株式市場の暴落は「突然」起きるように見えます。しかし、資金のプロが最初に逃げる場所は、実は株ではなく信用(クレジット)であることが多いです。企業の資金調達環境が悪化すると、銀行融資や社債発行が詰まり、利益や投資が萎み、最後に株価が折れます。
この「信用の温度計」が信用スプレッドです。専門家向けに見える指標ですが、個人投資家でも十分に使えます。むしろ、ニュースやSNSの雰囲気よりよほど客観的で、感情に流されない判断材料になります。
本記事は、信用スプレッドを「景気後退の予言」みたいに神格化するのではなく、資産配分とリスク量を調整する実務的な計器として使う方法を、ゼロから解説します。
信用スプレッドとは何か:たった1行で理解する
信用スプレッドは、ざっくり言うと「企業に貸すときに上乗せされる保険料」です。計算はシンプルです。
(同じ期間の社債利回り)-(国債利回り)=信用スプレッド
国債は「返済される前提」に近く、社債は「倒産や格下げのリスク」がある。だから社債は国債より利回りが高く、その差がスプレッドになります。
つまり信用スプレッドが広がる(拡大する)=市場が「企業は危ない、貸し倒れが増える」と警戒している、という意味です。
なぜ信用スプレッドが株式の危険信号になるのか
株式は「最後尾」です。企業が崩れそうなとき、損失を先に被る順番はだいたいこうなります。
株主(最もリスクが高い)→劣後債→普通社債→銀行融資
しかし市場の行動は逆で、まずプロは「信用リスクの棚」を整理し、次に株を処分します。理由は単純で、信用市場は企業の資金繰りやデフォルト確率に直結し、株より先に異変が出やすいからです。
信用スプレッドが拡大しているのに株だけが強い局面は、「株はまだ現実を織り込んでいない」可能性があります。ここで「株が上がっているから安心」と思うと、天井を踏みやすい。信用スプレッドは、その錯覚を冷やしてくれる指標です。
見るべき信用スプレッドは3つだけ
1. ハイイールド(HY)スプレッド:最重要の警戒灯
ハイイールド債は格付けが低く、景気悪化で最初に傷みます。だからHYスプレッドは、株式のリスク環境を測る上で最重要です。
初心者は「HYスプレッドが上がった=すぐ暴落」と短絡しがちですが、正しい使い方は上昇の速度と持続を見ることです。短期のノイズではなく、数週間~数か月のトレンドとして拡大しているなら、資産配分のリスクを落とす価値があります。
2. 投資適格(IG)スプレッド:景気の「地盤」の変化を見る
IGは優良企業が多く、HYほど荒れません。その分、IGスプレッドの拡大は「信用不安が優良企業にまで波及してきた」サインになり得ます。HYが先に壊れ、IGが追いかける。これはよくあるパターンです。
3. 金融機関のストレス指標:信用の“配管詰まり”を疑う
信用不安は企業だけでなく、金融機関のバランスシート問題にも波及します。金融システムのストレスが高いと、信用供給が細り、株式のバリュエーションも圧縮されやすくなります。
個人投資家は細かい指標を追いかける必要はありません。要点は「信用の配管が詰まっていないか」です。HYが荒れ、IGも荒れ、銀行関連のストレスが上がるなら、株式100%で戦う局面ではありません。
信用スプレッドの読み方:絶対水準ではなく「変化」を追う
よくある失敗は、スプレッドの絶対値だけで「高い」「低い」を判断することです。市場の構造は時代で変わるため、過去の平均と単純比較しても精度は落ちます。
実務的には、以下の3点だけ押さえれば十分です。
(A)拡大のスピード:急拡大は“事故”の匂い
数日~数週間で急に拡大するなら、どこかにレバレッジの巻き戻しや流動性の枯渇が起きています。ここは「当てに行く」よりも「守りに回る」判断が合理的です。
(B)拡大の持続:長引くほど株の上値は重くなる
信用スプレッドの拡大が一過性で終わらず、数か月単位で続くと、企業の資金調達コストが上がり、利益率や投資活動に遅れて効いてきます。株価指数はすぐには崩れないことがありますが、勝ちやすい相場ではなくなるのがポイントです。
(C)HYとIGの関係:HYだけ荒れているのか、IGにも波及したのか
HYだけ荒れているときは「投機的な部分の調整」にとどまる場合があります。しかしIGまでじわじわ拡大するなら、信用不安が“本丸”に近づいています。資産配分を変える判断材料としては、後者のほうが強いです。
具体例:信用スプレッドを“運用ルール”に落とす方法
ここからが本題です。信用スプレッドを「知識」で終わらせず、投資行動に変換します。おすすめは、以下のように3段階の警戒レベルで運用することです。
レベル1:平常(スプレッドが低位で安定)
株式比率を高めに置きやすい局面です。重要なのは、ここで無理に細かい予測をしないことです。市場環境が穏やかなときは、分散された株式やインデックスの期待値が素直に出やすいです。
レベル2:警戒(HYが拡大トレンド、IGは横ばい~小幅拡大)
この局面でやるべきことは「全部売る」ではありません。リスクの偏りを削るのが合理的です。例えば以下のような調整です。
成長株や小型株など、リスクが高い部分の比率を落とす。現金比率を少し上げる。債券のデュレーションを短めにする。こういう「小さな守り」を積み重ねると、最悪局面での意思決定が楽になります。
レベル3:危険(HY急拡大+IG拡大+金融ストレス)
ここで初めて「大きな守り」を検討します。株式の比率を明確に落とし、現金・短期国債・高品質の債券などへのシフトを考えます。重要なのは、危険局面では「高配当だから安全」などの直感が通用しにくいことです。信用ストレス下では、配当よりも資金調達能力とバランスシートの強さが優先されます。
個人投資家が実際に取れるポジション例
信用スプレッドは直接売買する必要はありません。むしろ、個人投資家は「スプレッドを見て、持ち物を変える」のが最適です。
例1:株式インデックス中心の人(最も実行しやすい)
普段は全世界株や米国株などのインデックスを主軸にする。レベル2で「積立は続けるが一括投入を控える」。レベル3で「追加資金は短期債に待機させ、下落後の再配分に備える」。これだけでも、感情の暴走を防げます。
例2:高配当株中心の人(“信用の罠”に注意)
高配当株は「配当があるから守り」と思われがちですが、信用不安局面では落ちます。特に高レバレッジ企業や景気敏感セクターは、配当維持が難しくなります。
レベル2では、配当利回りの高さよりも、フリーキャッシュフローの安定性とネット有利子負債を重視する。レベル3では、高配当株の中でも「資金繰りが強い企業」以外は比率を落とす。こういう選別が必要です。
例3:ETFで分散している人(“流動性の偏り”を避ける)
信用ストレス局面では、流動性の低いETFやテーマ型ETFが想定以上に不利になりやすいです。理由は、売りたい人が同時に増え、マーケットメイカーがスプレッドを広げるからです。
レベル3では、保有ETFを「取引量が多いコアのETF」に寄せるのが合理的です。これはリターン狙いではなく、撤退コストを抑えるための運用です。
信用スプレッド×金利:株式のバリュエーション圧縮を理解する
株価は「将来利益の割引現在価値」です。割引率は、ざっくり言えば「無リスク金利+リスクプレミアム」です。
信用スプレッドの拡大は、このリスクプレミアム側の上昇を意味します。つまり、たとえ金利が横ばいでも、信用プレミアムが上がれば、株の割引率が上がり、PERが下がりやすい。
さらに、信用不安が出る局面は「景気後退懸念」や「金融引き締めの遅効性」が絡むことが多く、金利上昇+スプレッド拡大が同時に起きると、株価への圧力は強くなります。ここを理解していると、ニュースの断片に振り回されません。
“当てに行かない”ためのルール設計:初心者でも続けられる形
信用スプレッドを使う上での最重要ポイントは、予測をしないことです。予測は外れるし、外れたときにメンタルが崩れます。代わりに「環境が悪化したら守り、改善したら戻す」というルールにします。
ルール例:月1回だけ判断する
毎日見るとノイズに巻き込まれます。月1回だけ、HYとIGのスプレッドを確認し、レベル判定をする。これなら初心者でも続きます。
ルール例:資産配分は“段階的”に動かす
レベル2で株式を10%減らす、レベル3でさらに10%減らす、といった具合に段階化します。いきなり全部売らない。これが長期投資で生き残るコツです。
ルール例:戻す条件も事前に決める
守りに回れた人ほど、戻すのが苦手です。信用スプレッドが落ち着き、拡大トレンドが止まり、金融ストレスが緩和したら、段階的に株比率を戻す。これを決めておかないと、底値で怖くなって買えなくなります。
よくある誤解と失敗パターン
失敗1:スプレッドが拡大した瞬間に全部売る
信用スプレッドは先行指標になり得ますが、短期の拡大はノイズも多いです。全部売ると、戻りで機会損失が大きくなり、結局ルールを捨てます。段階化が必須です。
失敗2:高利回り(HY)を「安い」と勘違いして買い増す
HY利回りが上がるのは、価格が下がっているからです。割安に見えるかもしれませんが、信用不安局面ではデフォルト確率が上がり、“高利回り=高リスク”がそのまま現実化します。初心者は、信用ストレス下でHYに寄せるのは避けたほうが良いです。
失敗3:株とクレジットのどちらかだけを見る
信用スプレッドが拡大しているのに株が強いときは要注意ですが、逆に信用が落ち着いているのに株だけが下がるときは、別要因(地政学、政策、需給)かもしれません。片方だけだと判断が偏ります。必ずセットで見ます。
実践チェックリスト:今日から使える手順
最後に、具体的な運用手順をチェックリスト化します。ここだけ守れば、信用スプレッドは「難しい指標」ではなくなります。
ステップ1:見る指標を固定する
HYスプレッド、IGスプレッド、金融ストレスの概況。この3つだけで十分です。増やすと続きません。
ステップ2:判断頻度を月1回にする
月末など、固定のタイミングで確認します。相場が荒れても頻度を増やさない。ノイズを避けます。
ステップ3:レベル判定(平常・警戒・危険)を付ける
数字の厳密さより、トレンドを見ます。「拡大が続いているか」「急拡大か」「IGに波及したか」を言語化します。
ステップ4:資産配分のアクションを事前に決める
警戒で何を減らし、危険で何をさらに減らすか。逆に改善したらどう戻すか。これを先に決めます。
ステップ5:運用記録を残す
月1回、短いメモでいいので「スプレッドの状態」「決めたレベル」「行動」を記録します。これが後で効きます。相場が荒れたとき、自分の判断の癖が見えるからです。
まとめ:信用スプレッドは“恐怖”ではなく“操縦桿”
信用スプレッドは、暴落を当てるための占いではありません。リスク量を調整するための操縦桿です。株式市場の雰囲気やSNSの熱狂より、信用市場の変化のほうが先に現実を映します。
個人投資家にとっての勝ち筋は、「常に強気」でも「常に弱気」でもありません。環境に合わせて、資産配分とリスクを段階的に動かすことです。信用スプレッドは、その判断を支える強力な基礎データになります。
今日からは、月1回だけでもいいので、信用スプレッドを見てください。相場の見え方が一段クリアになります。


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