REIT(不動産投資信託)は「利回り商品」と見られがちですが、実務で効くのは“価格がNAV(Net Asset Value:純資産価値)に対してどれだけディスカウントされているか”を材料にしたバリュー戦略です。ポイントは単純です。NAV割れ=お買い得、ではありません。ディスカウントには必ず理由があり、理由の中には「時間が解決する割安」と「構造的に解けない割安」が混ざっています。本稿はその理由を分解し、初心者でも再現できる形で“狙うべき割安だけ”を拾う手順に落とし込みます。
- NAV割安とは何か:REITにおける「企業価値」と「不動産価値」のズレ
- NAVディスカウントの5つの原因:この分解ができないと負ける
- “狙える割安”の条件:スクリーニングの実装手順
- 具体例で理解する:3つの“割安の種類”と、狙い方の違い
- NAV割安戦略の落とし穴:初心者が踏み抜く3つの地雷
- 売買ルールのテンプレ:個人投資家向けの実装例
- チェックリスト:買う前に最低限見るべき10項目
- まとめ:NAV割安は「理由のある価格」—分解できれば武器になる
- J-REIT特有の論点:日本ならではの“割安の癖”を理解する
- 金利感応度をざっくり測る:初心者向けの簡易フレーム
- データの取り方:どこを見ればNAV割安を定点観測できるか
- よくある誤解Q&A
NAV割安とは何か:REITにおける「企業価値」と「不動産価値」のズレ
NAVは、ざっくり言えば「保有不動産を時価で売って借金を返し、残った価値」を1口あたりに割り戻した数字です。上場REITの価格がNAVを下回る(P/NAV<1)と、保有不動産の時価に比べて市場が安く評価している状態になります。
ただし、株式のPBRと同様に、P/NAVは“会計上の数字”ではなく“推計”です。REITの鑑定評価や還元利回り(キャップレート)を前提に算出され、そこに将来の賃料・空室・修繕・金利の見通しが反映されます。つまり市場価格がNAVを割るのは、「その前提は甘い」「将来は悪化する」「資本コストが上がる」と市場が判断しているからです。
NAVディスカウントの5つの原因:この分解ができないと負ける
NAV割安を“狙える割安”に変えるには、ディスカウント要因を5つに分けて点検します。投資判断はこの5軸の合計点で決めます。
1) 金利(割引率)要因:キャップレートの上昇圧力
金利上昇局面では不動産の期待利回り(キャップレート)が上がりやすく、不動産の時価(=NAV)は下がりやすい。にもかかわらず、鑑定評価は遅行しがちです。そのため市場価格が先回りで下がり、NAVが後追いで下がる間、P/NAVは“見かけ上”深く割れます。ここで重要なのは、「金利上昇が一巡するのか」「借換コストがどれだけ増えるのか」です。割安に見えても、借換でFFO(資金創出力)が削られるなら割安は正当化されます。
2) 賃料・稼働率要因:景気・需給でキャッシュフローが毀損する
オフィスなら空室率、商業ならテナント退店、物流なら供給過剰、ホテルなら需要ショックなど、セクターごとの“需給サイクル”で賃料と稼働率がぶれます。市場はこの悪化を先に織り込み、NAVにもディスカウントをかけます。ここで見るべきは「一時的な景気循環」か「構造的な需要減」かです。例えばリモートワークの定着はオフィス需要の構造変化になり得ます。一方で都心一等地や大型床など、希少性が高い物件は回復が早いことも多い。セクターだけで切らず、物件の競争力(立地、築年、設備、床仕様)まで落として判断します。
3) 借換・ヘッジ要因:金利リスクの“見える化”不足が大損の元
REITは負債を使います。だからこそ金利が効く。ここで初心者が最も見落とすのが、同じ金利上昇でもREITごとに影響が全く違う点です。固定金利比率、ヘッジ期間、平均残存年数、期限集中(リファイナンス・ウォール)で実態が決まります。P/NAVが低くても、短期借入が多く借換が近いREITは、金利が据え置きでも“将来の利払い増”がほぼ確定し、配当余力が削られます。逆に、固定化とヘッジが厚く残存年数が長いREITは、金利ピークアウト局面で見直されやすい。
4) 資本政策要因:増資(希薄化)リスクと、逆に“価値解放”の余地
REITは成長のために増資をします。P/NAVが1を大きく下回る局面での増資は、既存投資家にとって希薄化になりやすく、ディスカウントを深くします。一方で、自己投資口取得(自社株買いに相当)や合併、スポンサーによる支援はディスカウント縮小の触媒になります。ここでの実務的な見方は、「外部成長を急ぐ体質か」「内部成長(賃料改定、稼働改善、費用削減)で耐えるか」です。外部成長依存でLTVが高いと、増資が必要になりやすい。
5) NAV実現要因:物件売却で“本当にNAVが出るか”
NAV割安が収益化されるには、ディスカウントが縮小するか、NAVが市場に実現される必要があります。後者の典型が物件売却です。保有物件を高値で売り、含み益を確定し、配当や自己投資口取得に回せば、市場は再評価します。逆に、売却が進まず含み益が“机上の数字”のままなら、割安は放置されます。したがって、資産入替の実績、売却益の配分方針、パイプライン(売却候補)を点検します。
“狙える割安”の条件:スクリーニングの実装手順
ここからが実務です。NAV割安戦略は「安い銘柄を買う」ではなく「割安が縮む確率が高い銘柄を、損失限定で仕込む」です。以下の順番でフィルタをかけると、初心者でも再現性が上がります。
ステップ1:P/NAVの深さを確認し、“深すぎる割安”は理由があると疑う
まずP/NAVを見ます。深いディスカウント(例:0.6~0.8)ほど魅力的に見えますが、そこには高い確率で問題が埋まっています。重要なのは「過去の平常時P/NAVレンジ」との比較です。平常時に0.9~1.0で推移するタイプが0.7まで売られたなら、戻りの余地があります。平常時から0.8が常態のタイプは、ガバナンスや流動性、資産の質に恒常的なディスカウントが乗っています。
ステップ2:負債の耐性チェック(ここが最重要)
次に、固定金利比率、平均調達金利、借入期間、期限分散、格付け、LTV(総資産に対する有利子負債比率のイメージ)を点検します。初心者は「利回り」だけを見がちですが、NAV割安を拾う局面は金利がテーマになりやすく、負債耐性が弱いREITは“割安のまま悪化する”ことが多い。目安としては、固定比率が高く、期限分散が効いており、当面の借換ピークが小さいほど良い。逆に、短期借入偏重で借換が近いものは、触媒より先に悪材料が出やすい。
ステップ3:セクター需給の位置を確認し、「悪化の最中」を避ける
オフィス・商業・物流・住宅・ホテル・ヘルスケアなど、どのセクターでも“需給の谷”があります。NAV割安狙いは、谷の底か、底打ちが見え始めたところで効きます。悪化の最中は、NAVがこれから下がる可能性があり、P/NAVの割安が“追いかけてくる”ので危険です。例えば物流REITなら新規供給のピークアウト、オフィスなら空室率の上昇停止、住宅なら賃料改定の継続性、ホテルならADR/RevPARの勢いなど、各セクターの指標で底打ちサインを探します。
ステップ4:触媒(カタリスト)を1つ以上、具体的に持つ
割安が縮むには理由が必要です。触媒がない割安は“放置される割安”になりやすい。触媒の例は以下です。
- 金利ピークアウト(長期金利の低下、スワップレートの低下)
- 物件売却による含み益実現(売却益の分配、自己投資口取得の原資化)
- 自己投資口取得(P/NAV<1での買いは理屈として強い)
- 合併・再編(規模拡大で流動性と指数採用が進む)
- スポンサー支援(資産取得の条件改善、優先交渉権の質向上)
重要なのは「いつ起きるか」をざっくりでいいので想定することです。例えば、借換ピークが過ぎる四半期、売却案件が開示されやすい決算期、政策金利の方向感が変わるタイミングなど、時間軸を持つとトレードとして設計できます。
ステップ5:エントリーは分割、出口はルール化(感情を排除する)
NAV割安は“待つ戦略”です。したがって、買いは一括ではなく分割が基本です。例えば、P/NAVが過去レンジの下限を割ったら1回目、金利がピークアウト方向に転じたら2回目、売却や自社買いの材料が出たら3回目、と段階的に積みます。出口は2つ用意します。①ディスカウントが縮小してP/NAVが平常レンジに戻った、②前提が崩れた(賃料悪化が想定以上、増資が必要、格付け低下など)。前提崩れのサインを事前に決めておくと損失を限定できます。
具体例で理解する:3つの“割安の種類”と、狙い方の違い
例1:金利ショックで一斉に売られたが、負債耐性が高いケース
例えば長期金利が急上昇し、REIT指数が短期間で大きく下落した局面を想定します。市場は「不動産価格が下がる」「借換で利払いが増える」と一括で売ります。しかし個別に見ると、固定金利比率が高く、平均残存年数が長いREITは当面の利払いが増えません。ここでP/NAVが大きく割れているなら、ディスカウントの主因は“恐怖の一括売り”です。金利が一巡し、指標が落ち着くだけでディスカウントが縮みやすい。狙い方は、金利の変化(例えば10年金利やスワップ)をトリガーに段階的に入るのが合理的です。
例2:セクター需給が悪化しており、NAV自体がこれから下がるケース
物流やオフィスなど、供給増で空室率が上がり、賃料が弱含む局面では、価格だけでなくNAV(鑑定評価)が時間差で下がります。つまり、P/NAVは割安に見えても、NAVが下がれば割安は縮まらず、むしろ「割安に見え続ける」ことがあります。このタイプは触媒が必要で、需給の底打ちが確認できるまで“待つ”のが勝ち筋です。無理に拾うなら、同じセクターでも競争力の高い物件に集中したREITを選び、悪化耐性を取りにいきます。
例3:資本政策が原因で恒常ディスカウントが乗っているケース
増資を繰り返し、P/NAVが1を割っていても外部成長を止めない体質のREITは、市場から「また希薄化する」と見られ、恒常的に安くなります。この場合、P/NAVの低さは“構造”であり、触媒なしでは改善しません。狙うなら、方針転換(自己投資口取得の方針、成長速度の調整、内部成長重視)や、スポンサーの再編・合併など、ガバナンスに関わるイベントを条件にします。イベントがないなら、安さだけで買うのは非効率です。
NAV割安戦略の落とし穴:初心者が踏み抜く3つの地雷
地雷1:高利回り=安全と思い込む
分配金利回りが高いのは、価格が下がっているからです。価格が下がるのは理由がある。分配金は将来の賃料や利払いの影響を受けるため、利回りが高いほど“減配リスク”も高いことが多い。NAV割安戦略では、利回りは副次指標で、主戦場はディスカウント縮小です。利回りだけで判断すると、減配でさらに売られ、割安が深掘りされます。
地雷2:流動性が低い銘柄に突っ込み、逃げられなくなる
出来高が薄いREITは、割安が縮みにくいだけでなく、悪材料が出たときに売れません。NAV割安戦略は“損失限定の設計”が重要なので、流動性は軽視できません。具体的には、売買代金、指数採用の有無、投資家層(国内機関比率など)を意識します。
地雷3:NAVの数字を信じすぎ、評価の遅行を織り込めない
NAVは鑑定評価などを用いるため、金利や需給の変化に遅れて追随します。市場価格が先に動き、NAVが後から下がる局面では、P/NAVが“割安に見える罠”になります。したがって、金利とセクター需給が悪化している最中は、P/NAVが低いほど慎重に扱い、底打ちのサインや触媒をセットにします。
売買ルールのテンプレ:個人投資家向けの実装例
ここでは、実際に行動できる形に落としたテンプレを提示します。自分のリスク許容度に合わせて数字は調整してください。
エントリー(買い)条件の例
- P/NAVが過去3~5年レンジの下位10%程度に入る
- 固定金利比率が高く、借換集中が小さい(“次の1~2年”で資金繰りが詰まらない)
- セクター需給が悪化中なら、悪化の加速ではなく“悪化の減速”が見え始めている
- 触媒を1つ以上:金利指標の落ち着き、物件売却の示唆、自己投資口取得方針など
ポジションサイズ(張り方)
一括は避け、3回に分けます。1回目は“観測のための小さな建玉”、2回目は“前提が補強されたとき”、3回目は“触媒が顕在化したとき”。これで平均取得単価が整い、精神的にも崩れにくい。REITはインデックス要因で一斉に動くため、銘柄分散も有効です。ただし、分散しすぎて監視できない状態は逆効果です。セクターを2~3に絞り、各1~2銘柄にするのが現実的です。
出口(利確)条件の例
- P/NAVが平常レンジ(例:0.95~1.05)に戻った
- 触媒イベントが出尽くし、上値余地が薄い
- 分配金利回りが同セクター平均より極端に低くなり、割高サインが出た
撤退(損切り)条件の例
- 増資が不可避な水準までLTVが上がり、希薄化が現実化した
- 格付け見通し悪化、資金調達条件の急悪化
- 賃料・稼働率の悪化が想定を超え、セクター需給の回復が遠のいた
“価格が下がったから損切り”ではなく、“前提が崩れたから撤退”にします。これがNAV割安戦略の基本です。
チェックリスト:買う前に最低限見るべき10項目
- P/NAVの水準と、過去レンジとの比較
- セクター需給(空室率・賃料・供給動向)
- ポートフォリオの質(立地・築年・用途分散)
- LTVと、レンジ運用方針
- 固定金利比率、ヘッジの厚み
- 平均残存年数、期限集中(借換ピーク)
- 格付け・調達チャネルの多様性
- 資産入替の実績(売却益の出し方)
- 資本政策(増資姿勢、自己投資口取得の可能性)
- 触媒の有無(時期の目安を含む)
まとめ:NAV割安は「理由のある価格」—分解できれば武器になる
NAV割安戦略の本質は、割安そのものではなく「割安が縮むメカニズム」を買うことです。金利・賃料・借換/ヘッジ・資本政策・NAV実現の5軸でディスカウントを分解し、戻る割安だけを拾う。これを徹底すれば、REITを単なる利回り商品ではなく、マクロと企業分析が噛み合う“戦略商品”として扱えます。最後にもう一度だけ強調します。P/NAVが低いこと自体は理由にすぎません。理由を言語化できる銘柄だけを、ルールで仕込んでください。
J-REIT特有の論点:日本ならではの“割安の癖”を理解する
日本のREIT(J-REIT)は、海外REITと比べてスポンサー(親会社)の存在感が強く、資本政策や物件供給の質がパフォーマンスに直結します。NAV割安戦略では、スポンサーの体力とインセンティブを読むことが重要です。スポンサーが上場企業で、REITを「資金調達装置」として使う色が濃い場合、P/NAV<1でも増資・物件取得を優先しやすく、ディスカウントが慢性化します。逆に、スポンサーが優良物件を供給し続け、REITの規模拡大と資金調達コスト低下を両立させるタイプは、割安局面で買い場になりやすい。
また日本は、長期金利が他国に比べ低水準で推移しやすい反面、金融政策の転換点では“急な織り込み”が起きます。J-REITは指数に連動した売買が入りやすく、個別要因が良くても一斉に売られることがあります。このとき、負債耐性が高い銘柄ほど過剰に売られ、反発局面で戻りやすい。ここがNAV割安戦略の取りどころです。
金利感応度をざっくり測る:初心者向けの簡易フレーム
厳密なモデルは不要ですが、最低限「金利が1%上がったら分配余力がどれくらい削られるか」をイメージできると失敗が減ります。考え方は単純で、借換で増える利払いがFFOをどれだけ減らすかです。たとえば、近い将来に借換が必要な借入が大きく、固定化も薄い場合、金利上昇は分配金に直撃します。逆に、借換が遠く固定化も厚い場合、当面は影響が出ません。よって、P/NAVが同じでも“安全度”が違う。市場が一括で売ったときに拾うべきは後者です。
実務では、開示資料の「借入金の返済期限の分布」「金利タイプ」「ヘッジ状況」を見て、今後1~2年の借換額が総有利子負債の何割かを確認します。ここが小さいほど、金利ショックは“心理要因”になりやすく、割安が戻りやすい。
データの取り方:どこを見ればNAV割安を定点観測できるか
初心者は、まず銘柄の決算説明資料と適時開示だけで十分です。P/NAV(または投資口価格と1口当たりNAV)、LTV、平均残存年数、固定金利比率、稼働率・賃料改定、資産入替の方針、自己投資口取得の有無。この6点を毎期メモしていくだけで、割安の理由が見えるようになります。さらに余裕が出たら、セクター指標(オフィス空室率、物流賃料、ホテルRevPARなど)を併用し、“悪化中か底打ちか”の判断精度を上げます。
よくある誤解Q&A
Q1:P/NAVが0.7なら必ず1.0に戻るのでは?
A:戻る保証はありません。ディスカウントが恒常的な場合(資本政策、物件の質、流動性、ガバナンスなど)は0.7が“常態”のこともあります。過去レンジと触媒の有無が判断材料です。
Q2:NAVは鑑定評価だから信頼できるのでは?
A:信頼はできますが、遅行します。金利や需給が急変すると、市場価格が先に動き、鑑定評価は後から追随します。悪化局面では“割安に見える罠”があるので、サイクルと触媒が必須です。
Q3:分配金が減らなければ割安は保有し続けていい?
A:分配金が維持されても、増資で希薄化したり、NAVが低下したりすれば総合リターンは伸びません。NAV割安戦略はディスカウント縮小が主目的なので、平常レンジに戻ったら一部利確など、出口も設計します。


コメント