この記事では、暗号資産デリバティブの中核であるパーペチュアル・スワップ(無期限先物)の資金調達率(Funding Rate)を活用し、現物ロング × パーペチュアル・ショートで値動きの影響を抑えつつ収益源を狙う「デルタニュートラル運用」の全体像を解説します。読了後に、なぜ収益が生まれるのか、どう設計・運用するのか、どこでコケるのかがわかる構成です。
1. ファンディングレートとは何か
パーペチュアル・スワップは満期がない代わりに、現物価格との乖離を抑える調整弁として、ロング/ショートのどちらかが相手方に定期的な支払い(資金調達)を行います。この支払い率がファンディングレートです。多くの取引所では8時間ごとに支払いが発生します(例:00時・8時・16時)。
価格が現物より高くなりがちな局面(強気)ではロングがショートへ支払い、逆に弱気局面ではショートがロングへ支払う傾向があります。この仕組みによって先物価格が現物へ引き寄せられ、恒常的な乖離を抑制します。
2. 年率換算の基礎式
8時間ごとのレートを r_8h
とすると、単純年率(APR)は概ね以下で近似できます。
APR ≒ r_8h × 3 × 365
複利ベースの年間利回り(APY)の近似は次の通りです。
APY ≒ (1 + r_8h)^(3 × 365) − 1
例えば r_8h = +0.01%
(=0.0001)の場合、APR ≒ 0.0001 × 1095 ≒ 10.95%
と概算できます。実務上は手数料やスリッページ、借入コスト等を差し引いてネットAPRで評価します。
3. 基本戦略:現物ロング × 先物ショート
コアはシンプルです。対象資産(例:BTC)を現物で買い、同名柄のパーペチュアルを同数量だけショートします。価格方向のデルタ(価格変動リスク)は相殺され、残るキャッシュフローは主にファンディングの受け払いと諸コストです。
ポイント:USDT建て線形(linear)パーペチュアルと、資産建て逆数(inverse)パーペチュアルでは、証拠金や損益通貨が異なります。初心者はまずUSDT建ての線形を使い、現物もUSDTで評価できる構成を選ぶと計算が直感的です。
4. コスト構造と損益分岐
ネット収益は以下で近似できます。
ネット収益 ≒ 受取Funding − 支払Funding − 取引手数料 − 借入/金利 − スリッページ − 出金/入金手数料
損益分岐となる必要受取Funding(8時間基準)は、概ね
r_8h_break-even ≒ (手数料 + 借入/金利 + 雑費) ÷ 名目元本 × (1 ÷ 8時間当たり評価)
実務では以下を個別に見積もります。
- 手数料:現物の買い(テイカー/メイカー)、先物の新規/決済。
- 資金調達・借入:USDT借入、マージン金利、またはスポットを現物保有するための機会コスト。
- スリッページ:建玉時・日々のリバランス時。
- ネットワーク/出入金費用:チェーン、ルート、ブリッジ使用時。
5. 具体例:1 BTCを30日運用
前提:BTC=10,000,000円、r_8h = +0.01%
一定、USDT線形パーペチュアル、現物1 BTCロング+先物1 BTCショート。手数料は単純化のため合計0.06%(往復)と仮定。
- 日次Funding受取(1日=3回):
10,000,000円 × 0.0001 × 3 = 3,000円/日
- 30日合計Funding:
≈ 90,000円
- 往復手数料(約定金額ベース):
10,000,000円 × 0.0006 = 6,000円
- 想定ネット(借入なし):
約84,000円
(税・その他費用は別途)
もちろん実際のファンディングは変動します。相場が加熱するとプラスに跳ねやすく、反落や需給の片寄りでマイナス化することもあります。レートがマイナス転化したら、ショート側が支払う立場になり、ネットは縮小します。運用ルールにエグジット条件を必ず組み込みます(例:7日平均r_8h
が0を下回る、または+0.002%/8h未満が一定回数続いたら閉じる)。
6. 取引所の選び方
- 保険基金/ADL:破綻処理の設計が明確で、ADL(自動デレバレッジ)の発動条件が公開されていること。
- 板厚/スリッページ:約定の薄さはそのままコスト化。ティックサイズと最小数量もチェック。
- Funding仕様:計算式、インターバル(多くは8時間)、上限/下限、マーク価格の算出方法。
- 手数料体系:メイカー/テイカー、VIP段階、先物/現物の差。
- APIと監視:ポジション・証拠金・Funding履歴を取れるAPIがあると自動化が容易。
7. 主なリスクと対策
- レート変動リスク:プラスが続く保証はない。「想定より低い」状態が続けばネットは痩せます。対策はルール化(平均回帰の限界、反転検知、撤退ライン)。
- 清算/ADLリスク:完全ヘッジでも証拠金が薄いと清算の可能性。対策は余裕ある証拠金、分離/クロスの使い分け、レバは保守。
- ベーシス/約定ミスマッチ:異なる原資産・異なる上場先でのわずかなズレ。建玉数量の誤差・指数連動仕様の違いに注意。
- 信用/カウンターパーティリスク:取引所の安全性、保険基金、分散、引出し速度。
- ステーブルコインのペッグ乖離:USDT/USDC等の一時的乖離や入出金停止は定常運用を阻害。複数通貨対応と緊急時の代替ルートを用意。
- オペレーションリスク:手動運用のクリックミス、約定漏れ、サイズずれ。チェックリストと2名承認(マルチシグ的運用)で低減。
8. 実務フロー(最短版)
- 口座準備と本人確認、二段階認証、有効なAPIキーの作成(読み取り専用と発注用を分ける)。
- 資金入金(USDT等)。必要に応じてBTC現物を購入。
- 同数量のパーペチュアルをショート。建玉時は板の厚い時間帯を選ぶ。
- 証拠金比率を安全域へ(例:想定最大ドローダウンの3倍バッファ)。
- 日々の監視:Funding見通し、金利・ボラ・板状況、証拠金維持率。
- ルールに従いリバランス/撤退(レート反転、ネットAPRが所定閾値割れ、ADL/清算リスク上昇)。
9. 収益性の評価手順(Excelテンプレ式)
名目元本を N
、8時間レートを r_8h
、日数を D
、総コスト(手数料・金利・雑費)を C
とすると、概算利益は
利益 ≒ N × r_8h × 3 × D − C
Excel例:
= 名目元本 * 8時間レート * 3 * 日数 - 総コスト
= A2 * B2 * 3 * C2 - D2
年率単純換算:
= 8時間レート * 3 * 365
複利近似:
= (1 + 8時間レート)^(3*365) - 1
損益分岐の8時間レート:
= 総コスト / (名目元本 * 3 * 日数)
10. 運用ルール例(シンプル)
- エントリー:過去7日平均の
r_8h
が+0.008%/8h以上、かつ板厚・手数料条件が合致。 - サイズ:ネットAPR試算が年率5%超になるように調整。集中を避け、銘柄・取引所を分散。
- エグジット:7日平均が+0.002%/8h未満、またはマイナス転化が連続3回で撤退。
- 緊急停止:ADLアラート、保険基金急減、証拠金維持率が閾値を割れた場合。
11. よくある失敗と回避策
- 手数料の見落とし:手数料は「建て」「決済」両方で発生。VIP条件で引き下げ、可能ならメイカー提供を活用。
- サイズ不一致:現物と先物の数量がズレるとデルタが残る。最小数量の丸めに注意。
- 逆数契約での計算誤り:損益通貨が資産建ての場合、価格変化に対する損益の感度が直感とズレやすい。まずは線形を使う。
- 証拠金の過小化:合算で見てヘッジでも、片側清算で崩壊。余裕証拠金と早めの追加入金ルール。
12. 応用:複数取引所・複数銘柄の分散
Fundingの「源泉」は相場参加者のポジション偏りです。銘柄・取引所・建玉通貨を分散すると、レート低下の影響を緩和できます。相関の低いアルトも対象にしつつ、板の薄さによるスリッページ上振れにだけは最新の注意を払います。
13. モニタリングのKPI
- ネットAPR(直近7日):コスト控除後。
- Funding受払総額:銘柄別・取引所別の累計。
- 清算距離:価格変動シナリオでの安全域(%)。
- 手数料率/約定コスト:実績の移動平均。
- 引出し所要時間:緊急時の移管速度。
14. まとめ
ファンディングレート裁定は、価格方向を読まない代わりに、執行と管理の精度が収益を左右します。小さく始め、計測と改善を繰り返し、ルールと自動化でブレを減らす。これが、再現性のある運用の近道です。
コメント