コンバージョン戦略(一般にCBアービトラージと呼ばれます)は、転換社債(Convertible Bond:CB)と株式(現物または先物)を組み合わせて、方向性(上げ下げ)ではなく「価格の歪み」を収益源にする発想です。単純に言えば、CBを「債券(クレジット)+株式コールオプション」に分解し、どこが割安・割高かを見つけて、ヘッジで余計なリスクを削りながら回収していきます。
ただし、プロが運用するファンドの世界でも難易度が高い部類です。理由は簡単で、収益の源泉が「理論」と「実務(資金・借株・条項・流動性)」の両方に跨るからです。逆に言えば、ここを理解すると、CB発行銘柄の値動きがなぜ不自然に見えるのか、増資や自社株買いと違う“需給のクセ”がどこから来るのかまで、読めるようになります。
1. まずCBを分解する:債券+株式オプション
CBは「社債」なので、基本は利払い(クーポン)と満期償還があります。一方で、保有者は一定条件で株式へ転換できるため、株価が上がればオプション価値が増えます。したがってCBの価格は概念的に次の合計です。
- 債券部分(Bond Floor):信用リスク(倒産しないか)と金利で決まる“下限の価値”
- 転換オプション部分:株価、ボラティリティ、残存期間、配当、金利で決まる価値
- 条項価値:コール(発行体の繰上償還)、プット(投資家の売却権)、リセット(転換価格修正)、強制転換など
このうち、初心者が最初につまずくのは「オプションの見積もり」です。ですが、必要なのは厳密なブラック・ショールズ計算よりも、まずはCBの“感応度”をつかむことです。
- デルタ:株価が1動いたときCBがどれだけ動くか(株の代替度)
- ガンマ:デルタがどれだけ変化するか(上がるほど株っぽくなる)
- ベガ:ボラティリティが上がるとどれだけ得か(CBは基本ロングベガ)
CBは株価が低いときは“債券っぽい”、上がると“株っぽい”という性格を持ちます。これが後述のデルタヘッジ戦略の中核になります。
2. コンバージョン戦略の最小モデル:CBロング+株ショート
最も基本形は「CBを買い、株をショートする」です。狙いは2つあります。
- (狙いA)CBの割安を拾う:オプション価値が過小評価されている、あるいは債券部分が過度に安い
- (狙いB)方向性を消す:株の上げ下げをヘッジし、残差(歪み)を取りに行く
このときのキモは、株ショート量(ヘッジ比率)です。雑に言えば「CBのデルタ分だけ株を売る」のが出発点です。例えば、CBを100万円分買って、そのデルタが0.40相当なら、株を40万円相当ショートして、上げ下げを中和します。
ここで勘違いしやすい点をはっきり言います。コンバージョン戦略は“株が上がるか下がるか”を当てるものではありません。当てに行くのは、以下のような“相対価値”です。
- CBに内包されるボラが市場の実現ボラより安い(=オプションが安い)
- クレジットスプレッドが過度に広がっている(=債券部分が安い)
- 条項(リセット等)が市場で過小評価されている
3. 収益源泉を分解する:どこで儲かるのか
CBアービトラージの損益は、実務上、次の「足し算」で説明できます。
- クーポン収入:CBの利払い(ただし低クーポンが多い)
- 株ショートのコスト/リベート:借株料、逆日歩、ショートリベート(市場による)
- 資金調達コスト:CB購入の資金金利、担保、証拠金
- ヘッジの売買損益:デルタが変わるたびにヘッジを調整する“ガンマ”の取り込み
- ボラの取り込み:想定より実現ボラが大きい/小さいで差が出る
- クレジットの変化:企業信用が改善すると債券部分が上がる(悪化すると逆)
- イベント/条項の効果:コール、リセット、M&A、スピンオフ等の非線形要因
初心者向けに“儲けの絵”を一言でいうなら、次です。
「CBが内包するオプションを安く買って、株の方向性はショートで消し、日々のヘッジ調整でブレを回収する」
ただし、これは“理想形”です。現実は借株が取れない、コストが跳ねる、条項が発動する、流動性が枯れるなどで、想定より簡単ではありません。
4. 具体例:簡易数値でイメージを作る
ここでは理屈を、最小限の数値例で頭に入れます(厳密な理論価格ではなく、考え方の例です)。
ある企業の株価が1,000円。転換価格が1,250円、転換比率は「社債100万円で800株に転換できる」ような設計だとします。満期まで3年、クーポン0.5%(年5,000円)とします。
このCBを100万円で買い、株のデルタが0.35相当と見積もったなら、株を280株(=800×0.35)ショートします。株価が少し上がればCBは上がりますが、ショートが損をして相殺されます。株価が下がればCBは下がりますが、ショートが得をして相殺されます。
では、何が残るのか。典型的には次が残ります。
- 株価が上下に振れるほど、デルタが変化し、ヘッジの“売って買って”が発生する
- CBはロングガンマになりやすく、実現ボラが高いほどヘッジ売買で利益が出やすい
- 一方で、借株料や資金金利が高いと、その分が食われる
つまり、「ボラが動く」こと自体が収益機会になる一方、「コストが動く」ことが最大の敵です。この“ボラ vs コスト”の綱引きが、CBアービトラージの現場です。
5. 個人投資家が陥りやすい誤解:CBは安全資産ではない
「債券だから下がらない」「満期で戻るから安心」と考えるのは危険です。CBの下限(Bond Floor)は、信用スプレッドが広がれば簡単に崩れます。特に以下の局面は要注意です。
- 業績悪化・資金繰り懸念:債券部分が毀損し、CBが“株以上に”売られることがある
- 株価急落:オプション部分が消え、ほぼ社債として評価される
- 流動性枯渇:CBは出来高が薄く、逃げたい時に逃げられない
プロはここに「株ショート」「CDS」「金利ヘッジ」「流動性バッファ」などを組み合わせます。個人が同じことをするのは難しいので、まずはCBの性格を誤解しないことが重要です。
6. 実務の鬼門:借株(ショート)と調達コスト
コンバージョン戦略の成否を決めるのは、理論よりむしろ借株と資金です。ここは遠慮なく現実を書きます。
6-1. 借株が取れないと始まらない
株ショートは、銘柄によっては在庫が枯れます。さらにCBを発行する企業は、イベント(資金調達、希薄化)を抱えていることが多く、空売り需要が集中しやすい。結果として、
- 借株料が急騰する
- 逆日歩が発生し、想定外コストになる
- そもそもショートできない(機会損失)
この時点で「理論上は儲かるのに実際は無理」というケースが普通に起きます。プロは複数の借株ルートやプライムブローカーを使いますが、個人は選択肢が限られます。
6-2. 調達コストは“見えない損益”
CBを買うための資金金利、証拠金、担保評価、ヘアカットなども効きます。金利が上がる局面では、ファイナンスコストが戦略の期待収益を上回り、同じポジションでも勝ち目が薄くなります。
結論として、個人がこの戦略を「現物で完全再現」するのはハードルが高いです。だからこそ、次章では“個人が現実的に近づける形”を提示します。
7. 個人投資家向けの現実解:3つのアプローチ
アプローチ①:CB銘柄の「需給イベント」を読む(擬似コンバージョン)
完全再現が難しいなら、CBが作る需給の歪みを株側の値動きで利用します。CB発行後は、以下の動きが起きやすいです。
- 発行直後:ヘッジ目的の空売りが増え、株が重くなる
- 時間経過:ヘッジ調整が続き、ボラが上がる(値が飛びやすい)
- 条件変化:株価が転換価格付近に近づくと、需給が非線形に変わる
たとえば、「CB発行→株がだらだら下がる→信用不安ではなく需給主導」という局面では、需給が一巡したタイミングでの反発取りが成立しやすい。逆に、業績悪化が絡む場合は危険です。ここを見分けるのがポイントです。
アプローチ②:上場CBファンド/ETFで“パッケージ化されたリスク”を買う
市場によってはCBに投資するファンドやETFがあります。個別CBの借株問題を回避しやすい反面、商品設計によっては株リスクが残ります。個人が使うなら、
- 株式比率(株に近いのか債券に近いのか)
- 金利感応度
- 信用の質(ハイイールド寄りか)
を確認し、「何を買っているか」を明確にした上で使うのが前提です。
アプローチ③:株オプションで“CBのオプション部分”に近い形を作る
株オプションが取引できる市場なら、CBのオプション価値に近いポジション(たとえば長期コール+資金運用)を、より透明なコストで構築できます。もちろん完全一致はしませんが、
- ボラが安い局面でコールを仕込む
- 株の下げリスクを別途制御する(プット、スプレッド等)
といった「分解して設計する」発想は、CBアービトラージの理解があるほど精度が上がります。
8. CBの“割安”を見抜くチェックリスト
ここからが実践です。以下は、個人でも入手可能な情報で、CBを相対的に評価するためのチェックリストです。
8-1. Bond Floor(下限価値)の確認
- 発行体の格付(無いなら財務から推定)
- 同社の普通社債(無ければ同業のスプレッド)
- 現預金、負債、返済期限、営業CF
CBが「債券」として成立しているのか(返せるのか)をまず見る。ここが弱いと、戦略は“株の延長”になります。
8-2. 転換プレミアムとパリティ
CBの価格を株式転換価値(パリティ)で割って、どれだけプレミアムが乗っているかを見ます。プレミアムが高すぎるCBは、上値余地が限定されがちです。一方でプレミアムが低いCBは、オプションが安い可能性がありますが、信用不安が織り込まれている場合もあります。
8-3. 内包ボラティリティ(Implied Vol)
理論価格に頼りすぎる必要はありませんが、少なくとも「このCBは株のボラを何%で見ているのか」を把握すると、戦略の筋が通ります。市場の実現ボラや、同銘柄オプションのIV(存在する場合)と比較します。
8-4. 条項(ここが最大の落とし穴)
CBは条項で別物になります。特に危険なのは次です。
- 発行体コール条項:株価上昇局面で繰上償還され、オプション価値の取り切りが難しくなる
- リセット条項:株価下落時に転換価格が下がり、株主にとって希薄化が強まる(株の需給に影響)
- 強制転換:一定条件で株にされ、思わぬ株エクスポージャーが残る
条項は「有利/不利」が一概に言えませんが、少なくとも“どういうときに発動するか”を理解しないで触るのは避けた方が良いです。
9. 典型的な失敗パターンと回避策
失敗①:借株コストを軽視して期待収益が消える
回避策は単純で、事前にショートコストのレンジを想定し、最悪ケースでも成り立つかを検討することです。コストが読みづらい場合は、戦略自体を諦める判断も重要です。
失敗②:信用悪化でBond Floorが崩れ、CBも崩落
回避策は、信用シナリオを3段階(改善/横ばい/悪化)で考え、「悪化したらどこまで落ちるか」を先に置くこと。CBは“株より安全”とは限りません。
失敗③:条項でゲームのルールが変わる
回避策は、目論見書・条件表を読み、発動条件を箇条書きで自分の言葉に翻訳することです。翻訳できないなら触らない、これが一番のリスク管理です。
失敗④:流動性がなく、損切りできない
回避策は、建玉サイズを小さくし、板の厚さ・出来高を見て「逃げられる量」に制限すること。CBは“売りたいときに売れない”が起こります。
10. 実践の組み立て:初心者でも使える手順
最後に、初心者が「理解→検証→小さく実践」するための順序を示します。ここが一番重要です。
Step1:CB発行ニュースを見たら“株の需給”を疑う
CB発行が出た直後の株価下落を、短絡的に「悪材料」と決めつけない。ヘッジ売りが主因かを考えます。出来高、信用残、空売り比率、貸借の状況など、取れる範囲で確認します。
Step2:転換価格とプレミアムの水準をチェック
株価と転換価格の距離、プレミアムの高さを見ます。転換価格が遠いのにCB価格が高い場合、何を織り込んでいるのか(条項、信用改善、ボラ上昇)を疑います。
Step3:想定シナリオを3つ作る
- 株が横ばい(このときCBは債券としてどうか)
- 株が急騰(コール条項で取り切れないか)
- 株が急落(Bond Floorはどこか、リセットで需給悪化しないか)
Step4:小さく入って、データを取りながら学習する
CBそのものが難しい場合は、CB発行銘柄の株で「需給の癖」を観察するだけでも価値があります。トレードに落とすなら、損切り幅を先に決め、ロットを極小にします。CBは構造が複雑で、理解の浅さがそのまま損になります。
まとめ:CBアービトラージの理解は「相場の裏側」を読める武器になる
コンバージョン戦略は、個人がそのまま再現するには壁が高い一方、理解するだけで武器になります。CB発行銘柄の株価がなぜ重いのか、なぜボラが跳ねるのか、どこで需給が反転しやすいのか。これらは、CBの“分解”と“ヘッジの現実”を知ると説明がつきます。
方向性の当て物に疲れたときほど、相対価値の視点は効きます。まずは「CB=債券+オプション」という分解から始め、少額・短期・データ検証を前提に、着実に理解を深めてください。
※本稿は投資教育を目的とした一般的解説であり、特定の銘柄・取引の推奨ではありません。


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