信用スプレッドの基礎──オプションで「勝率」と「損失限定」を両立させる考え方
オプション取引というと、「難しそう」「プロ向け」というイメージを持つ人が多いです。しかし、その中には個人投資家にも比較的わかりやすく、リスクをあらかじめ限定しやすい戦略があります。その代表例が「信用スプレッド(クレジットスプレッド)」です。
信用スプレッドは、オプションを売る(ショート)と買う(ロング)を同時に組み合わせることで、受け取ったプレミアムを利益の源泉にしつつ、最大損失額をあらかじめ決めておく戦略です。うまく使えば、株価が「思った通りに大きく動かなくても」利益を狙える一方で、リスク管理を怠ると一度の損失が大きくなる可能性もあります。
この記事では、オプション初心者でも理解しやすいように、信用スプレッドの仕組みから具体例、メリット・デメリット、実際に組むときのステップ、注意点までを丁寧に解説します。
オプション取引の超基礎を整理する
まずは信用スプレッドの前提となる、オプション取引の超基礎を簡単におさらいしておきます。ここを押さえておくと、後の説明がぐっと理解しやすくなります。
コールオプションとプットオプション
オプションには大きく分けて「コール(Call)」と「プット(Put)」があります。
- コール:特定の価格で「買う権利」
- プット:特定の価格で「売る権利」
コールを買う人は、「将来、株価が上がるだろう」と考えています。プットを買う人は、「将来、株価が下がるかもしれない」「保険をかけておきたい」と考えています。
プレミアムと権利行使価格(ストライク)
オプションを買うときには「プレミアム」と呼ばれる価格を支払います。これは保険料のようなもので、オプションを売る側はプレミアムを受け取ります。
また、「いくらで買う(売る)権利なのか」を決めているのが権利行使価格(ストライク価格)です。たとえば、現在の株価が100ドルの銘柄に対して、「90ドルで売る権利(プット)」や「110ドルで買う権利(コール)」といった形で、さまざまなストライク価格のオプションが用意されています。
満期日(有効期限)
オプションには有効期限があります。この期限を過ぎると、オプションの権利は消滅します。株のように半永久的に保有できるわけではなく、「いつまでにどのような値動きが起きるか」を考える必要がある点が、オプション取引の大きな特徴です。
信用スプレッドとは何か
信用スプレッド(クレジットスプレッド)は、価格の違う2つのオプションを同時に売買する戦略です。具体的には、
- 価格が高いオプションを「売る」
- 価格が低いオプションを「買う」
という組み合わせを作ります。売りで受け取るプレミアムの方が大きくなるため、最初に受け取るプレミアムがプラス(クレジット)になることから、この名がついています。
信用スプレッドには主に次の2種類があります。
- ブルプットスプレッド:強気〜横ばいを想定する戦略(プットを使う)
- ベアコールスプレッド:弱気〜横ばいを想定する戦略(コールを使う)
どちらも、「ある価格よりも大きく動かなければ利益が出る」という構造になっており、「方向をピンポイントで当てる」よりも「一定の範囲の中に収まる」ことを狙うイメージに近いです。
具体例で学ぶ:ブルプットスプレッドのケーススタディ
ここでは、S&P500 ETF(SPY)を例に、ブルプットスプレッドを具体的な数字で見ていきます。数字そのものはシンプルな仮定ですが、構造を理解するには十分です。
前提条件
- 原資産:SPY(S&P500 ETF)
- 現時点の価格:500ドル
- 満期:30日後のオプション
ポジション構成
次のようなポジションを同時に組みます。
- 470ドルプットを売る(ショート)プレミアム:5ドル受け取り
- 460ドルプットを買う(ロング)プレミアム:3ドル支払い
この場合、ネットで2ドル(= 5ドル − 3ドル)のプレミアムを受け取ることになります。オプション1枚は通常100株単位なので、実際には200ドルのプレミアム受け取りです。
最大利益と最大損失
このスプレッドの損益は次のように整理できます。
- 最大利益:受け取ったプレミアム 2ドル × 100株 = 200ドル
- 最大損失:ストライク差 10ドル − プレミアム 2ドル = 8ドル × 100株 = 800ドル
つまり、この戦略では、最初から「勝っても200ドル、負けても最大800ドル」と損益のレンジがはっきり決まっています。
どんなときに利益か
ブルプットスプレッドでは、満期時のSPY価格が470ドル以上であれば最大利益(200ドル)になります。470ドルを少し割り込んでも、ブレイクイーブンポイントまではまだ損失にはなりません。
この例では、ブレイクイーブン価格はストライク470ドル − ネットプレミアム2ドル = 468ドルです。満期時の価格が468ドルより上であればプラス、下であればマイナスとなります。
ポイントは、SPYが上がらなくてもよいという点です。「500ドルから少し下がっても、470ドルを割り込まなければ最大利益」「468ドルまでなら損益トントン」といったイメージで、「大きくは崩れないだろう」という相場観を取引に変換できる戦略です。
ベアコールスプレッドの構造とイメージ
次に、逆方向の戦略であるベアコールスプレッドを見てみます。こちらは、「これ以上は大きく上がらないだろう」と考えるときに使う戦略です。
ベアコールスプレッドの例
同じくSPYが500ドル付近にあるとします。このとき、次のようにポジションを組みます。
- 530ドルコールを売る(ショート)プレミアム:4ドル受け取り
- 540ドルコールを買う(ロング)プレミアム:2ドル支払い
この場合、ネットで2ドルのプレミアム受け取り(=200ドル)となります。最大利益・最大損失は次のようになります。
- 最大利益:2ドル × 100株 = 200ドル
- 最大損失:ストライク差 10ドル − 2ドル = 8ドル × 100株 = 800ドル
どんなときに利益か
満期時のSPY価格が530ドル以下であれば最大利益(200ドル)です。ブレイクイーブンは530ドル + 2ドル = 532ドルで、そこまではまだ利益が残っています。
こちらは、「急騰はしないだろう」「上値は重そうだ」という局面で活用が検討されます。ブルプットスプレッドと同様、方向性を完全に当てる必要はなく、「ある価格を超えない」ことを狙う戦略です。
信用スプレッドのメリット
信用スプレッドには、他のオプション戦略にはない特徴があります。主なメリットを整理します。
1. 最大損失があらかじめ限定されている
単純な「裸のオプション売り(ネイキッドショート)」と違い、信用スプレッドでは必ず保険となるオプションを同時に購入します。そのため、どんなに相場が急変しても、損失は理論上あらかじめ決まった金額を超えません。
これは、レバレッジを効かせた取引において非常に重要なポイントです。あらかじめ「このポジションで負けても、口座資金の◯%まで」という形でリスク管理を設計しやすくなります。
2. 株価が「狙い通りに動かなくても」利益になり得る
信用スプレッドは「一定の範囲に収まればよい」戦略です。たとえば、ブルプットスプレッドでは、株価が少し下がってもブレイクイーブンまでなら利益圏内のままです。
これは、「上昇すると思って株を買ったが、横ばいのままだった」という場面と比べると、勝ちやすさ(勝率)の構造が異なることを意味します。もちろんその代わりに、利益の上限もあらかじめ決まっています。
3. 必要証拠金が比較的読みやすい
信用スプレッドでは最大損失が限定されているため、必要証拠金も「ストライク差 − 受け取りプレミアム」をベースに計算されることが多いです。これは、取引所や証券会社のルールにもよりますが、資金効率を意識した設計がしやすいという利点につながります。
信用スプレッドのデメリットと注意点
一方で、信用スプレッドには当然ながらリスクや弱点もあります。メリットだけを見て飛びつくのではなく、デメリットもセットで理解しておくことが大切です。
1. 一度の損失が利益の数倍になり得る
先ほどの例で見たように、最大利益200ドルに対して最大損失800ドルというように、リスクリワード比だけを見ると「4回勝って1回大きく負ける」構造になりやすいです。
高い勝率と引き換えに、たまに出る負けが大きくなる傾向があるため、「連勝で調子に乗ってサイズを大きくする」と、一度の損失でそれまでの利益を吹き飛ばすリスクがあります。
2. 急変動(ギャップダウン・ギャップアップ)に弱い
決算発表や経済指標、地政学イベントなどで原資産が大きくギャップして始まると、想定していたレンジを一気に飛び越えて損失に直結することがあります。
とくに、プットスプレッドでは急激な下落、コールスプレッドでは急騰が弱点です。そのため、イベント前後の取引を避ける、ポジションサイズを抑えるなどの工夫が重要です。
3. 「含み損に耐える時間」が精神的にきつくなりやすい
信用スプレッドは時間の経過とともにプレミアムが減少することを味方につける戦略ですが、途中の値動きによっては一時的に含み損が大きくなる場面もあります。
含み損に耐えきれずに不利なタイミングで決済すると、本来は満期まで持てばプラスになっていたポジションをマイナスで終わらせてしまうこともあります。事前のルール作りとメンタル面の準備が欠かせません。
どんな相場環境で信用スプレッドが検討されるか
信用スプレッドは、「強くトレンドが出ている相場」よりも、「ある程度のレンジ内で推移しそうな相場」や「大きな方向感は出にくそうな局面」で活用が検討されます。
ブルプットスプレッドに向く場面
- 全体のトレンドは上向きだが、一時的な調整が入っている
- 重要なサポートラインの少し下にロングプットを置き、その上にショートプットを置く
- ボラティリティ(IV)がやや高めで、プットのプレミアムが厚くなっている
こうした局面では、「サポートを大きく割り込まなければプレミアムを受け取れる」という構造を作りやすくなります。
ベアコールスプレッドに向く場面
- 上昇トレンドが一服し、上値が重くなってきている
- レジスタンスライン付近で上昇が止まりやすい
- 急騰後でIVが高く、コールのプレミアムが厚い
こうした局面では、「大きな上抜けが起きなければ利益」という構造を狙うことができます。
リスク管理:ポジションサイズと損切りルール
信用スプレッドを運用するときに最も重要なのは、ポジションサイズと損切りルールです。ここを曖昧にしたまま取引すると、たまたま数回勝てても、いずれ大きな損失を招きやすくなります。
1トレードあたりの許容損失を決める
まず、口座全体の資金に対して「1トレードで最大どれだけ損失を許容するか」を決めておきます。たとえば、
- 1トレードの損失上限:口座残高の1〜2%
などです。最大損失が800ドルのスプレッドなら、資金状況に応じて「何枚まで保有してよいか」を逆算できます。
最大損失前に撤退するルールを考える
実際には、最大損失いっぱいまで保有するのではなく、損失が一定水準に達したら決済するというルールを設けることも検討されます。
たとえば、最大損失800ドルのスプレッドに対して、
- 含み損が−400ドル(最大損失の50%)に達したら手仕舞いする
といった形です。これにより、「1回の負け」が口座全体に与えるダメージを抑えやすくなります。
イベント前のポジション調整
決算発表や重要な経済指標の発表など、大きく動く可能性が高いイベントの前には、ポジションを減らすまたは一度クローズしておくといった慎重な対応も検討できます。
信用スプレッドは「大きすぎない値動き」を前提にした戦略であるため、「大きく動きそうなタイミング」を避けること自体がリスク管理になります。
実際に信用スプレッドを組むまでのステップ
ここでは、実際に信用スプレッドを組むときの一般的なステップを整理します。具体的な操作は利用している証券会社や取引ツールによって異なりますが、流れそのものは共通しています。
ステップ1:銘柄と市場を選ぶ
まずは、オプション取引が活発で流動性の高い銘柄を選ぶことが大切です。S&P500 ETF(SPY)や、主要株価指数の先物、取引量の多い大型株などが候補になります。
ステップ2:満期(期間)を決める
短期のスプレッド(たとえば7〜30日程度)は、時間価値の減少を早く取りにいくことができますが、価格変動の影響も大きくなります。長めの期間を選ぶと、時間的な余裕がある一方で、プレミアムの減少スピードは緩やかになります。
自分の取引スタイルや、相場への見方に合わせて、無理のない満期を選ぶことが重要です。
ステップ3:ストライク価格の組み合わせを決める
次に、どの価格を「売り」、どの価格を「買う」のかを決めます。一般的には、
- ショート側:よりプレミアムの厚い、現値に近い(または少し内側の)ストライク
- ロング側:ショート側より遠いアウト・オブ・ザ・マネーのストライク
という組み合わせになります。ここで、
- 受け取りプレミアム(最大利益)
- ストライク差 − プレミアム(最大損失)
- ブレイクイーブンポイント
を計算し、自分のリスク許容度と見合った構成かどうかをチェックします。
ステップ4:同時発注(スプレッド注文)を活用する
多くの証券会社では、「スプレッド」として複数のオプションを同時に発注する機能があります。これを利用することで、売りと買いを同時に約定させ、意図しない片張りポジションになるリスクを減らすことができます。
注文時には、「ネットで受け取るプレミアム(クレジット)」を意識しつつ、無理のない価格で指値を入れることが重要です。
初心者が避けたい典型的な失敗パターン
最後に、信用スプレッドを始めたばかりの個人投資家が陥りやすい失敗パターンをいくつか挙げます。あてはまりそうなものがないか、事前にチェックしておくと冷静な判断につながります。
1. 連勝後にポジションサイズを急に増やす
信用スプレッドは勝率が高くなりやすい構造を持つため、最初に数回うまくいくと「これは簡単だ」と感じてしまうことがあります。その勢いでポジションサイズを急に増やすと、一度の損切りで大きなダメージを受ける原因になります。
2. イベント前後の値動きを軽視する
決算や経済指標、政策発表などの影響を軽く見ると、想定以上のギャップに直面することがあります。イベントカレンダーを確認し、「わからない動きが出やすい場面」を避ける姿勢が重要です。
3. 損切りルールを決めていない
「最大損失までは持ち続けよう」と考えているうちに、含み損に耐えきれず、感情的な判断に流されることがあります。事前に「含み損が◯ドルになったら決済する」と数値ベースで決めておくと、冷静な対応を取りやすくなります。
まとめ:信用スプレッドは「勝率」と「損失限定」を組み合わせる一つの選択肢
信用スプレッドは、オプションの売りと買いを組み合わせることで、
- あらかじめ最大損失を限定しつつ
- 株価が大きく動かなくても利益を狙える
という特徴を持つ戦略です。一方で、
- リスクリワード比が「小さく勝ってたまに大きく負ける」構造になりがち
- 急激な相場変動に弱い
といったデメリットもあります。
大切なのは、「必ず儲かる手法」として捉えるのではなく、自分のリスク許容度の中でどう位置づけるかを考えながら、小さなサイズから経験を積んでいくことです。オプションの基礎を一歩ずつ理解しながら、自分に合った使い方を模索していくことで、信用スプレッドはポートフォリオに新しい選択肢を加える手段となり得ます。


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