再生可能エネルギー(再エネ)の導入が進むほど、「発電所を作れば終わり」ではなくなります。電気は需要地に届けて初めて価値になりますが、そこで詰まりやすいのが送電網(系統)です。太陽光・風力は発電量が天候で大きく変動し、立地も需要地から遠いことが多い。さらに老朽設備の更新時期が重なり、世界的に送電網の増強・更新需要が膨らんでいます。
本記事は、送電網更新需要を「投資テーマ」として扱うための実践的な読み方を、初心者にも分かるようにゼロから整理します。単に「再エネが増える=関連株が上がる」という短絡ではなく、どこにボトルネックが生まれ、誰が予算を出し、どの企業の売上・利益に落ちるのかを“分解”して追えるようにします。さらに、先回りしやすい指標(設備投資計画、受注残、調達リードタイム、許認可の進捗など)を、ニュースより早く追うための手順も具体例で示します。
1. 送電網とは何か:発電・送電・配電の役割分担
電力インフラは大きく「発電」「送電」「配電」に分かれます。発電は電気を作る側、送電は高電圧で遠距離を運ぶ幹線、配電は地域で家庭や工場へ届ける末端網です。投資テーマとしての送電網は、送電だけでなく配電の更新(電柱・配電線・開閉器・変圧器など)まで含むのが現実的です。
ここで重要なのは、再エネ拡大が直接押し上げるのは「系統に接続して電気を流す能力(容量)」だという点です。送電線が混んでいると、発電所があっても出力抑制(発電を止める)になります。つまり再エネの“成長”は、送電網の“空き”の不足として現れ、結果として増強投資に結びつきます。
2. なぜ再エネで送電網が詰まるのか:3つの構造要因
送電網が詰まる理由は、単なる需要増ではありません。再エネ特有の性質が、既存の系統設計とミスマッチを起こします。
要因①:立地の偏り。風力は沿岸・山間部、太陽光は日射条件の良い地域に偏ります。一方、需要は都市部や工業地帯に集中します。つまり「遠くで作って遠くへ運ぶ」比率が高まり、幹線の容量がボトルネックになります。
要因②:出力変動と系統安定化コスト。天候で発電が上下するため、系統の周波数・電圧を保つための制御が難しくなります。これに対応するには、系統用蓄電池、無効電力補償装置、同期調相機、需給調整市場などの“補助設備”が必要になります。送電網更新需要は電線だけでなく、こうした周辺投資も含んで膨らみます。
要因③:老朽更新の同時発生。高度成長期に整備された設備が更新時期に入っています。再エネ対応という新規増強と、老朽更新という必需投資が同時に走るため、資材・工事人員・変圧器などの供給制約が出ます。この供給制約こそ、投資家が「需給の引き締まり」を先読みするポイントです。
3. 「更新需要」が利益になるまでの経路:誰が払って誰が儲かるのか
インフラ投資は、需要があっても支払い主体(投資主体)が動かなければ案件になりません。送電網更新で典型的なのは次の3パターンです。
パターンA:送配電事業者の設備投資(レートベース型)。規制下で料金に投資回収を織り込める仕組みがあると、設備投資の確度が高い一方、利幅は安定的になりやすい。投資家は「投資額×規制収益率×効率化インセンティブ」という収益構造を把握する必要があります。
パターンB:発電事業者やデベロッパー負担の接続工事。系統接続に必要な工事費を発電側が負担するケースでは、再エネの開発意欲や資金調達環境が直撃します。金利上昇局面では発電側が止まり、案件も止まる。逆に補助制度や入札条件が改善すると一気に動きます。
パターンC:国・自治体の補助金/政策プロジェクト。災害対策、脱炭素、地方創生、産業政策などの名目で大型プロジェクトが組まれることがあります。ここは政策変更リスクが高い反面、「まとまった発注」が出やすく受注企業の業績に効きやすい。
この“支払い主体”を見誤ると、「需要があるのに株が動かない」状態に陥ります。送電網テーマで強いのは、投資主体の投資計画(CAPEX)が複数年で積み上がっている局面です。
4. 投資家が見るべきKPI:ニュースより早い一次情報の取り方
送電網更新は、株価が動くタイミングが「受注」「工事開始」「資材逼迫」「規制変更」など複数あります。初心者でも追えるよう、KPIを5つに絞って示します。
KPI①:送配電会社・TSO/DSOの中期投資計画(CAPEX計画)。決算説明資料や統合報告書に、設備投資の総額・重点領域が書かれます。ここで「送電線増強」「変電所増設」「配電自動化」「スマートメーター更新」などの項目が増えているかを確認します。金額だけでなく、どの設備に寄っているかが重要です。
KPI②:受注残(バックログ)と受注単価。重電・電線・工事会社は、受注残が増えると数四半期遅れて売上に反映します。受注残の増加に加え、資材・人件費高騰で単価が上がっているか(値上げ転嫁)が利益を決めます。
KPI③:主要機器の納期(リードタイム)。大型変圧器、遮断器、HVDC機器、海底ケーブルなどは納期が伸びると、供給側が価格交渉力を持ちやすい。納期が“半年→1年→2年”と延びる局面は、設備メーカーに追い風になりやすい一方、プロジェクト遅延も増えます。
KPI④:系統接続待ち(接続申込み)と出力抑制の頻度。接続申込みが積み上がっている、出力抑制が常態化している地域は、増強の必然性が高い。統計や公表資料、地域ニュースでも手掛かりが取れます。投資家目線では「ボトルネック地域がどこか」を地図で持つことが強い武器になります。
KPI⑤:規制・ルール変更(コネクト&マネージ、ノンファーム接続等)。同じ設備投資でも、ルール変更で“投資の必要量”が変わります。例えば、出力制御を前提に接続を緩和する仕組みが広がると、短期の投資額が減る可能性があります。逆に、系統利用ルールが厳格化すると投資が増えます。ここはニュースを追うだけでなく、制度の方向性(緩和か厳格化か)を自分の言葉で説明できる状態にしておくべきです。
5. 送電網投資の「勝ち筋」:4つのサブテーマに分解する
送電網更新需要は広すぎるため、投資対象の整理が必要です。ここでは投資家が銘柄・商品を選びやすいよう、4つのサブテーマに分解します。
サブテーマ①:ボトルネック機器(変圧器・遮断器・開閉装置)
変電所は系統のハブで、老朽更新と増設が重なると需要が集中します。変圧器は特に製造に時間がかかり、世界的に供給がタイトになりやすい。投資家が見るべきは、変圧器の生産能力増強(工場投資)、受注単価、採算悪化の要因(銅価格、鋼材、物流)です。
サブテーマ②:電線・ケーブル(地中化、海底、超高圧)
再エネ立地の偏りに対応するには長距離送電が必要で、超高圧ケーブルや海底ケーブルの需要が増えやすい。都市部では地中化も進みます。ケーブルは銅・アルミなど素材価格の影響を受けるため、「原材料高でも利幅を守れる契約形態か(スライド条項など)」が投資判断の核心になります。
サブテーマ③:系統安定化(蓄電池、無効電力補償、制御ソフト)
再エネ比率が上がるほど、瞬間的な需給調整の価値が上がります。ここはハードだけでなく、制御ソフト、EMS(エネルギー管理)、需給調整市場への参加などサービスモデルが絡むため、利益率が高くなりやすい一方で技術・制度の不確実性もあります。
サブテーマ④:工事・保守(施工能力がボトルネック)
更新需要は工事ができて初めて売上になります。工事人員の高齢化や人手不足があると、施工会社の交渉力が上がる局面があります。逆に、案件はあるのに工事が回らず売上計上が遅れるリスクもあります。投資家は「受注残が増える=必ず利益が増える」とは限らない点を理解する必要があります。
6. 具体例:投資テーマを“数字”に落とし込むテンプレート
初心者がつまずくのは、「テーマは分かったが、結局どの数字をどう追えばいいか」です。ここではテンプレートを示します。仮にあなたが“送電網更新需要”を半年〜2年のテーマとして扱う場合、次の順番で整理します。
Step1:ボトルネック地域を特定する
例:再エネが多く、出力抑制が増えている地域/工業団地やデータセンター進出で需要が増える地域。まず地理的に絞ります。地理が決まると、関連する送配電会社、施工会社、機器の供給範囲が見えます。
Step2:投資主体のCAPEX計画を読む
例:送配電会社の「5年で配電自動化に○千億」「変電所更新に○千億」など。ここで、前年より増えているか、重点が何かを確認します。増えているなら、その供給先(どのサブテーマに発注が落ちるか)を当てに行きます。
Step3:サプライチェーンの“詰まり”を探す
例:変圧器の納期長期化、ケーブルの供給制約、工事人員不足。詰まりが強い領域は価格交渉力が上がりやすい一方、納入遅延で売上計上が後ろ倒しになりやすい。投資家は「価格上昇メリット」と「遅延デメリット」を同時に評価します。
Step4:候補企業を財務と事業構造でふるいにかける
受注残が伸びても利益が出ない企業はあります。固定費が重い、原材料スライドが弱い、海外比率が高く為替でブレるなど。初心者はまず「受注残の増加が売上に繋がる構造」か「値上げ転嫁ができるか」に集中すると失敗が減ります。
Step5:モニタリング指標を決めて“毎月チェック”に落とす
月次で追える指標(入札公告、工事発注、出力抑制、金属価格、長期金利など)を決めます。決算は四半期なので遅い。月次で手触りを持つと、テーマの鮮度を保てます。
7. 価格が動きやすい局面:3つの“トリガー”
送電網テーマは長期に見えますが、株価は短期のトリガーで動きます。代表例を押さえておくと、売買タイミングの仮説が立てやすくなります。
トリガー①:大型案件の受注・落札。特に、単発でも金額が大きいHVDCや海底ケーブル、広域連系線の増強はインパクトが出やすい。受注の開示が出たら、工期と売上計上時期を推定し、テーマの残存期間を再評価します。
トリガー②:供給制約の顕在化(納期・価格の急変)。納期が延びる、価格改定が相次ぐなど、供給側の強さが明確になる局面。ここは“利益率の改善”に繋がる可能性がある一方で、顧客側の投資意欲を削ぐこともあります。供給制約は一概に良い悪いではなく、バランスで見る必要があります。
トリガー③:制度変更や予算措置。系統投資の回収ルール、補助金、入札制度などが変わると、投資計画の確度が上がる(または下がる)。制度は理解が難しいですが、理解できた投資家ほど先回りできます。初心者でも「何が変わり、誰の投資行動がどう変わるか」を1枚のメモにできれば十分です。
8. 失敗パターン:初心者が踏みやすい3つの罠
テーマ投資は“物語”に引っ張られやすい。送電網テーマでありがちな罠を先に潰しておきます。
罠①:再エネ=全部良い、で広く買う
送電網はサプライチェーンが広く、利益が出る場所は局面で変わります。例えば、銅高で電線メーカーの採算が悪化する局面もある。まずはサブテーマを1〜2個に絞り、勝てる理由を言語化する方が再現性が上がります。
罠②:受注残の増加だけで判断する
受注残は重要ですが、採算が悪い受注が積み上がると逆効果です。原材料スライド条項、工期の長さ、固定価格契約の比率など、“利益になる受注か”を確認する癖を付けましょう。
罠③:工事遅延を軽視する
インフラ工事は許認可・用地・地元調整・災害で遅れます。遅延は売上計上の後ろ倒しだけでなく、コスト増を生みます。工事遅延が常態化している企業は、テーマが追い風でも株価が伸びないことがあります。
9. チェックリスト:決算で見るポイント(初心者向け)
最後に、決算を読むときの実践チェックリストを提示します。難しい分析は不要で、項目を固定して毎回見れば上達します。
- 受注高・受注残:前年同期比で増えているか。どの製品・地域が牽引しているか。
- 粗利率:値上げ転嫁が効いているか。原材料高で悪化していないか。
- 生産能力投資:変圧器・ケーブルなどで増産投資をしているか。増産は需給逼迫の裏付けになりやすい。
- 納期・供給制約コメント:「納期が長い」「部材が逼迫」「調達が改善」など、経営者コメントの方向性を見る。
- キャッシュフロー:受注増で運転資金が膨らみ、資金繰りが悪化していないか。インフラは案件が大きいほど運転資金が重くなる。
10. まとめ:送電網更新は“見えにくい確度”を掴める人が勝つ
送電網更新需要は、再エネ拡大の裏側で静かに進む巨大テーマです。しかし、静かであるがゆえに、投資家が追える情報は断片的で、理解のハードルが高い。ここにチャンスがあります。テーマを「支払い主体」「サブテーマ」「KPI」「トリガー」に分解し、毎月追える指標に落とせば、ニュースの後追いではなく“先読み”が可能になります。
最初は難しく感じても、やることはシンプルです。①ボトルネック地域を決める、②投資主体のCAPEX計画を読む、③供給制約を探す、④受注残と粗利率で企業をふるいにかける、⑤月次でモニタリングする。これを回せるようになると、送電網に限らず、あらゆるインフラテーマ投資の解像度が一段上がります。


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