本記事では、キャリートレード(金利差を享受するポジション保有戦略)を、投資初心者でも実践できるレベルまで噛み砕いて解説します。キャリートレードは、為替レートの値動きに頼らず、通貨間の金利差に起因するスワップポイントをコツコツ蓄積していくアプローチです。長所は「方向性に賭けない収益源(キャリー)」を持てること、短所は「トレンド反転や急変動に弱い」ことです。本稿は仕組み、必要資金、損益分岐、実践手順、リスク管理、バックテスト設計、さらにMQL4のEAサンプルまでを網羅し、あなたが“自分で回せる戦略”を確立する助けになることを目的とします。
キャリートレードの基本:金利差(スワップ)の正体
通貨ペアは二つの通貨で構成され、売買は常に一方を買い、もう一方を売る行為です。各国通貨には政策金利を起点とした短期金利が存在し、金利の高い通貨を保有し、低い通貨を借りる(売る)ことで、理論上は金利差分の受取を期待できます。FXではこの金利差をスワップポイントとして日次で精算するのが一般的です。
例として、金利の高い通貨Aと低い通貨Bの組み合わせ(A/B)をロング(買い)すると、理論上は日々の受取スワップが発生します。逆に、金利の低い通貨を買って高い通貨を売ると、日々のスワップ支払いが発生します。ブローカーや日付(週跨ぎ)によりスワップ倍率や付与タイミングは異なるため、実務では取引条件票の確認が不可欠です。
キャリーの「期待値」を数字で理解する
日次スワップ(口座通貨建て)を S_d
、年間営業日数を D
(概ね250前後)、初期証拠金を M
とします。単純化した年率期待値は以下で近似できます。
年率キャリー期待値 ≒ (S_d × D) / M
月次ベースなら (S_d × 21) / M
程度で直感を掴めます。ここでのポイントは、同じスワップでも必要証拠金が大きいほど年率は下がるという資本効率の問題です。したがって、レバレッジとロットサイズ、想定ドローダウンを同時に設計しなければ、表面的なスワップの数字に惑わされます。
必要証拠金とロットサイズの設計
通貨ペアのレートを P
、1ロットあたりの名目(例:USD口座で100,000通貨)、レバレッジを L
とすると、必要証拠金の一次近似は以下です。
必要証拠金 ≒ (名目 × P) / L
実務では口座通貨・クロス変換・ヘッジ比率によって微修正が必要ですが、「証拠金が薄い=強制ロスカット発動リスクが高い」という原則は不変です。まずは想定最大含み損(ボラティリティ×保有期間)から逆算し、強制ロスカット水準(清算価格)までのバッファを十分に持たせたロットサイズを採用します。
損益分岐:キャリー vs. ドリフト(為替方向)
キャリーは日々積み上がりますが、為替レートの変動(ドリフト)が逆行すると、評価損によりキャリーを相殺・超過されることがあります。損益分岐の直感は「想定保有期間×1日あたりのキャリー」が「逆行ドリフト×ロットの損益感応度」を上回るかどうかです。これを月次でチェックし、『ドリフトに負けない水準で保有できているか』を定期的に検証します。
リスク管理の骨格:ボラティリティ、ドローダウン、破産確率
キャリートレードの破綻パターンは、金利差の縮小・反転とレート急変です。特に相場がリスクオフへ振れると、高金利通貨は一斉に売られやすく、キャリーでは埋めきれない下落が短期に発生します。よって、以下の管理が必須です。
① ボラティリティ連動のロット調整:過去20〜60日の年率ボラから1日当たりの想定変動(標準偏差)を計算し、変動×保有日数で最大逆行幅のストレスを置く。
② トレーリングストップ:含み益の一部を市場に返しながらも、急変時に資本を守る。
③ ヘッジ:同一ファクター(例:世界リスクオン/オフ)に対して、相関の弱い通貨や先物を組み合わせてデルタを落とす。
④ 破産確率の概算:資本 E
、1回のリスク量 r
、勝率 p
、損益比 R
を仮定し、近似的にリスク・オブ・ルインが小さくなるよう r
を設定。キャリー戦略では「勝率」より「ドローダウン耐性」の設計が肝。
具体例:AUD/JPYロングの資金・損益感応度(数値は仮定)
以下は説明用の仮定値です。実売買には各社の取引条件を確認してください。
前提:
・レート P = 100.00
(JPY)
・1ロット = 100,000 通貨
・レバレッジ L = 25
・日次スワップ受取 S_d = 900
円/ロット(仮定)
・想定保有期間 90 日、想定最大逆行 7.0%(年率ボラとドリフトから仮定)
必要証拠金の一次近似:
(100,000 × 100) / 25 = 400,000 円
90日でのキャリー累計:
900 × 90 = 81,000 円
レートが7%逆行(93.00)した場合の評価損:
100,000 × (100.00 − 93.00) = 700,000 円
この単純試算だけでも、キャリーは評価損に簡単に飲み込まれることがわかります。したがって実務では、ロットを絞り、複数通貨へ分散し、トレンドのフィルター(例:長期移動平均の上にいるときのみロング)を併用して、「キャリー+方向性」で期待値を押し上げるのが現実解です。
実践手順(初心者向けロードマップ)
STEP 1:通貨選定 — 金利差だけでなく、経常収支・コモディティ感応度・株式市場との相関などマクロ特性を把握します。
STEP 2:取引条件の確認 — スワップポイントの付与/支払、週跨ぎ倍率、最低ロット、スプレッド、ロールオーバー時間を確認します。
STEP 3:ポジション構築 — 長期移動平均(例:200EMA)より上にある時だけロング、下なら見送り。初回はロットを小さく。
STEP 4:リスク管理 — トレーリングストップ、最大保有日数、イベント(雇用統計・政策金利)の回避ルールを明文化します。
STEP 5:モニタリング — 月次で「キャリー実現額」「評価損益」「ボラ変化」をダッシュボード化し、レバレッジを微調整します。
STEP 6:見直し — 金利環境が変わったら前提を更新。必要に応じて通貨入替やヘッジ比率を再設計します。
イベント・流動性リスクへの備え
雇用統計、CPI、政策金利、地政学などのイベント時はスプレッド拡大・価格ギャップ・スリッページが起きやすく、ストップが飛ばされることがあります。対策は、①ポジション縮小、②ヘッジ導入、③重要指標の直前直後は新規を控えるの三本柱です。カレンダーに主要イベントをあらかじめ登録し、保有サイズを自動で落とすルール化が有効です。
バックテスト設計:キャリー戦略の評価軸
キャリー部分はブローカー依存のため、ヒストリカルなスワップ系列を取得できない場合は近似が必要です。代替として、『トレンド・フィルター+低頻度リバランス保有』で方向性ドリフトを補い、評価指標として以下を確認します。
・年率換算リターン(キャリー+価格変動)
・ボラティリティ、最大ドローダウン、Calmar比、シャープレシオ
・月次の打率(勝率)より「損益分布の歪み」— 大勝ちと大負けのバランス
・危機局面(リーマン、コロナ等)でのリスク耐性(ストレステスト)
MQL4(EA)サンプル:スワップ優位の方向のみ保有+簡易トレンド・フィルター
以下は学習用サンプルです。実運用前に必ずデモ検証し、各社仕様に合わせて改変してください。
//+------------------------------------------------------------------+
//| CarryTrade_RolloverEA.mq4
//| Educational sample (for demo/backtest)
//+------------------------------------------------------------------+
#property strict
input double RiskPerTrade = 0.01; // 口座残高に対する1回のリスク比率
input int StopLossPips = 300; // 想定の逆行幅(pips)
input int TrailStartPips = 200; // 利が乗り始める閾値(pips)
input int TrailStepPips = 50; // トレーリング刻み(pips)
input int MaPeriod = 200; // トレンドフィルター(EMA)
input int Magic = 20250914; // マジックナンバー
input bool TradeOnFriday = false; // 週跨ぎ回避(付与倍率はブローカーにより異なる)
datetime lastTradeDay = 0;
double PipValue()
{
double pip = (Digits == 3 || Digits == 5) ? 10*Point : Point;
return pip;
}
double LotsByRisk(int sl_pips)
{
double tickValue = MarketInfo(Symbol(), MODE_TICKVALUE);
double pipValue = tickValue * PipValue() / Point;
if(pipValue <= 0) pipValue = 1.0;
double riskMoney = AccountBalance() * RiskPerTrade;
double lots = riskMoney / (sl_pips * pipValue);
double minlot = MarketInfo(Symbol(), MODE_MINLOT);
double lotstep = MarketInfo(Symbol(), MODE_LOTSTEP);
lots = MathFloor(lots / lotstep) * lotstep;
if(lots < minlot) lots = minlot;
return NormalizeDouble(lots, 2);
}
bool TrendOK(int period)
{
int emaPeriod = period;
int shift = 0;
double ema = iMA(Symbol(), PERIOD_D1, emaPeriod, 0, MODE_EMA, PRICE_CLOSE, shift);
double price = iClose(Symbol(), PERIOD_D1, shift);
if(ema == 0) return true; // データ不足時は通す
return price > ema;
}
bool IsNewDay()
{
datetime currentD1 = iTime(Symbol(), PERIOD_D1, 0);
if(currentD1 != lastTradeDay)
{
lastTradeDay = currentD1;
return true;
}
return false;
}
void TrailPosition()
{
for(int i=OrdersTotal()-1; i>=0; i--)
{
if(!OrderSelect(i, SELECT_BY_POS, MODE_TRADES)) continue;
if(OrderMagicNumber() != Magic || OrderSymbol() != Symbol()) continue;
double pip = PipValue();
if(OrderType() == OP_BUY)
{
double profitPips = (Bid - OrderOpenPrice()) / pip;
if(profitPips >= TrailStartPips)
{
double newSL = Bid - TrailStepPips * pip;
if(OrderStopLoss() < newSL)
OrderModify(OrderTicket(), OrderOpenPrice(), newSL, OrderTakeProfit(), 0, clrNONE);
}
}
if(OrderType() == OP_SELL)
{
double profitPips = (OrderOpenPrice() - Ask) / pip;
if(profitPips >= TrailStartPips)
{
double newSL = Ask + TrailStepPips * pip;
if(OrderStopLoss() == 0 || OrderStopLoss() > newSL)
OrderModify(OrderTicket(), OrderOpenPrice(), newSL, OrderTakeProfit(), 0, clrNONE);
}
}
}
}
void OpenCarryPosition()
{
// 金利優位判定(ブローカー依存):スワップが受取になる方向のみ
double swapLong = MarketInfo(Symbol(), MODE_SWAPLONG);
double swapShort = MarketInfo(Symbol(), MODE_SWAPSHORT);
// 金曜回避
if(!TradeOnFriday)
{
if(TimeDayOfWeek(TimeCurrent()) == 5) return;
}
// 既存ポジションがあれば何もしない(単純化)
for(int i=0; i 0 && TrendOK(MaPeriod)) // 受取スワップ方向+トレンドOK
{
double sl = Bid - StopLossPips * pip;
OrderSend(Symbol(), OP_BUY, lot, Ask, slippage, sl, 0, "CarryBUY", Magic, 0, clrAqua);
}
else if(swapShort > 0 && !TrendOK(MaPeriod)) // 受取スワップがショート側で、トレンド下
{
double sl = Ask + StopLossPips * pip;
OrderSend(Symbol(), OP_SELL, lot, Bid, slippage, sl, 0, "CarrySELL", Magic, 0, clrTomato);
}
}
int OnInit(){ return(INIT_SUCCEEDED); }
int OnDeinit(){ return(0); }
int OnTick()
{
if(IsNewDay()) OpenCarryPosition();
TrailPosition();
return(0);
}
//+------------------------------------------------------------------+
ヘッジと分散:キャリーの“単因子”依存を下げる
高金利通貨はリスクオフに弱い—この単因子リスクを下げるには、①通貨分散(相関低い組合せ)、②先物・オプションでの下方ヘッジ、③現金同等物の比率上げの三位一体で対処します。ヘッジコストはキャリーを圧縮しますが、「破滅の回避」こそ最優先です。
ダッシュボード指標:運用後の“定点観測”
月次で少なくとも次を記録・可視化します。
・実現キャリー総額/月、未実現損益、純増(ネット)
・証拠金維持率、想定清算価格までの距離
・ボラ(20日・60日)、価格と200EMAの乖離率
・イベント前後のスリッページ/スプレッド拡大幅
よくある質問(初心者向け)
Q1. キャリートレードは「放置」でいいですか?
いいえ。金利環境と相場つきは変化します。最低でも月次で条件を見直し、イベント前はサイズ調整してください。
Q2. どの通貨が最強ですか?
単一の正解はありません。金利差だけでなく、マクロ特性・流動性・スプレッド・ボラを総合評価します。
Q3. どのくらいの期間保有しますか?
キャリー主体なら数週間〜数ヶ月。方向性が崩れたらルールに従って縮小・撤退します。
Q4. レバレッジは高いほど得ですか?
いいえ。キャリーはレバレッジで“見かけの年率”を上げられますが、清算リスクも指数関数的に増えます。過度なレバは禁物です。
まとめ
キャリートレードは「金利差×リスク管理」のシンプルな構造です。キャリーは遅く、破綻は速い。この非対称性を直視し、ロットを控えめに、分散とヘッジ、イベント管理、トレンド・フィルター、トレーリングを組み合わせれば、初心者でも運用可能な戦略へ落とし込めます。本稿の考え方とEAサンプルを出発点に、必ずデモと小ロットから検証を重ね、あなた自身の前提条件に合った“回る仕組み”を作ってください。
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