- この戦略の核心 ── 「欲しい現物を“安く買えるなら買う”、買えなければ保険料だけもらう」
- プレミアムの源泉 ── ボラティリティ、時間価値、金利、需給
- 必要資金と証拠金 ── “Cash-Secured”の意味
- 損益構造 ── 3つの着地シナリオ
- 損益分岐点(Break-even)の算出
- 期待収益と年率換算 ── “売って終わり”にしない利回り評価
- 銘柄選定 ── ファンダ×流動性×IVの三点盛り
- エントリー設計 ── ストライクと満期の決め方
- 約定品質 ── 板の読み方と発注テクニック
- リスク管理 ── 4つの基本ルール
- 数値例 ── 米国大型ETFをCSPで仕込む
- ロール戦略 ── “延長して受取を積み増す”
- アサイン後 ── カバードコール(CC)への自然転換
- 税・コストの実務ポイント
- よくある失敗と対策
- 実行チェックリスト
- ミニ応用 ── スプレッド型でのリスク限定
- ケーススタディ:国内ETF(配当重視)を段階CSPで積み上げ
- まとめ ── “買っても良い銘柄だけ”に厳選し、時間価値を収穫する
- 付録:損益の簡易試算テンプレート(概念)
この戦略の核心 ── 「欲しい現物を“安く買えるなら買う”、買えなければ保険料だけもらう」
キャッシュ・セキュアード・プット(Cash-Secured Put, CSP)は、保有したい株式やETFに対して、現在価格より低い権利行使価格(ストライク)のプットを売り、プレミアム(保険料)を受け取る戦略です。満期までに価格がストライクを上回ればプレミアムは確定益、下回って権利行使されれば、実質的に「プレミアム分だけ値引きされた取得単価」で現物を引き受けます。
本質は、“割安で現物を仕込みたい投資家が、待機資金を活用して先にキャッシュフローを受け取る”という設計です。成行・指値の単純約定より、戦略的にエントリー水準を改善でき、同時に時間価値を収益化します。
プレミアムの源泉 ── ボラティリティ、時間価値、金利、需給
プットの価格は主に、インプライド・ボラティリティ(IV)、残存期間(θ)、金利(r)、原資産価格とストライクの距離、そしてオプション板の需給で決まります。IV高騰局面は保険料が厚く、売り手に有利です。イベント(決算、CPI、FOMCなど)前後のIV変動も重要で、イベント通過直後のIVクラッシュ(IV Crush)を狙えば、短期でプレミアムが目減りし利益確定しやすくなります。
一方、過度にIVが低いと保険料は薄く、リスクに見合う報酬が得られません。CSPは「安定相場で薄利を積む」よりも、「適度に不安が織り込まれているが、ファンダメンタル的には買いたい銘柄」との相性が良好です。
必要資金と証拠金 ── “Cash-Secured”の意味
米株オプションでは通常、1枚=100株相当です。例えばストライク100ドルのプットを1枚売るなら、100 × 100ドル = 10,000ドルに相当する現金(または現金同等物)を確保しておくのがCSPの原則です。国内証券でも同等概念で、約定・受渡の制度に応じた拘束資金を口座に維持します。売り越しでの過剰レバレッジは厳禁です。
損益構造 ── 3つの着地シナリオ
① 満期に原資産がストライクより上:権利行使なし。受け取ったプレミアムが確定利益。現物は未取得。再度同ストラテジーを回す「プレミアム回転」が可能。
② 満期に原資産がストライクを下回る:権利行使でストライク価格で現物を買付。実質取得単価は「ストライク − 受取プレミアム」。その後は長期保有、カバードコール転換、損切り等を選択。
③ 満期前に価格が急落:ロール(期限延長・ストライク調整)で時間価値を再度取りに行くか、一旦手仕舞いでリスク縮小。急落局面ではIV上昇=買い戻しコスト増につながるため、ガンマの悪化に注意。
損益分岐点(Break-even)の算出
受取プレミアムを P、ストライクを K とすると、損益分岐点は K − P です。CSPは現物のダイレクト買いに比べて、理論上のエントリー単価を常にプレミアム分だけ引き下げます。例えば K=100、P=3 なら分岐点は97。満期に97以上であれば戦略全体で黒字です。
期待収益と年率換算 ── “売って終わり”にしない利回り評価
単発のプレミアム額だけでなく、拘束資金に対する利回り、想定保有日数、年率換算(APY的視点)で評価します。例えば 10,000ドルの拘束資金に対して 30日で 150ドルのプレミアムなら、単純年率は 150/10,000 × (365/30) ≒ 18.25%。ただしロールやアサイン発生後のキャッシュフローも加味し、資金回転率を設計しましょう。
銘柄選定 ── ファンダ×流動性×IVの三点盛り
1) 長期で保有しても良い銘柄か:アサイン後に保有しても心理的・財務的に耐えられるか。赤字拡大銘柄や破綻懸念の高い銘柄は避けるのが基本。
2) 流動性:オプション板の気配と出来高、ビッド・アスクのスプレッド。板が薄いとスリッページと不利約定で利回りが目減りします。
3) ボラティリティ:低IVでは薄利、高IVでは豊富なプレミアム。ただし構造的に高IVな銘柄は急落リスクが高いことも多いため、ファンダの質とセットで評価します。
エントリー設計 ── ストライクと満期の決め方
OTM(原資産価格より下のストライク)が初心者向けの標準。銘柄の直近サポートや出来高の厚い価格帯、25Δ付近(デルタ約−0.25)などを参考に、約80〜90%の勝率を狙うゾーンを設計します。満期は7〜45日が取り回しやすく、7〜14日は回転率重視、30〜45日は1回あたりのプレミアム厚みを狙う発想です。
約定品質 ── 板の読み方と発注テクニック
プレミアムは同じでも、約定価格が0.05〜0.10違えば年率は大きく変わります。基本はミッド(気配の真ん中)から指値、約定しなければ1〜2ティック刻みで追随。イベント直後は板が荒れるため、成行の使用は極力避けること。立ち会い気配・先物急変時は一旦様子見で良いです。
リスク管理 ── 4つの基本ルール
① 材料リスクを避ける:決算・ガイダンス・規制ニュースなどの直撃を受ける満期設定は避けるか、プレミアムが十分厚い場合のみ少量で。
② 集中リスクを避ける:銘柄・セクター・イベントの分散。1銘柄に偏らない。
③ ロールの標準手順を事前に定義:原資産がストライク近傍に到達したら、同ストライクで期限延長か、ストライク引下げ+期限延長でクレジット確保(受取超過)を基本線に。
④ アサイン後のプランを決めておく:長期保有か、カバードコールで継続収益化か、損切りラインで撤退か──事前にif-thenルールを明文化。
数値例 ── 米国大型ETFをCSPで仕込む
原資産:ETF価格 100.00、満期 30日、IV 22%、OTM 8%の K=92 を売るとします。気配ベースのプレミアムが 1.40 なら、1枚で 140ドルを受取。拘束資金は 9,200ドル(+手数料等)。損益分岐点は 90.60。90.60以上で黒字、92未満でアサイン(現物取得)でも実質 90.60 のコスト。イベント通過でIVが18%へ低下すれば、市況横ばいでも早期買い戻しで利確可能です。
ロール戦略 ── “延長して受取を積み増す”
期日接近で原資産が K 付近なら、同ストライク・翌月にロールし、時間価値を再度取りに行きます。より安全にしたいなら、ストライクを1〜2段下げつつ延長して、可能な限りクレジット(受取超過)で完了させます。ロールは板スプレッドが広がりやすいので、組み合わせ注文でミッド取りを徹底しましょう。
アサイン後 ── カバードコール(CC)への自然転換
アサインで現物を保有したら、同数量のコール売りでプレミアムを積み増す CC へ転換。結果的に、CSP →(アサイン)→ CC とフェーズが移行し、時間価値の収穫サイクルが継続します。横ばい〜緩やか上昇の市況で効率が高まります。
税・コストの実務ポイント
取引所・証券会社ごとに手数料体系や税区分が異なります。取引コストは年率利回りを圧縮します。ミニマムチャージや為替コスト(外貨建て取引の場合)、貸株・配当調整金など実務面をシート化し、取引前にネット利回りで判断しましょう。
よくある失敗と対策
・過度なIV頼み:“高IVだからおいしい”は誤り。構造的リスク(赤字拡大、規制、バイナリーイベント)を見落とさない。
・ストライク過小:OTM幅が狭すぎると勝率が下がり、ロール地獄になりやすい。25Δ付近を基準に。
・ロールの後出し:ルール化せずに場当たりで延長を重ねると、いつの間にか負けパターンに。事前定義が最重要。
実行チェックリスト
① 銘柄の長期許容(保有したい/できる)
② イベントカレンダー確認(決算・CPI・FOMC)
③ 板の厚み・スプレッド
④ Δ・IV・期待値(分岐点・年率)
⑤ 資金拘束と余力(ストレス時も耐える)
⑥ ロールとアサイン後の計画(CC化も含む)
ミニ応用 ── スプレッド型でのリスク限定
完全CSPではなく、クレジット・プット・スプレッド(OTMプット売り+更に下のプット買い)にすれば、下落の最悪損失を限定できます。プレミアムは減る一方、ブラックスワン耐性が向上します。初心者が相場に慣れるまでの練習用として有効です。
ケーススタディ:国内ETF(配当重視)を段階CSPで積み上げ
価格が2,000円の配当系ETFを想定。満期30日、IV適正、出来高十分。1,900円・1,800円の二段CSPを用意し、IV上昇時のみ指値発注。どちらも未アサインならプレミアムを回収、片方がアサインなら平均取得単価はプレミアム控除後で大幅に低下。保有後は四半期配当の前にCCで上に蓋をして利回り最大化。“買って寝かす”より資本効率が上がる設計です。
まとめ ── “買っても良い銘柄だけ”に厳選し、時間価値を収穫する
CSPは安全資金×欲しい現物というシンプルな前提があるからこそ機能します。IV・板・イベントを正しく読み、利回りを年率で評価し、ロールとアサイン後の動線を最初から決める。これでエントリーの質とキャッシュフローの両方を改善できます。まずは少量でプロセスを固め、データに基づく改善を積み上げてください。
付録:損益の簡易試算テンプレート(概念)
・入力:原資産価格S、ストライクK、受取プレミアムP、枚数N、拘束資金C(=K×ロット×株数)、残存日数D
・出力:損益分岐点(K−P)、想定年率 ≒ (P×N×株数)/C × (365/D)
※ 実務は手数料・課税・配当調整・為替を加味してネット利回りで。


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