住宅ローンの『団信』を投資として設計する:金利上乗せのNPV、特約のIRR、借換え・繰上返済まで一気通貫で最適化する方法

住宅ローン

住宅ローンの付帯保障である団体信用生命保険(以下「団信」)は、多くの方が「付けるかどうか」「特約をどうするか」を感覚で決めがちです。しかし投資家目線で見れば、団信は「金利上乗せという保険料を支払って、残債という巨大な保障額に対してオプションを買う」行為です。この記事では、団信を投資として定量評価し、金利上乗せの現在価値(NPV)、特約の実質利回り(IRR)、繰上返済や借換えによる“保険の途中解約効果”までを一気通貫で設計する方法を解説します。数式は必要最小限に、再現可能な手順と具体例に落とし込んで説明します。

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結論サマリ

先に結論を整理します。細部は後述の手順で再現できます。

  • 団信は「残債に対する大口の生命保険+就業不能/疾病オプション」です。価格は主に金利上乗せで表現されます。
  • 投資家の意思決定は、①上乗せ金利のNPV②期待給付の現在価値の比較で行います。期待給付が上回る場合にのみ合理的です。
  • 三大疾病・がん・就業不能などの特約はIRRで評価し、世帯属性(年齢・貯蓄・共働き)で採否を分けます。
  • 繰上返済・借換えは団信の保障残高を減らす=保険の途中解約です。返済戦略とセットで最適化します。
  • 「金利の上げ下げ」「家族構成の変化」で最適解は動きます。年1回の見直しでNPV/IRRをアップデートしてください。

団信の正体:残債への巨大な“定期保険”+特約というオプション

団信の基本形は、債務者が死亡・高度障害になったときに残債がゼロになるというものです。これは「残債額に連動する定期保険」に等価です。ローン残高は時間とともに減るため、保障額も逓減します。金利上乗せ型では、保険料を金利の上乗せΔr(例:年+0.20%)として毎月返済に内包します。

三大疾病・がん・就業不能などの特約は、ざっくり言えば「一定の発症・就業不能イベントが起きたら、残債が免除される or 返済が一定期間停止する」というオプションです。投資家は、この保険群に対して価格(Δr)に見合う期待価値があるかを評価すればよいのです。

評価の枠組み:金利上乗せのNPVと期待給付の現在価値

① コスト側:上乗せ金利のNPV

元金残高をB_t、基準金利をr、団信上乗せをΔr、期間をt=1…T(月)とすると、上乗せ分の追加支払いは概ねΔr×B_tに比例します。厳密には元利均等の支払構造を通じて決まりますが、実務上は「平均残高×Δr」を使った近似で十分です。割引率には世帯が要求する安全資産利回り(例:無リスク金利+α)を使い、現在価値に割り引きます。

② 便益側:期待給付の現在価値

死亡・高度障害の年齢別発生率、疾病・就業不能の発生率をp_tとして、イベント発生時の給付額をG_t(一般にその時点の残債)とすると、期待値はΣ p_t × G_tです。これを同じ割引率で現在価値にします。ここで重要なのは、家庭固有の事情(既存の生命保険、配偶者の収入、預貯金、扶養家族)により必要給付額が下がるケースがあることです。必要給付が小さければ、団信に高い価格は払えません。

数値例:3つの典型ケースでNPV/IRRを試算

前提を揃えます。借入4,000万円、期間35年、基準金利年0.60%、団信基本型は金利上乗せ0.00%、上位特約は+0.20%とします。割引率は年1.0%。平均残高は概算で元金×(1+残存年数/2)÷残存年数 ≒ 元金×0.5(逓減ローンの粗い近似)を使い、2,000万円と置きます。

ケースA:単独稼ぎ・小さな子ども2人・貯蓄少

家計が債務者の収入に強く依存しており、死亡・高度障害時の必要給付額はほぼ残債全額です。上位特約(+0.20%)の年追加コストは2,000万円×0.20%=4万円/年程度。35年の現在価値はおよそ4万円×年金現価係数(1%,35年)≒4万円×29.1=約116.4万円。一方、三大疾病・就業不能イベントの期待給付現在価値がこれを上回るなら採用合理的です。家計の脆弱性を踏まえれば、上位特約は前向きと判断しやすいゾーンです。

ケースB:共働き・金融資産2,000万円・子ども1人

すでに死亡保険や金融資産で大半のリスクを吸収できます。必要給付額は残債より大幅に小さいため、特約の期待価値は低下。上乗せ0.20%のNPV(約116万円)に見合うとは限りません。基本型のみで十分なことが多いです。

ケースC:独身・親との同居、将来の繰上返済を計画

イベント時の生活維持コストが小さく、繰上返済で早期に残債を圧縮する計画なら、特約の価値はさらに低下します。金利上乗せのNPVは残債逓減のスピードが速いほど小さくなるものの、そもそも必要給付が小さいため、特約は非採用の可能性が高いでしょう。

特約をIRRで見る:金利上乗せに“利回り”が隠れている

特約を導入して実際に給付があった場合、あなたは「上乗せ金利という保険料」を払い続け、ある時点で残債全額という大きなキャッシュインを受け取ります。このキャッシュフローの内部収益率がIRRです。IRRがあなたの要求利回り(割引率)を上回るなら、統計的に見て悪くない賭けです。

実務では、発生率や発生タイミングに幅があるため期待IRRをレンジで捉えます。例えば「5年〜15年のどこかで発生、発生確率q、給付はその時点の残債」というモデルを置き、数パターンを試算します。保守的に見てIRRが割引率+数%のバッファを超えるなら採用余地が出ます。

繰上返済・借換えは『保険の途中解約』と同じ

繰上返済や借換えで元金残高を急減させると、同時に団信の保障額も縮小します。にもかかわらず、金利上乗せはローン全体にかかり続ける設計のものもあります。借換えで新たな団信に入り直す際は、古い団信のNPV(既払い+今後払いの現在価値)と新しい団信のNPVを比較し、差額がプラスになるかを確認します。

ポイントは、住宅ローン控除や手数料・保証料の効果を含めた総合的なキャッシュフローで評価することです。団信だけを単独で見ないこと。表面的な「金利が少し下がる/上がる」よりも、保障の価値変化が意思決定を左右します。

家計のリスクバジェット:団信は“過剰保障”になっていないか

既に十分な死亡保障に加入している、あるいは共働きで生活費の下支えが効く場合、団信の上位特約は過剰保障になりがちです。投資家としては、保険で過剰に守るより、流動性バッファ(現金・短期国債)を厚くし、金利上乗せ分を繰上返済に回した方が、リターン・リスクの効率が良いことも多いです。

実務チェックリスト(意思決定の手順)

  1. 必要保障額の定義:死亡・高度障害・疾病・就業不能それぞれで、家計が必要とするキャッシュを金額化します(生活費×何年+教育費−既存保険−流動資産)。
  2. コストのNPV:上乗せ金利Δr、平均残高、期間、割引率からNPV(コスト)を算出。
  3. 便益のNPV:イベント別の発生確率レンジと給付(残債)から期待NPV(便益)をレンジで算出。
  4. IRRレンジ:特約の発生タイミングを数ケースに分け、期待IRRを把握。
  5. 繰上返済・借換えの同時最適化:返済計画を変えた場合のNPV/IRRを再計算。
  6. 採否判断:便益NPV ≥ コストNPV、かつ期待IRR ≥ 割引率+バッファ、なら採用。
  7. 年1回の見直し:残債・金利・家族状況の更新を反映。

ケーススタディ:数値を当て込んで意思決定を再現

ケース1:世帯年収800万円、片働き、子ども2人、貯蓄300万円

必要保障額は生活費25万円×10年=3,000万円+教育費800万円−既存保険1,000万円−貯蓄300万円=2,500万円。残債4,000万円に対し必要保障は6割強。上位特約0.20%のNPV=約116万円。疾病・就業不能の期待給付現在価値が150〜250万円レンジなら採用が妥当。繰上返済は教育費ピーク前は控えめにし、流動性を優先。

ケース2:共働き世帯年収1,200万円、金融資産2,000万円、子ども1人

必要保障額は生活費ギャップ10万円×8年=960万円−既存保険1,500万円−資産2,000万円<0。必要保障はほぼゼロ。上位特約は費用対効果が低く、基本型で十分。余剰キャッシュは繰上返済長期投資(積立)に振り分け、金利上乗せを回避。

ケース3:独身、親と同居、残債3,500万円、毎年100万円の繰上返済を計画

必要保障は生活費ギャップが小さいため限定的。繰上返済で平均残高が急速に低下し、上位特約のNPVは80〜90万円程度まで縮小すると見込まれる。一方、給付の期待値は小さい。非採用が合理的。

よくある誤解と落とし穴

  • 「金利上乗せは微差だから気にしない」:NPVで見ると100万円超になることは珍しくありません。放置は非効率です。
  • 「発生率はネット記事の平均で十分」:世帯固有のリスク(職業、喫煙、既往症)で大きく変わります。自分の前提でレンジ試算を。
  • 「借換えで金利が下がれば常に得」:古い団信のNPVを無視すると誤判断。総合NPVで評価してください。
  • 「特約を全部盛りにすれば安心」:過剰保障はリターンを毀損します。必要保障額の算定が出発点です。

実装手順:スプレッドシートで30分評価

  1. 年次の元金残高推移表を作ります(借入、金利、期間から関数で生成)。
  2. 「平均残高」を計算(単純平均でOK)。
  3. 上乗せ金利Δrを入力し、コストのNPV=平均残高×Δr×年金現価係数を算出。
  4. イベント別の発生確率レンジ(保守的・中立・楽観)を設定し、便益のNPVをケース別に算出。
  5. 特約ありのキャッシュフロー(保険料支払い→給付)からIRRを試算。
  6. 繰上返済・借換えのシナリオを追加し、NPV/IRRの差分を比較。
  7. 採否を決定し、翌年のメンテナンス予定(金利更新・家族構成更新)をメモ。

FAQ

Q1:発生確率がわからないと計算できません。
A:公的統計や保険会社の参考値はあくまで平均です。実務ではレンジ(低・中・高)で仮置きし、感応度分析をします。レンジ全体で便益NPVがコストNPVに届かないなら非採用が合理的です。

Q2:住宅ローン控除はどう扱いますか?
A:控除はローン利息の実質コストを下げます。借換えや繰上返済の比較では、控除の減少分まで含めた総合キャッシュフローで判断します。

Q3:病気発生後に借換えできますか?
A:健康状態の告知が必要な商品では制約が生じます。特約の価値には将来の借換えオプションを失うリスクも反映させてください。

まとめ:団信は「感覚」ではなく「NPV/IRR」で選ぶ

団信は住宅購入の付属物ではなく、家計のリスクバジェットを左右する大きな投資判断です。上乗せ金利というコストの現在価値と、家計固有の必要保障から導く便益の現在価値を比較し、特約はIRRで評価する。繰上返済・借換えまで一体で最適化する。これだけで、長期のキャッシュフロー効率は大きく改善します。今日、あなたの数字で一度計算してみてください。

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