乱数で選ばれたテーマは「ボラティリティ・アービトラージ:オプション価格の歪み」(No.63)です。本記事では、オプション市場に現れる価格の歪みを、インプライドボラティリティ(IV)という共通言語で整理し、個人投資家が実装可能な「勝ち筋の作り方」を具体例で解説します。なお、ボラティリティ・アービトラージは「無リスクで儲かる」話ではありません。損益の源泉を分解し、リスクを定義し、管理できる形に落とし込むことで、初めて戦略になります。
ボラティリティ・アービトラージとは何か:値動きではなく「価格付け」を取る
株やFXの多くの手法は「上がるか下がるか」に賭けます。一方、ボラティリティ・アービトラージは、オプションが織り込む将来変動(IV)と、実際に実現する変動(実現ボラティリティ:RV)のズレ、またはオプション同士の相対的な歪みを狙います。
実務的には次の2系統に分かれます。
- IV vs RV:IVが過大(割高)なら売り、過小(割安)なら買い。最終的にRVとの差で期待値を取りに行く。
- 相対価値(Relative Value):同じ銘柄・指数の中で、満期・行使価格・コール/プット間の歪み(スキュー、ターム、ウィング)をスプレッドで取る。
個人投資家が現実的に取り組みやすいのは、相対価値型を中心に「リスクを限定」しつつ、イベント(決算、FOMC、雇用統計など)で発生する歪みを狙う設計です。
最重要の前提:オプション価格は「IV」に変換して見ないと勝負にならない
オプションはプレミアム(価格)で表示されますが、そのまま比較すると混乱します。満期が違えば時間価値が違い、行使価格が違えばデルタが違い、同じプレミアムでも意味が違うからです。そこで、オプション価格をブラック・ショールズ等のモデルを逆算してIV(含みのボラ)に変換し、共通尺度で比較します。
IVの3大構造:スキュー、タームストラクチャー、イベントプレミアム
IVを見るときは、次の3つをセットで見ます。
- スキュー(Skew):同一満期で、行使価格(デルタ)によってIVがどう曲がるか。株式指数はプットが高い(下方ヘッジ需要)傾向。
- ターム(Term Structure):満期ごとのIVの段差。短期だけ高い、長期が高い、など市場心理の地図。
- イベントプレミアム:決算など特定日にボラが集中する場合、周辺満期のIVが不自然に盛り上がる。
ボラアービの「アイデア」は、これらのどこに歪みがあるかを言語化することから始まります。言語化できない取引は、再現できず、改善もできません。
損益分解で理解する:デルタ、ガンマ、セータ、ベガが「収益源泉」
ボラアービの失敗パターンは、「IVが高いから売った」「低いから買った」だけで終わることです。IVは入口であり、損益はギリシャ文字(Greeks)の合成で出ます。最低限、次を押さえてください。
デルタ:方向リスク(株・為替の上げ下げ)
ボラアービで最も避けたいのが「結局、方向でやられる」状態です。デルタを意図的に中立(デルタニュートラル)に近づけることで、方向ではなくボラや歪みで勝負できます。
ガンマ:値動きへの感度(ヘッジで稼ぐ/削られる)
ガンマが大きいポジションは、値動きがあるほどデルタが変化します。デルタヘッジを繰り返すと、高く売って安く買うことになりやすく、これが「ガンマ・スキャルピング」と呼ばれる収益源泉になります。逆に、ガンマショート(オプション売り)は、急変動で一気に損失が拡大します。
セータ:時間経過(持っているだけで減る/増える)
オプション買いはセータ負けしやすく、売りはセータ取りになりやすい。ただし「セータ取り」は事故ると一撃で持っていかれるので、損失限定設計が必須です。
ベガ:IV変化(IVが上がると得/損)
IVが上がるとオプションの理論価格が上がる(ベガロングが有利)。IVが下がると逆。イベント前にIVが盛り上がり、イベント通過でIVが潰れる(IVクラッシュ)と、方向が当たっても負けることがあります。ここが初心者が一番つまずく点です。
個人投資家向け:現実的に狙える「歪み」のカタログ
機関投資家の本格ボラアービは、巨大なヘッジ頻度、低コスト、複数市場の裁定などが前提です。個人は土俵をずらします。狙い目は「市場の構造的な需給」で生まれる歪みです。
1)決算前の短期IV膨張と、決算後のIVクラッシュ
決算は、最も分かりやすいイベントプレミアムです。典型的には、決算直前の満期だけIVが跳ね上がり、通過後に急低下します。
初心者がやりがちな失敗は「決算で動くと思ってストラドル買い→確かに動いたのに負け」。これは、決算前にIVが盛られすぎていて、決算後にIVが潰れ、ベガ損がセータ/スプレッドと合算されて負けるためです。
実践フレームは次の通りです。
- 決算前:IVの水準が過去レンジの上側(例:過去1年の80パーセンタイル以上)かを確認。
- 決算後:過去の「実現変動(RV)」と、決算前に織り込んだ「期待変動(IV換算の予想レンジ)」を比較し、過剰なら次回以降は「売り側」検討。
- ただし個人は裸売りを避け、クレジットスプレッドやアイアンコンドル等で最大損失を固定する。
2)スキューの歪み:プットだけ異常に高い、コールだけ高い
指数では通常、プット側のIVが高い(下落ヘッジ需要)ため、スキューは「左肩上がり」になりやすいです。ところが、急騰局面ではコール需要が増えてコール側が盛り上がるなど、スキュー形状が崩れます。こういう局面は「相対価値」が出やすい。
たとえば、同一満期で25デルタ・リスクリバーサル(25ΔコールIV − 25ΔプットIV)を見ると、市場の偏りが数値化できます。極端に振れた状態は、その後の正規化(平均回帰)が起きやすい一方で、イベントでさらに極端化する場合もあるため、損失限定設計が必須です。
3)タームの段差:短期だけ高い/低い
短期が異様に高いのは「直近イベント」や「需給の偏り」のサインです。短期が高く長期が低いとき、短期の売りは魅力的に見えますが、急変動(ガンマショート事故)を食らいやすい。逆に短期が不自然に低いときは、イベントを市場が過小評価している可能性があります。
具体例で理解する:3つの定番戦略(損失限定設計)
戦略A:決算後IVクラッシュ狙いの「損失限定コンドル」
狙いは「決算後、IVが潰れてオプションが安くなる」ことと、「株価が一定レンジ内に収まる確率」に賭けることです。裸売りではなく、アイアンコンドルで最大損失を固定します。
手順(例)
- 決算直前〜当日に、決算跨ぎの満期でIVが高いことを確認。
- 「市場が織り込む予想レンジ」をATMストラドル価格などから概算(概算で十分)。
- そのレンジの外側に、コール・プットのクレジットスプレッドを組み、ネットクレジットを得る。
- 最大損失=スプレッド幅−受取クレジット。許容損失に合わせて枚数を調整。
勝ち筋は、決算で動いても「市場が織り込んだ範囲内」に収まり、かつIVクラッシュでプレミアムが急減することです。逆に、想定を超えるギャップや、レンジ逸脱が起きると負けます。だからこそ、スプレッド幅で損失を固定します。
戦略B:スキュー歪みの「リスクリバーサル(保守版)」
スキューが極端なとき、プットが異常に高い(恐怖が盛られすぎ)なら、プットを売ってコールを買うリスクリバーサルが教科書です。ただし裸プットは危険なので、個人は次の保守版にします。
- プットは「売り」ではなく、プットクレジットスプレッドにして最大損失を固定。
- コールは小さく買い、上方向のテールを取りにいく(テーマ相場で跳ねたときの保険)。
この形にすると、下落テールでの破滅を避けつつ、「スキューの正規化」と「上振れ」を同時に狙えます。収益の柱は、プット側の過剰プレミアム(高IV)をクレジットとして受け取ることです。
戦略C:IVが安い時期の「カレンダースプレッド」
IVが低いときは、オプション買いのコストが下がります。ただし短期オプションはセータ負けがきつい。そこで、カレンダースプレッド(短期を売り、長期を買う)を使います。
イメージは「近い満期の時間価値を回収しつつ、遠い満期のボラ上昇に備える」です。たとえば、イベントが来月にあるなら、イベントを含む満期を買い、手前の満期を売る。イベントでIVが上がれば、長期側のベガが効きます。
注意点は、相場が急騰・急落して短期側がITMに深く入り、調整が必要になること。とはいえ、裸売りよりは設計しやすく、個人が「ボラを買う」手段として現実的です。
期待値の作り方:IVが割高/割安を定量で判断する
「割高か割安か」は主観で言い出すと破綻します。最低限、次の定量を持つと判断が安定します。
1)IVのパーセンタイル(過去分布)
対象銘柄(または指数)のIVが、過去1年のどの位置にあるかを見ます。80〜90パーセンタイルなら「高い」、10〜20なら「低い」。これだけでも、決算前の過熱や、平常時の割安を見逃しにくくなります。
2)IV−RVスプレッド(ボラプレミアム)
過去20営業日などの実現ボラ(RV)を計算し、IVとの差(IV−RV)を見る。IVが恒常的にRVより高い市場は、構造的に「保険料」が乗っています。ただし、その保険料を取りにいくのは「事故リスク」込みです。だから損失限定設計が必要になります。
3)イベントの期待レンジと、過去の実績レンジ
決算などイベントで、ATMストラドル価格から「織り込みレンジ」を概算できます。そして、過去の決算で実際にどの程度ギャップしたか(実績)と比較します。織り込みが過去実績より大きすぎるなら「割高」、小さすぎるなら「割安」の可能性が上がります。
運用設計:個人が事故らないためのリスク管理テンプレ
ボラアービは、手法よりも運用が9割です。特にオプション売り系は、連勝しているときほど破滅の種が育ちます。以下をテンプレとして固定してください。
最大損失を「ポジション投入前」に確定する
スプレッド、コンドル、バタフライ等、最大損失が数式で確定する形にします。裸売りは避ける。例外は、十分な現金管理とヘッジオペレーションを持つ場合のみです(多くの個人には不要)。
ギャップ耐性:決算・指標・地政学を跨がない設計にする
イベントを狙うなら「跨ぐ」設計にする一方で、狙わないなら跨がない。中途半端が一番危険です。たとえば、短期のクレジットスプレッドは、イベントを跨ぐと急激に損益が悪化します。カレンダーやディアゴナルで「イベントを含む満期を買う」など、構造で耐性を持たせるべきです。
損切りルール:価格ではなく「ギリシャ」か「残存価値」で切る
オプションは価格だけで切ると、セータで減っているだけなのか、ベガで逆行しているのか、方向でやられているのかが見えません。例えば、クレジットスプレッドなら「受取クレジットの2倍で買い戻し」など、事前に機械的な撤退条件を決めます。
ポジションサイズ:1回で勝負しない
IVはレジーム(局面)で変わります。たまたま当たる時期と、全く噛み合わない時期が必ずあります。1回の最大損失が口座の数%に収まるように設計し、反復で期待値を積み上げます。
初心者がつまずくポイントと回避策
「動く=儲かる」ではない(IVクラッシュを理解する)
イベント前にIVが盛られ、イベント後に潰れる構造を知らないと、方向が当たっても負けます。まずは「IVは需要で決まる」ことを腹落ちさせてください。
バックテストが難しい問題:だから観察→小さく実戦→改善
ボラアービは、現物の単純な売買より、バックテストのハードルが上がります(オプション板データ、IV曲面、取引コスト、スリッページなど)。その代わり、観察指標(IVパーセンタイル、IV−RV、スキュー、ターム)を固定し、小さく実戦し、記録して改善する運用が向きます。
取引コストの罠:スプレッドと約定の癖を知る
オプションはスプレッドが広い銘柄があります。流動性が低いと、期待値がコストで消えます。指数や主要銘柄など、板が厚いところから始めるのが現実解です。
チェックリスト:エントリー前に必ず確認する10項目
- 対象の流動性(出来高、板の厚み、スプレッド)
- IVの位置(過去パーセンタイル)
- IV−RV(ボラプレミアムの方向)
- スキューの形(左右のどちらが盛られているか)
- タームの段差(短期だけ不自然に高い/低いか)
- 直近イベント(決算、指標、要人発言、政策)
- 最大損失(数値で確定しているか)
- 撤退条件(買い戻し条件、時間条件)
- ポジションサイズ(口座に対して過大でないか)
- 想定外シナリオ(ギャップ、ボラ急騰、流動性蒸発)
まとめ:ボラアービは「仕組み」を取りに行くゲーム
ボラティリティ・アービトラージは、値動きの当て物ではなく、オプションがどう値付けされるか、そしてその値付けがどんな需給で歪むかを取る戦略です。個人投資家が勝ち筋を作るには、(1) IVで見る、(2) 損益分解で理解する、(3) 最大損失を固定する、(4) 観察→小さく実戦→改善、の順で積み上げるのが最短です。
まずは、決算や重要指標など「イベントが見える場面」で、IVの膨張と収縮を観察してください。そこから、損失限定のスプレッド戦略で、小さく期待値を積み上げる——これが、個人にとっての現実的なボラアービです。


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