金利が上がると、住宅ローンの毎月返済額や今後の総返済額は目に見えないところでじわじわ増えていきます。家計のキャッシュフローに効くのは「いくら稼ぐか」だけでなく、「負債の金利感応度をどう管理するか」です。本稿では、返済負担率(DTI)を出発点に、住宅ローンと債券ETFを使って家計全体のデュレーション(価格の金利感応度)を整える考え方と手順を、初学者にも分かるように具体的に解説します。
返済負担率(DTI)を起点に設計する理由
返済負担率(Debt-to-Income, DTI)は「手取り年収に対する年間返済額の割合」です。家計にとって最も分かりやすい安全係数であり、ここを守る設計にすると、金利や収入の変動に対して破綻しにくくなります。一般に、可処分所得のうち住居費(返済+管理費・固定資産税等)の合計が大きくなりすぎると、相場下落時やボーナス減少時に脆弱になります。よって、本稿ではまずDTIの上限を自分で決め、それを長期的に守るポートフォリオを逆算で作る方法を採ります。
家計バランスシートとデュレーションの直感
家計は簡略化すると「資産(現金・投資信託・ETFなど)」と「負債(住宅ローン)」で構成されます。金利が上がると、固定金利の債券価格は下がり、変動金利のローン返済は増えます。つまり家計全体としての金利感応度(デュレーション)を見れば、将来のキャッシュフローの不確実性がどの程度あるかが分かります。
デュレーションは厳密には数式で定義されますが、直感的には「金利が1%変動したときにどれくらい価格や返済負担が動くか」を示す温度計です。負債側(住宅ローン)のデュレーションが大きいのに、資産側のデュレーションが小さいと、金利上昇局面で家計が痛みます。
まずやること:3つの設計方針
① ローンの金利タイプを見直す
変動金利は金利上昇に対して返済額が増えやすい一方、当面の返済額は低く抑えやすい特徴があります。固定金利(全期間固定や一定期間固定)は金利上昇耐性が高い代わりに初期金利が高くなりがちです。家計のDTIと将来の収入見通しを踏まえ、負債デュレーションの過多を是正する第一歩が金利タイプの最適化です。
② 資産側で「債券(短期から中期)」を組み入れる
資産ポートフォリオに短期公社債ファンド、国内債券インデックス、期間の短い国債ETFなどを追加すると、資産側のデュレーションが積み上がります。これにより、金利上昇局面では価格下落が起きるものの、クーポン再投資や利回り上昇の恩恵を取り込み、負債側の悪影響を緩和できます。株式やREITだけに偏っていると、金利上昇と株安が同時に起きたときの耐性が弱くなります。
③ 繰上返済と運用をルールで使い分ける
「余剰資金はすべて繰上返済」が最適とは限りません。固定金利化できていて負債コスト(税引き後の実効金利)が低いときは、資産側で確保できる期待リターンや流動性も考慮します。逆に、変動金利で金利上昇耐性が乏しいときは、心理的な安定を含めて繰上返済の意義が高まります。意思決定は“ルール化”してブレを減らすのがコツです。
ステップバイステップ:家計デュレーション・マッチング
STEP1:自分のDTI上限を定義する
税・社会保険料控除後の手取り年収を基準に、毎月返済額+管理費・固定資産税の合計が何%まで許容かを決めます。ここを家計の「リスク予算」と見なし、以降の判断を標準化します。
STEP2:現在の負債デュレーションを概算する
ローン残高、残存期間、金利タイプから平均残存期間を見積もります。変動金利の場合は、金利見直し間隔や返済方式により有効デュレーションが短く見えることがある一方、上限金利や返済額見直しルールで実質的な支払増が後ずれする点に注意します。
STEP3:資産側のデュレーションを積み上げる
現金・普通預金はデュレーションほぼゼロです。短期債ファンドで0.5〜2年、総合債券インデックスで5〜7年、中期国債ETFで7〜10年程度といった目安を用い、家計全体で“負債デュレーション − 資産デュレーション”のバランスを見ます。
STEP4:金利1%上昇時の家計インパクトを概算する
簡易には、ローン残高×(金利上昇幅)で年間利払い増をざっくり見積もり、資産側の債券保有がどの程度クーポン増加や価格調整で相殺するかを考えます。完全一致を狙う必要はなく、「家計の痛みを許容レンジ内に抑える」設計を目指します。
ケーススタディ:年収600万円・残高3,500万円・変動0.9%
仮に手取り年収を480万円、DTI上限を25%とします。年間で許容できる住宅関連キャッシュアウトは120万円(月10万円)です。現状の返済が月9.3万円だと仮定し、金利が+1%上がると月返済が約1.4〜1.8万円増えるシナリオが想定されます(返済方式や見直しルールで変動)。増加分を資産側の利子収入や債券価格の回復でどこまで緩和できるかを逆算します。
例えば、中期の国内債券インデックス(デュレーション約6年相当)を300万円分保有していると、金利上昇初期は価格が下がりますが、再投資利回りが上がることで数年スパンでは受取利息が増え、トータルで家計の痛みを緩和する方向に働きます。短期ゾーン(デュレーション1年前後)と組み合わせると、価格変動を抑えつつ利回り上昇の取り込みがしやすくなります。
繰上返済 vs 債券運用:判断の軸
判断基準はシンプルに「税引き後の実効借入金利」と「資産側の期待収益率(とボラティリティ)」の比較です。固定金利が高い場合や変動金利で上昇耐性が低い場合は、繰上返済の魅力が相対的に高まります。一方、低金利で固定化できている場合、手元流動性の確保や分散投資の観点から、すべてを繰上返済に回さず“半分は運用”といったルールも有効です。
外貨建て債券ETFを使う場合の為替リスク
米国債ETF等は利回り水準が魅力的でも、円建て家計にとっては為替変動がリターンを大きく左右します。為替ヘッジ付き商品を選ぶ、外貨と円のキャッシュフローを分けて管理する、積立のタイミングを分散する等で、為替リスクを家計の許容範囲に収めます。
運用ルールの例(テンプレート)
- 四半期に一度、DTIと家計デュレーション差を点検します。
- DTIが上限を超えそうなら、①返済方式の見直し、②一部繰上返済、③資産側の短期債比率増の順に検討します。
- 余剰資金は「安全資金(6〜12か月分生活費)」「繰上返済枠」「債券・短期ファンド枠」「長期成長枠(株式等)」に分け、配分比率を固定します。
よくある失敗と対策
- 株式の比率が高すぎて金利上昇時に同時安:短期〜中期債を最低限組み込むルールを設定します。
- 繰上返済で流動性が枯渇:非常用資金を別口座で確保し、そこには手を付けない運用規律を設けます。
- 変動金利のまま金利上昇を楽観視:固定化や固定期間選択のコストとメリットを数値化して比較します。
- 為替リスクを無視:外貨建て資産は家計通貨とは別枠で管理し、必要に応じてヘッジ付き商品を活用します。
チェックリスト(実行前に確認)
- 現在のDTIと上限(%)を明文化しているか。
- ローン金利タイプ、残存期間、繰上返済余地を把握しているか。
- 資産側の債券比率と平均デュレーションを概算できるか。
- 非常用資金(6〜12か月)が確保されているか。
- リバランスの頻度(例:四半期)と手順が決まっているか。
まとめ:家計を“相場の金利”に強くする
返済負担率を家計のリスク予算と捉え、ローンと資産のデュレーションを整えることで、金利上昇に対する耐性は着実に高まります。すべてを完璧にヘッジする必要はありません。シンプルなルールと小さな修正の積み重ねが、長い時間軸で大きな差を生みます。今日から、DTIの見える化と家計デュレーションの点検を始めましょう。


コメント