「勝ち方」を学ぶ前に、まず「負け方」を設計します。最大ドローダウン(Maximum Drawdown, MDD)は、運用曲線(エクイティカーブ)が過去最高値からどれだけ落ち込んだかを示す、資金管理の中核KPIです。MDDを統制できれば、どの相場局面でも“生き残る”確率が上がります。本稿では初心者の方でも実装できるよう、定義・計算・目安・運用ルール・テンプレートまでを実務レベルで解説します。
最大ドローダウン(MDD)とは何か
MDDは「過去のピークからボトムまでの最大下落率(または金額)」です。エクイティカーブ(累積損益や口座残高の推移)上で、最高値から最安値までの落ち込みが最も大きかった区間をMDDと呼びます。例えば口座残高が100万円→140万円→110万円→180万円→150万円と推移した場合、140→110万円の落ち込みは−21.4%、180→150万円の落ち込みは−16.7%。このときMDDは−21.4%です。
なぜMDDが最重要なのか
第一に再起に必要なリターンが非線形だからです。−10%の損失から原点復帰には+11.1%、−30%なら+42.9%、−50%なら+100%が必要です。第二に、心理的な痛みは利益よりも強い(損失回避)ため、深いDDはルール破り・オーバートレード・難平を誘発します。第三に、資金が尽きればゲーム終了なので、年率リターンよりもまずMDDの上限を決めるほうが合理的です。
定義と計算方法(手順と式)
エクイティの時系列を E_0, E_1, ..., E_t
とします。時点tまでの過去最大値を P_t = max(E_0..E_t)
、ドローダウンを DD_t = (E_t - P_t) / P_t
と定義すると、最大ドローダウンは MDD = min_t(DD_t)
です(負の値、率表記の場合)。金額表示なら DD_t^{¥} = E_t - P_t
、MDD^{¥} = min_t(DD_t^{¥})
です。
サンプル計算
時点 | エクイティ(万円) | ピーク(万円) | DD(%) |
---|---|---|---|
0 | 100 | 100 | 0.0% |
1 | 120 | 120 | 0.0% |
2 | 108 | 120 | -10.0% |
3 | 135 | 135 | 0.0% |
4 | 115 | 135 | -14.8% |
5 | 140 | 140 | 0.0% |
6 | 126 | 140 | -10.0% |
この例のMDDは−14.8%です。
MDDの目安と「自分の許容度」の決め方
万人に共通の正解はありませんが、生活資金・投資目的・投資期間・収入安定性を加味して決めます。初心者の目安は「MDD=−10%〜−20%」が現実的です。MDDが−30%を超える設計は、収入が不安定・レバレッジが高い・難平癖がある場合に破綻確率を急上昇させます。
- 短期・裁量中心:MDD上限は厳しめ(−10%前後)。日次DD閾値(例:−3%)で取引停止。
- 中期・分散:MDD上限は中程度(−15%〜−20%)。相関を下げて許容度を確保。
- 長期・積立:市場平均の歴史的DD(株式は−50%規模も)を前提に、拠出設計で吸収。
実装フレームワーク(5ステップ)
- MDDの上限を決める:例)口座100万円、許容MDD=−15%(−15万円)。
- 1トレード許容損(R)を設定:例)口座の0.5%=5,000円。
- 損切り幅から枚数(ロット)を逆算:R ÷ 損切り幅=数量。
- トレーリングで利益保全:ATRや直近安値高値を基準に段階追随。
- DD監視ルール:日次・週次・累積でアラート。閾値でサイズ縮小・冷却期間・ヘッジ発動。
ポジションサイジングの具体式
固定比率法(Fixed Fractional)
口座残高の一定割合を毎回リスクに晒します。例えばR=口座×0.5%なら、損切りまでの距離が50pipsならFXでは「数量=R÷(1pipsあたり損益×50)」で計算します。優点はシンプルで破綻耐性が高い点、欠点は資産増減に応じて枚数が揺れる点です。
ボラティリティ連動(ATRベース)
平均的な日中変動(ATR)で損切り幅を決め、リスクを一定に保ちます。数量=R ÷ (ATR×k)
。株やビットコインなど価格単位が異なる資産を跨ぐときに効きます。
Kelly Lite(控えめケリー)
勝率p
、平均損益比b
として、フルケリーはf* = p - (1-p)/b
。実務では過大になりがちなので、0.25〜0.5倍
に縮小して採用します。過去データに過適合しないよう、直近の実際の成績で更新し、急拡大を抑えるキャップ(例:1トレード最大0.5〜1.0%)を併用します。
損切りの設計:価格ベースと時間ベース
価格ベースでは、直近スイング高安・サポレジ・ボリンジャーバンド外など、チャートの無効化点に置きます。時間ベースでは、想定シナリオが成立しなかった時間(例:ロンドン時間終了)でクローズ。これらを組み合わせ、Rは常に一定に保ちます。
トレーリングストップの実践
- 段階追随:建値到達で半分利確、残りに
建値+α
のストップ。 - ATRトレール:終値−(ATR×k)を日次更新。上昇相場で利益を最大化。
- 直近安値高値トレール:安値割れ/高値超えでクローズ。トレンドフォローに相性良。
注意点は、トレール幅が狭すぎるとノイズで刈られ、広すぎると利益返却が大きくなることです。資産のボラティリティに応じてkを最適化します(例:FXメジャーなら1.5〜2.5、BTCなら2.0〜3.0など)。
分散と相関でMDDを下げる
相関係数が低い資産を組み合わせると、単一資産のDDが相殺され、ポートフォリオMDDは低下します。株式×債券、円建て×ドル建て、現物×デルタヘッジなど、収益ドライバーの異なるペアを選びます。単に銘柄数を増やすだけでは相関が高いと効果が薄い点に注意します。
ヘッジの使い方(初心者版)
- プロテクティブ・プット:株やBTCの下落に備え、保険としてプットを少量買う。保険料(プレミアム)をコストとして織り込む。
- コーラ―(Covered Call+Put):保険料をコール売りで一部賄い、純コストを抑制。
- 先物ヘッジ:現物ロングに対して先物をショートしてデルタを圧縮。比率はベータやドル換算で調整。
DD監視と運用ルール
- 日次DD:当日損失が口座の−2%に達したら取引停止、翌営業日まで冷却。
- 週次DD:週次で−5%に達したら翌週はサイズ半減。
- 累積MDD警戒帯:−10%到達で新規を半減、−15%で停止+ヘッジ、−20%で戦略見直し。
動的レバレッジ:ボラティリティに応じて攻守を切替
VIXやATRなどのボラティリティ指標が高いときはサイズを縮小、低いときは拡大するだけで、同一戦略でもMDDが改善することがあります。単純ルール:サイズ比=目標ボラ/直近ボラ
(キャップ付き)。
Excelで作る「MDDダッシュボード」
- 取引ごと(または日次)の累積損益列(E列)を作成。
- ピーク列(P列):
=MAX($E$2:E2)
。 - DD列(D列):
=E2/P2-1
。 - MDDセル:
=MIN(D:D)
。 - アラート:条件付き書式で
D<=-0.10
を赤表示など。
MQL4でのMDD計算&サイズ制御(初心者向け最小例)
// 最大ドローダウンを簡易計測し、ロットを自動調整する例
double MaxEquity=0, MaxDD=-0.0;
double RiskPerTrade = 0.005; // 口座の0.5%
double StopPips = 50; // 想定損切り幅
double PipValuePerLot = 1000; // 通貨ペアに合わせて調整
int OnInit(){ MaxEquity = AccountEquity(); return(INIT_SUCCEEDED); }
void OnTick(){
double eq = AccountEquity();
if(eq > MaxEquity) MaxEquity=eq;
double dd = (eq/MaxEquity - 1.0);
if(dd < MaxDD) MaxDD = dd;
// 累積DDが-10%を超えたらロット半減
double risk = RiskPerTrade;
if(MaxDD <= -0.10) risk *= 0.5;
// ロット計算(概算)
double riskJPY = AccountBalance() * risk;
double lot = MathMax(0.01, riskJPY / (PipValuePerLot * StopPips));
// lot を使って新規注文を行うロジックに接続(省略)
}
ケーススタディ(数値で実感)
ケース1:株式インデックス積立×トレーリング
毎月3万円積立、リスク許容MDD=−15%。平常時は等金額積立、景気後退期のテクニカル(200日線割れが3ヶ月継続)では新規拠出を現金にプールし、復帰で再投入。結果、フルインベストより上昇相場ではやや劣後するが、DDは−21%→−13%に改善し、心理耐性が向上。
ケース2:USD/JPYスイング(ATR×固定R)
口座100万円、R=0.5%=5,000円。ATR(14)が1.2円、損切り=ATR×1.5=1.8円なら数量=5,000÷(1円あたり損益×1.8)。利確はRR=1:1.5、移動平均クロスで部分利確。結果、勝率48%でもMDDは−12%に収まり、年率10%前後の安定運用に。
ケース3:BTC現物ロング+先物ショート(コアシング)
現物の長期成長は取りつつ、イベント時は先物でデルタを0.3〜0.7へ調整。急落時のDDは現物オンリーの−45%に対し、ヘッジ有りは−22%に抑制。上昇相場ではトレーリングでヘッジを徐々に外す運用で、カーブの滑らかさが向上。
チェックリスト(コピペ運用OK)
- 許容MDD(%/金額)を紙に明記しているか。
- 1トレードR(口座%)は固定か。
- 損切りは価格・時間の両輪で定義したか。
- トレーリングの更新頻度と幅(ATR係数など)を決めたか。
- DDアラートの閾値(−10/−15/−20%)と対応を定義したか。
- 相関の低い資産を組み合わせたか。
- ヘッジの選択肢(プット、コーラ―、先物)を準備したか。
- 月1回、実現損益でサイズを見直しているか。
よくある誤解と落とし穴
- 短期で一気に取り返そうとする:サイズを上げるほどMDDは深くなり、負の連鎖へ。
- 難平で平均取得単価を下げる:想定外シナリオの深堀りを招き、MDDが指数関数的に悪化。
- 相場が落ち着くのを待たない:冷却期間のルールが無いと、感情ドリブンで損失が拡大。
まとめ:勝ち続ける鍵は「MDDの先回り」
高リターンは魅力ですが、資金が尽きれば機会は来ません。まずは許容MDDを明確化し、Rの固定・損切り・トレーリング・分散・ヘッジ・DDアラートをワンセットで実装しましょう。今日からできる最小セットは「R=0.5%、ATR×1.5の損切り、ATRトレール、−10/−15/−20%ルール」。この枠組みだけでも、エクイティカーブの“谷の深さ”は目に見えて浅くなります。
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