マーケットメイクの実践と裏側:個人投資家のための流動性の読み方と勝ち筋

FX

価格は「需給」と言われますが、実務では“流動性の壁(Liquidity Wall)”が短期の値動きを規定します。板(オーダーブック)のどこにどれだけの待機注文があるか、誰がそれを出しているのか、そして市場参加者の約定の急ぎ度(Urgency)がどれほどか。これらを調整しているのがマーケットメイカー(以下、MM)です。本稿では、MMの収益構造とリスク、取引所の設計、個人投資家が勝率と損益分布を改善するための具体策まで、網羅的に解説します。

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マーケットメイクとは何か

マーケットメイクは、常時の双方向気配(Bid/Ask)を提示し、スプレッド捕捉(Spread Capture)手数料リベートを主収益源とする戦略です。顧客の成行注文を受け止める代わりに、MMは在庫(ポジション)リスクと情報劣位リスク(アドバースセレクション)を負います。

収益の分解

  • スプレッド収入:提示したBid/Askの中間で在庫を回転し、片側または両側の約定で差益を積み上げます。
  • 手数料設計(Maker/Taker):多くの取引所は板提供(Maker)にリベート、流動性取り(Taker)に課金。MMは回転率を高めてリベートを積み上げます。
  • 在庫のマークトゥーマーケット(MtM):短期では在庫変動が損益に直撃。ヘッジやクォート調整でコントロールします。

主要リスク

  • アドバースセレクション:情報優位なオーダーに当たり、直後に価格が滑るリスク。ニュース直後やブレイクアウト直前に顕在化。
  • 在庫(インベントリ)リスク:片寄った約定で在庫が偏り、相場逆行で損失。クォートの歪みやヘッジで抑制。
  • レイテンシ/キュー順位:FIFO市場では先頭を確保できるかが約定率を左右。遅延はスプレッド収益の蒸発に直結。
  • ボラティリティジャンプ:イベントでスプレッドが急拡大・板が薄化。クォート撤退の判断が遅れると被弾。

取引所設計が価格に与える影響

同じ銘柄でも取引所や板ルールで“勝ち筋”は変わります。主な設計要素を押さえましょう。

  • ティックサイズ:最小価格刻みが大きいほどスプレッドは広がりやすく、MM収益は厚くなりやすい一方、Takerコストは上昇。
  • 優先順位:FIFO(先着順)かPro-Rata(按分)か。FIFOでは小口でも先頭の価値が大きい。Pro-Rataではサイズが重要。
  • 注文タイプ:Iceberg/Hidden/PO(Post Only)/FOK/IOCなど。見えない流動性が価格の“踏みどころ”を作る。
  • 手数料:Makerリベートが厚い市場は、板が厚く見えてもイベントで一気に引っ込むことがある(リベート狙いの見せ板の蒸発)。

スプレッドの本質:ミクロ価格と在庫傾斜

スプレッドは“手数料+在庫リスク+情報劣位リスク”の保険料です。MMはミクロ価格(Microprice)(Ask*BidSize + Bid*AskSize)/(BidSize+AskSize)を用い、板の厚みに応じて中心を推定し、クォートを調整します。板の非対称性(例:Bidが薄くAskが厚い)は、短期の価格ドリフトを示唆します。

アドバースセレクションの検知

  • 約定の非対称性:同価格帯で買い約定が連続→上方向の情報優位フローを示唆。
  • Best Bid/Ask の連続的撤退:片側の気配が連続で引くと、MMの在庫回避フラグ。
  • Imbalance 指標:Top of Book の数量バランスや、数段先の累積厚みの偏り。

個人投資家の勝ち筋:流動性を味方にする

MMそのものになる必要はありません。“どこで誰のリスクを引き取るか”を決め、相手のニーズに価格で勝つのがポイントです。

1) 成行多用を避け、限定的に使う

成行は最速だが最も高コスト。“急ぎ度”の高い場面(例:ニュース急変時の撤退、逆指値の発火)はやむを得ないが、平常時はPost Only(指値の板提供)パッシブ指値を基本にしてスプレッドの保険料を支払わない。

2) 発注アルゴの使い分け(VWAP/TWAP/POV)

  • TWAP:時間均等。相場観が弱いときの基準。
  • VWAP:出来高に連動。日中の出来高プロファイル(U字型)を踏まえ、寄り・引けの厚い時間帯に配分。
  • POV(参加率):出来高の一定割合で追随。板が薄い時はアルゴを止めて待つ「キルスイッチ」を用意。

3) 板の“空洞”を避ける

Bestから数ティック先まで厚みがない“空洞ゾーン”でのエントリーは、わずかな成行で大きく滑る危険地帯。「厚みが続く方向に寄せて」置き、空洞側へは撤退シナリオを明確に。

4) 時間帯別の流動性習性

  • 寄り(株式)/ロンドン仲値(FX)/経済指標直後:板が動的に入れ替わる。クォート撤退が早く、成行は特に滑りやすい。
  • ランチタイム(低流動時間):板は薄く、わずかなフローで価格が動く。ポジションサイズを落とす。
  • 引け(株式)/NYクローズ前(FX・暗号資産):出来高集中でVWAP執行に有利。ただしオークション特有の跳ねに注意。

実践:3つの“有利約定”ルール

  1. パッシブ優先:可能な限りPost Onlyで提示→約定しなければ微調整。成行は撤退専用。
  2. Imbalanceを味方に:Top of Bookと数段先の厚みが同方向に偏る時だけ積極的に提示。
  3. キュー順位の維持:同値の板が厚い場合、先頭を確保するために小ロットで“キープ・アライブ”更新。

ケーススタディ①:USD/JPYの仲値時間

東京時間10:00前後は実需フローの偏りが出やすい時間帯。例として、9:55〜10:05にかけてBest Ask側の厚みが断続的に撤退し、買い成行の連打が入る局面では、Bid側へのパッシブ提示に徹し、指値→約定→即時1〜2ティック利確の回転を狙う。逆に空洞ができたら提示を一時中止して様子見に切り替える。

ケーススタディ②:BTC-PERPの週次リバランス

暗号資産の永続先物(PERP)は、金曜や四半期ロール時に板の歪みが現れやすい。Fundingが高いときはロングのUrgencyが上がり、Askの引っ込みが早い。PO(Post Only)+微調整でスプレッドを取りにいくが、イベント5分前からは提示サイズを1/3に落とし、在庫の中立を最優先。

ミクロ指標の実装(簡易版)

以下は、板の不均衡とキュー順位を簡易にスコア化して、指値の出し入れを制御する擬似ロジックです(学習用)。

// 疑似コード(戦略の概念例)
if (spread >= 2*tick && topBookImbalance in favor) {
    postOnlyBid(size=unit);
    if (queuePosition worsens) { refresh small to keep FIFO head; }
}
if (microprice moves against && hidden liquidity detected) {
    cancelQuotes();
}
if (eventRiskWithin(5min)) { reduceSize(to 33%); neutralizeInventory(); }

リスク管理:在庫とドローダウンの制御

  • 在庫バリア:最大在庫を日中の想定σ(ボラ)から逆算。MaxInv ≒ k * (日中ATR/ティック値幅)
  • 連敗ストップ:連続n回のアドバース当たりで自動休止(例:3連敗で30分停止)。
  • トレーリング決済:平均取得値からの乖離に応じて利確指値を追従。
  • イベント・キルスイッチ:重要指標、要人発言、ロール直前は提示サイズ縮小か一時撤退。

“勝てる発注”のためのチェックリスト

  • 成行は撤退専用。エントリーはPost Onlyが基本。
  • 板の空洞を避け、厚みの“帯”の側で提示する。
  • 時間帯のクセを利用(寄り/引け/仲値/イベント)。
  • Imbalanceとミクロ価格の方向が一致する時にのみ積極化。
  • 在庫リミットと連敗ストップは機械的に。

発注実務:ブローカー/取引所の選定ポイント

  • 手数料と約定品質の実績:明示的手数料だけでなく、実質スプレッド(Quoted vs. Realized)。
  • 注文タイプの対応:PO/IOC/FOK/Iceberg/Hidden/Stop-Limit等の有無。
  • マーケットデータの粒度:Top of BookだけでなくDepth、約定フラグ(Aggressor/Taker)、レイテンシ表記。
  • 清算(マージン)仕様:先物・暗号資産では清算価格の計算式と保険基金の透明性。

長期投資家のための応用:コストの恒常的削減

マーケットメイクの理解は短期だけの話ではありません。長期投資家でも、入出の際にVWAP/TWAP/POVを使い分け、“平均コストのノイズ”を削るだけで、複利に大きく効きます。指数投資の積立も、薄い時間帯の成行を避ける工夫で改善可能です。

よくある誤解

  • 「MMは常に逆張り」:在庫回避のため、トレンド方向にクォートをシフトすることも多い。
  • 「板が厚い=安全」:イベントで見せ板が蒸発することは珍しくない。約定フラグと撤退速度を観察。
  • 「成行はプロ向け」:撤退専用としては合理的だが、日常的なエントリーでの多用は期待値を毀損。

まとめ:流動性の“使い方”がエッジになる

短期の価格はフローで動く。流動性の読み方・置き方・引き方を整えるだけで、同じ相場観でも結果は変わります。発注の作法を設計し、キュー順位と板の空洞を把握し、イベントでは在庫を軽くする。これらはすべて、再現性のある“技術”です。

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