本稿では、価格変動の大きさ(ボラティリティ)に合わせてポジションサイズを動的に調整し、ポートフォリオのリスクを一定に保つ「ボラティリティ・ターゲティング」の実装方法を解説します。裁量・システムのいずれにも適用でき、株式・債券・コモディティ・為替・暗号資産まで横断して使える普遍的な技法です。売買の当たり外れではなく「リスク配分の一貫性」で勝負するための、最初の一歩になります。
ボラティリティ・ターゲティングとは何か
ボラティリティ・ターゲティングは、目標とする年率ボラティリティ(例:10%)を先に決め、現在の市場の実現ボラティリティに応じて保有量を増減する運用手法です。シンプルな基本式は次の通りです。
レバレッジ(または配分比率) = 目標ボラ(年率) ÷ 推定ボラ(年率)
推定ボラが高いときは保有量を減らし、低いときは増やします。結果として、損益の振れ幅(リスク)が時間を通じて均され、ドローダウン耐性と資本効率のバランスを取りやすくなります。
ボラティリティの推定方法:3つの選択肢
1. 過去リターンの標準偏差(年率換算)
最も基本的な推定法です。日次リターンの標準偏差を√252倍して年率換算します。窓は20〜60営業日が実務上扱いやすいです。
σ_年率 = stdev(日次リターン, 直近N日) × √252
2. EWMA(指数加重移動分散)
直近のデータを重視する平滑化法です。スケーリングしながら急変に追従しつつ過度なノイズを抑えます。λ(ラムダ)は0.90〜0.97あたりが目安です。
3. ATRベース(高値・安値・終値)
値が飛びやすい銘柄や先物・暗号資産ではATRも有効です。日次ATRを価格で割ってパーセンテージ化し、年率換算します。
目標ボラの決め方とレバレッジ上限
目標ボラは「最大許容ドローダウン」から逆算します。経験則として、年間ボラ10%の戦略は、想定外の環境でも概ねピーク・トゥ・トラフで−15〜−25%程度のドローダウンに収まることが多いです(保証ではありません)。個人投資家であれば、8〜12%のレンジが扱いやすい出発点です。
レバレッジにはキャップを設けます(例:上限1.5倍、下限0.25倍)。これにより、ボラが極端に低下した局面での過剰なレバレッジ拡大を抑えます。
売買頻度を抑える「バンド制御」
毎日の再計算で保有量が微小に揺れると取引コストが膨らみます。そこで「調整は±10%以上の乖離が出たときだけ」「週次または月次で実行」などのバンド制御を入れます。具体例:
- 目標比率が20%→乖離±2%以内は発注しない(ノートレード・ゾーン)。
- 週次の特定曜日にのみ再調整し、日中の急変はストップだけで対応。
資産クラス別の実装ポイント
株式(現物ETF・先物・CFD)
指数連動の現物ETFを中核にし、微調整は先物やCFDで行うと効率的です。配当や経費率、先物の限月ロールを必ず考慮します。
債券
総合債券や中期国債ETFは株式よりボラが低い傾向にあります。ボラターゲティングでは債券の配分が相対的に増えやすく、結果として株債のリスク配分の平準化が進みます。
金・コモディティ
分散効果を狙うなら候補になります。ただし保管・先物ロールコストや為替影響を確認します。
為替(ヘッジ)
円建てで海外資産を持つ場合、為替ボラが総リスクに与える影響は大きいです。株式ボラだけでなく為替ボラも取り入れ、ヘッジ比率を調整します。
暗号資産
高ボラが常態のため、目標ボラに対して配分が極端に小さくなりがちです。上限・下限を厳密に定め、分離したサブポートフォリオとして管理するのが安全です。
実数で学ぶ:ステップバイステップの計算例
想定:株式インデックスの直近20営業日の日次ボラが1.30%(年率約20.7%)でした。あなたは年率10%を目標にします。
- 現在の推定ボラ(年率)σ = 20.7%。
- 必要レバレッジ L = 目標10% ÷ 20.7% ≈ 0.48。
- 1,000万円の資金なら、株式エクスポージャーは約480万円。
- 翌週、σが15%まで低下→L = 10% ÷ 15% = 0.67に増加。
- 乖離が±10%ルールを超えた場合にのみ発注して追随します。
このように「値動きが荒いときは縮小、静かなときは拡大」を機械的に行うことで、同額投資よりも損益の振れ幅が一定化します。
複数資産の同時管理:簡易リスクパリティ
ボラターゲティングを各資産に適用し、同一目標ボラで並べると、結果的にリスク寄与の均等化(簡易リスクパリティ)に近づきます。例として、株式・中期国債・金をそれぞれ年率10%ターゲットで並べ、総資産の合計レバレッジを1.0倍に制限します。相関が低いほど分散効果が強まり、ポートフォリオ全体のシャープレシオが改善しやすくなります。
ドルコスト平均法 × ボラ調整
定期積立の比率を「ボラが高いときは積立額を減らす、低いときは増やす」ルールに置き換えます。つみたてNISAの範囲では売買頻度が高くならないよう、月次の重み付けだけに留めるのが現実的です。
売買頻度・時間帯・執行
- 頻度:週次または月次。日次はコスト増になりやすいです。
- 時間帯:基準価格が安定する終盤の流動性がある時間にまとめて実行します。
- 発注:現物は成行を避け、指値・逆指値を併用。先物はロールスケジュールを固定化します。
ドローダウン管理と緊急時の手順
想定外の急変に備え、以下の三層防御を用意します。
- ボラ急騰トリガ:推定ボラが閾値(例:30%)を超えたらレバを半減。
- DDトリガ:最大ドローダウンが−12%に達したら総リスクを30%削減。
- 売買停止:スプレッド拡大・流動性枯渇時は新規を停止し既存のみ縮小。
落とし穴:ここで失敗します
- 低ボラ期の過剰レバ:キャップ未設定でリスクが膨張します。
- 推定窓の選び方:短すぎるとノイズ、長すぎると追随遅延。20〜60日やEWMAでの併用が無難です。
- 相関の変動:有事は相関が1に近づきます。資産分散だけに過信は禁物です。
- 課税・手数料:回転が増えると税コストが効いてきます。年内の実現益コントロールやNISA枠の活用を考えます。
スプレッドシートでの実装手順(雛形)
- 価格データと日次リターン列を作成。
- 標準偏差:=STDEV.S(直近N日のリターン)。
- 年率換算:=標準偏差×SQRT(252)。
- レバ計算:=目標ボラ/年率ボラ。
- キャップ・フロア:=MIN(上限, MAX(下限, レバ))。
- バンド制御:前回比±10%以上のみ更新。
先物を併用する場合は、必要枚数=(想定元本×比率)÷(先物想定元本換算額)で求め、ロール時はバンドの起点を同時に更新します。
バックテストの注意点
- 配当・クーポン・信託報酬を含めたトータルリターンで検証します。
- 執行価格はVWAPや終値など再現性のあるルールで固定します。
- 先物・CFDはスプレッドとロールコストを保守的に見積もります。
- 評価通貨を円・ドルどちらに置くかで成績が変わるため、為替も同時にモデリングします。
モメンタムと併用する高度化
ボラターゲティングにモメンタム・フィルター(例:200日移動平均の上/下)を重ね、ロングのみにする運用は、急落相場の参加を減らす効果が期待できます。売買回数はやや増えるため、コスト・税制を必ず織り込みます。
つみたてNISA・iDeCoでの活用の考え方
法令・制度上の制約から売買は最小限にし、積立額の配分だけをボラに応じて調整するのが現実的です。例えば「株式ボラが上位四分位なら債券配分を20%→35%へ、下位四分位なら15%へ戻す」といった範囲内調整がよく機能します。
実務チェックリスト
- 目標ボラ設定(8〜12%からスタート)。
- 推定法(標準偏差 or EWMA or ATR)と窓長の固定。
- レバ上限・下限・乖離バンドの決定。
- 執行曜日・時間の固定、先物ロール日程の明文化。
- ドローダウン・ボラ急騰トリガのルール化。
- 月次レビュー:乖離・コスト・税務の点検。
まとめ
ボラティリティ・ターゲティングは、相場観に依存せず「リスクを一定に保つ」というただ一つの行動原理で、ポートフォリオ運用をブレさせません。資産クラスを跨いで同じルールを適用できるため、分散投資・アセットアロケーション・シャープレシオの向上と相性が良い手法です。まずは週次のバンド制御から始め、小さな金額で執行の癖を掴んでください。


コメント