原油在庫統計(米国EIA週間石油統計など)は、原油・ガソリン・精製品の需給を“数字”で叩きつけてくるイベントです。ニュースの見出しは「在庫が増えた/減った」で終わりがちですが、相場が反応するのは単純な増減ではなく、どの在庫が、なぜ動き、次にどこへ波及するかです。本記事では、初心者でも実践できるように、在庫統計を“ガソリン価格”と“物流株(海運・陸運・空運・倉庫)”の連動という視点で分解し、発表日にやるべき準備から、当日の値動きの読み方、翌日以降のフォローまで、具体例ベースで徹底解説します。
- 原油在庫統計とは何か:まず「どの数字が市場を動かすか」を固定する
- 物流株に効くのは「原油価格」そのものではなく“燃料コストの方向感”
- 「在庫の増減」より先に見るべき3つの周辺データ
- ガソリン価格を動かすのは「ガソリン在庫」だけではない:RBOBとクラックスプレッド
- 発表前の準備:初心者がやるべき「3つの数字」と「1つの地図」
- 当日の反応パターン:在庫統計を「4シナリオ」に落とし込む
- 具体的なトレード設計:先物・ETF・個別株を「時間軸」で分ける
- 物流株の見立てを外しやすい3つの罠
- 初心者向けチェックリスト:発表日ルーティンを固定して再現性を上げる
- まとめ:在庫統計は「燃料コスト」と「需要」の綱引きを読む訓練になる
- ケーススタディ:同じ「原油在庫減」でも結果が逆になる典型例
- 小売ガソリン価格への波及は「遅い」:だから株価の反応は“期待”で先に動く
- 日本株への落とし込み:エネルギー関連と物流の“どちらが先に動くか”
- リスク管理:在庫統計は「スプレッド拡大」と「逆回転」が起きやすい
- 上級者の視点を“初心者向けに翻訳”すると:見るべきは「在庫の差分」より「市場の期待との差」
原油在庫統計とは何か:まず「どの数字が市場を動かすか」を固定する
一般に「原油在庫」と言うと、米国エネルギー情報局(EIA)の週間石油統計(Weekly Petroleum Status Report)で公表される複数の項目を指します。初心者が最初に覚えるべきは、次の3つです。
(1)商業原油在庫(Crude Oil Inventories):原油そのものの在庫。短期的にはWTI先物が反応しやすい中心項目です。
(2)ガソリン在庫(Gasoline Inventories):ガソリンの在庫。米国消費者のガソリン需要、精製(製油所)稼働、輸入の影響を受けます。ガソリン先物(RBOB)や小売ガソリン価格の連想に直結しやすい。
(3)精製品在庫(Distillate Inventories):ディーゼル・ジェット燃料など。物流・製造業・航空需要と絡みます。トラック輸送、航空会社、製造業のコスト連想に波及しやすい。
ここで重要なのは、相場は「原油在庫が減ったから原油高」といった単線思考では動かない点です。たとえば原油在庫が増えても、同時にガソリン在庫が急減していれば「需要が強い→精製増→原油需要も増える可能性」という読みが入り、原油が上がることすらあります。つまり、“原油→精製→ガソリン・ディーゼル→景気・物流”というチェーンで考えます。
物流株に効くのは「原油価格」そのものではなく“燃料コストの方向感”
物流企業にとって燃料は主要コストです。航空会社はジェット燃料、陸運は軽油・ガソリン、海運は燃料油(バンカー)と、燃料の種類は違えど、根っこは「原油と精製品の価格」に連動します。ただし株価は燃料の絶対水準より、短期での変化(サプライズ)と、価格転嫁できるか、需要が落ちるかの3点で揺れます。
具体例で説明します。たとえば、ある陸運会社が燃料サーチャージ(燃料費調整)を1〜2カ月遅れで運賃に転嫁できる契約が多いとします。この場合、原油やガソリンが急騰すると、短期的には利益率が圧迫されやすく、株価にはネガティブです。一方、海運大手の多くは運賃指数(スポット運賃)で価格転嫁が早い局面もあり、原油高が必ずしも即悪材料になりません。航空会社はヘッジの有無で反応が変わります。つまり在庫統計を見る目的は、燃料価格の方向感(上/下)と、その“速度”を推定し、価格転嫁のタイムラグを織り込むことです。
「在庫の増減」より先に見るべき3つの周辺データ
在庫統計で最初に見がちな“在庫増減”は、実は結果です。原因を掴むために、初心者でも追える周辺データを3つに絞ります。
(A)製油所稼働率(Refinery Utilization):製油所がどれだけ回っているか。稼働率が上がれば、原油が処理され、ガソリン・精製品が増えやすい。稼働率が落ちれば、原油在庫が積み上がりやすい。
(B)原油輸出入(Imports/Exports):米国は原油・精製品を輸出入します。輸入が増えれば在庫が増えやすく、輸出が増えれば在庫が減りやすい。物流面では、輸出増はタンカー需要の連想にも繋がります。
(C)製品需要(Product Supplied):EIAでは“供給された量”を需要の代理指標として扱います。ガソリンの供給量が増える=需要が強い可能性があり、ガソリン在庫が減っている理由が「需要増」なのか「供給減」なのかを区別できます。
この3つをセットで見ると、「原油在庫が増えたのは、輸入急増が原因」「ガソリン在庫が減ったのは、製油所停止で供給が落ちたから」といった“質”が読み取れます。相場はこの“質”に反応します。
ガソリン価格を動かすのは「ガソリン在庫」だけではない:RBOBとクラックスプレッド
米国のガソリン先物はRBOB(Reformulated Blendstock for Oxygenate Blending)です。ガソリン価格の短期トレードで役に立つのが、クラックスプレッド(原油を精製して得られる製品との価格差)という概念です。ざっくり言えば「製油所がどれだけ儲かるか」を示します。
例えば、原油が下落しているのにRBOBがあまり下がらない局面では、クラック(RBOB−原油)が拡大します。これは「ガソリン需要が底堅い」「精製能力が足りない」「製油所トラブル」などのシグナルになりやすい。逆に、原油が上がってもRBOBがついてこないなら、需要が弱いか、在庫が潤沢で価格転嫁が効かない可能性が高い。
在庫統計の当日は、原油在庫の数字よりも、ガソリン在庫とクラックの方向が一致するかが重要です。ガソリン在庫が減り、同時にクラックが拡大するなら、ガソリン価格(小売価格も含む)の上方向リスクが高まり、燃料コストが上がる連想で物流株は短期的に売られやすい。一方、ガソリン在庫が増え、クラックが縮小するなら、燃料コスト低下期待で物流株に追い風になりやすい、という整理です。
発表前の準備:初心者がやるべき「3つの数字」と「1つの地図」
発表に飛びついても勝率は上がりません。初心者が前日までに用意すべき情報は4つだけで十分です。
1)市場予想(コンセンサス):在庫の予想増減。これは“サプライズ”を測る基準です。予想より大きく外れたときに動く。
2)API統計(可能なら):火曜夜(米国時間)に出るAPI(米国石油協会)の在庫統計は、翌日のEIAの“予行演習”になります。ただし一致しないことも多いので、方向感の参考に留めます。
3)直近の原油・RBOBのトレンド:日足で上昇トレンドなのか、レンジなのか。トレンド方向へのサプライズは伸びやすく、逆方向は戻りやすい傾向があります。
4)物流株の“燃料転嫁の地図”:あなたが見る銘柄が「燃料コスト上昇に弱いのか、強いのか」をざっくり分類します。航空(燃料比率高い/ヘッジ有無)、トラック(燃料サーチャージの遅れ)、宅配(契約構造で差)、海運(運賃転嫁が早い局面あり)といった整理でOKです。
当日の反応パターン:在庫統計を「4シナリオ」に落とし込む
当日の値動きを読むコツは、数字を細かく追うより、シナリオに分類して機械的に処理することです。ここでは、初心者が迷わないよう4シナリオに固定します。
シナリオ1:原油在庫↓(予想以上の減少)+ガソリン在庫↓
需給逼迫の連想が強く、原油・ガソリンとも上に反応しやすい。燃料コスト上昇の連想で物流株は短期的に逆風。ただし「需要が強い」側面もあるため、物流需要が強い銘柄は下げが限定的なこともあります。
シナリオ2:原油在庫↓+ガソリン在庫↑
原油は上がりやすいが、ガソリン在庫増が“需要弱い”解釈を誘うとガソリンは伸びにくい。クラックが縮むなら燃料コスト上昇圧力は限定的で、物流株は意外と耐えることがあります。
シナリオ3:原油在庫↑+ガソリン在庫↓
このパターンが一番読みづらい。原油は在庫増で下げやすい一方、ガソリンが逼迫していればRBOBが上がり、燃料コストは上向く可能性がある。鍵は製油所稼働率です。稼働率低下が原因でガソリン在庫が減っているなら、供給制約→ガソリン高が起きやすく、物流株は短期で売られやすい。稼働率が高いのにガソリン在庫が減っているなら、需要強さの可能性が高く、景気・物流需要の追い風解釈で物流株が底堅いこともあります。
シナリオ4:原油在庫↑+ガソリン在庫↑
需給緩和の連想が強く、原油・ガソリンは下げやすい。燃料コスト低下期待で物流株には短期的に追い風。ただし、同時に需要弱含み(景気減速)の解釈が入ると、物流株も売られる場合があるので「需要指標(Product Supplied)」の確認が必須です。
具体的なトレード設計:先物・ETF・個別株を「時間軸」で分ける
初心者が一番やりがちなのが、発表直後に成行で飛び乗ることです。ここでは、発表当日の“時間帯”で戦術を分けます。対象は、原油(WTI/Brent関連ETF)、ガソリン関連(エネルギー株や精製株)、物流株(陸運・空運・海運)です。
(発表直後:0〜5分)
アルゴの初動が支配する時間です。初心者はここを避けるのが合理的です。どうしても参加するなら、事前にシナリオを決め、逆指値を置くなど“自動化”します。裁量でのクリック勝負はおすすめしません。
(落ち着き始め:5〜30分)
ここが初心者の主戦場です。初動の行き過ぎが出やすく、戻りも出ます。例えばシナリオ1で原油・ガソリンが急騰したが、出来高が減速して上ヒゲが出るなら「短期の利確が優勢」と判断し、原油ロングの新規は見送る、あるいは物流株の押し目を“燃料転嫁が強い銘柄”に限定して拾うなど、意思決定がしやすい時間帯です。
(その日の引けまで)
株式市場が開いているなら、物流株の反応は“燃料コスト”だけでなく“景気”の解釈が混ざります。ここで見るべきは、エネルギーセクター指数と輸送株指数の相対強弱です。エネルギーが強く輸送が弱いなら「燃料高のコスト圧迫」解釈が勝っている。両方強いなら「需要が強い」解釈が勝っている可能性が高い。
(翌日〜数日)
在庫統計の“余韻”は通常1〜3営業日です。特にガソリン在庫の大きなサプライズは、小売ガソリン価格のニュースやSNSで遅れて話題になり、遅行で株価に波及することがあります。翌日は、発表日の高値・安値を基準に「押し目・戻り」の位置を測り、前日レンジを割るかどうかでトレンド継続を判断します。
物流株の見立てを外しやすい3つの罠
在庫統計を材料に物流株を触るとき、初心者がハマりやすい罠があります。先に潰しておきます。
罠1:燃料コスト低下=必ず物流株高、と思い込む
燃料が下がる局面は、景気減速(需要減)とセットになりやすい。燃料が下がっても荷動きが落ちれば売上が減ります。したがって、燃料だけでなく“需要の温度”も同時に見ます。
罠2:原油在庫だけ見て判断する
物流に効くのは原油ではなく、ガソリン・ディーゼル・ジェット燃料の価格です。原油在庫が増えて原油が下がっても、精製能力不足で製品価格が下がらない(むしろ上がる)ことがあります。ガソリン在庫とディスティレート在庫を必ず確認します。
罠3:短期材料を長期の投資テーマにすり替える
在庫統計は短期の需給イベントです。物流株の中長期は、運賃、市況、設備投資、人件費、規制など多因子で決まります。短期材料で入るなら、撤退基準(損切り・利確)を最初から定義しておくべきです。
初心者向けチェックリスト:発表日ルーティンを固定して再現性を上げる
最後に、毎回迷わないためのルーティンを提示します。これを“作業”として回すだけで、イベントトレードの再現性が上がります。
前日:(1)コンセンサス確認(2)原油・RBOBのトレンド確認(3)あなたが触る物流銘柄の燃料転嫁の強弱をメモ(4)発表時刻と市場の開閉を確認
当日・発表直後:(1)原油在庫のサプライズ(2)ガソリン在庫・ディスティレート在庫の方向(3)製油所稼働率と輸出入で原因を特定(4)4シナリオに分類
5〜30分:(1)初動の行き過ぎを確認(上ヒゲ/下ヒゲ、出来高減速) (2)クラックの方向(RBOBの強弱)を確認(3)物流株は“燃料転嫁が強い/弱い”で銘柄を選別
引けまで:(1)エネルギーセクターと輸送株指数の相対強弱(2)当日高値安値のブレイク有無(3)翌日のシナリオ(継続/反転)を仮説化
まとめ:在庫統計は「燃料コスト」と「需要」の綱引きを読む訓練になる
原油在庫統計は、単なる“原油の上下”ではありません。ガソリン・ディーゼルといった製品在庫、製油所稼働、輸出入、需要代理指標を組み合わせることで、燃料コストの方向感と、景気(需要)の温度を同時に推定できます。物流株の短期トレードは、この2つの綱引きがどちらに傾いたかを見抜くゲームです。数字を追うほど混乱するなら、4シナリオとチェックリストに落とし込み、毎回同じ手順で判断してください。積み上げた経験が、そのまま“相場観”になります。
ケーススタディ:同じ「原油在庫減」でも結果が逆になる典型例
ここでは、数字の組み合わせで解釈が変わることを、架空の例で体感してもらいます。前提として、発表前の市場予想は「原油在庫:−200万バレル、ガソリン在庫:±0、ディスティレート:−50万」だったとします。
例1:需給が本当に締まっているケース
結果が「原油:−600万、ガソリン:−250万、ディスティレート:−120万、製油所稼働率:上昇、ガソリン供給量:増加」だった場合、サプライズは“需要主導”に見えます。ガソリン在庫が減っているのに供給量も増えている=それ以上に需要が強い、という連想が入りやすい。RBOBが強く、クラックが拡大しやすいので、燃料コスト上昇の連想が短期で優勢になり、航空・陸運が先に売られ、精製株(マージン改善)やエネルギー株が買われる、という流れが起きやすいです。
例2:供給制約で“見かけ上”締まっているケース
結果が「原油:−600万、ガソリン:−250万、ディスティレート:−120万」までは同じでも、製油所稼働率が大きく低下し、ガソリン供給量も減っていたら話が変わります。ガソリン在庫減の理由が“需要増”ではなく“供給減”に寄るため、ガソリンは上がりやすい一方、景気の強さを示す材料にはなりにくい。物流株は燃料高のコスト圧迫だけを食らいやすく、当日の値動きは「エネルギー↑/輸送↓」の分かれ方になりやすい、という整理です。
小売ガソリン価格への波及は「遅い」:だから株価の反応は“期待”で先に動く
在庫統計は先物(WTI・RBOB)を即座に動かしますが、実際の小売ガソリン価格(米国のガソリンスタンド価格)は、先物ほど瞬間的には動きません。流通・精製・小売の在庫があるため、価格転嫁にはタイムラグが出ます。このズレが、株式にとっては重要です。
例えば、発表でガソリン在庫が大きく減り、RBOBが跳ねたとします。この時点で市場は「数日〜数週間で小売価格も上がるかもしれない」と織り込み始めます。物流株は“実際にコストが増える前”に、期待で売られます。逆に、ガソリン在庫が積み上がりRBOBが下がると、「サーチャージが下がる→利益率が改善するかもしれない」という期待で先に買われる。つまり、在庫統計は“現実のコスト”ではなく“次のコストの方向”を売買するイベントです。初心者はこの点を理解すると、ニュースを見てから追いかけるより、事前にシナリオを準備する価値が分かります。
日本株への落とし込み:エネルギー関連と物流の“どちらが先に動くか”
日本の個別株を触る場合、直接の燃料価格はドバイ原油やシンガポールの製品価格、為替(円安・円高)も絡みます。それでも、米国在庫統計が「グローバルな原油・製品価格の短期トリガー」になる点は同じです。日本株で応用するなら、次の2段階で考えるとブレません。
段階1:エネルギー価格の方向を決める:WTIとRBOBの反応を確認し、燃料コストが上向きか下向きかをまず決めます。円安が同時進行なら、日本企業の燃料コストは“ドル建て上昇×円安”で二重に効くこともあるため、FX(USDJPY)も同時にチェックします。
段階2:価格転嫁の速さで銘柄を分ける:航空・陸運・海運・倉庫で、燃料転嫁の速さと需要感応度が違います。例えば空運は燃料の影響が出やすいが、需要が強ければ運賃も上がりやすい。海運は燃料より運賃市況が強く効くことが多い。初心者は、まず“燃料転嫁が遅い業態(短期で損益が揺れやすい)”に限定して観察し、値動きの癖を掴むのが近道です。
リスク管理:在庫統計は「スプレッド拡大」と「逆回転」が起きやすい
イベント時は、株でもFXでも暗号資産でも共通して、スプレッドが広がり、板が薄くなり、逆指値が滑りやすくなります。在庫統計も同じです。特に発表直後は、1分で方向が2回変わる“逆回転”が起きます。初心者が守るべきルールはシンプルです。
(1)ポジションサイズを落とす:普段の半分以下から始める。まず“生き残る”ことが最優先です。
(2)損切りは価格で決める:ニュース解釈で粘らない。発表日の高値・安値、直近の支持抵抗など、価格ベースで撤退を固定します。
(3)初動は追わない:0〜5分の初動を捨て、5〜30分の“落ち着き”を取りに行く。この一点だけでも、無駄な負けが大幅に減ります。
上級者の視点を“初心者向けに翻訳”すると:見るべきは「在庫の差分」より「市場の期待との差」
最後に、相場の本質を一言でまとめます。在庫統計の数字自体より、市場予想とのギャップが値動きを作ります。だから、初心者がやるべきは「難しい統計を全部理解する」ではなく、(1)コンセンサスを把握し、(2)4シナリオで分類し、(3)燃料コストと需要のどちらが優勢かを決め、(4)銘柄の価格転嫁の強弱に当てはめる、という作業です。これができれば、在庫統計は怖いイベントではなく、判断訓練の教材になります。


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