- 社会融資総量(TSF)とは何か:まず「銀行貸出」だけでは中国の信用拡張を測れない
- 投資家が見るべきは「水位」ではなく「増減の勢い」:TSFフローとクレジットインパルス
- TSFの中身を分解する:同じ「増加」でも市場に効く刺激と効かない刺激がある
- 景気刺激策の「実効性」をTSFで判定する3段階フレーム
- TSFと市場のタイムラグ:最も使いやすいのは「コモディティ→中国株→周辺国通貨」
- 初心者が迷わない「TSFトレード」の型:月次で回すチェックリスト
- 具体例:TSFが強いのに景気が伸びないケースをどう扱うか
- TSFを「先読み指標」に変える:クレジットインパルス×在庫循環×人民元の三点セット
- 銘柄・通貨・暗号資産への落とし込み:TSFから具体的に何を触るか
- よくある失敗と回避策:TSFを「当たる占い」にしない
- まとめ:TSFを“月次の投資会議”に組み込み、波及の筋が見えた時だけ張る
社会融資総量(TSF)とは何か:まず「銀行貸出」だけでは中国の信用拡張を測れない
社会融資総量(Total Social Financing, TSF)は、中国で実体経済に流れ込む資金(信用)の総量を、銀行貸出だけでなく「社債」「株式・債券の発行」「信託・委託融資」「受け入れ手形」「オフバランスの信用」などを含めて把握するための総合指標です。中国は景気対策を打つ際、伝統的な銀行貸出だけでなく、政策銀行や地方政府系の資金ルート、社債市場、影の銀行(信託など)を通じて信用供給が動きます。したがって「銀行貸出の増減」だけを見ていると、刺激策が実際にどれだけ実体経済へ届いたか(または届いていないか)を誤認します。
投資におけるTSFの核心は、「中国の信用サイクルの立ち上がり・失速を、統計として早めに掴む」点です。中国は世界の製造業サプライチェーンとコモディティ需要の要であり、TSFの変調は時間差で、銅・鉄鉱石・原油・海運・機械、さらに新興国通貨や株式指数へ波及します。つまりTSFは「中国単体の景気指標」ではなく、グローバルのリスク資産に影響する“上流の蛇口”です。
投資家が見るべきは「水位」ではなく「増減の勢い」:TSFフローとクレジットインパルス
TSFには大きく2つの見方があります。
(1)フロー(当月のTSF増加額):その月にどれだけ信用が新規に供給されたか。ニュースで「TSFが市場予想を上回った/下回った」と報じられるのは主にこのフローです。
(2)クレジットインパルス(信用の加速度):単純化すると「TSF(フロー)の前年差の変化」や「TSFフローのGDP比の前年差」など、信用供給が加速しているか減速しているかを測ります。投資に効きやすいのは多くの場合こちらです。理由は簡単で、マーケットは水位(残高)よりも変化率とその変化に反応するからです。
例として、同じTSFが「3兆元」でも、前年同月が「2兆元」なら加速局面、前年同月が「4兆元」なら減速局面です。企業や家計は「信用が出るかどうか」だけでなく「信用が前より出やすくなったか」で行動を変えます。したがって景気の転換点を狙うなら、TSFの“絶対値”よりも“方向と勢い”を優先して読みます。
TSFの中身を分解する:同じ「増加」でも市場に効く刺激と効かない刺激がある
TSFは総合指標なので、合計だけを見て「刺激が効く」と断定すると危険です。投資家は最低限、以下の観点で“質”をチェックします。
1) RMB建て銀行貸出(人民元貸出):もっとも王道の信用。製造業や民間企業に回りやすい局面では景気に素直に効きますが、当局が不動産抑制を強める局面では貸出があっても実体の強さに直結しにくい。
2) 社債(企業債):企業が市場から資金調達できているか。信用不安がある局面では社債発行が鈍り、利回りが上がりやすい。社債が伸びる局面は、株式のリスク選好が改善しやすい土台になります。
3) 地方政府特別債(※TSFに直接入らない分類もあるため統計の扱いに注意):インフラ投資に直結しやすい。コモディティ(鉄鉱石、銅、セメント)や建設機械に波及しやすい一方、民間消費に波及するには時間がかかることが多い。
4) 信託融資・委託融資・未割引手形など:影の銀行色が強い部分。ここが急増している場合は「規制が緩んだ/抜け道が増えた」可能性があり、景気を押し上げる反面、後で引き締めが来て逆回転しやすい。短期トレードでは材料になりやすいが、長期ではボラティリティ源にもなります。
投資判断に落とすコツは、合計の強弱を確認した後に「何が伸びたのか」を2〜3項目だけ掴むことです。全部を完璧に追う必要はありません。重要なのは、伸びの主体が民間の信用需要なのか、政策主導の“押し出し”なのかを見分けることです。
景気刺激策の「実効性」をTSFで判定する3段階フレーム
ここからが実践です。TSFを見て「刺激が効いた/効かなかった」を評価するには、次の3段階で考えるとブレません。
第1段階:信用供給(TSF)が増えたか
当局が利下げ、預金準備率(RRR)引き下げ、窓口指導、政策銀行の融資枠などで“供給側”を動かしても、TSFが増えなければ実体には流れていません。まずはフローの増加と、前年比(または前年差)で加速が出たかを確認します。
第2段階:信用需要(借り手)が乗ったか
TSFが増えても、借り手が「借りて投資・消費する」状態でなければ経済は回りません。ここで見るべきは、民間セクターに近い項目(人民元貸出、企業債)と、不動産関連の指標(住宅販売、価格、デベロッパー資金繰りなど)です。不動産が止まっていると、信用が増えても“穴埋め”に消えて乗数効果が弱くなります。
第3段階:波及(市場が反応する形で出たか)
TSFの改善が本物なら、時間差で「工業生産」「PMI新規受注」「輸入(特に資源)」「クレジットスプレッド」「株式の利益見通し」などに波及します。波及が弱い場合、当局の刺激は“延命”に留まり、リスク資産の上昇も短命になりやすい。
この3段階で見ると、ニュースでありがちな「TSFが強い=中国景気は回復」といった単純化を避けられます。投資家に必要なのは、景気のレッテル貼りではなく、どの資産に、どの時間軸で効くのかという設計図です。
TSFと市場のタイムラグ:最も使いやすいのは「コモディティ→中国株→周辺国通貨」
一般に、TSFの改善(クレジットインパルスの上向き)は、数か月のラグを伴って実体指標へ波及し、その前後で市場が織り込みを始めます。ラグは局面によりブレますが、投資実務としては次の順番を意識すると扱いやすいです。
1) コモディティ(銅・鉄鉱石など):先行しやすい。理由は、中国のインフラ・不動産・製造業の信用環境が改善すると、在庫積み増しや原材料調達が先に動くためです。特に銅は電力・建設・製造に広く絡み、TSFの変化を映しやすい。
2) 中国株(特に景気敏感・金融):次に反応しやすい。信用が出る局面では金融(銀行・証券)にプラスになりやすい一方、当局の規制・政策方針で業種の勝敗が分かれるため、指数だけでなくセクターを意識します。
3) 周辺国通貨・株(豪ドル、韓国、資源国など):最後に波及しやすい。中国需要が強いと資源国や部材供給国が恩恵を受けるためです。
つまり、TSFを材料にするなら「中国統計を見てから買う」のではなく、TSFの加速を見て“先に”コモディティや関連通貨の地合い変化を拾うのが基本戦略になります。
初心者が迷わない「TSFトレード」の型:月次で回すチェックリスト
TSFは月次データなので、日足のテクニカルのように頻繁には売買しません。むしろ月1回、データ更新のたびに判断を積み上げる運用が向きます。以下は、初心者でも再現しやすい型です。
ステップ1:発表の“結果”ではなく“方向”だけ決める
当月フローが強い/弱いというニュースは短期材料ですが、あなたが欲しいのは「信用サイクルが上向いたか下向いたか」です。そこで、まずは次の2点だけを判断します。
・TSFフローの前年比がプラス方向に加速したか(前年差が改善したか)
・直近3か月の平均で見ても上向きか(単月のブレをならす)
ステップ2:伸びた項目を2つだけ特定する
合計が強くても、伸びの中身が「手形」や「信託」中心なら“持続性が弱い”可能性があります。逆に「人民元貸出」「企業債」が伸びていれば、民間の信用需要が戻っているサインになりやすい。ここは2項目だけで十分です。
ステップ3:ポジションは“関連資産”で取る
中国株を直接触らなくても、波及を取りに行けます。例:
・信用加速が明確:銅(先物、関連ETF、資源株)、鉄鉱石、海運、豪ドル/米ドル(または豪ドル/円)
・信用減速が明確:資源株の利確、豪ドルの戻り売り、リスク資産のエクスポージャー縮小
ステップ4:損切りは“TSF”ではなく“価格”でやる
TSFは月次なので、途中で方針転換が起きてもデータに反映されるまで時間がかかります。したがって損切りは「シナリオ否定の価格(サポート割れ等)」で機械的に行い、TSFは“環境認識”に徹します。
具体例:TSFが強いのに景気が伸びないケースをどう扱うか
投資で一番やられるのは「TSFは強い=上がるはず」と思って粘り、相場が逆に動いて損失を拡大するパターンです。そこで、TSFが強くても景気が伸びにくい代表例を押さえます。
ケースA:信用が“借り換え・延命”に消える
不動産企業や地方政府系が、既存債務の借り換えに信用を使うと、TSFは増えても新しい投資や雇用には繋がりません。この場合、コモディティは一瞬反応しても伸びが続かず、株も上値が重くなりがちです。対処法は、TSFと同時に「不動産販売・価格」「デベロッパーの資金繰り」「地方政府の財政圧力」を眺め、波及の弱さを前提にポジションサイズを落とすことです。
ケースB:当局が“刺激と規制”を同時に行う
中国は景気テコ入れをしながら、特定セクター(不動産、プラットフォーム、金融レバレッジ)を抑制することがあります。TSFが改善しても、株式の評価は政策リスクで抑えられます。この場合は、指数全体よりも「政策の追い風がある領域(例:高付加価値製造、再エネ、インフラ関連)」へ寄せる方が合理的です。
ケースC:外需が逆風で、内需刺激が相殺される
米国や欧州の需要が鈍いと、中国は輸出で稼げず、信用が出ても在庫調整が優先されて波及が遅れます。ここでは、コモディティの上昇が“在庫補充の短期”で終わることが多いので、トレードは短めの利確ルールを持つのが現実的です。
TSFを「先読み指標」に変える:クレジットインパルス×在庫循環×人民元の三点セット
オリジナリティのある運用として、TSFを単体で見ず、3点セットで“先読み”の精度を上げる方法を提示します。難しそうに見えますが、やることはシンプルです。
1) クレジットインパルス(TSFの加速/減速):信用サイクルの向き。
2) 在庫循環(PMIの在庫・新規受注、または企業在庫統計):企業が作りすぎ/作らなさすぎのどちらにいるか。
3) 人民元(CNY/CNH)の地合い:資本フローと当局の許容度。信用が増えても通貨安が強いとリスク資産は上がりにくい。
使い方は「2勝1敗ならGO、1勝2敗なら様子見」です。例えば、TSFが加速(勝ち)でも、在庫が積み上がり(負け)、人民元が下落基調(負け)なら、上昇は短命と判断して“深追いしない”。逆にTSF加速(勝ち)+在庫が底打ち(勝ち)+人民元が安定(勝ち)なら、コモディティや資源株のトレンドが伸びる可能性が上がります。
銘柄・通貨・暗号資産への落とし込み:TSFから具体的に何を触るか
TSFを見て「じゃあ何を買う(売る)のか」が最重要です。ここでは、一般論を避けて“実務で迷いにくい候補”を整理します。
コモディティ(短〜中期)
・銅:TSF加速の初動を拾いやすい。エントリーはブレイクアウトでも押し目でもよいが、利確は早めにルール化。
・鉄鉱石:インフラ・建設寄り。政策主導の刺激に反応しやすいが、当局が投機を締めると急落もある。
・原油:TSFだけでは弱い。地政学やOPEC要因が強いため、TSFは補助材料に留める。
FX(中期)
・豪ドル:対中国感応度が高く、TSFが改善すると地合いが良くなりやすい。豪ドル/円はリスク選好の温度計としても使える。
・人民元:当局管理が強いので方向性が読みづらいが、「急な元安」はリスクオフの警報として非常に有用。TSFが強いのに元安が止まらない場合は、刺激の効きが弱いサインとして扱う。
株式(中期〜)
・資源株、海運、建機:TSFの波及を取りに行く王道。ただし“政策の手のひら返し”があるので、マクロだけで長期保有せず、需給とチャートの撤退線を必ず置く。
・中国関連のサプライチェーン銘柄:日本株でも中国需要の影響は出る。決算で中国比率が明確な企業を選び、TSF改善の局面で相対的に強いものに絞る。
暗号資産(補助)
暗号資産は中国の信用よりも米ドル流動性の影響が大きいことが多いですが、リスク選好が世界的に改善する局面では連れ高になりやすい。TSFが“世界景気の底打ち”と整合的に改善し、かつ米国の金融環境が悪化していないなら、暗号資産の押し目が機能しやすい、という程度の扱いが現実的です。
よくある失敗と回避策:TSFを「当たる占い」にしない
失敗1:単月の結果で振り回される
TSFは季節性が強く、旧正月の影響も大きい。単月の強弱で売買すると往復ビンタになります。回避策は「3か月平均」「前年比の方向」を軸にすること。
失敗2:TSFが強いのに“市場が上がらない”理由を考えない
市場は常に複数要因で動く。中国信用が改善しても、米金利上昇や地政学リスクで相殺されることは普通にあります。回避策は、TSFを“唯一の根拠”にせず、ポジションのリスク量を管理すること。
失敗3:触る商品がズレている
TSFはインフラ・製造に効きやすい一方、ハイテク成長株のバリュエーションは米金利の方が支配的なことが多い。回避策は「TSFの受益者は何か」を先に決め、関連性が薄い資産で勝負しないこと。
まとめ:TSFを“月次の投資会議”に組み込み、波及の筋が見えた時だけ張る
社会融資総量(TSF)は、中国の景気刺激策が実体経済へ届いたかどうかを、銀行貸出だけでは見えない形で可視化する有力な材料です。投資では、TSFの絶対値よりも「加速/減速(クレジットインパルス)」に注目し、合計→中身→波及の順で評価することで、ノイズを減らして意思決定できます。
運用の要点は3つです。
・月次で、方向(上向き/下向き)を定点観測する
・中身の“質”を2項目だけ確認し、持続性を見立てる
・直接の中国株より、まず波及しやすい資産(銅、資源株、豪ドルなど)で取りに行く
この型を守れば、TSFは「当たる占い」ではなく、相場環境を定義するための実務ツールになります。月1回のルーティンとして淡々と回し、波及の筋が見えたときだけ、リスクを取っていく。その積み上げが、初心者でも再現できる“勝ちやすい形”です。


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