本稿では、J-REITのNAVディスカウントと分配金利回り、そして金利への感応度を三本柱に、初心者でも実装しやすいエントリー戦略を組み立てます。目的は「何となく高利回り」ではなく、割安度・インカム・金利リスクを定量化し、再現可能なプロセスに落とすことです。
この戦略が狙うリターンの源泉
REITの超過リターンは主に①簿価純資産(NAV)と市場価格の乖離縮小、②分配金(インカム)、③金利環境の改善や資本コスト低下、の3つから生まれます。短期の値動きに左右されないよう、割安度(ディスカウント)×キャッシュフロー(利回り)×金利感応度のバランスを取るのが基本です。
REITの基礎:用語と最小限の数式
- NAV(Net Asset Value):REITの資産から負債を差し引いた純資産価値。1口当たりで比較。
- NAVディスカウント:市場価格がNAVより安い状態。
ディスカウント率 = (NAV − 価格) / NAV - 分配金利回り:
年間分配金 / 現在価格。予想値を使う場合は保守的に。 - LTV(Loan to Value):負債依存度。高いほど金利上昇に弱い。
- 金利感応度(実質デュレーションのイメージ):長期金利が1%動いたときのREIT価格の推定変化率。
NAVディスカウントの見方:割安=即買いではない
NAVディスカウントは魅力的に見えますが、資産評価の遅行性とリーシング(稼働率)見通しを無視できません。ディスカウントが深い理由が「質の悪い空室」「資金調達難」「物件入替の遅れ」であれば、割安に見えても是正に時間がかかります。したがって、ディスカウント単独の極大値ではなく、分配金利回りや感応度とセットで評価します。
分配金利回りの読み方:FFOカバレッジの目安
分配金がどれだけ「稼ぎ」に裏付けられているかを簡易に見るなら、営業キャッシュフローやFFOに対する分配の比率を注視します。過度な分配は将来の減配リスクにつながります。初心者はまず、過去数期の分配推移が右肩上がりか横ばい安定か、大規模な希薄化イベントの有無に注目しましょう。
金利感応度:なぜREITは金利に弱いのか
REITは借入でレバレッジを使うため、金利上昇は資本コストを押し上げ、評価倍率(NAV倍率)を圧縮しやすくなります。実務上は、実質デュレーション ≒ 資本コストの変化に対する価格弾力性と捉え、固定/変動の債務構成・平均金利・平均残存期間・ヘッジ比率をIR資料で確認します。初級者は「固定比率が高い=短期の金利上昇に相対的に強い」と覚えておくと良いでしょう。
三軸スコアでのスクリーニング
以下のように各指標を0〜100点でスコア化し、合計点で候補を並べます。
- 割安度スコア:NAVディスカウントが深いほど高得点。ただし極端値は減点(理由:恒常的な品質問題リスク)。
- インカムスコア:分配金利回りが高く、過去の安定性が高いほど加点。直近の増配はボーナス。
- 金利耐性スコア:固定負債比率が高く、平均残存期間が長く、LTVが適正レンジなら加点。
シンプルな式例:
総合点 = 0.4×割安度 + 0.35×インカム + 0.25×金利耐性
ケーススタディ(架空の数値)
あるREIT Aの想定:
- NAV = 120,000円 / 口、 市場価格 = 102,000円 → ディスカウント率 = 15%
- 予想年間分配金 = 5,100円 → 分配金利回り = 5.0%
- LTV = 43%、固定金利比率 = 85%、平均残存期間 = 5.8年
この場合、割安度は高評価、インカムは市場平均並み、金利耐性も悪くないという評価。総合点が一定以上(例:70点)なら段階的な買い付けを検討、60〜70点は監視リストに置く、といった運用ルールを定めるとブレません。
エントリーとエグジットの基本設計
エントリー
- 総合点≧70かつディスカウント率≧10%かつ分配金利回り≧4.2%
- 直近1〜3か月で長期金利が落ち着くか低下の兆し(急騰局面の逆張りは縮小ロット)
- 出来高が平常時比で増加している(流動性リスク低減)
エグジット
- ディスカウント率が−5%(プレミアム)〜0%付近に縮小
- 分配方針の悪化や希薄化イベントの予兆
- LTV急上昇や借換条件の悪化
ポジションサイズ:キャッシュフロー基準で決める
初心者は価格の上下で感情が揺れやすいので、「年間受取分配金=家計の特定費目(例:光熱費2か月分)」のように、分配金額でサイズを逆算するのが有効です。価格が下がれば同額の分配金を得るのに必要口数が増えるため、ナンピンは上限を決めた段階配分で行いましょう。
分散の軸:用途×立地×スポンサー
オフィス・住宅・物流・商業・ホテルなどの用途分散、立地分散、スポンサー分散が基本です。用途は景気感応度が異なるため、分散はボラティリティ低下に寄与します。
月次・四半期の運用サイクル
- 月初:IR資料と月次レポートで稼働率・賃料改定・テナント移動を確認。
- 第2週:長期金利・クレジットスプレッドの変化を集計。
- 月末:スコア更新、シグナル判定、リバランス。
チェックリスト(抜粋)
- NAVディスカウントは「理由」を伴うか(恒常or一時)
- 分配金はFFOでカバーされているか(無理な増配でないか)
- 負債の固定比率・平均残存・ヘッジ比率は十分か
- 用途・立地・スポンサーが偏っていないか
- 出来高と板の厚みは十分か(スプレッド管理)
よくある誤解
- 高利回り=お得:減配前夜の可能性。利回りの源泉を確認。
- 深いディスカウント=安全:是正に時間がかかるケースが多い。
- 金利低下=REIT全面高:用途別・スポンサー別で感応度は違う。
シンプルな運用ルール(サンプル)
1) スコア70点以上の銘柄のみ対象
2) ディスカウント≧10% & 利回り≧4.2%で1単位
3) 価格が−5%で1単位追加(最大3単位まで)
4) ディスカウントが0%前後に縮小で50%利確、残りはトレイリング
5) 減配観測・LTV急上昇で撤退
まとめ
NAVディスカウント・分配金利回り・金利感応度の三軸でJ-REITを評価すれば、「なんとなく人気」に流されない意思決定が可能になります。ルール化と定期点検を徹底し、少額から段階的に運用を始めて精度を高めていきましょう。


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