この戦略の狙い
狙いはシンプルです。為替の追い風・向かい風に機械的に対応し、長期の複利運用を阻害する過度なドローダウンと心理的ストレスを軽減すること。タイミング投資ではなく、定量ルールでヘッジ比率(0〜100%)を淡々と動かすことに主眼があります。
前提知識:為替リスクとヘッジの基本
ヘッジなしの円建てリターン
近似的に、円建ての月次リターンは「外貨建て指数のリターン」+「為替変動率」で表せます。例:ある月にS&P500が+8%、ドル円が+10%(円安)なら、円建ては概ね+18%に近づきます。
ヘッジありの円建てリターン
為替変動は相殺される一方、一般にヘッジコスト(主に金利差)がかかります。近似式は「外貨建て指数のリターン」−「ヘッジコスト」。例:S&P500+8%、ヘッジコストが年率1%なら、月次では概ね+8%−約0.08%に相当します。
可変比率ミックス
ヘッジなし(U)とヘッジあり(H)を比率wで混ぜた円建てリターンは、(1−w)×U + w×Hで表せます。円安時はUが効き、円高時はHが効くため、為替サイクルに応じてwを調整すれば、ボラ低減と平準化が期待できます。
使う指標(いずれか1つでも可・併用推奨)
- ドル円の200日移動平均からの乖離(Zスコア):
Z = (終値 − SMA200)/(過去200日の標準偏差)。
円安が加速(Z > 1)ならヘッジ比率↑、円高が加速(Z < −1)ならヘッジ比率↓。 - 実質実効為替レート(REER)のパーセンタイル:
過去10年で円が相対的に弱い領域(例えば下位20%)ではヘッジ比率高め、強い領域(上位20%)では低め。 - 米日短期金利差(例:2年):
金利差拡大はヘッジコスト上昇の示唆。コストが高止まりする局面はヘッジ比率を抑え気味に。 
全てを難しく計測する必要はありません。まずは①のZスコアだけで十分に運用可能です。
ルール設計:ヘッジ比率の決め方(例)
以下はZスコア単独で回す初級ルールの一例です(毎月末に判定・翌月の積立比率に反映)。
| Zスコア | 判定 | 翌月のヘッジ比率 w(Hの割合) | 
|---|---|---|
| Z > +1.0 | 円安加速(為替追い風は既に享受) | 70% | 
| −1.0 ≦ Z ≦ +1.0 | レンジ | 40% | 
| Z < −1.0 | 円高加速(為替向かい風) | 10% | 
この3段階方式はシンプルでミスが少ないのが利点です。慣れてきたら、REERや金利差を加えて合成スコア(例:Z×0.6+REERパーセンタイル×0.3+金利差シグナル×0.1)で連続的にwを決めても構いません。
実装:ファンドの組み合わせ方
同一指数のヘッジあり・なしを用意します。例:S&P500なら「S&P500(為替ヘッジなし)」と「S&P500(為替ヘッジあり)」、全世界株なら同様のヘッジあり/なし商品。投資信託でもETFでも構いません(信託報酬や売買コストは事前に比較)。
- 月の積立額を決める(例:50,000円)。
 - 当月の
wをルールで決める(例:Z=+1.2 → w=70%)。 - ヘッジありに
50,000×0.7=35,000円、ヘッジなしに15,000円を積み立て。 - 四半期または年1回、全体の市場価値でヘッジあり/なしの保有比率が大きくズレていないか点検し、ズレが大きければ新規積立で補正。
 
数値イメージ:ミックスの効き方
ある月:S&P500が+8%、ドル円+10%(円安)、ヘッジコスト年率1%(月約0.08%)とします。
- ヘッジなし(U) ≈ +18%(= 8% + 10%)
 - ヘッジあり(H) ≈ +7.92%(= 8% − 0.08%)
 - ミックス(w=40%) ≈ 0.6×18% + 0.4×7.92% = 13.57%
 
別の月:S&P500 −5%、ドル円 −8%(円高)。
- ヘッジなし(U) ≈ −13%
 - ヘッジあり(H) ≈ −5.08%(= −5% − 0.08%)
 - ミックス(w=70%) ≈ 0.3×(−13%) + 0.7×(−5.08%) = −7.45%
 
このように、円安局面ではU、円高局面ではHが効き、ミックスはドローダウンの角度を緩めます。
積立設定の実務フロー(証券口座の一般的な手順)
- 対象指数を決める(S&P500、全世界株など)。
 - 同指数のヘッジあり/なし商品を確認する(投資信託 or ETF)。
 - 毎月末の判定日にZスコアをチェック(チャートアプリでSMA200・標準偏差を計算)。
 - 翌月の積立比率(H:U)を設定(例:70:30)。
 - 四半期に一度、保有額ベースのH:Uがルール比率から大きく逸脱していないか確認。
 
新NISAとの組み合わせ
- つみたて投資枠:ヘッジあり/なしの投資信託を組み合わせるのが手軽。
 - 成長投資枠:ETFを使う場合はこちら。月次で枚数を調整する運用でも非課税枠内なら売却益課税は発生しません。
 - 枠を使い切った場合は課税口座での追加積立も検討。売却・乗換が必要なら税コストも必ず計算。
 
よくあるつまずき
- 商品名の混同:同じ指数でも「為替ヘッジあり/なし」「インデックス/アクティブ」で全く性格が異なる。目論見書と交付目論見書を必ず確認。
 - コストの見落とし:信託報酬、実質コスト、ETFの売買手数料・スプレッド、ヘッジコスト。長期では小さな差が効く。
 - ルールの未固定:Zの閾値、見直し日、ヘッジ上限/下限を紙に固定。裁量は極小化。
 - 比率の崩れ:積立だけで補正できないほどズレたら、新規資金で埋めるか、非課税枠の範囲で機械的に入替。
 
拡張:2ファクターモデルでの比率決定
為替(USD/JPY)Zと金利差シグナルの2変数でヘッジ比率を決める簡易回帰の例:
w_t = clip( 0.5 + 0.25×Z_t − 0.25×RateDiff_t , 0.1, 0.9 )
ここでRateDiff_tは金利差の標準化値(平均0、標準偏差1)。clipで10〜90%に制限。
複雑にしすぎないことがコツです。
チェックリスト(毎月末5分)
- ドル円のSMA200・Zを更新(アプリで自動化可)。
 - 来月のH:Uを決定(70:30 / 40:60 / 10:90)。
 - 積立注文を修正(投資信託は金額、ETFは枚数)。
 - つみたて枠・成長投資枠の残量を確認。
 
リスクと限界
- ヘッジコストが高い期間にヘッジ比率が高いと、リターンの頭が押さえられる。
 - 為替と株の相関は固定ではない。特にショック局面では関係性が変化しうる。
 - 商品によってはヘッジの運用手法やタイミングに差があり、指数と乖離が出る場合がある。
 
具体的な一ヶ月の運用例
前月末判定でZ=+1.3(円安方向)。積立額は50,000円。
- 今月のH:U = 70:30 を採用。
 - ヘッジあり投資信託に35,000円、ヘッジなしに15,000円を積立設定。
 - 評価額の偏りが酷い場合は、次回の積立で補正(例:翌月はH:Uを60:40に一時調整)。
 
スプレッドシートでの管理テンプレ
- 列A:日付(月末)、列B:ドル円終値、列C:SMA200、列D:標準偏差、列E:Z。
 - 列F:当月のH比率w、列G:積立額、列H:H金額、列I:U金額。
 - 列J〜:保有額の推移とH:U比率、年1回の補正記録。
 
まとめ
「ヘッジあり/なしを定量ルールで配分するだけ」で、円建てのブレは目に見えて落ち着きます。Zスコア一本から始め、REERや金利差で精度を高めても良いでしょう。大事なのは、毎月末に決めた比率をそのまま実行し、裁量を挟まないこと。長期積立の王道に、シンプルな為替コントロールを一枚重ねるイメージです。
  
  
  
  

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