、景気悪化局面ではボラティリティが大きくなります。個人投資家がまず理解し取り組みやすいのは、分散が効きやすく流動性の高いエージェンシーMBSを対象とするETFです。

パススルー構造の要点

借り手の返済(クーポンと元本返済)が投資家にパススルーされます。最大の論点は、借り手がいつでも繰上返済できる点です。金利低下時に借り換えが進むと、想定より早く元本が戻ってきて再投資利回りが下がります。これが「プリペイメントリスク」です。

2. リスク特性:デュレーション、コンベクシティ、プリペイメント

MBSの価格は金利とプリペイメントの組み合わせで動きます。

デュレーションと金利感応度

金利上昇時、借り換えが減り、キャッシュフローの平均回収期間が延びる(Extension Risk)ため、実効デュレーションが伸びます。金利低下時は逆に短縮します。つまり、MBSのデュレーションは金利水準と連動して可変的です。

負のコンベクシティ

通常の債券は金利低下時に価格が大きく上がり、上昇時には下がり幅が相対的に小さい「正のコンベクシティ」を持ちます。MBSは逆で、金利低下時にプリペイが増え利回りの魅力が薄れるため、上昇余地が抑制される「負のコンベクシティ」を示します。これがMBS特有の価格の“重さ”の正体です。

プリペイメントの測り方

代表的な指標はCPR(Conditional Prepayment Rate)、PSA(Public Securities Association)モデル、SMM(Single Monthly Mortality)などです。運用では、住宅ローン金利やリファイ申請(MBA Refinance Index)を先行指標としてプリペイの方向感を掴みます。

3. 収益源:キャリー、OAS、ロールダウンの3本柱

投資家がMBSで狙う超過収益は大きく3つに分解できます。

① キャリー(配当利回り)

国債に対して上乗せされるスプレッド分の利回りを受け取ります。為替ヘッジを行う場合はヘッジコストを差し引いたネットキャリーで評価します。

② OAS(Option-Adjusted Spread)

繰上返済オプションを内包するMBSの理論スプレッドです。リスクオンでOASが縮小すると価格上昇要因になります。逆にストレス局面では拡大し、評価損が出やすくなります。

③ ロールダウン

利回り曲線上で保有期間中に満期が近づくことで、より低い利回りバケットへ“転がり落ちる”効果です。MBSは平均寿命が可変なため、ロールダウン効果は金利水準とプリペイの想定に左右されます。

4. 金利サイクル別の戦い方

利下げ初動:プリペイ加速に注意

住宅ローン金利の低下→借り換え急増→プリペイ加速→保有MBSの寿命短縮→価格上昇が抑制されやすい、という連鎖が起きます。利下げ初動でMBSを長期で抱えるより、デュレーションを国債で取りつつ、MBSはスプレッドが十分にあるときに絞って保有するのが合理的です。

利下げが一巡:スプレッドタイトニングを狙う

金融環境の安定化でOASが縮小するフェーズでは、デュレーションを国債先物で中立化(ショート)し、MBSのスプレッド縮小に純粋ベットする「スプレッド・オンリー」の組成が有効です。

利上げ局面:エクステンションリスクを織り込む

金利上昇時は実効デュレーションが延び価格の下方弾性が強まります。デュレーションヘッジ(国債先物ショート)や、より短寿命・低クーポンのMBSエクスポージャーに寄せるなど、延びた金利感応度を機動的に抑える設計が鍵です。

5. 個人投資家のアクセス:ETF中心の実装

個別プールやTBA市場はプロ向けです。個人は流動性・分散・コストの観点から、米国上場のエージェンシーMBS ETF(例:MBB、VMBSなど)の活用が現実的です。証券会社を通じて円建てで取引し、必要に応じて為替ヘッジを設定します。国内でのNISA口座対応や対象銘柄の有無は各社の取り扱いに依存しますので、商品ラインナップと手数料体系を確認してください。

為替ヘッジの考え方

米ドル資産のMBSに投資する場合、為替での変動がトータルリターンを左右します。為替予約や先物でヘッジ比率を調整し、想定する投資期間とボラティリティに応じて、〈完全ヘッジ/部分ヘッジ/ノーヘッジ〉を明確にルール化します。

6. 実装できる5つの戦略

戦略A:デュレーション中立のスプレッド狙い(コア)

MBS ETFをロングし、同等デュレーションの国債先物または国債ETFをショート(または売り建て)して、金利方向性を相殺します。収益ドライバーは①MBSからの配当+②スプレッド縮小+③ロールダウン-④ヘッジコスト-⑤為替コストです。相場が安定しスプレッドがタイト化する局面で効果を発揮します。

戦略B:ベアスティープ/フラットに応じたカーブ・ポジショニング

平均寿命の短いエクスポージャー(低クーポン・短WAM寄り)と長いエクスポージャー(高クーポン・長WAM寄り)を組み合わせ、金利カーブの形状変化に対してポートフォリオのロールダウンを最適化します。

戦略C:負のコンベクシティ対策のバケット分散

異なるクーポン帯・発行年次のエクスポージャーをミックスし、プリペイの極端な片寄りに備えます。高クーポンは利下げでのプリペイ加速に弱い一方、利上げには相対的に強靭です。低クーポンはその逆です。

戦略D:イベント・ドリブンのポジション調整

Freddie Macの住宅ローン金利調査(PMMS)やMBAのリファイ申請指数の急変は、プリペイの先行シグナルになり得ます。たとえば、PMMSが短期で大きく低下し、リファイ指数が急騰した場合は、プリペイ加速→価格上昇の頭打ちを想定し、ポジションを軽くする判断が合理的です。

戦略E:クレジット・スプレッド拡大局面の段階的エントリー

市場ストレスでOASが大きく広がったときは、段階的に買い下がり、スプレッドの正常化局面での回復を狙います。デュレーションヘッジを徹底しつつ、バリュエーション指標(OAS、ヒストリカル・レンジ)を定点観測します。

7. 実数値イメージ:シンプルな損益分解

仮にMBS ETF(年配当利回り3.5%)をロングし、10年国債先物でデュレーション中立化。3か月でOASが20bp縮小、ロールダウン寄与が年率0.6%相当、為替ヘッジコスト年率1.2%とします。概算の年率換算で「3.5 + 0.8(OAS縮小の価格寄与) + 0.6 − 1.2 = 3.7%」の超過収益イメージになります(価格弾性は前提によって大きく変動します)。

8. 運用KPIと監視ルール

必ずダッシュボード化し、定期点検します。

  • 金利系:米10年国債利回り、スワップレート、金利カーブ形状(2s10s等)
  • MBS系:OAS、実効デュレーション、コンベクシティ、クーポン別のパフォーマンス
  • プリペイ系:PMMS(住宅ローン金利)、MBAリファイ指数、CPR/PSA
  • バリュエーション:MBS-OASのヒストリカル百分位、ETFのプレミアム/ディスカウント
  • 為替系:ドル円のボラティリティ、ヘッジコスト(フォワードポイント)

9. リスク管理:3×3のシナリオで耐性を確認

金利(-100/0/+100bp)×プリペイ(50/100/200% PSA)の9通りで、想定損益レンジを事前に把握します。最大ドローダウン許容、ヘッジ強度、資金管理(損切り/縮小のトリガー)を定量化します。ボラティリティ上振れ時は、ヘッジ比率の引き上げやエクスポージャーの短寿命化で迅速に対応します。

10. 実装の手順(チェックリスト付き)

  1. 商品選定:流動性・信託報酬・追随性を確認し、MBS ETF候補(例:MBB/VMBS等)を絞り込みます。
  2. 口座・税制:NISAの枠組み・対象銘柄は証券会社の取り扱いに依存するため、最新の商品一覧で確認します。
  3. ヘッジ方針:為替ヘッジ比率(0/50/100%)と金利ヘッジ手段(国債先物/国債ETF)をあらかじめルール化します。
  4. 建玉管理:分割エントリー、逆指値の設定、想定ボラティリティに応じたポジションサイズ統制を徹底します。
  5. 監視・評価:週次でOAS、PMMS、リファイ指数、ETFの基準価額乖離を記録し、スプレッド拡大/縮小の局面判断に反映します。
  6. 利確/縮小:OASがヒストリカルでタイトレンジ(上位10~20%)に入ったら段階利確、ストレス時は分散買い下がり。

11. よくある誤解の修正

「デュレーションが短い=常に安全」は誤りです。MBSは金利上昇局面で寿命が延びるため、想定外に金利感応度が高まることがあります。また「利下げ=価格上昇」は一般債では概ね正しいですが、MBSはプリペイ加速により上昇幅が抑えられる点が本質的に異なります。

12. まとめ:MBSは“スプレッド×オプション”の資産

MBSの本質は「スプレッド収益を、繰上返済という埋め込まれたオプションに対してどう最適化するか」です。金利サイクルとプリペイの連動を正しく読み、デュレーション中立化やバケット分散、ロールダウンの最適化を組み合わせることで、国債を上回る安定した超過リターンに近づけます。重要なのは、金利の方向ではなく、スプレッドとオプションに着目して設計・管理する姿勢です。

付録:用語ミニ辞典

CPR:年率換算の繰上返済率。PSA:プリペイの標準曲線モデル。OAS:繰上返済オプションを調整したスプレッド。実効デュレーション:オプション効果を織り込んだデュレーション。コンベクシティ:金利変化に対する価格曲線の曲がり具合。

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