短期国債(T-Bills)+株価指数で相場転換に備えるヘッジ戦略とは
株式インデックスに長期で投資していると、どうしても気になるのが「いつか来る大きな下落」です。とはいえ、常に現金に逃げていては、せっかくの上昇相場の果実を取りこぼしてしまいます。そこで本記事では、ポートフォリオの一部を短期国債(T-Bills)に振り分けることで、株価指数の相場転換に備えるヘッジ戦略について解説します。
ここで説明するのは、プロが使うような複雑なデリバティブではなく、「株価指数+短期国債ETF」というシンプルな組み合わせです。仕組みさえ理解してしまえば、個人投資家でも十分に運用できる戦略です。
なぜ短期国債なのか:ヘッジの“土台”を理解する
ヘッジというと「先物」や「オプション」をイメージする方が多いですが、実務的にまず検討すべきなのは、もっと素朴な「安全資産」の活用です。その代表が短期国債(T-Bills)です。
短期国債(T-Bills)の特徴
短期国債には次のような特徴があります。
- 満期が1年以内と短く、金利変動による価格のブレが小さいです。
- 発行体が政府であるため、信用リスクが極めて低いとみなされます。
- 利回りは高くありませんが、株式のような大きなドローダウンを起こしにくいです。
特に「価格のブレが小さい」という点が重要です。株式が20%、30%と下落している局面でも、短期国債は価格がほとんど動かず、淡々と利息を生み続けることが期待できます。ヘッジの土台として非常に扱いやすい金融商品です。
日本の個人投資家が使える“短期国債的なもの”
日本の個人投資家が実際に利用しやすい手段としては、次のようなものがあります。
- 米国短期国債ETF(例:残存期間1年未満の国債を集めたETF)
- 米ドル建ての公社債MMF(実質的に短期債券に投資する投信)
- 国内の短期国債ファンド(残存期間が短い国債で運用する投信)
どれを使う場合も、「価格変動が比較的小さい安全資産」として機能するかどうかがポイントです。名称だけで判断せず、実際の値動きチャートを確認することをおすすめします。
株価指数と短期国債の“役割分担”を考える
相場転換ヘッジ戦略の基本は、「攻めの資産」と「守りの資産」を組み合わせて、ポートフォリオ全体のドローダウンを抑えつつ、上昇相場の恩恵も取りにいくことです。
株価指数:成長を取りに行くエンジン
株価指数(例:S&P500、NASDAQ100、日経225など)は、長期的には経済成長と企業利益の拡大を反映して上昇しやすい資産です。一方で、景気後退や金融ショックの局面では、短期間で30%以上下落することもあります。
つまり、株価指数は「長期的なリターンの源泉」ですが、「短期的な価格変動が大きい」という弱点も持っています。この弱点を緩和する役割を短期国債が担います。
短期国債:相場が荒れたときの“避難所”
短期国債は、リターンの期待値はさほど高くありませんが、株式が急落する局面でも価格がほとんど動かず、むしろ利息を受け取り続けられる点が魅力です。株価指数が下落している間も、短期国債部分は安定し、ポートフォリオのダメージを和らげてくれます。
さらに、下落局面で短期国債を売却して株価指数を買い増すことで、「安くなったところで株を拾う原資」としても機能します。この二重の役割が、短期国債をヘッジ戦略の中核に据える理由です。
相場転換ヘッジ戦略の基本設計
ここからは、具体的な戦略設計を考えていきます。大枠の考え方はシンプルです。
- 平常時:株価指数の比率を高め、短期国債はサブのポジション
- 警戒時:株価指数を減らし、短期国債の比率を高めてドローダウンを抑える
- 底打ち~回復局面:短期国債を売却して、株価指数に徐々に戻す
ポイントは、「将来の値動きを当てにいく」のではなく、「リスクが高まっている局面では攻めすぎない」というリスク管理の発想です。
ルール例①:移動平均線を使ったシンプルヘッジ
初心者でも取り入れやすいのが、株価指数の移動平均線を使ったルールです。たとえば、次のようなルールが考えられます。
- 株価指数が200日移動平均線の上にあるとき:株80%、短期国債20%
- 株価指数が200日移動平均線を下抜けたとき:株50%、短期国債50%
- 株価指数が200日移動平均線を明確に回復したとき:株80%、短期国債20%に戻す
このように、「トレンドが崩れたら短期国債の比率を増やす」というシンプルなルールでも、何もしないのに比べてドローダウンを大きく抑えられる可能性があります。
ルール例②:ボラティリティ指標を組み合わせる
もう少し踏み込んだ方法として、ボラティリティ指標(例:VIXなど)と組み合わせる手もあります。
- 株価指数が200日移動平均線を下回り、かつボラティリティ指標が一定水準以上に急騰
- この条件を満たしたら、株の比率をさらに落とし、短期国債を厚くする
これにより、「トレンドの悪化」と「市場不安の高まり」が同時に起きている局面で、防御を一段と厚くすることができます。逆に、トレンドが回復し、ボラティリティも低下してきたら、徐々に株の比率を戻していくイメージです。
具体例:100万円ポートフォリオでイメージする
ここでは、基準例として100万円のポートフォリオを想定し、株価指数と短期国債の比率を変えたときのイメージを整理します。
シナリオ①:何もしない純粋な株100%の場合
前提として、次のような局面を仮定します。
- 上昇局面:株価指数が1年間で+20%上昇
- 下落局面:株価指数が半年で−30%下落
株100%で運用している場合、上昇局面では100万円が120万円になりますが、下落局面では100万円が70万円まで減ってしまいます。精神的なダメージも大きく、「底値付近で売ってしまう」典型的な失敗パターンにつながりやすいです。
シナリオ②:平常時株80%+短期国債20%、警戒時株50%+短期国債50%
同じ値動きに対して、次のようなルールを適用した場合を考えます。
- 上昇局面:株80万円、短期国債20万円
- 下落局面:警戒シグナルが出て株50万円、短期国債50万円にシフト
上昇局面では、株部分は+20%で96万円、短期国債部分は利息込みで20万数千円程度になります。株100%よりはリターンが劣るものの、大きく取り残されるわけではありません。
一方、下落局面で−30%の下落が来た場合、株部分(50万円)は35万円になりますが、短期国債(50万円)はほぼ50万円前後を維持します。その結果、ポートフォリオ全体はおよそ85万円程度にとどまり、株100%の70万円に比べてドローダウンが緩和されます。
さらに、このタイミングで短期国債の一部を売却して株を買い増せば、回復局面でのリバウンドをより効率的に取ることもできます。
実務的な組み立て方:日本からどう実行するか
戦略の考え方が分かっても、実際にどの商品を使って組み立てるかが分からないと意味がありません。ここでは、日本の個人投資家が現実的に想定しやすい組み合わせ方を整理します。
ステップ①:株価指数の投資手段を決める
まずは「どの株価指数をコアにするか」を決めます。例として、次のような選択肢が考えられます。
- 米国株:S&P500連動ETFやNASDAQ100連動ETF
- 日本株:日経225やTOPIXに連動するETF
- 全世界株:MSCI ACWIやFTSEグローバル株指数連動の投資信託・ETF
重要なのは、「自分がどの市場の長期成長を信じるのか」をはっきりさせることです。メインのインデックスが決まれば、その値動きに合わせて短期国債の比率を調整していきます。
ステップ②:短期国債に相当する商品を選ぶ
次に、短期国債に相当する商品を選びます。代表的なものは次の通りです。
- 米国短期国債ETF(残存期間1年未満を中心とするもの)
- 米ドル建て公社債MMF
- 国内の短期国債ファンド(残存期間の短い国債で運用する投信)
商品選びの際は、過去数年間のチャートを確認し、「リーマンショック級のイベントがあったときにどう動いたか」をチェックすると、性質をイメージしやすくなります。株と同じように大きく上下しているようであれば、ヘッジとしての役割は弱いと判断できます。
ステップ③:為替リスクへの向き合い方を決める
米国短期国債や米ドル建てMMFを使う場合、為替リスクが発生します。円ベースで見たとき、ドル安が進めば評価額が目減りする一方、ドル高が進めば上振れ要因になります。
為替リスクを抑えたい場合は、為替ヘッジ付きのファンドや、国内短期国債を使う選択肢も検討できます。一方で、「株は海外インデックス、ヘッジ資産は国内短期国債」という組み合わせにすると、株とヘッジ資産の通貨が分かれてしまうため、全体像の管理が少し複雑になります。
いずれにせよ、「株の通貨」と「ヘッジ資産の通貨」を意識し、ポートフォリオ全体でどの通貨にどの程度のエクスポージャーを持っているのかを把握しておくことが大切です。
ありがちな失敗パターンと対策
短期国債+株価指数の相場転換ヘッジはシンプルですが、運用の仕方を間違えると期待した効果が出ないことがあります。代表的な失敗パターンと対策を整理します。
失敗①:シグナルを無視して“なんとなく”で比率を変える
よくあるのが、「なんとなく不安だから株を減らす」「なんとなく上がりそうだから株を増やす」といった、感情ベースの判断です。これでは、結局は裁量トレードと変わらず、ヘッジ戦略の再現性が低くなってしまいます。
対策として、移動平均線やボラティリティなど、ルールの基準をあらかじめ決めておき、「条件を満たしたときだけ比率を動かす」ようにしておくことが重要です。
失敗②:一度に極端な比率変更をしてしまう
恐怖心から、一気に株100%から短期国債100%に切り替えてしまうと、その後の急反発を取り逃がす可能性があります。結果として、「下落はある程度防げたが、その後の上昇に乗れず、トータルではパフォーマンスが悪化した」というケースが起こりがちです。
対策として、比率の変更は段階的に行うことをおすすめします。例えば、「シグナルが出たらまず株を20%減らし、さらに悪化したらもう20%減らす」といったように、何段階かに分けて実行することで、極端なポジション変更を避けられます。
失敗③:短期国債を“ただの現金置き場”としか見ない
短期国債を単なる現金置き場とみなし、「どうせ利回りも低いし」と深く考えないまま放置してしまうのももったいないパターンです。短期国債部分は、あくまで「次に動くための準備資金」であり、安くなった株を拾うための原資でもあります。
相場が大きく下落した局面では、「短期国債をどのタイミングでどれだけ株に振り向けるか」をあらかじめ決めておくことで、感情に振り回されずに行動しやすくなります。
応用編:相場の“温度”を見ながらヘッジ強度を変える
慣れてきたら、相場の“温度感”に応じてヘッジの強度を変えることも検討できます。ここでは、初心者でも取り入れやすい応用例を2つ紹介します。
応用例①:バリュエーション指標を組み合わせる
株価指数が過去と比べて割高な水準にあるときは、将来のリターンが低くなりやすいと考えられています。そのため、「株価収益率(PER)」や「株価売上高倍率(PSR)」などのバリュエーション指標が歴史的な高水準に近いときには、あらかじめ短期国債比率を高めにしておくという発想があります。
たとえば、「PERが過去10年平均より一定割合以上高いときは、ヘッジ比率を1段階上げる」といったシンプルなルールでも、長期的なリスク管理に役立つ可能性があります。
応用例②:金利サイクルと組み合わせる
短期国債は、政策金利の影響を受けやすい資産です。金利が上昇局面にあるときは短期国債の利回りも上がり、ヘッジとしての魅力が相対的に高まります。一方、金利が低く、短期国債の利回りがほとんどないときは、ヘッジとしては有効でも、リターン面では見劣りします。
そこで、「金利が上昇局面では短期国債比率をやや高めにする」「金利が低く、株式リスクプレミアムが大きいときは株の比率をやや高めにする」といった調整を行うことで、金利サイクルとポートフォリオ構成を連動させることができます。
リスクと限界を正しく理解する
短期国債+株価指数の相場転換ヘッジ戦略は、シンプルで取り入れやすい一方で、万能ではありません。いくつかのリスクと限界を整理しておきます。
短期国債でも“元本割れ”の可能性はゼロではない
短期国債は、長期国債に比べて価格変動が小さいものの、金利が急変動した場合には元本割れを起こす可能性があります。また、ETFを通じて投資する場合、信託報酬や為替レートの変動などの要因も影響します。
ヘッジしすぎると長期リターンが目減りする
ヘッジ比率を高くしすぎると、たしかにドローダウンは小さくなりますが、そのぶん株式の上昇を十分に取りにくくなります。結果として、「怖くて常に守りすぎたせいで、長期の資産形成が進まなかった」ということにもなりかねません。
ヘッジ戦略を導入するときは、「自分がどの程度のドローダウンまで耐えられるか」「どのくらいの期間でどれだけ資産を増やしたいのか」といった、自分自身のリスク許容度や目標とセットで考えることが重要です。
シグナルは“完璧に相場を当てるもの”ではない
移動平均線やボラティリティ指標、バリュエーション指標など、どんなシグナルも「完璧に相場の転換点を当てること」はできません。どうしても「ダマシ」が発生しますし、ヘッジを入れた直後に相場が急反発することもあります。
したがって、シグナルを「未来を予言する魔法の道具」と考えるのではなく、「大きく崩れそうなときに、攻めすぎないためのガイド」として使う意識が大切です。
まとめ:短期国債を“攻守の切り替えスイッチ”として使う
短期国債(T-Bills)と株価指数を組み合わせた相場転換ヘッジ戦略は、次のような特徴を持つシンプルな手法です。
- 株価指数をコアにしつつ、短期国債でドローダウンを和らげることを狙う戦略です。
- 移動平均線やボラティリティ指標などのシンプルなルールに基づいて、株と短期国債の比率を切り替えます。
- 下落局面では短期国債が“避難所”となり、安くなった株を拾うための原資にもなります。
- ヘッジしすぎればリターンが目減りするため、自分のリスク許容度に合わせたバランス調整が重要です。
大事なのは、「常に相場を当てにいく」のではなく、「大きく崩れそうなときに、致命傷を避ける」発想でポートフォリオを設計することです。そのための道具として、短期国債は非常に扱いやすい存在です。
まずは、ご自身がメインにしている株価指数と、利用可能な短期国債関連商品を洗い出し、「平常時はこの比率、警戒時はこの比率」というシンプルなルールを紙に書き出してみるところから始めてみてはいかがでしょうか。


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