同じ「100万円の含み損」でも、平然としていられる人もいれば、夜眠れなくなる人もいます。投資で長く生き残れるかどうかは、この「どこまでの損失なら精神的・金銭的に耐えられるか=リスク許容度」をどれだけ正確に理解し、それに合わせてポートフォリオを組んでいるかで大きく変わります。
本記事では、リスク許容度を単なる感覚ではなく「数字」で把握し、その数字から逆算してポートフォリオを設計する具体的な手順を解説します。難しい理論は最小限に抑えながら、今すぐ電卓と紙だけで実行できるレベルまで落とし込んでいきます。
リスク許容度とは「お金・時間・メンタル」のバランスで決まる
リスク許容度というと「どれくらいの値動きに耐えられるか」というイメージが強いですが、実際には次の3つの要素の掛け算で決まります。
- ① お金:最悪どこまで損をしても生活が壊れないか
- ② 時間:その損失から回復するまでに使える時間がどのくらいあるか
- ③ メンタル:評価損を抱えた状態でどの程度冷静でいられるか
例えば、独身で貯金も多く、仕事も安定している20代は「お金」「時間」「メンタル」の余裕が大きいため、比較的高いリスクを取ることができます。一方、子どもがいて住宅ローンもある40代は、同じ収入でも「お金」の余裕が小さくなるため、リスク許容度は下がります。
ここで重要なのは、「年齢だけ」で判断しないことです。同じ30代でも、貯金100万円の人と、貯金1,000万円+親からの支援も見込める人では、取れるリスクの量がまったく違います。年齢はあくまで一つの目安であり、本質はキャッシュフローとバランスシート(資産・負債)です。
ステップ1:生活防衛資金を先に切り分ける
リスク許容度を考えるとき、最初にやるべきことは「投資に回さないお金」を決めることです。これがいわゆる生活防衛資金です。
目安としては、生活費の6〜12か月分がよく使われます。自営業や収入が不安定な人、扶養家族が多い人は12か月以上、安定した会社員で独身なら6か月でもよい、というイメージです。
具体例を見てみます。
- 手取り月収:25万円
- 平均生活費(家賃・食費・光熱費・通信費など):月20万円
- 現在の金融資産(預金+投資信託+株式など):400万円
このケースで、生活防衛資金を「生活費8か月分」とすると、20万円×8か月=160万円となります。まずこの160万円は、原則として元本が減らない形(普通預金・定期預金・個人向け国債など)で確保し、「投資に回さないゾーン」として分けておきます。
残りの400万円−160万円=240万円が「投資可能ゾーン」です。この時点で、あなたのリスク許容度は最大でも240万円までの損失という上限が見えてきます。
ステップ2:最大どこまで含み損に耐えられるかを数字にする
次に、「投資可能ゾーン」のうち、評価額がどこまで減っても行動を誤らないか、具体的な金額で決めます。ここで重要なのは、「理屈上耐えられる金額」ではなく、「本当に起こったときにパニック売りしない金額」です。
先ほどの例で、投資可能ゾーンが240万円あるとします。このとき、次のようなイメージで考えます。
- 240万円のうち、いくらまでなら含み損になっても冷静でいられるか?
- −50万円? −80万円? −120万円?
ここで、「−50万円までは『痛いけれど耐えられる』が、−100万円になると毎日スマホで残高を見て不安になる」と感じるなら、あなたの現実的なリスク許容度は−50万円〜−80万円程度と考えるのが妥当です。
この「自分が本当に耐えられる損失額」を、投資可能資金で割ると、ざっくりとしたリスク許容度の割合が出ます。
例えば、
- 投資可能資金:240万円
- 耐えられる損失額:−70万円
とすると、リスク許容度(損失許容割合)は
70万円 ÷ 240万円 ≒ 約29%
となります。つまり、「全体の評価額がピークから3割くらい減っても、精神的にギリギリ耐えられる」というイメージです。
ステップ3:リスク許容度から株式比率を逆算する
次に、この損失許容割合から、おおまかな株式比率を決めていきます。ここではあくまでシンプルな近似として、「株式部分は最大で半分〜3分の2程度のドローダウンが起こり得る」と仮定します。
世界株インデックスであっても、リーマン・ショック級の暴落ではピークから50%前後落ちることがあります。個別株中心なら、70%以上落ちることも珍しくありません。ここでは保守的に、
- インデックス中心:最大50%の下落を想定
- 個別株・ハイボラティリティ資産中心:最大70%の下落を想定
とします。
先ほどの例で、あなたの許容ドローダウンが約30%だとすると、「ポートフォリオ全体の最大下落率=株式比率×株式の想定最大下落率」で近似できます。
インデックス中心で最大下落率50%を想定するなら、
株式比率 × 50% ≒ 30% → 株式比率 ≒ 60%
となります。つまり、
- 株式・株式型投信・株式ETF:60%
- 債券・債券型投信・MMF:30%
- 現金・短期預金:10%
のような配分が、あなたのリスク許容度とおおむね整合的なポートフォリオと言えます。
リスク許容度別のモデルポートフォリオ例
ここからは、あくまで一つの参考として、リスク許容度の違いごとのモデルポートフォリオを示します。具体的な商品名ではなく、「どの資産クラスをどれくらい持つか」という視点に絞ります。
ケースA:リスク許容度が低い(最大20%程度の下落まで)
- 国内外の株式インデックス:30%
- 投資適格債券(国内外):40%
- 短期国債・MMF・現金:30%
このケースでは、株式部分はあえて控えめにし、その分、価格変動の小さい債券と現金を厚めに持ちます。大きな上昇相場ではリターンは物足りなくなりますが、その代わり、暴落時の精神的ストレスはかなり軽くなります。
ケースB:リスク許容度が中くらい(最大30%前後の下落まで)
- 国内外の株式インデックス:50〜60%
- 投資適格債券(国内外):20〜30%
- 短期国債・MMF・現金:10〜20%
先ほどの計算例に近いのがこのイメージです。株式部分が過半を占めつつも、債券と現金でクッションを持たせることで、暴落時の下落率をある程度抑えます。長期の期待リターンと精神的安定のバランスが取りやすい構成です。
ケースC:リスク許容度が高い(最大40〜50%の下落も受け入れられる)
- 国内外の株式インデックス・株式ETF:70〜80%
- 投資適格債券:10〜20%
- 短期国債・MMF・現金:0〜10%
このケースでは、株式部分がポートフォリオの大半を占めます。長期保有を前提とし、短期的な大きなドローダウンを許容できる人向けです。ただし、実際にはここまでリスクを取れる人はそれほど多くなく、「頭では分かっていても、40%の含み損で耐えられずに売ってしまう」ケースも頻発します。
商品ごとの「リスクの強さ」を感覚ではなく階段で理解する
リスク許容度からポートフォリオを考える際、各商品の「リスクの強さ」を階段状にイメージしておくと便利です。例えば次のような感覚です。
- ステージ1:普通預金・定期預金・個人向け国債(変動10年)
- ステージ2:短期国債・国内外の短期債券・MMF
- ステージ3:投資適格債券インデックス(国内外)
- ステージ4:世界株インデックス・先進国株インデックス
- ステージ5:新興国株インデックス・セクターETF・高配当株
- ステージ6:個別株・テーマ株・レバレッジ商品
この階段を意識すると、「自分のポートフォリオがどのステージにどれだけ偏っているか」を視覚的に把握できます。リスク許容度が低いのにステージ5〜6が大半を占めているなら、明らかに構成が合っていないということです。
トレード資金と長期投資資金は必ず分ける
短期トレードも行う場合、リスク許容度を考えるうえで重要なのが、「長期投資用の資金」と「短期トレード用の資金」を完全に分けることです。
具体的には次のように区分します。
- 長期投資用:老後資金・将来の大きな支出(住宅・教育など)に向けた資金。原則として10年以上使わない前提で、インデックス中心に分散投資。
- 短期トレード用:「最悪ゼロになっても生活に影響しない」と割り切れる資金。FXや個別株の短期売買に使う。
このとき、短期トレード用の資金は、総金融資産の10〜20%以内に抑えるのが一つの目安です。残りの80〜90%は長期投資用として安定感のあるポートフォリオに置いておくことで、「トレードで損をしても、人生全体の設計は崩れない」状態を維持できます。
よくある失敗パターンと、その裏にあるリスク許容度のズレ
リスク許容度とポートフォリオが噛み合っていないと、次のようなパターンに陥りがちです。
パターン1:上昇相場でリスクを上げ、暴落で投げる
相場が好調なとき、「もっと買っておけばよかった」と感じて株式比率をどんどん上げてしまい、結果として天井近くでフルポジションになってしまうパターンです。その後、暴落が来ると想定以上の含み損に耐えられずに投げ売りし、「高値掴み+安値売り」の最悪の結果になります。
これは、一時的な強気の気分に合わせてリスクを決めてしまい、本来のリスク許容度を大きく超えてしまっていることが原因です。普段から「自分の合理的な株式比率」を決めておき、それ以上には上げないルールを作ることで回避できます。
パターン2:含み損が怖くて現金比率が高すぎる
反対に、損をするのが怖すぎて、いつまでも現金で持ち続けてしまうパターンもあります。インフレが進んでいる局面では、名目上お金は減っていなくても、実質的な購買力は徐々に失われていきます。
この場合、本来のリスク許容度よりも過度に保守的になっている可能性があります。小額から段階的にインデックス投資を始める、積立額をゆっくり増やしていくなど、「時間をかけて慣れる」というアプローチが有効です。
パターン3:生活防衛資金まで投資に回してしまう
ボーナスや一時的な資金余りで勢いよく投資を始め、「気づいたら生活防衛資金まで株や暗号資産に突っ込んでいた」というケースです。その後、不測の出費や収入減があると、安値で売らざるを得なくなり、致命傷につながることがあります。
これは、「投資に回してよいお金」と「絶対に減らしてはいけないお金」の線引きが曖昧なことが原因です。先に生活防衛資金を切り分け、投資口座と生活口座を分けて運用することで防ぎやすくなります。
セルフチェックリスト:あなたのポートフォリオはリスク許容度と合っているか
最後に、今のポートフォリオが自分のリスク許容度と整合しているか確認するためのチェックリストを示します。いくつ当てはまるか、冷静に振り返ってみてください。
- ・生活防衛資金として、少なくとも生活費6か月分以上を安全資産で確保している。
- ・「この金額までなら含み損になっても許容できる」という具体的な数字を言える。
- ・その許容損失額を、投資可能資金で割った「損失許容割合(%)」を把握している。
- ・株式・債券・現金それぞれの比率を、ざっくりではなく数字で説明できる。
- ・短期トレード用の資金は、総金融資産の20%以内に抑えている。
- ・直近の相場環境に関係なく、同じ方針で積立やリバランスを続けている。
- ・過去の暴落局面で、「眠れないほどの不安」を感じることなく耐えられた、もしくはその経験から比率を見直した。
これらに多く当てはまるほど、あなたのポートフォリオはリスク許容度と整合的である可能性が高いと言えます。逆に、ほとんど当てはまらない場合は、一度資産配分をゼロベースで見直す価値があります。
今日からできる具体的アクションプラン
最後に、この記事を読み終えた今日から実践できる、シンプルなアクションプランをまとめます。
- ① 家計簿アプリや通帳を見ながら、「平均月間生活費」と「現在の金融資産」を把握する。
- ② 生活費の何か月分を生活防衛資金とするか決め、その金額をメモする。
- ③ 投資可能資金(=金融資産−生活防衛資金)を計算する。
- ④ 「このくらいまでの含み損なら耐えられる」と感じる金額を、感覚ではなく数字で書き出す。
- ⑤ ④の金額を③の投資可能資金で割り、損失許容割合(%)を算出する。
- ⑥ その損失許容割合から、株式・債券・現金のおおまかな比率を決める。
- ⑦ 今のポートフォリオが⑥で決めた比率から大きく外れていないか確認し、必要なら段階的にリバランスする。
リスク許容度とポートフォリオ設計は、一度決めて終わりではなく、ライフステージや収入、家族構成の変化に応じてアップデートしていくものです。定期的に見直しながら、「無理なく続けられるリスクの量」を維持していくことが、長期的な資産形成の土台になります。


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