信用スプレッドは、オプションを「売り」と「買い」で組み合わせて、プレミアム収入を狙いながらも損失をあらかじめ限定しておく戦略です。きちんと仕組みを理解して使えば、株価が大きく動かなくてもコツコツ利益を積み上げることができます。一方で、仕組みを誤解したままレバレッジをかけると、想定外の損失につながるおそれもあります。
信用スプレッドとは何か
信用スプレッドとは、同じ原資産・同じ満期日のオプションを、異なる権利行使価格で「売り」と「買い」に組み合わせる戦略です。プレミアムをより多く受け取る側のオプションを売り、プレミアムが少ない側のオプションを買うことで、受け取るプレミアムと支払うプレミアムの差額を利益候補として確定させます。
代表的なパターンは次の2つです。
・プット・クレジットスプレッド(ブル・プットスプレッド)
・コール・クレジットスプレッド(ベア・コールスプレッド)
どちらも「ネットでプレミアムを受け取る(クレジット)」構造になっているため、時間の経過とともにオプションの価値が減少する「タイムディケイ」を味方につけやすい点が特徴です。
具体例:プット・クレジットスプレッド
具体例として、S&P500連動ETFを想定したプット・クレジットスプレッドを考えてみます(ここでは仕組み説明のための仮の数値です)。
・原資産価格:500
・30日後満期のプットオプション
権利行使価格480のプットを1枚売る(プレミアム6を受け取る)
権利行使価格470のプットを1枚買う(プレミアム4を支払う)
このとき、ネットで受け取るプレミアムは「6 − 4 = 2」です。建てた瞬間に2のプレミアムを受け取る代わりに、最大損失もあらかじめ決まります。
最大利益は、満期までに原資産価格が480以上で終わった場合です。このとき両方のプットは行使されず、受け取ったプレミアム2がそのまま利益になります。
では最大損失はどうなるでしょうか。2つの権利行使価格の差は「480 − 470 = 10」です。満期時に原資産が470を大きく下回っていれば、480プットはほぼ10の価値、470プットはほぼ0の価値になると考えられます。このときスプレッド全体の損失はおよそ10となりますが、建てたときに2のプレミアムを受け取っているため、実質的な最大損失は「10 − 2 = 8」となります。
まとめると、この戦略のプロファイルは次のようになります。
・最大利益:2(プレミアムのネット受取額)
・最大損失:8(権利行使価格の差10 − 受取プレミアム2)
・損益分岐点:原資産価格が満期時に478(=480 − 2)
つまり、「原資産がある程度下がっても、478より上で終わってくれれば利益が残る」といった構造になっています。
なぜ信用スプレッドが個人投資家に向いているのか
信用スプレッドは、単純なオプション売りと比べて、以下のようなメリットがあります。
1. 損失が限定されている
単純にプットやコールを売るだけだと、理論上の損失は非常に大きくなり得ます。信用スプレッドでは、必ず反対側のオプションを買っているため、最大損失が明確です。このため、事前に「どこまで損失を許容するか」を数値で管理しやすくなります。
2. 時間経過を味方にできる
オプションは時間が経つと価値が減少していく性質があります。買い手にとっては不利な要素ですが、売り手にとっては有利になります。信用スプレッドはネットでプレミアムを受け取る戦略なので、時間の経過がプラスに働きやすいです。
3. 相場が「大きく動かない」局面で機能しやすい
株価がレンジ内で推移している局面では、「どちらか一方に大きく賭ける」よりも、「大きな動きが出ない限り利益になる」構造の方が機能しやすい場合があります。信用スプレッドはそのような局面に適した戦略のひとつです。
コール・クレジットスプレッドのイメージ
コール・クレジットスプレッドは、原資産価格が大きく上昇しない(または下落する)シナリオを想定した戦略です。
・原資産価格:500
・30日後満期のコールオプション
権利行使価格520のコールを売る(プレミアム5を受け取る)
権利行使価格530のコールを買う(プレミアム3を支払う)
この場合もネットで受け取るプレミアムは2です。満期までに原資産が520以下であれば、両方のコールは行使されず、2が利益となります。最大損失は「権利行使価格の差(10) − 受取プレミアム(2) = 8」です。プット・クレジットスプレッドと構造はよく似ていますが、「下方向ではなく上方向に大きく動いたときに損失が出る」という点だけが異なります。
建玉設計で意識したいポイント
信用スプレッドを組む際には、次のようなポイントを意識すると、戦略全体のバランスがとりやすくなります。
権利行使価格の距離
2つの権利行使価格の差が大きいほど、最大損失の額は大きくなります。その代わり、受け取れるプレミアムが増える傾向があります。逆に、権利行使価格の差を小さくすると、最大損失は小さくなりますが、受け取れるプレミアムも少なくなります。
投資初心者にとっては、まずは「最大損失を小さめに抑える」設計を心がける方が、メンタルを安定させやすいです。小さなポジションで仕組みに慣れ、少しずつ距離やサイズを調整していくイメージを持つとよいでしょう。
満期までの残存日数
満期までの残り日数が短くなるほど、タイムディケイは加速します。そのため、短期のスプレッド戦略は、時間減価の効果を強く受けやすい一方、短期間に相場が急変したときの影響も大きくなります。
ある程度余裕を持った日数を選びつつ、自分がどの程度の期間ならポジションを落ち着いて見ていられるかを考えることが大切です。「気になって何度も画面を開いてしまう期間」は、人によって異なります。ストレスを強く感じる期間設定は避けた方がよいでしょう。
ボラティリティ(変動率)の水準
オプションのプレミアムは、原資産のボラティリティが高いほど高くなります。ボラティリティが高い局面では、同じ距離のスプレッドでもより多くのプレミアムを受け取れる一方、短期間で大きな値動きが起こりやすくなります。
ボラティリティ指標(VIXなど)や、個別銘柄のヒストリカルボラティリティ・インプライドボラティリティの水準を確認し、「最近に比べて高いのか低いのか」を意識しておくと、建玉設計の判断に役立ちます。
リスク管理の考え方
信用スプレッドは損失が限定されているとはいえ、その損失が自分にとって許容できる範囲かどうかは別問題です。リスク管理を怠ると、複数ポジションが同時に最大損失に近づき、口座全体の資金に大きなダメージを与える可能性があります。
1トレードあたりの許容損失額を決める
まず、自分の運用資金の中から「1トレードでどこまで損失を許容するか」を決めておくことが重要です。たとえば、総資金の1〜2%を上限に設定するなど、数値でルールを決めておくと、感情に流されにくくなります。
信用スプレッドの場合、最大損失が事前に計算できるため、このルールと非常に相性が良いです。最大損失が許容額を超えないように枚数を調整すれば、トレード単位でのリスクがコントロールしやすくなります。
ポジションサイズを抑える
「勝率が高い戦略だから」といって、いきなり大きな枚数で始めることは避けた方が安全です。信用スプレッドは、一見すると小さなプレミアムを何度も積み上げていく形になるため、「安定している」と錯覚しやすい面があります。
しかし、相場が大きく動いたときには、数回分の利益が一度に吹き飛ぶような損失が出ることもあります。ポジションサイズを抑え、小さなダメージで経験を積み重ねていく方が、長期的な成長につながりやすいです。
イベントリスクを避ける
決算発表、重要な経済指標、公的機関の政策発表など、相場が大きく動きやすいイベント前後は、スプレッド戦略にとってリスクが高くなります。特に、ギャップダウンやギャップアップが起こると、一気に権利行使価格を大きく超える動きが出ることがあります。
イベントカレンダーをチェックし、急激な値動きが予想されるタイミングではポジションを建てない、あるいは十分に前倒しで手仕舞いするなど、リスクを意識した運用が大切です。
初心者が学びながら取り組むためのステップ
信用スプレッドの仕組みを理解しながらステップを踏んでいくために、次のような進め方を意識するとよいでしょう。
ステップ1:単純なコール・プットの仕組みを理解する
まずは、「コールとは何か」「プットとは何か」「買いと売りではどのように損益が変わるのか」といった基本を整理しておくことが重要です。オプションの損益図を手書きで描いてみると、直感的な理解が深まりやすくなります。
ステップ2:スプレッドの損益図を描いてみる
次に、単純なプット・クレジットスプレッドやコール・クレジットスプレッドを想定し、複合ポジションとしての損益図を描いてみます。売りポジションと買いポジションそれぞれの損益図を重ね合わせることで、「最大損失」と「最大利益」の位置が明確になります。
ステップ3:少額・シミュレーションから始める
実際の資金を使ったトレードを行う前に、デモ口座やシミュレーションで戦略を試すと、感情的なストレスを抑えながら経験を積むことができます。注文画面の操作方法や約定のタイミング、証拠金の変化など、実際に触れてみないと分からない部分も多くあります。
ステップ4:記録を残し、パターンを振り返る
トレードを始めたら、建てたスプレッドの条件(権利行使価格、残存日数、ボラティリティ水準など)と結果を記録しておくと、自分なりの得意パターンや苦手パターンが見えやすくなります。同じような条件で繰り返し損失が出ている場合は、建玉設計やイベントタイミングの見直しポイントが分かってきます。
よくある失敗パターンと注意点
信用スプレッドを活用する際によく見られる失敗パターンを、あらかじめ押さえておくことも重要です。
プレミアムの多さだけで権利行使価格を選んでしまう
受け取れるプレミアムが多いほど魅力的に見えますが、その裏側には「原資産がそこまで動く確率が高い」というリスク要因が隠れている場合があります。プレミアムの額だけでなく、「実際にその価格まで動く可能性はどの程度あるのか」「過去どのくらいの値幅で動いているのか」といった視点もあわせて検討することが大切です。
ロール(ポジションの繰り延べ)に依存しすぎる
含み損が出ているスプレッドを、満期の延長や権利行使価格の変更で調整する「ロール」という手法があります。ただし、ロールを繰り返すことで、いつの間にかポジションサイズが大きくなり、最初の想定よりもリスクが膨らんでしまうことがあります。
ロールはあくまで選択肢のひとつであり、「事前に決めた損失水準を超えたら一度清算する」という基準も持っておくと、リスクの肥大化を防ぎやすくなります。
相関の高い銘柄に同じ方向のスプレッドを大量に建てる
複数銘柄に分散しているつもりでも、実は相関が高い銘柄に同じ方向のスプレッドをまとめて建ててしまうと、市場全体のショックによって同時に損失を被る可能性があります。インデックスとその構成銘柄など、相関の高い組み合わせには特に注意が必要です。
まとめ:信用スプレッドを長く使うために
信用スプレッドは、損失を限定しながらプレミアム収入を狙えるオプション戦略であり、時間経過やボラティリティの特性を活かしやすい手法です。一方で、建玉設計やイベントリスクへの配慮を欠くと、少数のトレードで大きな損失を被るおそれもあります。
重要なのは、最大損失を常に意識し、自分の資金とメンタルに合ったポジションサイズに抑えながら、経験を積み重ねていくことです。損益図を紙に描いてみる、取引記録を残して振り返る、といった地道な作業が、結果として戦略の精度を高めてくれます。
仕組みを理解し、小さなサイズから慎重に試していけば、信用スプレッドはポートフォリオに安定したプレミアム収入の柱を加えるための有力な選択肢となり得ます。


コメント