株やFX、暗号資産の取引をしていると、「含み益」「含み損」という言葉はよく耳にすると思います。では、その含み益・含み損を「その日の時価で評価し直す」という考え方＝マークトゥーマーケット（Mark to Market：時価評価）は、具体的に何を意味し、個人投資家にとってどのようなメリット・リスクがあるのでしょうか。
本記事では、マークトゥーマーケットの仕組みを、初心者の方でもイメージしやすいように、株・FX・先物・暗号資産などの具体例を交えながら詳しく解説します。単なる会計用語としてではなく、「自分の資産とリスクをどのように管理するか」という実践的な視点から理解していきます。
マークトゥーマーケットとは何か
マークトゥーマーケットとは、保有しているポジションや資産を「取得価格」ではなく、「現在の市場価格（時価）」で評価し直すことを指します。日本語では「時価評価」「時価会計」などと訳されます。
ポイントは次の3つです。
- その時点の市場価格を基準に、保有資産の価値を計算し直す
- 評価損益（含み益・含み損）を明確に見える化できる
- 証拠金取引では、この評価損益に基づいて「必要証拠金」や「ロスカット水準」が変動する
「買ったときはいくらだったか」ではなく、「今、売ったらいくらになるか」という視点にポートフォリオ全体を更新し続けるイメージです。プロの世界では当たり前の考え方ですが、個人投資家でもこれを意識しているかどうかで、リスク管理の精度が大きく変わります。
取得原価評価との違い：なぜ時価で見る必要があるのか
マークトゥーマーケットを理解するために、あえて「取得原価評価」と比較してみます。
- 取得原価評価：買ったときの価格をずっと基準にする考え方
- マークトゥーマーケット：その時点の時価を基準に評価し直す考え方
例えば、ある株を1,000円で100株購入したとします。取得原価は10万円です。
- Aパターン：株価が1,500円になった（含み益 +5万円）
- Bパターン：株価が700円になった（含み損 -3万円）
取得原価評価だけを見ていると、「自分は10万円分の株を持っている」という意識のままですが、実際にはAなら15万円、Bなら7万円の価値しかありません。マークトゥーマーケットをすることで、
- A：自分の資産が5万円増えている
- B：自分の資産が3万円減っている
という現状を正確に把握できます。特にレバレッジ取引や証拠金取引では、この時価評価を前提に「口座資産」「証拠金維持率」がリアルタイムで変動するため、マークトゥーマーケットの概念を避けて通ることはできません。
マークトゥーマーケットが使われる代表的な場面
マークトゥーマーケットは、次のような商品・取引で頻繁に使われます。
- 株式信用取引
- CFD取引
- FX（証拠金取引）
- 先物取引（株価指数先物、商品先物など）
- 暗号資産の証拠金取引（パーペチュアル先物など）
これらはすべて、「証拠金を担保にポジションを持つ」という仕組みです。取引所や証券会社は、投資家のポジション価値を時価で計算し、評価損が大きくなりすぎれば追加証拠金の請求やロスカットを行います。つまり、マークトゥーマーケットは、投資家の信用リスクを管理するための仕組みとして機能しています。
具体例1：FX口座でのマークトゥーマーケット
FXの例で、時価評価がどのように口座残高に反映されるかを見てみます。
前提条件：
- USD/JPYを1ドル=150円で1万通貨買い（ロング）
- 必要証拠金は5万円とする
- 口座残高は10万円でスタート
このとき、ドル円の価格が変動するにつれて、評価損益は次のように変化します。
- 151円になった場合：+1円 × 1万通貨 = +1万円の含み益
- 148円になった場合：-2円 × 1万通貨 = -2万円の含み損
FX口座では、この含み損益がリアルタイムに「有効証拠金」として口座に反映されます。
- 151円のとき：口座残高10万円 + 評価益1万円 = 有効証拠金11万円
- 148円のとき：口座残高10万円 – 評価損2万円 = 有効証拠金8万円
ここで重要なのは、まだポジションを決済していなくても、時価評価に基づいて口座の安全度が管理されているという点です。一定の水準まで有効証拠金が減るとロスカットが発動するため、「含み損だからまだ大丈夫」と考えていると、マークトゥーマーケットによるロスカットルールに引っかかる可能性があります。
具体例2：先物取引のデイリーマージン（毎日の損益精算）
株価指数先物や商品先物では、マークトゥーマーケットがより徹底的に運用されます。代表的なのが「デイリーマージン（毎日の損益精算）」です。
簡略化した例で見てみます。
前提条件：
- 日経225先物を30,000円で買い建て
- 取引単位は1枚＝指数×100円とする
1日目の終値が30,500円だった場合。
- 評価益：500円 × 100円 = 5万円
- この5万円が、実際に口座に振り込まれる（デイリーマージン）
逆に、2日目の終値が30,100円に下がった場合。
- 前日比 -400円 × 100円 = -4万円
- 4万円が口座から差し引かれる（デイリーマージン）
このように、先物取引では、未決済のポジションであっても、毎日マークトゥーマーケットによって損益が実現（精算）される仕組みになっています。損失が続けば、追加証拠金（マージンコール）が発生し、それに応じられなければ強制決済（ロスカット）されます。
暗号資産デリバティブとマークトゥーマーケット
ビットコインやイーサリアムのパーペチュアル先物（無期限先物）でも、マークトゥーマーケットの考え方が使われています。多くの暗号資産取引所では、
- ポジションの評価損益をリアルタイムで計算
- 一定の証拠金維持率を下回ると自動的にポジションを清算
といった仕組みが導入されています。このとき、清算価格（リクイデーションプライス）は、マークトゥーマーケットされた評価損益と、有効証拠金の残高によって決まります。
暗号資産市場はボラティリティが大きいため、マークトゥーマーケットのスピード感も非常に速く、短時間で有効証拠金が減少し、強制ロスカットに至るケースも少なくありません。レバレッジ取引を行う個人投資家にとっては、
- 「現在の含み損益」だけでなく「ロスカット水準」
- 「口座全体の有効証拠金」
を常に意識することが重要です。
マークトゥーマーケットがもたらすメリット
マークトゥーマーケットには、投資家にとって次のようなメリットがあります。
- 資産状況の見える化：今、自分の資産がいくらの価値なのかを常に把握できる
- リスク管理がしやすい：評価損益をリアルタイムで確認し、ロット調整やポジション縮小を判断できる
- 過大なレバレッジの抑制：評価損が増えれば証拠金維持率が下がるため、自然とリスクに目が向く
特に、ポートフォリオ全体をマークトゥーマーケットで管理することで、
- 「思った以上に、特定の銘柄や通貨ペアに偏っていた」
- 「特定の相場急変に弱いポジション構成になっていた」
といったリスクの偏りに気づきやすくなります。
マークトゥーマーケットのデメリット・注意点
一方で、マークトゥーマーケットにはデメリットや注意点もあります。
- 短期の価格変動に過剰反応しやすい：日々の評価損益に振り回され、長期の投資ストーリーを見失いやすい
- 一時的な下落でも、強制ロスカットにつながることがある：本質的価値が変わっていなくても、短期のボラティリティでポジションが強制的に解消される
- メンタルへの負担が大きい：毎日資産額が上下するため、心理的ストレスが蓄積しやすい
特にレバレッジ取引で問題になりやすいのが、
- 「長期的には上昇トレンドを想定していたが、途中の急落でロスカットされた」
- 「一時的な乱高下で有効証拠金が削られ、その後の戻り相場を取り逃した」
といったケースです。これは、マークトゥーマーケットが「途中経過の損益」を強制的に確定させてしまう側面を持つためです。
個人投資家がマークトゥーマーケットを活用する具体的な方法
ここからは、個人投資家がマークトゥーマーケットの考え方をどのように実務に落とし込めるかを、具体的に説明します。
1. ポートフォリオを「取得額」ではなく「時価ベース」で管理する
まず、株・投信・ETF・暗号資産を含めたポートフォリオを、取得額ではなく「時価ベース」で一覧できるようにしておくことが重要です。
- 証券会社や取引所の管理画面をそのまま利用する
- スプレッドシートや家計簿アプリに、時価を定期的に入力して更新する
ポイントは、「今いくら持っているか」を常に把握する習慣をつけることです。これにより、ある銘柄や資産クラスに過度に偏っていないかをチェックしやすくなります。
2. レバレッジ取引では「有効証拠金」と「ロスカット水準」を日次で確認する
FXや先物、暗号資産の証拠金取引では、毎日以下を確認することをおすすめします。
- 口座残高（元本）
- 評価損益（マークトゥーマーケット後の損益）
- 有効証拠金
- 証拠金維持率
- ロスカット水準（清算価格）
例えば、「証拠金維持率が150％を割り込んだらポジションを半分に減らす」といった、事前ルールを決めておくことで、マークトゥーマーケットによる急なロスカットを避けやすくなります。
3. 一時的な評価損と「許容すべきリスク」を区別する
時価評価で資産が減っているときに重要なのは、
- その評価損が「想定の範囲内」なのか
- ポジションサイズが、自分のリスク許容度に対して適切か
を冷静に判断することです。例えば、
- 「最大ドローダウンは資産の20％まで」と自分でルールを決めていたのに、すでに25％下落している
- 想定していたシナリオ（業績やマクロ環境）が崩れたのに、ただ含み損が戻るのを期待して放置している
といった場合、マークトゥーマーケットされた評価損を「シグナル」として受け止め、ポジション調整や見直しを検討する必要があります。
マークトゥーマーケットとメンタルコントロール
マークトゥーマーケットは、合理的なリスク管理には欠かせない一方で、メンタルへの影響も大きい仕組みです。評価損益がリアルタイムで変動する画面をずっと見ていると、
- 小さな値動きに一喜一憂してしまう
- 感情的なロスカットやナンピンをしやすくなる
といった問題が生じます。この対策として、
- 評価損益を見る頻度を意図的に減らす（例えば1日1回まで）
- 「見る時間」を決める（寄り付きと引け前など）
- 短期トレードと長期投資の口座を分ける
といった方法が有効です。「マークトゥーマーケット」は避けられない前提として、その情報との付き合い方を設計するイメージです。
マークトゥーマーケットと長期投資
インデックス投資や長期の積立投資（ドルコスト平均法）を行っている場合でも、時価評価の考え方は大切です。ただし、
- 短期の値動きではなく、積立総額に対する評価額を見る
- 暴落時でも、想定していたリスク範囲内かどうかで判断する
といった視点を持つことで、「日々の評価額が上下するのは当たり前」と捉えやすくなります。
例えば、
- 積立総額：300万円
- 評価額：240万円（▲20％）
という状況なら、「20％の含み損は自分の想定していたリスク内か」「資産配分に偏りはないか」といった観点で見直しを行うことができます。マークトゥーマーケットは、短期トレードだけでなく、長期投資における「リスクの見える化」にも役立ちます。
まとめ：マークトゥーマーケットを味方につける
マークトゥーマーケット（時価評価）は、一見すると「毎日資産が増えたり減ったりして落ち着かない仕組み」に見えるかもしれません。しかし、本質的には、
- 「今、自分の資産がいくらの価値なのか」を正しく把握するための考え方
- 証拠金取引において、過大なリスクをとりすぎないよう管理するための仕組み
です。個人投資家としては、
- ポートフォリオを時価ベースで定期的にチェックする
- レバレッジ取引では、有効証拠金やロスカット水準を日次で確認する
- 評価損益に感情的に振り回されないためのルールを自分で決める
といった工夫を行うことで、マークトゥーマーケットを「敵」ではなく「リスク管理の味方」として活用できるようになります。
日々の時価評価に追われるのではなく、それを手掛かりに「どの程度のリスクなら自分は許容できるのか」を見つめ直すことが、長くマーケットに居続けるための重要な一歩となります。
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